命の選別

2020–03–30 (Mon) 13:19
4月にやるはずだった個展が延期になった。
もう2週間も前に延期を申し出て来年になったのだが、某モールのギャラリーで大作から小品まで仮面中心に作品入れ替えもある2週間の大きな企画展だった。
2月の初めの段階で無理かもしれないという予感がありギャラリー側に打診したが、まだ危機感の温度差があった。
今月の半ばになってやはり無理かもと申し出たところ、やっと延期をしましょうということになったがその時点でもこちらの希望に沿うという形だった。

日本人の危機意識や切迫感はちょっと前までその程度で、私の周りでは誰一人感じている人はいないようだった。
オリンピックが延期になりあれを境に国が態度を変えたので脳内転換が起こったようだが、ずっと他人事に感じていた人たちはやっとピントが合ったのだろう。

今更政府の対応のひどさを言っても仕方がないが、東京都の基幹病院が重大な院内感染を起こし使い物にならなくなっている。
マスクも防護服もろくにない状態で、というか多分厚労省がオリンピックのせいで徹底しなかったのだから、感染に対しても手薄で医療関係者も同じだったのではないだろうか。
各国のような完全防護服、街の消毒の光景など一切テレビでは見せなかったし実際やっていなかったと思う。
病の実態も国内の感染も隠し矮小化し、情報操作で国民にもそれを刷り込んだ。
風邪程度で大したことがないと思っている国民が殆どだった。

検査をしろと言った者たちをバッシングし、医療崩壊すると封じ込めてきたが、実際検査をしなくても医療崩壊になりつつある。
ちゃんとした対策をしてこなかった政権、厚労省、自治体の責任は重い。
そして何より判断力を失い政治の言いなりになっていた国民自身が自分の首を絞めている。

ヨーロッパ諸国、イタリアやフランス、スペインではもう命の選別さえ行われている。
老人より若者を助けるという判断だ。
イタリアでは人工呼吸器を老人より若者に付けるトリアージが行われているし、フランスでは老人ホームでそのまま亡くなる人や瀕死で発見される老人がいるそうだ。
救急車を要請しても断られるからだ、

これに是非はつけられない。
多分ぎりぎりの局面ではそうするしかないだろう。

それがいま先進国で起こっているのだ。
日本も一か月後にそうならない保証はない。
花見などしていないで、目の前の生きるか死ぬかという局面が来るかもしれないのを国民はもっと自覚すべきだと思う。


古代蓮2





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