イケメン神様

2019–10–06 (Sun) 17:13
風邪を引いたおかげで明日から三日間出雲大社へ行く予定をしていたのだが、泣く泣くキャンセルをせざるを得なくなった。
一年に一度は行こうと思っていたのだが、去年は体調不良を押して行ってしんどかったので、今回は迷った末パスをした。
出雲大社は一昨年初めて行って巨大な大国主命の像に圧倒されてしばらく動けなかったくらいだから、一年に一度はイケメンのカッコいい大国主命様に会いたいと思っていたのだが、今回は体調回復に専念することにした。

太宰府天満宮の菅原道真公と、出雲大社の大国主命は私のミーハー心を刺激する二大神様なのだが、いかんせん遠いのでちょっと会いに行ってきますというわけにはいかない。
三峯神社の日本武尊の巨大銅像も好きなのだが、ここは年に何度かは行ける距離で、今回もバタバタしていて予定が狂ったので早く行きたいと思っている。

偶像崇拝というのは古代から見えないものを視覚的に物質化しそれに祈ることだが、これはやはり人間の生理現象だと思う。
見えないものは信じないというのは人の行動原理にあって、それを可視化すると信じやすいというのは単純だがある意味理に適っている。

出雲大社の大国主命は実に分りやすく、参拝者の心を簡単に掬い上げる偶像になっていると思う。
あの大きさで擬人化されれば、その存在感だけで人は圧倒される。
巨大仏像は各地にあるが、顔の表情までわかるように作った精巧な人間としての像ではまるでインパクトが違う。
作者の彫刻家の技術とセンスに脱帽する他ない。
(制作者を調べたが誰か判らなかった)

神を擬人化するのはキリスト教では多い。
教会には例外なくキリスト像や聖母マリア像があり、信者はそれに向かって祈る。
具体的な対象があれば祈りやすいからだろう。

仏壇には必ず個人の写真を飾るのも、そういう意味もあるような気がする。
心でイメージし祈るより視覚化された対象の方が集中しやすい。

今日はまだ風邪が治りきっていないので、とりとめのない話になってしまった。
出雲大社に行かれないのは無念だが、、次回満を持してリベンジしたいものだ。

因みに私のスマホの待ち受けは出雲大社の大国主命像の写真だ。
行こうかどうか迷っていた時に待ち受けの大国主命様を見つめながら思案していたら、「無理して来なくともよい」と聞こえたような聞こえないような。笑
イケメン神様は優しい。


DSC_2499.jpg




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