台風被害と棄民

2019–09–16 (Mon) 16:55
千葉の台風被害は政府の初動のミスで、未だに復旧が遅れている。
甚大な被害だが投入された自衛隊の数は圧倒的に少なく、民間やボランティアの力に頼っているところが大きい。
またしても想定外とか行政も東電も言っているが、被害が起これば想定外の繰り返しで過去から何ら学んではいない。

今回も気になるのは被災した人達に、事前の情報で準備していなかったのか、備蓄もせずすぐ行政に文句を言うのは甘えだとか、自己責任論が出ていることだ。
そしてマスコミには相互扶助や住民の助け合い、ボランティアの人々を礼賛するような論調が目立つことだ。
何があっても自己責任で自分達で解決しろ、文句を言うな、お上に頼るな、我慢しろ的な考え方がツイッターでも流れていて、その主流は政府批判を封じ込める右翼的勢力に多かった。

被災地を訪問するわけでもなく激甚災害に指定するわけでもなく、今日も私邸で午前中は休養という総理大臣だ。
内閣改造の記者会見で「復旧は待ったなし」と得意気に言ったのには開いた口が塞がらなかった。
待ったをかけてたのは誰だ、と突っ込んだ国民は多かっただろう。

日本は段々冷たい国になって、自助努力で生き延びろという国民意識になっている。
国に支援を求めるのさえ非難されるようなら、何のために税金を払っているのか分からない。
こういう時に国民を救うのが国家ではないのか。

いつも間にか「国民のため国家」ではなく「国家のための国民」への刷り込みが進んでいるような気がする。
この流れは棄民政策にもなり、弱者切り捨てへと繋がる。
自助努力、自己責任、相互扶助が標榜されるようになると、国家の暴走が始まる。
国に寄与しない国民はいらないわけで、行政の支援を必要とするような弱者や老人、身障者が最初に切り捨てられる。

台風が来るといくら注意を呼びかけられても、停電も家の崩壊も個人では防ぎようがない。
食糧を備蓄して家の防備をしても、あの圧倒的な自然の脅威の前には人間は無力だ。
ツイッターで助けを求めるのも、応えて個人が救援するのももちろん必要だ。
しかし個人が手弁当で救助に駆け付けなくても済むような、大掛かりな救援をするのが政治であり行政であり民主国家ではないか。

今回も表立って後手に回る政権の無能と身勝手さを批判するマスコミはない。
それどころか台風被害を政権批判に結び付けるなと、訳のわからないことを言っている安倍シンパの論客もいる。
彼らは自分の家が飛ばされても食料が無くても自助努力で生き延びるのだろうか。

最近の日本という国を見ていると、国民意識が確実に変わってきているのに暗澹とした気持ちになる。



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