孤独は蝕む

2019–03–21 (Thu) 17:15
人間は一人で生まれて一人で死ぬ。
つまり生まれる時も死ぬ時も孤独なわけだ。
生きていく過程で家族を持ち友人を持ち様々な人間関係を作るが、やがて年老いて気が付くと一人で周りには誰もいなくなる。
子供達と同居して最後まで孤独にならずに済む幸せな老人もいるが、介護で家族の重荷になり体が動かなくなれば邪魔者にされたり年金目当のみで置いてもらっている老人もいる。

子供はもう自分の人生を持っているので生活に親が入る余地はないのが普通で、孫の面倒を見てもらったりあくまで親に助けてもらえる状態では繋がりを持つが、逆になったら負担でしかない。
親の介護で仕事まで辞めなければならない中高年がいるが、自分のせいで子供の人生をスポイルしているとしたら親にとっては忸怩たる思いだろう。
と、客観的には思うが実はすでにそういう親は認知が始まっていて正常な判断が出来ないか、親として子供を犠牲にすることに何の痛痒も感じない毒親的な親だ。

寿命が延びて90代の親を介護する70代の子供も稀ではなく、老々介護の悲惨な実情がある。
それに伴い老人虐待も増えている。
人間は死ぬ前に自分の生き方を総括させられるというが、老人虐待を子供に受ける親は残念ながら自分の撒いた種を刈り取っているかもしれない。

認知症は老人が孤独や死の恐怖を感じなくするための神の恩寵だという説もあるが、あながち間違っていないような気がする。
一方子供は親が年老いて介護が必要になり自分の生活を圧迫されたり、認知で親と思えないような状態になれば早く旅立ってほしいと思っても仕方がない。
そういう状態は親との別れを納得させたり良心の呵責を軽減するので、お互いのためかもしれないのだ。

孤独は人の心を蝕む。
家族や会社のために社会で必要とされてきても、やがて家族も離れ仕事も終わり夫婦二人が一人になった時に、孤独と向き合い目標を持って生きられる老人がどれだけいるだろうか。
ちょうどその頃合いで病気になったり認知症が始まり、旅立つ助走期間に入るのが人間の自然の営みなのかもしれない。

生まれた時も死ぬ時も一人でも、生まれた時は意識がないが死ぬ時の意識は選択できる。
認知症で意識なく死ぬか、死と向き合って理性を持ち死ぬか。
出来れば後者を選びたいが、天寿を全うするまで生きるとしたら、それにはその前の長い孤独を超克できる強さが必要かもしれない。




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コメント

こんばんは

先日父を看取りましたが、厳しい現実を突きつけられました。
転院先の受け入れ条件が個室での入院だったため、その金額に驚愕したのです。
寿命は医師でも「読めない」と言っていましたし、いつまでその料金を払い続けるのか、エンドレスループみたいな恐怖を感じました。
ところが、父は転院することなく、長年お世話になった病院で息を引き取ったのです。
まるで、私たちにお金の心配をさせないかのように。

苦しみながら長生きするのも嫌ですし、
下手にお金がかかる治療も考え物です。

Re: タイトルなし

コメントありがとうございます。

大変でしたね。
親御さんの介護、看取りというのは、現実問題としてはかなりの労力がいると思います。
それに加え経済的な側面もあって、きれいごとでは済まされないでしょう。
でも、それを全てクリアして見送った時に、残された者も故人も大きな役目を終えたことになるのではないでしょうか。
お辛いでしょうが、お父様の魂はきっと子供孝行をして最善の亡くなり方をなさったと思います。

お父様の御冥福をお祈りします。

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