3.11の教訓

2019–03–11 (Mon) 16:30
東北大震災から今日で8年経つ。
震災と原発事故で人生が変わった日本人が沢山いる。
かくいう私も原発爆発のせいで、生活の中から放射能という言葉を抜きにはできなくなった。
「福島を忘れない」というキャチコピーがあるが、これはもう忘れていいんだよという逆説的な国のプロパガンダだ。
確かに忘れた人も放射能はもう安全だと思っている人も多い。
原子力村と官僚がどれだけあの時被曝を国民に知らせないために、数値を誤魔化し基準値を変え放射能は安全と刷り込み、国中に拡散させて後の因果関係を立証できないようにしたか。

晩発障害が出ても日本各地で何年も経っているなら、福島の放射能のせいに出来ないだろうという理屈だ。
事実その通りになって様々な疾病を発症、国民の死者数が増大しても、もう誰も8年前の放射能のせいだとは言わない。
日本はチェルノブイリよりも壮大な核の人体実験場になっている。
しかし私自身も含めここで生活することを選択したのだから、今更嘆いても怒っても仕方がないことで、食べて応援して寿命が縮んでも本人の責任だ。
多分これは個人のというより、日本の大きな集合意識の選んだ道なのだと思う。

津波で多くの人が命を失ったが、あの場所は元々歴史的に何度も地震や津波の被害に遭っている。
そこに先祖代々住み続けたりあるいは自ら住むことになった人達は、的にあの津波を受け入れる覚悟でこの世に来たのかもしれない。
戦争でも天災でも一時に大勢の人がある場所で同時期に死ぬことがあるが、そこはそういうイベントの起る場所だ。
数十年数百年のスパンで同じことが繰り返される場合があるが、規模が大きくなればなるほどそこは約束の地だと言えよう。

災害で一瞬で亡くなる人は、皆行くべくして上へ行っていると言われる。
がプログラムとして、その時に寿命を定めるブループリントを持っているからだ。
むしろ彼らは残された被災者のの修行のためにその死を選んだとさえ考えられる。
スピリチュルの寝言と非難されるかもしれないが、災害に遭い大切な人を亡くし人生が変わっても生き抜く人達は、ぬるく生きている人々とは比べられないほどの霊的進化を遂げている。

同じ死でも天災で亡くなる人は、己のカルマの為ではなく他のカルマ解消の手助けをしたのだ。
残された者がその死によっていかに成長しの修行を成し得るかという部分に焦点を当てて、多くの犠牲者の死が決して無駄ではなかったと言えるようにするのが亡くなった彼らに報いる事ではないかと思う。

翻って今、8年経ってあの大震災から日本国民は学び成長できたのか疑問だ。
私はどうも日本が震災をなかったものとして、元に戻ろうとしているように見えて仕方がない。
復興とは元の姿に戻すことではなく、二度と同じことが起こらないようにリスク管理と違う環境を作ることではないだろうか。



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