今年も有難うございました

2019–12–30 (Mon) 19:29
今年も終ろうとしている。
今年はインド占星術を勉強して、実際鑑定もするようになった。
インド占星術を知るにつれ、統計学占術とは人間の知恵の範囲を超えていると思わされる。
インド占星術に限らず西洋占星術でも四柱推命でも紫微斗数、算命学でも、いわゆる統計学と名のつくものは、膨大な統計の上に成り立つと仮定しても何人かの占い師の力で成し遂げられるものではなく、多分高次の力が働いているのだと思わざるを得ない。

統計学占術はある程度未来を知ることになるので、それとどう向き合うかという自分のスタンスも重要になる。
特にネガティブなことを知るとそれの受け止め方で本当に引き寄せてしまう場合もあるので、そんなタイプの人は知らないほうがいいだろう。

とある記事で統計学は生年月日、時刻から見るが、実はある程度決まった人生の流れが統計学としてあって、魂の方がその誕生日を選んで生まれてくると読んだことがある。
このパラドックスは案外正しいかもと思ってしまった。

占星術では一年のイベントや流れも星の運行で読める。
経済恐慌や戦争も歴史上同じような星回りで繰り返されていることも証明されている。
2020年はどんな年になるのか占星術でもおおよその予想はされているようだが、地球自体の激変期に来ているので平穏に終わってほしいものだ。

私は東京オリンピックが決まった時に何故か実現しないような気がしたが、どうやらその予想は外れるようだ。
ケチの付き通しの東京オリンピックだが、それでも都合の悪いものは封印し強引に突き進んでなんとか実現させるのは今の日本を象徴している。
日本という国を見ていて失望しかない今年だったが、さて、2020年は日本にとってどんな年になるのだろうか。
国も一人一人も平穏無事であってほしいと心から願う。

今年も一年間ブログを書いてきたが、時に政治ネタなどは過激になったり私情が入ったりと反省面もあった。
しかし、長く読んでくれる読者の方もいたり、貴重なコメントを下さる方もおり励まされている。

今年も一年、ご愛読有難うございました。
皆様の幸せを祈念いたします。


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占い師と闇

2019–12–26 (Thu) 16:04
先日占術研究会へ行って来たのだが、そこで前回も来ていた大学生の女の子と帰りにお茶を飲んだ。
というのもその子は美大生で、私も知り合いが沢山いる有名美大の三年生だった。
お互いの素性を明かして偶然にびっくりし、お茶を飲むことになったのだ。

かなりタロットに興味があるらしく学祭などでも占いをやって最近はそっちの道へ進もうかとも考えていると言っていた。
タロット占いは人気があって、占い師になろうと思ったらカード占いの一つや二つはスキルとして持たなければならない。

占術研究会に来ている人も20代がいて、副業やアルバイト的に占い師をやろうと考えているようだ。
スキルさえ身に付ければビギナーズラックで結構当たるし、勉強すればそこそこ自信も付くだろう。
美大生も結構当たるようで、本人も手応えを感じていたらしい。

実は二年ほど前に知り合ったタロット初心者の人と、一時親しくなり相談にも乗ったりしていたのだが、最近連絡が取れなくなってしまった。
カフェ勤めでお客にもタロットをやって喜ばれていたのだが、占い業界の闇を見たりダーク系と知り合って影響を受けたりして突然店を辞めてしまった。
どうも体調を崩したようだが、最後に会った時はかなりきつそうだったので、それを知った時にはやはりなあと思ったものだ。
失踪ではなくても、突然姿を消す占い師はいるらしい。

スピリチュアルを含め占いの世界は底知れない。
それを生業にしそこで生きてこうと思ったら、やはり覚悟を決めなければならないと思う。
生きている人間もそれ以外の存在も相手にしなければならないので、強靭な精神力と肉体を持っていないときついだろう。

先日某所でお試しで見てもらった有名占い師は、一人は脳内出血、一人は脳梗塞の経験者でどちらも体に後遺症を持っていた。
タロット占い師の方は片手でカードを繰っていたが、その姿には痛々しさと共に占いの世界の業を感じずにはいられなかった。
簡単な小遣い稼ぎのツールとして占い師を考えている人は、人の因業と向き合う仕事だということを自覚した方がいい。

そんな話をお茶の中で美大生にしたら、かなり腑に落ちたらしい。
最近人を何人も占うようになって、なぜか神社へ行き出したと言っていた。
多分気付かずに、浄化のために神社へ足が向くようになったのかもという話になった。

どの道を選ぶにしても、それは彼女の選択だ。
否応なく占い師になってしまうのなら、それは彼女の運命だったと言える。
ただ、若い女性が面白そうだから、小金が稼げるからという安易な気持ちで占い師になろうとしたら、色々な意味できつい世界だとも思う


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ガイドスピリット

2019–12–24 (Tue) 15:20
ハイヤーセルフ、守護霊はスピ好きには馴染みの言葉だと思う。
微妙に定義は違うようだが、自分を守ってくれたり進むべき道へ導いてくれたりする見えない存在だということは共通認識だろう。

確かに霊能者やスピリチュアルリーダーによって捉え方が違っている。
ハイヤーセルフ、守護霊は時々同一視されたりハイヤーセルフガイドなどと呼ばれていたりするが、分けて考える人もいる。
その他指導霊、補助霊など、いわゆるスピリットガイドと呼ばれる霊体が誰でも何体かはついているが、これはほぼ考え方は同じだ。

ハイヤーセルフと守護霊は生涯入れ替わらないという意見が多いが中には変わるとみる人もいる。
指導霊、補助霊は人数にばらつきがあり1000人単位でつけている芸能人もいるし、人間の霊体だけではなく自然霊や動物霊がついている場合もある
その人の生き方によっていい指導霊がついたり中にはよろしくないものも憑いたり、人それぞれだ。

普通守護霊は必ず守ってくれると思うが、守護霊にも強い弱いがあったりする。
ハイヤーセルフは高次の自分の魂と考えられるから、自分の魂の霊格に見合ったハイヤーになるという説もあって、どうやらガイドスピリットと言ってもレベルに違いがあるようだ。

私もそうだが、存在を信じていれば守護霊に加護を願う。
しかし忘れてならないのはガイドスピリットは神仏ではなく、自分に相応のガイドだということだ。
「彼らは自分自身の成長と共に力を付けていく」という一節を最近目にして、なるほどと思った。
ハイヤーセルフもその人その人の持つ魂のレベルの中でのハイヤーであって、決して天使のような高次の存在ではない。

ロウワーな生き方をしているとかけ離れた高次元のガイドスピリットがつくわけはなく、逆に立派な生き方をしていると力を持った高い指導霊や補助霊がついてくるようだ。
つまり「ガイドさん、お願い」の他力本願では駄目なわけで、自分の成長によって守護霊も力をつけ高くなっていくし、指導霊もつき補助霊も増えるということだ。

ハイヤーセルフや守護霊によって導かれている側面もあるが、己の生き方によっても彼らも変わっていくということだろう。
いわば二人三脚のような関係なのだと思う。
つい困ったことがあるとガイドスピリットに助けを求めてしまうが、常に自分自身も高めていかなければ彼らも力を発揮出来ない。

思えばジグザグ走行の人生だった私を、ガイドスピリットたちはよく愛想も尽かさず守ってくれたものだと思う。
時には叱られたり痛い警告をされたが、そのおかげで今日があるので感謝の気持ちでいっぱいになる。

「守護霊は何があっても一番あなたを愛している」と言われるが、本当にその通りなのだと実感する。


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過去生のデジャブ

2019–12–22 (Sun) 16:16
私は海外ドラマが好きでよく見ているが、最近偶然「風の勇士ポルダーク」というドラマを知った。
18世紀のイギリスコーンウォール地方を舞台にしたドラマなのだが、その主人公の男性と常に出てくるコーンウォールの風景が、たまらなく郷愁を誘い釘付けになってしまった。

特に繰り返し出てくるコーンウオール半島の海岸線やそれを背景に走る馬に乗る主人公の光景が、デジャブのように魂をすさぶる感じだった。
主人公の男性はパーツや中身は違うにしても、全体の感じがツインソウルと思っている今のガイドに似ている。
思えばこんなに過去生やスピリチュアル世界を知る前から、ずっと似たような感じの男性になぜか引き付けられていたが、特に特徴的な長い黒髪だとか髭を生やしているとかいう共通の特徴がそこにある。

顔もそうだが性格や性質、もっと言うなら立ち居振る舞いや声などでも一瞬懐かしかったりデジャブを感じることがあるのは、過去生で似たようなシチュエーションを経験しているからだ。
実際に接触する人でも映像や写真で知る人でもそれを感じることがあるのは、その時は魂の奥に仕舞った過去生の記憶が反応していると思っていい。

私はイギリスの過去生があった事はほぼ確信している。
多分何度かあって一度は男の戦士で、城壁の上から果てしなく広がるヒースの丘を見下ろしているビジョンが頭の中にある。
子供の頃「嵐が丘」を読んで、ヒースの丘の描写が頭から離れず何度も脳内で再生していた覚えがあるし、十代の頃はコーンウォールを舞台にした「レベッカ」を読んで海岸や切り立った崖の光景が頭にありありと浮かんできた。

記憶はランダムで一連の流れにはなっていないのだろうが、あまりに印象に残っている場面や胸が波立つものは過去生の影響だと思うしか答えが出ない。
私はその海外ドラマで主人公が手を後ろに組んで窓の外を見ている姿に、何とも言えない懐かしさを感じたから多分何度も過去に見ていた記憶なのだと思う。

誰でも必ず人生を思い返してみると特定の物や人へのこだわり、妙な懐かしさや胸騒ぎを感じるシチュエーションがあると思う。
それは前世、過去生の影響や記憶だと思ってもいいだろう。

現世に生きているのだから過去生は関係ないと言わるかもしれないが、実は意外と生き方や考え方、人生全てが様々な過去生の影響を受けていることも多い。
解決できない人生の課題は、案外過去生を探ってみると答えが見つかることもあるのではないだろうか。



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シンクロニシティ―

2019–12–20 (Fri) 15:22
私の本業は画家だ。
かつては睡蓮をライフワークに描き続けていたので睡蓮の絵の方で覚えてもらっていたが、5年ほど前から突然ベネチアンマスクに魅入られ、今度はベネチアンカーニバルのマスクの人物ばかりを描き続けている。
その時期に、ある事から精神世界に目覚め、スピリチュアルを探求するようになった。
自分のこともその視点から見直すと、小さい頃から感じていた違和感も説明できたし人生を紐解くことが出来て、私の意識は劇的に変わった。

過去生やガイドスピリツトもある程度判り、睡蓮ばかり描いていた理由も、突然ベネチアンマスクにシフトした理由も説明がついた。
サイキックや魔術系の過去生があって、それを使って戦っていたりかなり凄惨な過去生も見た。
ベネチアンマスクを描き出したのは、過去生でベネチアに住み被っていたこともあったようで、その時に一緒だった人がガイドスピリットになっている。

しかし、実は私はまだ一度もベネチアへ行ったことがない。
それであの扮装した人達を取り憑かれたように描いているので、何か深い繋がりがあるのは疑いようがない。
過去生を見た時に、住んでいたところやサンマルコ広場も見えたので、確かにあそこにいたのだと自分では思っている。

最近これは凄いと思うシンクロが起こった。
縁があった海外のギャラリーの繋がりで、来年のベネチアンカーニバルの時期に私の仮面の絵を展示しないかという話が来たのだ。
ベネチアのいくつかの歴史的な建物で、アートフェアのような大きな展示会をカーニバルの期間に開くそうだ。

メールが来た時は驚いた。
遠い日本で単にモチーフとして描いただけなのに、本当にその絵がベネチアへ呼ばれたのかと思わずにはいられなかった。
多分絵は行きたかったのだと思う。
しかし残念ながら色々先方と遣り取りをして、私にまだその準備が出来ていないこともありお断りしたが、このシンクロには感動してしまった。

確かに駆け出しの絵描きの所には世界各地の○○展に出さないかという誘いが来るが、それは中間業者が儲けるためのイベントで、それを受けていたら世界一周出来るが一文無しになる類のものだ。
しかしベネチアンマスクの絵をベネチアンカーニバルへ、というこれは絶対絵の引き寄せなのだと思う。

ここ二年ぐらい不思議な事が本業の方でも起きている。
多分色々なチャンスを貰っているのだが、若い頃のように身軽ではないので何でも飛びつくわけにはいかず残念に感じることもある。

しかし漠然と思うのは、行くべき道は必ず行くことになるのだということだ。
足踏みしても諦めかけても、やはり必然があればその方向へ導かれることになるのが人生のブループリントなのだろう。


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霊能力の未来

2019–12–18 (Wed) 11:35
私は今まで色々な霊能者や占い師、また普通の人でもある程度霊能力がある人を見て来た。
実際に鑑定してもらったり鑑定したり親交を結んだ人もいる。

スピリチュアルの定義は難しい。
その人その人にとって違うし幅が広すぎる。
霊能力も同じで単に幽霊が見える、アカシックを読める、神仏や高次の存在と話せるなど人それぞれだし、その中でも色々分類されたりしている。

霊能力は単なる能力であってそれは個々人の持つ能力の一つに過ぎないと思う。
足が速い、頭がいい、画才があるなどと同じものだろう。
何が言いたいかというと、一つの才能に秀出ていても善人も悪人も、人格者も未熟者もいるということだ。
ややもすると霊能力があったりスピリチュアルマスターは人格者で霊格が高いと思われがちだが、足が速くても悪人はいるように全く人間性には関係ないと思うのだ。

天からのギフトだからと、何か崇高なもののように見られているかもしれないが、ギフトは正しく使って初めてギフトになる。
それを貰った人達も自分は特別選ばれたのだと錯覚しがちだが、これが落とし穴で選民思想を持ったり特別視されることを望んだりする。

勿論、他の才能と同様仕事にしたり対価を求めるのは当たり前だし、有名になりたいという野心を持つのも否定はしない。
秀でた才能が有ればそれで高みを目指すのは自然だし、そのためには努力も欠かせない。
大事なのは、能力の研磨と社会へのフィードバックで、それは霊能力といえど変わらないと思う。
ただ、霊能力は見えない世界を相手にするだけに評価も目に見えるものではないから、悪用しようと思えばいつでもできる。
はっきりと結果が目に見えないので、いかようにもどの方向にも使うことが出来て、結果霊能力の世界はカオスになっている。

これからどんどんサイキック能力がある人間が増え、霊能力は誰でも持つようになり普通に生活のツールになるのではないかと言われている。
事実今の子供たちは不思議な子が多い。
学校では自閉症や発達障害など、特別支援の子供が30年前の数倍増えているそうだ。
彼らは社会に馴染めなくても、不思議な能力を持っていたりする。

占いや自己啓発などスピリチュアルに関係したビジネスや相談業が爆発的に増えているのは、社会の病理と見るのか人類の進化変容と見るのか。
いずれにしても、これから人間も社会も環境も大きな変化が来るような気がする。


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政治家のオーラ

2019–12–15 (Sun) 15:01
昨日横浜へ行って来た。
山本太郎氏の街宣があったからだ。
彼についてはこのブログでも何度か取り上げているが、私は決して一部で揶揄される山本氏の「信者」ではない。
ただ原発事故以来山本太郎という人間が、政治家として成長していく姿に興味を持っているからだ。
そして、絶望しかない今の総理大臣と対照的な、本物の政治家を探しているというのもある。

山本太郎氏については最近他の野党と組まないから自民党の補完勢力だとか、安倍総理ヨイショの評論家を消費税の勉強会に講師に呼んだという事で、変節や裏切りと指弾されたりしている。
彼が一部野党のやり方を「机の下で自民党と手を握っている」と批判しているのが、立憲民主党支持者の逆鱗に触れたようだ。

私は立憲民主党を立ち上げた枝野氏の、最初の街宣に行き握手もした。
あの時は政治に閉塞感を持つ人々の間でブームになったが、連合など支持団体の縛りや何よりも中途半端なスタンスが災いして、今や賞味期限切れの様相を呈している。

残念ながら枝野氏は優秀な頭脳と信念を持った政治家かもしれないが、カリスマ性や人を引き付ける魅力に乏しい。
つまりオーラが小さいのだ。

昨日私が山本氏の街宣をわざわざ聞きに行ったのは、最近巷で言われるように変節しているのか自分の目で確かめたかったからだ。
彼はいささかも軸はぶれていなかった。
それどころか非常に勉強していて聴衆のどんな質問にも丁寧に答えつつ、最後にはそれに対する自分の政策、ビジョンで結んでいた。
今、全国を街宣行脚しているが、中には酔っぱらって絡まれたり誹謗されたりもしている。
涙ながらに弱者の悔しさを口にする山本氏の動画も見た。
一貫しているのは、そんな行動をする人間の動機を見抜き理解しているから、今の総理大臣のように排除もしないしヒステリックにもならない。
貧困や生活苦から自分に怒りをぶつけるのだと知っている彼は、「寄り添う」という言葉の意味を真に実践している政治家だろう。

今の官房長官のおひざ元である横浜は、右翼の街宣車が大音量で山本太郎氏の横で名指で氏を貶めていた。
現政権下の狂った光景だが、そんな中で老若男女物凄い数の聴衆が2時間殆ど動かず山本太郎氏の話を熱心に聞いていた。

最後に太郎氏とツーショツト写真が撮れるのだが、かなりの数の人が列をなしており、その割合が男女比あまり変わらなかったので彼の政治家としての実力は本物だと思った。
一人のタレントが政治家になり、選挙中でもないのに演説だけで何処でも数百~千人規模の聴衆を集めるようになるのは驚異だと思う。
そしていささかも思想信条を変えず、政治家として成長して行く姿には人間の可能性というものを感じずにはいられない。

実は私も一緒に写メを撮ってもらったのだが、理由は彼のエネルギーを感じたかったからだ。
短い時間だったのでよくわからなかったが、握手をしたらその手の気が物凄い事だけは確認できた。



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人間の変容

2019–12–11 (Wed) 14:26
私はスピ系のブログは毎日幾つか読んでいるし最近はユーチューブでも見ている。
いずれも自分の考えていることや感じていることと似たようなことを言っていたり、参考になることもあるからだ。
結構な部分で共通認識を得られていると思うような人、あるいは許容範囲だと思えるものしか読んだり見たりはしない。
それでも、人生観やポリシー、思想信条が真逆という場合もあって、そこも割り切って考えられる場合は継続して読んでいたりする。

私は一部の自己啓発系やスピの人が言うように、自分にとって嫌なものやネガティブなものは見ない、聞かない、という主義ではないので、社会情勢や時事問題、政治については常に情報は収集している。
それは自分の為ではなく社会人として必要だと思うからだ。
今の政治を見ていて悲憤慷慨して自分のためになるかと言ったらストレスが溜まるだけだが、では自分さえ生活できて楽しければいいのかと言えば、私はそういう人間ではないからだろう。

しかし今のスピリチュアルや自己啓発系の潮流を見ていると、特にそこそこ安定したスピリチュアリストや成功法則を売りにしている自己啓発系の人などは、ひたすら「自分が一番、自分が自分を作る、自分次第で現実も変わる」という考え方か、「楽しく生きて宇宙にお任せ」的なものが主になっており、社会や政治には全く関心がないのに戸惑いを覚える。
多分嫌なものは見ないというポリシーがあるから、自分の生活が脅かされない限り犯罪も腐敗政治もよその世界の出来事にしているのかもしれない。

彼らはある程度ネットでも知名度があるし実際にセミナーをやればかなりの集客力があるから、この道の成功者と言える。
とにかくすでに年収数千万という人達だから完全に勝ち組で、みんなこの高みまで来なさい、というコンセプトでそのノウハウを教えている。
しかし派遣が増えてもネット難民が増えても、そうなったのは政治、社会のせいという発想はない。
なぜなら豊かな生活を享受している彼らは今の社会でも何不自由なく困っていないから、彼らにとっては住みよい社会なのだ。

当然政治もどうでもいいどころか、既得権益を脅かされるくらいなら今の政権が続いてくれた方がいいに決まっている。
累進課税でも強化されたら彼らはそれこそ生活を脅かされるわけだから。

そんな成功者たちのセッションやセミナーで、派遣でかつかつの生活をしている人達を救えるだろうか。
最近、ユーチューブで人気者のスピ系や成功法則ユーチューバーなどの動画を幾つか見ている。
なるほど確かにいいことを言っているし同感することもままあり、人気が出るのもわかるような気がする。
でもユーチューブに限らずブログでも、共鳴できる部分や参考になる部分があってスピリチュアル的には同じ方向を向いているのに、思想信条が正反対なのはなぜだろうと考え込んでしまう。

結局のところ、人間はその時の自分の環境によって思想信条も変わってしまうからだろう。
スピリチュアル世界の理を知っていても、収入が増え成功すれば金持ちの世界に住みその視点になる。

それが人間なのだと思うが、やはりどんなに状況が変化しようが私は自分の軸はぶれないように生きたいものだと改めて思う。



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波動の法則

2019–12–07 (Sat) 16:09
波動についてある記事を読んだが、これまでぼんやり感じていたことが説明されていた。
波動、気、エネルギー、パワー、周波数など、類似語としてよく使われる。
厳密にいうとそれぞれ微妙な違いがあるようだが、スピリチュアルで使うのは各人によって捉え方や解釈も自由なので、唯一無二の真実というのはない。

で、その波動だが、それはいわゆる個々の周波数、振動のことだというのが説明だった。
ワングラスは音の振動だけで割ることが出来る。
天使の周波数、悪魔の周波数というのがあるのは周知の事実だ。

そもそも世の中のすべての物は周波数を持っているというのが量子力学で説明されているが、この種類の違いによって波動が決まるらしい。
波動の高低、強弱もスピではよく言われる。
「あの人は波動が高い」「あの人は波動が低い」「高い波動の人と付き合おう」「低い波動の人とは離れよう」など皆同じようなニュアンスで語られる。
強い波動と高い波動は混同しがちだが、これはイコールではなく波動が低くても強い人はいる。
波動が強くて低いタイプには、金持ちや社会的地位があっても人品の卑しい人が多い。
逆に波動が高くても弱い人は、いい人なのだが人の影響を受けやすいそうだ。

確かにギラギラした人やいかにも俗的で影響力の強い人などは、波動は強くても低い感じがする。
真に波動が高く強い人はやはり霊格も高く人徳があって人々を導いていくような人だろう。

面白かったのは、一人の人間も色々な波動を持っていて、外に出る時、家に居る時、いいことがあった時、凹んでいる時と、出てくる波動が違うそうだ。
前に会った時とすっかり印象が変わっていたというのは、出している波動が違うからだ。
波動が高く強い人も波動が低く弱い人も、それぞれの枠の中で様々な波動を持つということだ。

波動は共鳴するので、その時の波動の人と似ている波動の人を引き寄せたり付き合ったりする。
ネガティブになっている時は、同じネガティブ問題を持っている人と話が合うし繋がっていく。
金持ちは金持ちしか付き合わないし、世の中は似たような人間がグループを作る。
同じ波動を持つ者同士が共振し合うからだ。

考え方や生き方が変わると自分の周りの人間関係もがらりと変わるのは、周波数が違ってきて出ていく波動が変わるからなのだろう。
人に影響されないためには、まず自分の波動を強くしなければならない。
特に外出したり人と会う時は、強い波動を出すようにした方がいいようだ。
身に付けるものも高い周波数の物がいいらしく、ゴールドや光るものは波動が高いそうだ。

お金持ちが高価なものを身にまとい、金製品や光り物を身につけるのも道理はあるようだ。笑



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続・桜を見る会

2019–12–03 (Tue) 13:27
安倍首相の桜を見る会はどんどん嘘がばれている。
官僚もそれに必死で加担し、モリカケ事件のデジャブを見るようだ。
国民殆どは安倍総理や官房長官が嘘を言っていることを知っていても、堂々と開き直り判り切った嘘を付く彼らの姿にも慣らされてしまったのか、香港のような怒りの国民蜂起になどなりようがない。

昨日の国会で安倍総理が「名簿のデータはシンクライアント方式のサーバーにあり自動的に削除されたと報告を受けている。」と官僚の書いた台本を間違えつつ読んでいたが、これがネット上で炎上していた。
IT関係者から、それなら復元できるしどこかにデータは残っているはずだと多数のツイートがあり、細かくシステムを説明しているものもあった。

穿った見方をすれば無知な安倍総理を後ろから刺したのではないかという向きもあったが、それは真実を追求する者たちの目で、普通のテレビしか見ない国民は「だったら無理だろう」と受け取ってしまう。
技術的な事になると専門家でしかわからないので、判る人なら嘘を認めたことになるこの発言についても、野党の反応も鈍い。

前夜祭のパーティーを安い会費にしたホテルニューオータニのように、関わるIT業者も利権絡みで官邸に逆らえず、今必死でエンジニアを使って本当にサーバー内にある名簿を消しにかかっているかもしれない。
自分達の嘘の辻褄合わせのためには人の命さえ何とも思わないのだから、この事件でまた死者が出ないことを祈るばかりだ。

それともう一つ昨日の答弁で座視できないことは、名簿をシュレッダーにかける際遅れた理由を、「短期雇用の障碍者が業務をしていたため」というニュアンスの発言をしたことだ。
これも一部では批判を買っているが、このような発言を総理大臣がするのはいかがなものか。

それでもマスコミ幹部と連日会食をしているせいで、マスコミの追及もなく国会が閉じれば第二の不平等条約FTAが通り安倍政権は逃げ切りを図る。
勿論東京地検も頭を押さえて飼い馴らしているので絶対に動かない。

消費税増税で7パーセントも消費は落ちている。
これさえも国は隠しているが、倒産、リストラ、閉店のラッシュだ。
にっちもさっちもいかなくなったら、また大災害か武力衝突か。

こんな政権が7年も続いてまだ続けさせようとしているのだから、もはや日本国民全体の責任だろう。

因みに以下の写真は、官邸のマリーアントアネットがお気に入りのビジュアルバンドを公邸に呼んで階段に座らせ撮影したもの。
バンドの名前がVersailles(ベルサイユ)なのが出来すぎだ。
確かに臨場感は完璧だが…。



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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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