占いカフェ

2019–11–29 (Fri) 16:02
とある占いカフェへ行ってきた。
最近占術研究会に久しぶりに出てタロットの読み方のヒントを得たり、新しいデッキが欲しくなり幾つか手に入れたので、タロットの専門家に会ってみたくなったのだ。
やはり偶然というかネットを調べていたら辿り着いた占いカフェがあり、そこはかなり本格派の占い師が10分1500円という価格で入れ替わり鑑定してくれているところだった。

早速タロットに特化してやっている占い師の日に行ってみたのだが、都心の隠れ家的カフェで昼間だったので誰もお客はいなかった。
カウンターの女性と話すと、占い業界の悪徳業者に憤慨している占い師たちが集まって廉価で占いを提供してくれている場所だと言っていた。
確かに名前で検索すると有名なカルチャーで教えていたり、マスコミの露出や本も出版していたりと、名前を知っている占い師も何人かいた。

そうこうするうちにタロット専科の人が来て、鑑定をしてもらうことになった。
感想は、確かにタロットのプロは違うとう感じだった。
まず、切れがいい。
占う内容に絞って見るので、読み方と解釈の仕方が決まったテーマからぶれない。

勉強もかねてと言ったので、スプレットの見方やラインの読み方など解説も交えて教えてくれたので、かなり目から鱗の部分があった。
四元素やタイムラインの読みなど私があまり採用しない方法も使い、聞きたいことの答えを教えてくれた。
特に数字の読み方でなるほどと思ったことがあって勉強になった。

余談で面白いことを教えてくれた。
剣、聖杯、棒、金貨は四元素で、風、水、火、土に分類されるが、スプレッドに占める割合で読めることがあるというのだ。
結婚を占う時地域性があって、地方に行くと特に北陸などは結婚も土地や家の結びつきが多いので、土や物質的なのもを表す金貨のカードが多く出るそうだ。
東京など大都市では結婚は本人の気持ちや意志なので、感情を表す聖杯のカードが多く出るということだ。
剣が多く出た女性は、条件でバサバサ切るから剣が多いとか、数字の出方でも物事の推移が分かるなど興味深い話が多々あった。
タロットの読み方は一枚一枚の意味もさることながら、まず大まかにアウトラインを掴むのが要諦だと言っていた。

お客さんが誰もいなかったので10分の鑑定だったが、タロットの読み方など結構話してくれて、行った甲斐があったと思っている。
何十年もやっている人なのでやはり道を究めたプロは凄いと実感した。
そこのカフェで鑑定をしている占い師たちは、殆どそこでは採算度外視でやっているようだ。
観てもらったタロット占い師も、本を出したりカルチャーでも講座を持っている人だった。
まだまだ占い業界も志のある占い師達が沢山いるのだと思う。

昔本もたくさん出していた銭天牛という著名な占い師がいたが、御子息が名前を継いでやはり銭天牛として有名になっている。
その人も他では占わないそうだが、そのカフェでは同じく10分1500円で見てくれるそうだ。

交流会もあるというのでそのうち行ってみたいと思う。



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思考は現実化する

2019–11–24 (Sun) 11:49
前回の記事で「正しい恐れや不安は持った方がいい」という記事を書いたが、実は私自身その後で実際に不安を感じる出来事が起こり、改めて言霊や引き寄せが偶然ではないのかもと思ってしまった。
多分自分の中にそういう要素を持っているから、現実化してしまったのかもしれず、くれぐれも自分の潜在意識にある部分とリンクするような発言や行動は気を付けた方がいいと悟った。

引き寄せの法則とよく言うが、これは必ず自分の潜在意識の方が優先される。
だから何かを願う時は自分の潜在意識を内観し、まず不安や迷いを消去することが大切だ。
後はそれが自分の人生にとって必要なものだったり、ライフパーパスに組み込まれているようなことであれば実現する可能性がある。

漠然と願うのではなく、叶ったらどうしたいか、自分はどうなっているかを具体的に思い描き、どうしてそれが自分にとって必要なのかの理由付けをしておいた方がいい。
漠然と宝くじが当たってお金持ちになりたいと願っても、統計的には当たった人は不幸になっている確率が高いそうだ。
大金を得られたという喜びよりプレッシャーの方が大きかったり、もともと大金を持つだけの器量がない場合もあって、そういう人は逆に人生が狂い潰されてしまうらしい。

何かを願ったり何かに挑戦しようとする時は、マイナス面を考えるよりプラス面を考え、マイナスをどうプラスに転換していくかというマインドを持つのが大切だ。
それは、すべからく潜在意識の書き換えに繋がる。

前記事から今日の間に私が学んだことは、「考えや言霊は現実化する、潜在意識にある事はその作用が強い」ということなので、逆にいいことを多く考え口に出し、ネガティブを反転させる考え方を持てばいいのだろう。
コップの中の水は「もう半分しかない」ではなく「まだ半分ある」という風に発想や思考回路を転換させるということだ。

さて、結びとして、「理解していても出来ないのが人間」とここで書きたいところだ。
しかし、これからは、「理解したから出来るのが人間」と書くことにしよう。笑


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恐れと不安

2019–11–22 (Fri) 15:21
スピリチュアルでは恐れや不安、心配はネガティブで波動を下げると言われる。
ネガティブシンキングよりポジティブシンキングが標榜されるが、恐れや不安は人間なら必ず持っている。
それは本能ともいえるもので、動物としての人間は危険回避や生存のために本来持っている感覚だと思う。

古代人が自然と共に生きていた時には、本能的に危険を察知する能力があった。
恐れや不安は生きていくための危機回避能力で、恐れも何もなければ躊躇なく危険にも飛び込み、あっさり命を落としていただろう。
だから恐れと不安は人が生きていく上では必要不可欠な感覚と言える。
現代人にとってはその必要な感覚とそうでない疑似感覚の区別が、曖昧になっているような気がする。

「正しく恐れる」というのは生きていくうえで必要な事だと思うが、それを正確に使えなくなっているのが今の人間だ。
だから、ガイドスピリットは虫の報せのように悪い予感や何となく不安な気持ちを教えてくれる。
そういう時はやはり自分のハイヤーセルフの報せだから従った方がいいだろう。

今のスピリチュアル業界を見ていると、前記事でも書いたが、旧世代のスピリチュアルと新世代のスピリチュアルに分かれつつあり、根本的な概念が違う。
旧世代は霊能や神仏に基づく世界観で因果応報や宿業などどちらかというとネガティブを基盤にしてどうすれば上にいけるかという発想だが、新世代は宇宙から来ているので見えない世界の底にあるドロドロしたカオス自体が彼らの世界観では存在しないようだ。

だから恐れや不安は持たないという考え方が多いが、彼らは地球の転生が短いスターシードと言われる人達なので、転生を繰り返しオールドソウルと呼ばれる同じ宇宙由来の魂でも、旧世代に属するスピリチュアリストの苦労は判らないのかもしれない。

どちらも混在している今のスピ界だが、要するに大切な事は人間でいる限り何処から来た魂でも、生きていくために必要な動物としての本能は持たなければいけないということだと思う。

旧世代のスピ人間の中には、大地震が来る、戦争が起きる、災害で日本は滅びるというビジョンを見て、実際にそれを回避するために神事を行っている霊能者もいる。
かたやニューエイジスピは、次元上昇で争いのない世界、みな平等な世界が来る未来を説いている。
どちらも彼らが見ているパラレルワールドなので、どうなるかは決まっていない。

傾向的にはポジティブシンキングが支持され、「今を大切に、自分を愛そう、ネガティブよさようなら」という楽観的な人達がスピ界には多いが、それは裏返すとお花畑思考でリスク管理の欠如にも繋がる。

誰でも戦争や災害は恐れる。
これは人として当然の感覚だ。
だから人間は生きていくためには、やはり本能的な恐れや不安は失ってはいけないと思う。


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霊能力はギフトか

2019–11–19 (Tue) 14:33
最近ある若い人のスピリチュアル動画を見ていたら、霊能者やスピリチュアリストのジェネレーションギャップについて語っていて、なるほどと思った。
霊能やスピリチュアル能力者の世代格差の分析だった。
若い世代は霊能力やスピ的能力を普通のこととして受け止め、誰でも持っていることを前提に美容院で髪を切ってもらうように対価を払うし提供する方も当然受け取る。
しかし上の世代になると霊能力は神聖なギフトであり特殊能力で、人助けにお金を取ってはいけないと考える傾向がある。
中には自分は特別な選ばれた人間だという選民思想を持つ人もいる。

能力を商品だと考えるのが若い世代、能力をギフトだと考えるのが中年以降の世代だとすると、確かに頷ける。
実際に代金を払って鑑定してもらったにしても、根柢に意識の違いがあるのは事実だと思う。
私もどちらかというと能力はギフトだと思っているし、事実何となくそうなっていたというのがこれまでだから、スピ能力が欲しくて大金を注ぎ込んだことはない。
せいぜいカードを買ったり知りたくてかなりの時間をパソコンの前で費やしただけだ。

だからついセッションでも時間オーバーしてしまったり、無料の相談にも答えることがある。
それはどこかに「ギフト」としての意識があって、「貰ったものはお返ししなければならない」と潜在意識の中で思っているのだろう。
しかし若い世代は宇宙由来の魂も多くスターシードなどは能力を持っていて当たり前で、才能を対価に変えるのは当然のような感覚だ。
私も絵を描く能力があってそれを対価に変えているので、それと同じなのだろう。

どちらがどうとは言えないし、あえて言うなら時代の変化と言うしかない。
確かにスピリチュアルを生業にしている人は、年代を問わずその職に就くまでには多額の自己投資や金銭をかけている人は多い。
また修行系のことをして霊能を開き人生を賭したような人は、それに見合う代償を求めても当然だろう。
桁が一つ違うような料金設定のスピリチュアリストはどの世代でもいる。

特殊な除霊系の霊能は術者の命にもかかわるのでその限りではないが、法外な価格設定はやはり年齢に関係なく疑問符が付く。
霊能力やスピ能力は人格や人間性、霊格はあまり関係ない。
きちんと仕事として割り切り、適正価格で行っているのが良心的な職業スピリチュアリストだろう。

無料や安価というのはやはり危険と隣り合わせの場合がある。
安ければいいというメンタリティーを持つ人間はそういう波動を持っているので、似たようなものを憑けていたりする。
あまりいいセッションにはならないようだ。
今はもう、困っている人は無料でも野菜の持ち寄りでも助けた、町のまじない師の時代ではない。

巨額の富を稼いでなお幸せ街道驀進中の若いスピリチュアリストもいて、彼らは平気でユーチューブで顔出しをして嫉妬や妨害の念を飛ばされても平気だ。
それは多分潜在意識の中に、スピ能力のネガティブな部分をインプットしていないからなのだと思う。
受け取る受信機が無ければキャッチしようがない。

これからはもっとのびのびとスピリチュアルをしていく時代なのだろう。
宇宙人には魔物も手を出せないのかもしれない。笑


子猫1





桜を見る会

2019–11–15 (Fri) 15:02
安倍総理が5月の「桜を見る会」で、公職選挙法違反で窮地に立っている。
とはいっても、毎度おなじみの「嘘もまかり通り不正上等」の政権だから、来年中止にして逃げ切ろうという魂胆らしい。
来年の中止も安倍首相の一存で決めたそうだから、代々続いている政府の行事を個人の意志で決めることにも驚くが、これが俺様総理の面目躍如というところだろうか。

地元山口県の後援会の人間を前日から一泊ツアーで上京させ、ホテルニューオータニで五千円の会費で供応している。
一万円以上するはずなのに五千円の会費しかとっていないので、補填分を出していると考えられ公職選挙法違反だと糾弾されているのだ。
参加者は功労功績のあった人と言い張っていたのに、単なる後援会のおじさんおばさんが来ており、出席者名簿は開示請求があった直前に破棄したらしい。
いつも通りのやり口で、いつも通り逃げ切ろうというわけだ。

今回は珍しく政権広報NHK始めマスコミが追求している。
微妙に彼らも風を読んで、もし政権が倒れた場合と存続した場合のダブルスタンダードで行っているようだ。
新しい組閣以来あっという間に二人の大臣が辞任したが、それでも支持率は下がらず今回の「桜を見る会」の騒動でも、早々に中止を宣言して幕引きを図る算段だろう。

それに隠れて現代の不平等条約、米FTAが批准されようとしている。
日本経済の屋台骨を壊す経済政策だが、その内容も国民は知らぬまま大した騒ぎもなっていない。
政治の腐敗と売国政策で今や日本は瀕死の状態だが、ビーカーの中の茹蛙状態の日本人は危機感もなく従容として死を受け入れるのだろうか。

令和になり天皇の即位式、連日の饗宴、パレード、そして昨夜の大嘗祭と一連の代替わりの行事が終わった。
昨日の大嘗祭は各天皇が自分の体に日本の神を降臨させる儀式だそうだ。
平成天皇には確かにシャーマンのエネルギーを感じたが、今の新天皇はどうだろうか。

国家予算で一連の行事を行うのは皇室内部からも疑義が出ていたが、政治利用したい安倍総理は最大限自分をアピールした。
大嘗祭の神殿も5億円をかけて建立し1億円をかけて取り壊すそうだ。
それを我々の税金から払う。
何ともすっきりしないのは私だけではないだろう。

令和になって浄化が起き、すべてがリセットになるような予感がする。
まずリセットしてほしいのは不正と嘘で塗り固め権力にしがみつく強欲な人間たちだが、平成と同じ手法でまた逃げ切れてしまうなら、令和の時代も暗黒時代になるだろう。
早く桜は散ってほしいものだ。



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守護霊の報せ

2019–11–13 (Wed) 14:56
守護霊やガイドは色々な方法を介してメッセージをくれるが、全くその通りと思った出来事があった。
内容は割愛するが、私は同じ忠告を近しい人間に何度も言われていたことがある。
それも二人からで、そう思いつつも聞き流していたことが、実はある出来事が起こり、「ほら、その通りだったでしょう?」と証明されたのだ。

これまでも人生で、自分でもわかっているが実行できないこと、何度も親しい人間からアドバイスされても聞かなかったことが、何かが起こり否応なくそうせざるを得ない状況に追い込まれたりしている。
それは一見ネガティブな事なのだが、気付かせるために後ろの存在が起こしたことだった。
「そこまでしないと気が付かないだろう」と後から言われたような気がしたこともある。
人様に守護霊やガイドスピリットのサインを見逃さないでね、とよく言うのだが、自分のことになるとスルーしてしまう。

彼らは実に様々な方法で教えてくれる。
大抵は周りの人の口を借りることが多い。
特に耳の痛い事などを複数の人に言われたりしたら、それは改めるべき事できちんと聞いておいた方がいい。
何となく気になったり心に残る事は、彼らの注意喚起だ。

それでも気が付かないと彼らは強硬手段に出る。
小難を起こして大難を避けるようなやり方だ。
風邪を引いて予定をキャンセルしたら、行くはずの場所で大きな事故があったなどだ。
アクシデントで遅刻しなかったら、事故や事件に巻き込まれていたというパターンはよく聞く。

日航機が墜落した時、芸人のさんまさんが乗り遅れて九死に一生を得たのは有名な話だ。
それから彼は「生きているだけで丸儲け」という言葉を言うようになった。
これは彼を助けるために見えない力が働いたとしか思えない。

後ろで守護してくれている存在達は、耳に囁かなくてもありとあらゆる手を使って大事な事は知らせてくれるし、危機的状況ならどんな方法を使ってもを助けてくれる。
本当にありがたいことだと、今回改めて思っている。

さて、余談だが今週17日まで私の絵画作品でベネチアンマスクのポスターが、海外の作家の作品と一緒に渋谷駅に展示されている。
渋谷駅に行ったら、見かけることがあるかもしれない。笑


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三峯神社再訪

2019–11–09 (Sat) 18:00
一昨日、昨日と一泊で久しぶりに三峯神社へ行ってきた。
去年拝借した御眷属様をお返しに行き、また新しいご眷属様を拝借するためだ。
今年は何度か行こうとしたが都合が悪くなったり宿も一度キャンセルして、思うようにお参りできなかった。
出雲大社も熱を出して行けなかったし、何となく今年は神社巡りがスムーズではなかった。
三峯神社も直前に体調が悪くなったりしたから、ストップがかかったのかもしれない。

久しぶりの三峯神社は静謐に包まれていた。
特に御眷属様を祀っている御仮屋は人も少なく森閑としていた。
本当に狼様がいるような気がする。

早朝の御祈祷を終え境内の様々なお社を参拝して歩いたが、朝早くはやはり空気が違い、御神木も生気を取り戻したように触ると何かエネルギーが来るような気がした。
おびただしい数の参拝客が御神気を貰うために触っていくので木肌が剥けて赤褐色になっており痛々しいが、毎日夜中に精気を充電して触れる人々に神気を分け与えてるのだろう。

無事御眷属様を拝借して帰るバスで、一緒になった女性と話してきた。
十年前から神社巡りをしているそうだが、スピ系の人ではなく古事記が好きなので主に古事記の神様の神社を巡っているそうだ。
色々話していくと、やはり呼ばれたと思う神社があるようで、そういう神社は台風が来ても、悪条件でも何故か行けることになると言っていた。
それもこんな「偶然が?」と思うようなシンクロが起こるらしい。
そして大抵そういう神社は来てよかったと思えるそうだ。

その話を聞いて、やはり神社は呼ばれるんだと改めて思ったものだ。
特に強い神社ほどそうらしい。
強すぎると体調の悪いときはかえって逆効果だとも。
それは実体験としてよくわかる。

私よりはるかに沢山の神社へ行っているので、とんだ参拝客のエピソードなどを教えてくれて結構笑った。
祈祷札には必ず記名してもらうが、大きな神社は新米神主が書く慣例があり必ずしも達筆とは言えない筆文字の場合もある。
出雲大社で祈祷札の字が下手だから書き直してもらうと怒っていたおばさまがいて、大国主命様も苦笑いだねと話していた。
確かに色々な神社へ行くと「トンデモ参拝客あるある」が体験できる。

まあ、人それぞれだし神社へ参拝に来る気持ちがあるだけでも、まだマシなのかもしれない。
面白い話が聞けて、世の中には私など比にならない神社仏閣巡りのマニアがいるのだと感心してしまった。



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火の浄化

2019–11–06 (Wed) 17:08
先日沖縄の首里城が全焼した。
沖縄は何度か行っており、首里城もかなり前だが見学に入ったことがある。
長い石畳の道を上っていくと琉球の衣装を着た人たちが案内などをしてくれて、一緒に写真を撮ったのを思い出した。
去年も沖縄へ行き聖地や平和公園などを訪れ沖縄の複雑な歴史を改めて知ったところだ。

沖縄のシンボルである首里城が焼け落ち、辺野古基地問題で痛めつけられているのに弱り目に祟り目のようで気の毒でならない。
中には穿った見方をする陰謀論者もいるが、真相などは永久にわからないだろう。

今年の日本は台風、水害、火災と自然の大浄化の三つがまとめてきているような気がする。
風、水、火、土という浄化の四大要素で来ていないのは土なので、今度は大地震が来るのではないかとスピ界では囁かれていたりする。
地球の自浄作用と言えなくもないが、被害を受けている人々にとってはそれどころではない。

台風とその後の大雨で千葉を始め関東、東北、北陸まで水害の大きな被害を受けた。
皆疲弊しきっているのになぜか株価は上がり、そこでも潤う人々は着実にいる。
それが今の日本の現実だ。

東京オリンピックもマラソンが外的圧力で札幌に変更になったが、都知事が「マラソンを見たくて沿道のタワーマンションを購入した人の気持ちはどうなるのか」と言った。
多分今の為政者はそういう人達のためにオリンピックをやり政治をやっている。
安倍首相が外遊して今回も盛大に国の税金を各国にばら撒いたが、その分を災害の被害者に回したらと思った国民も多かったはずだ。

まだまだ災害は続くと予想しているスピリチュアル関係者は多い。
リセットのために、何もかもが行くところまで行く必要があるということだろうか。

首里城は歴史上何度か焼失している。
同じ浄化でも火というのは怒りの浄化という意味があるらしい。
確かに怒りの象徴は炎なので、火で焼き尽くすというのは一番激しい浄化なのかもしれない。
沖縄という土地の怒り、沖縄の人々の怒りが琉球王国の時から延々と続き、定期的に炎となってそれを鎮め浄化するのかもしれない。
被害者が出なかったのは幸いだ。

また再び美しい首里城を見られる日が来ることを願ってやまない。


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悪霊・生霊の引き寄せ

2019–11–04 (Mon) 14:35
ある霊能者が言っていたが、除霊を依頼に来る人で本当に悪霊に取り憑かれて霊障を受けている人は1割ぐらいしかいないそうだ。
原因不明の不調とか運の悪さなどを感じると、見えない世界を信じている人はついそちらに原因を求めてしまう。
しかし大抵は自分がそれを作り出している場合が多い。

よく茶碗が割れたとか物が落ちて壊れたなどは、縁起が悪い、何か良くないことがあるのではないかと思ってしまう。
私もその傾向があるので、何かある度に疑心暗鬼になりそれを意識してしまっていた。
結果実際に何か起こったりする。
しかしこういったことは殆ど自分がその時に「縁起が悪い」とインプットしてしまって、その後よくないことが起こったら自分が引き寄せてしまっていると気付いた。

それと同じで、悪霊生霊が憑いて霊障を起こしているのではないかと疑念を持つ時も、仮にそうだとしても自分自身が何かしら思い当たることがあって、それが心に残り霊道やコードを繋げていわばウェルカム状態にしているからだ。
いくら悪霊生霊なりが飛んできても受信機が無ければ電波は跳ね返されるだけだが、原因を作ってしまった覚えがあればそれにこだわる心が受信機となってキャッチしてしまうわけだ。

生霊などは誰でも飛ばしたり飛ばされたりしているが、普通は大した影響もなく終わっている。
しかし例えば恨みを買うようなことをしたり、あるいは相手に悪いことをしたという良心の呵責が大きければ、お互いの想念がコードとなって繋がり相手の思念に呼応して自分が反応してしまう。
良心の呵責があれば自己刑罰的に具合が悪くなったり不調になったりするし、撥ね退けられなくなって本当に生霊に取り憑かれる状態になってしまうだろう。

占い師や霊能者の所に行って悪いことを言われると、それが引っ掛かり自分でネガティブに落ちていく場合などもそうだ。
もっと言えば懇意にしていた霊能者とうまく行かなくなり、「報いを受ける」などと物騒な言葉を吐かれた日には、もう恐ろしくて呪いでも飛ばされるのではないかと縮み上がるが、その段階ですでに自分自身に呪いをかけてしまっている。
相手に霊障を起こせるほどの占い師や霊能者はそういないし、もし出来たとしてもそんなことをしたら闇と繋がっているので本人自身がいずれ報いを受ける。

引き寄せの法則はよく言われるが、私も最近は確かに自分が潜在意識に刷り込んでしまったことは自分が現実化しているのではないかと思っている。
「これをやったらこうなる」というのは本人が作る法則で、実は外部的な力ではないことがほとんどだと思う。
何があっても必要以上に恐れる必要はないし、現実は自分が作り出しているのだという意識を刷り込めばいい。

そして考え方の転換だ。
仮にお守りのように大事にしていたブレスレットが切れたとしよう。
これを「大事なブレスレットが切れたから何か悪いことが起こる、怖い」と思うか「代わりに切れてくれた、厄を落としてくれたからもう大丈夫」と思うかの違いだ。
前者は自分で悪いことを引き寄せるパターンで、後者はすっきりして何も起こらないパターンだ。

「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」という言葉があるが、悪霊生霊も相手にしないか、油を注ぎ燃え上がらせるかは実は自分の心持ちいかんなのだと思う。


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カード占い今昔

2019–11–01 (Fri) 14:31
最近は色々忙しくスピリチュアル的な事が留守になっていたが、最近見ているスピ系の動画あれこれでカード占いについてある特徴に気付いた。
これは何度か出た占術研究会のカード占いでもそうだったのだが、タロットでもルノルマンでもオラクルでも、カードの意味を厳守してそれを基盤にリーディングするというより、もっと自由にカードの絵柄や色などからインスピレーションを得てリーディングする人が多いということだ。

数十年前の高校一年生からタロットを始めた者としては、時代の変遷を感じずにはいられなかった。
スプレッドも自由で好きに並べてみたり自分流の並べ方を作ったりもありだし、今はタロットでもオラクルでも様々なモチーフのカードがある。
絵柄にシンボルの剣や金貨がないものもあって、その代わりに絵画のような絵になっていたりして、リーダーはそこからの印象や色、図の中にある小物などから自分の感覚で読んでいく。

カードもスピ能力で読む場合があるので、知らずにそちらにウエイトが置かれるようになっているのかもしれない。
描かれている人物が女性か男性か、顔の向きなどもヒントにしていたリーダーもいた。
確かにある種芸術作品のような綺麗な絵柄のカードを見ると、その一枚だけでもどんな印象を受けるかどんな想像が出来るかと考えてみたくなるのは判る。

それともう一つの特徴は、三つぐらいの違う種類のカードを組み合わせるということだ。
具体的にはこうだ。
例えばタロットとルノルマンとオラクルのカードを、一つの問題について組み合わせてそこからリーディングしていく。

特に動画で不特定多数を占う場合に多かったが、同じ場所に三種類のカードを一緒に置きリーディングするスタイルなので、もはやそれぞれのカードのスプレッドは関係ない。
ついでにその上にはルーンの石が置かれるパターンもあったりして、ブランクのある私にはカード占いの世界がこんなにも自由になったのに隔世の感があった。

勿論皆基本はカードの意味と最低幾つかのスプレッドは覚えておかなければならないとは思うが、しかしもしかしたらそれすらも必要なく綺麗なカード、気に入ったカードを好きに並べて感覚で読んでいくというのもありなのだろう。

私もついつい綺麗なカードに魅せられて、一つ新しい芸術作品のようなタロットカードを買ってしまった。笑



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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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