仏になる

2019–09–28 (Sat) 14:46
ブログの更新が滞ってしまったが、実は身内に不幸がありしばらく家を離れていた。
昨日帰って来たが、人が一人亡くなるのは大変な事だと改めて思う。

これはスピリチュアルブログなので、不思議なエピソードを書いてみたい。
身内なので葬儀場に滞在する時間も長かったせいもあり、なぜか葬儀場の係りの人の手相を見ることになってしまった。笑
手相を見ると、なるべくしてこの仕事をすることになった人のようで、それを言ったらやはり違う仕事をして収入もよかったのにこの仕事をすることになったと言っていた。

御本人は全く霊的なものは見えないし信じないと言っていたが、神秘十字があるので仕事のために見えなくされているのだろうというと、実は怖い話はあると教えてくれた。

一つは納棺師の話で、ある納棺師が遺族も誰もいない御遺体を納棺していて、終わった時に「はい、一丁上がり!」とポンと遺体を叩いたそうだ。
それを見ていた彼は「あれはまずいよなあ」と思ったらしいが、なんとその2,3か月後に納棺師は突然亡くなってしまったそうだ。

もう一つは火葬場の職員の話だ。
火葬の終わったお骨は、骨箱に収める時に入りやすいように火葬場の職員が砕いてくれる。
勿論遺族に断り丁重にするのだが、ある職員が遺族がいなかったらしく頭蓋骨を思い切りカーンと割ったらしい。
その職員は数週間後に交通事故に遭って、一年近くも入院したそうだ。
何人か乗っていた車にトラックが突っ込んできたのだが、他の人は軽傷で彼だけが全身大怪我の重傷だったという。

それも知っている職員で、その一連の出来事を身近で見て恐ろしくなったと言っていた。
や神仏を信じない人は多い。
死んでしまえばただの物体になると思っている人もいる。
しかし、死者に不逞を働いたから罰が当たったと考えてしまう人もいるだろう。
実際そんな扱いを受けた死人の霊が意趣返しをしたのか、もっと上の神仏が戒めたのか、あるいは本人の中の良心が自らを罰したのかはわからないが、一つだけ言えることは人間は敬虔な気持ちをなくしたら絶対いけないということだ。

死者に対するだけではなく神仏や森羅万象、人間の力の及ばないものに畏れを持たない者は、今生ではなくてもそれを反省させられる時が必ず来るのではないか。

誰でも死んでしまえば仏になる。
生き方はそれぞれでカルマを積むような今世であっても、断罪するのは人間ではないと思う。
畳の上で死ねる悪行三昧の悪人でも、あの世へ行けば扱いは変わるだろう。

葬儀関係の仕事は本当に選ばれる人がなるのではないかと思った。
私が手相を見た葬儀会社の人も、小さい頃に何度か死にかけて助かったと言っていたから、その恩を今死者のお世話をすることでお返ししているのかもしれないですよと言ったら、妙に納得したようだった。



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インド占星術と日本人

2019–09–20 (Fri) 16:10
インド占星術を勉強していて面白いと思ったのは、結婚についてだった。
インド占星術にはダシャーというのがあって、これは120年単位で人生を星の時期で分ける。

ダシャーは星が組み合わさっている。
大抵は三つの星の組み合わせで見る。
10年単位の星の時期をまた数年単位に分け、次に数か月単位に分ける。
それぞれ星の順番で組み合わされて、例えば金星―土星―火星という並び方で、左から十年単位、数年単位、数か月単位ということだ。
右の星が数か月単位で星が一回りしたら真ん中の数年単位の星が一回り、最後の左の十年単位は120年一回りで人の一生とみなす。

このダシャーというのがインド占星術の特徴で、120年先まで星の巡りが分かるので未来予測が出来るというわけだ。
統計学占術は算命学でも紫微斗数でもある程度未来の予測はできるが、インド占星術は最初にホロスコープを作りこのダシャーを見ただけで、その人の人生がどんなものなのか掴める。

星によって吉星と凶星があり、人生の前半がついているのか後半が良くて大器晩成なのか。
人生の一番いい20代から40代ぐらいまでには吉星が、そして晩年に凶星が回ってきて順当に寿命を終えるか。
反対にいい時期に凶星が回ってきて人生の大事な時期に困難を経験するかなどそれぞれだ。
後者は過去生のカルマが大きい人だと言われる。

勿論これは大雑把な見方で、ホロスコープの星の配置で内容を読み解かねばならないが、結婚の時期や離婚の時期も、その理由まで分かったりする場合もあり検証してみると結構当たっていることがある。
結婚する理由が、家族が欲しいのか子供が欲しいのか社会的ステータスが欲しいのかというのが、結婚の時期の星から読み取れるのだ。
未来予測にはあまり使えないが、過去の結婚時のダシャーを見てそこにある星から、できちゃった婚かもとか、寂しくて結婚したとか、打算があったかなど、実は鑑定者は予想がついていたりする。
また、秘密の多い人も同様だ。

様々なチャートで勉強するが、実際自分自身や周りの人を調べていくと、5割方は過去については当たっているようだ。
しかし未来予想はいくらダシャーがあっても、軽々にするものではないと思っている。

特にインドという地で長い間培われて来た占術なので、インド特有の文化的背景をそのまま日本人には適用出来ない。
ユダヤ教徒がカバラで人生を決めるように、インド人はインド占星術で人生を決めて来た。
文化も社会制度も違うのだから、生まれた時の星でカーストの階層までわかるインドの占星術がそのまま日本には通用しないと思う。

インド人の考える幸せと日本人の考える幸せも価値観も違うので、まず鑑定者がその部分をどう解釈するかという部分が問われるだろう。
追求すれば追求するほど奥が深い占術だと思うが、今は日本人にどのように当てはめて解釈すればいいのか思案している。


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スピリチュアルとお金

2019–09–18 (Wed) 16:06
昨日友人と会ってお金に対しての面白い話を聞いた。
お金とスピリチュアルというとなぜか切っても切り離せない部分がある。
中にはスピリチュアルワークでお金ワークというのもあって、お金に対するブロックを解くというものだ。

世の中には金が欲しい、金が全てと考えている強欲人間もいるが、反対にお金は汚い、人間の欲の象徴だという意識を持っている人もいる。
どちらも、顕在意識で思っていなくても潜在意識で持っていることは多い。

殆どは過去生か先祖のカルマによって今世のお金に対する意識は決まる。
お金に執着し何よりお金が大事な人や金に汚い人は、自身の生育歴の中でお金で苦労した経験を必ず持っているし、それ自体が先祖の因だったり過去生のカルマだったりする。
一方お金は汚いものという意識を持つ人も、やはりどこかでお金について苦い経験や悲惨な目に遭ってお金にまつわる醜い部分を見て来たのかもしれない。

スピをやっていても金儲けの手段と考える人とボランティアと考える人がいて、前者はそれなりの投資をしたビジネス、後者は一銭もかかっていないから人助けという意識だ。
中には「お金はエネルギーなのでどんどん回しましょう」と言って、お布施や寄進を促すカルトまがいの霊能者やグループもあるが、お金を引き出す口実でしかないので注意が必要だ。

金は天下の回り物というが、確かに必要な人のところには回っていくのかもしれない。
生き金を使うという言葉があるが、有効に使うならお金は喜ぶし友達を連れて戻ってきてくれる。
不思議なもので魂のプログラムとして必要な事であれば、何故かその分だけお金が来るとスピ界では言われている。
かくいう私も最近それを証明されたようなことがあった。

お金はきれいも汚いもない。
ただ必要なところを回るだけで、そこに欲やエゴや愛や優しさなど様々な思念のエネルギーが乗るだけだ。

昨日友人に教えてもらったのは、財布の扱いについてだった。

折り畳み財布よりもお札が折れない長財布が良い。
男性によくある尻ポケットへ入れるのは最悪で、座って財布とお札をお尻の下に敷いてしまう。
財布に入れるお札の向きは、底に対してお札の頭が来るように下向きに入れる。
これは、頭から入りお札が居心地がいいからで、出す時もそのまま持てば頭が上になる。
角が折れているのは必ず直す。

等々、指南された。
大体知っていたことだが、私はお札の向きは違えていたので早速直してみた。笑

お金で買えないものがあるといつも思っていたが、明日食べる物にも困る状況になるとそんなきれいごとは言っていられない。
命も心もお金では買えないが、生きていく為にはお金は必要で、食べるに困らない人のみがそんな理想論を言えるのかもしれないと思う。
お金はあるに越したことはないが、いいエネルギーを乗せ、生きたお金を使いたいものだ。


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台風被害と棄民

2019–09–16 (Mon) 16:55
千葉の台風被害は政府の初動のミスで、未だに復旧が遅れている。
甚大な被害だが投入された自衛隊の数は圧倒的に少なく、民間やボランティアの力に頼っているところが大きい。
またしても想定外とか行政も東電も言っているが、被害が起これば想定外の繰り返しで過去から何ら学んではいない。

今回も気になるのは被災した人達に、事前の情報で準備していなかったのか、備蓄もせずすぐ行政に文句を言うのは甘えだとか、自己責任論が出ていることだ。
そしてマスコミには相互扶助や住民の助け合い、ボランティアの人々を礼賛するような論調が目立つことだ。
何があっても自己責任で自分達で解決しろ、文句を言うな、お上に頼るな、我慢しろ的な考え方がツイッターでも流れていて、その主流は政府批判を封じ込める右翼的勢力に多かった。

被災地を訪問するわけでもなく激甚災害に指定するわけでもなく、今日も私邸で午前中は休養という総理大臣だ。
内閣改造の記者会見で「復旧は待ったなし」と得意気に言ったのには開いた口が塞がらなかった。
待ったをかけてたのは誰だ、と突っ込んだ国民は多かっただろう。

日本は段々冷たい国になって、自助努力で生き延びろという国民意識になっている。
国に支援を求めるのさえ非難されるようなら、何のために税金を払っているのか分からない。
こういう時に国民を救うのが国家ではないのか。

いつも間にか「国民のため国家」ではなく「国家のための国民」への刷り込みが進んでいるような気がする。
この流れは棄民政策にもなり、弱者切り捨てへと繋がる。
自助努力、自己責任、相互扶助が標榜されるようになると、国家の暴走が始まる。
国に寄与しない国民はいらないわけで、行政の支援を必要とするような弱者や老人、身障者が最初に切り捨てられる。

台風が来るといくら注意を呼びかけられても、停電も家の崩壊も個人では防ぎようがない。
食糧を備蓄して家の防備をしても、あの圧倒的な自然の脅威の前には人間は無力だ。
ツイッターで助けを求めるのも、応えて個人が救援するのももちろん必要だ。
しかし個人が手弁当で救助に駆け付けなくても済むような、大掛かりな救援をするのが政治であり行政であり民主国家ではないか。

今回も表立って後手に回る政権の無能と身勝手さを批判するマスコミはない。
それどころか台風被害を政権批判に結び付けるなと、訳のわからないことを言っている安倍シンパの論客もいる。
彼らは自分の家が飛ばされても食料が無くても自助努力で生き延びるのだろうか。

最近の日本という国を見ていると、国民意識が確実に変わってきているのに暗澹とした気持ちになる。



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来世の決め方

2019–09–15 (Sun) 15:33
ある程度の年齢になると過去を振り返りあの時に戻りたいとか、もう一度やり直したい、時間を巻き戻したいと思うことがある。
中にはまたやり直すのは真っ平で、生まれ変わり全く違う人生を送りたいと思うかもしれない。
多分生まれ変わっても、もう一度同じ人生をやりたいと思う人は少ないだろう。

私はスピリチュアルに覚醒してまずやったのは、自分が何のために生まれて来たのか知る事だった。
今の人生を説明するのは過去生を探るのが一番早かったので、いくつか関係のある過去生をヒプノセラピーで見つけ、それなりに今生の自分のあり方の謎が解けた部分はある。

今世の課題やテーマ、解消しなければならないカルマやの契約らしきものも、漠然とだが分かったように思う。
しかしだからと言って、それをすんなり解消出来るわけでも清算出来るわけでもなく、スピで言うブロックの解放や書き換えなどそうそう簡単には行かない。

いっそ何も知らず単純に生きて、喜怒哀楽を味わい普通に暮らしていた方が良かったかもしれない。
しかし必要があったからこそ違う世界を知るようになったのだから、もうかつての何も知らない頃には戻れない。

普通の人が知らない世界を知ることによって、価値観の変化や心象風景が変わってしまったことは多い。
しかし頭ではわかっていても、のテーマである今生の課題や宿業はまだまだクリアできておらず、事あるごとに挫折や無力感を感じる。
気負えば気負うほど一回りして同じ場所に戻ってきたり、迷宮の中をぐるぐる回ってまた振り出し、のような感覚を持つこともある。

ただ、最近気が付いたのは本人の自助努力とは別に、絶対に必要な事は上の守護者が否応なく道をつけやらせてくれるということだった。
思い返すに何度か過去にもそういうことはあった。
厳しい警告もされたし、それでもわからないと辛い修行もさせられた。
多分私が今世プログラムの本筋に戻るためなのだろうと思うし、かつて親しくしていた霊能者に「違う方向に行ってしまっていたと後ろの人達が言っている。」と言われたこともある。

時々考える。
今の私は自分の計画したの青写真に沿っているのだろうかと。
かなりの部分が解明できたとは思っているが、未来はいくつかの道があるような気がする。

神と交信し災害回避の神事で、世界中を回っている人が言っていた言葉がある。
「神は回避できるビジョンしか見せてくれない。」
だから予言や未来予報は当たらないのだろう。

これは個人にも言えるかもしれない。
ネガティブな未来は知った時点で努力や選択ができるということだ。
私もいくつかの未来を言われているが、ネガティブなものはその時点で変えるべく努力したい。

過去は変えることもできないし人生を最初からリセットすることもできない。
しかし未来は選択次第で変えられるので、もしかしたらブループリントに近づくために時には未来も見せられるのだろう。

悔いの残る生き方だとしても、それで終わりではない。
失った物の代わりに得た物もあるはずだ。
誰でもこれからどう生きるかが重要で、それが転生する来世の自分を決めることにもなる。


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虐待の連鎖

2019–09–13 (Fri) 14:50
ツイッターを見ていたらあるツィートが目に留まった。
有名な霊能者の言葉を引用したものだが、「虐待される子供には【愛】の入った名前が多い。名前にはその子供が人生で一番欲しかったものが入っている場合がある。」という文章だ。

虐待死した子供の事件に関連したツィートだったが、胸にグッとくるものがあった。
確かにニュースになる虐待児童の名前には、女児は可愛いものや愛らしいものが多い。
男児は名前負けしそうな立派なものや、この親がどうしてと思うような含蓄の深い名前もある。

なんとも悲しい因果律だが、私もカウンセリングをしたりそれ以外でも、虐待やDVの当事者に会うことがある。
虐待まで行かずとも、親子の宿業は世に尽きることはない。

虐待された人の特徴として、ある傾向がみられるのは事実だ。
「虐待の連鎖」という言葉があるが、虐待された子供は親になると自分の子供を同じように虐待してしまうというものだ。
全てではないが、実際に被害者が加害者になることもあり、幼少期のトラウマはその子の人生に大きな影響を及ぼすのは想像に難くない。
その呪縛から同じ過ちを繰り返すか、同じ轍を踏まないよう生きるか、またはその葛藤に悩み結局普通の人生を送れなくなるかなど困難を抱える。

シリアルキラーは多くの場合、虐待された過去や幼少時に悲惨な経験をしている。
他人に向かなければ、ベクトルが自分に向かい自己崩壊を起こしたりする。

虐待まで行かなくても親が離婚すると子供も離婚の確率が高いとか、とにかく親や家庭のあり方が子供の人生に与える影響は計り知れない。
虐待された経験を持つ人は自分が親になるのが怖いと考える人も多いし、虐待まで行かなくても家庭不和の家に育つと結婚に希望が持てなかったり子供を不幸にしてしまうのではないかと考えるようだ。

スピ的解釈なら、そんな親や家庭を選んで生まれて来たのだから、それの課題を乗り越えるのが今世のの目的と言ってしまえるが、当事者はそんなことは忘れて苦悩にのたうち回る。

特に親子不和は必ずのカルマと学びがある。
生きているうちにそれに気付けばいいが、課題をクリアできない限り延々とその因果は続くから虐待の連鎖という言葉にもなるのだろう。

自分の親を見て結婚はしない、子供はいらないと思っている人が突然結婚したりいらないはずの子供が出来た場合は、それは間違いなくの導きだったと思った方がいい。
虐待される子供は望まれないで生まれた子が多いが、一方で望まなくても生まれてくれて、おかげで人生を変えてくれた子供もいる。
出来ちゃた婚はよくあるが、いわば向こうから強制的に来てくれる場合は、必ず親にとっての深い学びを与えてくれる天からの賜物なのだと思う。


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命の危機

2019–09–11 (Wed) 16:30
台風15号の被害が甚大だ。
千葉県内では未だに40万戸以上の停電が続き、断水の地域もたくさんある。
しかしテレビのニュースではお茶を濁す程度しかやらない。
一方ツイッターでは今日も悲鳴のような被害の惨状と、救助を求める声が次々と流れてくる。

この現象を見て日本はいよいよおかしくなってしまったのかと思う。
おかしいのは安倍政権と操作されるマスコミだが、それに何も感じていない国民も同じだ。
政治の不利にならぬよう都合の悪い情報を隠すのは悪政の常套手段とはいえ、こと人命に関わる災害や緊急事態でも内閣改造の方が大事で、韓国の玉ねぎ男を延々と放送する国営放送以下マスコミはもう終わっているとしか思えない。

安倍政権になって社会の木鐸を捨てた報道だが、国民の命さえ無視するのはもう感覚が麻痺しているのだろう。
官邸の命令か忖度かは知らないが、最近は世界各地の災害も異変も政治的出来事も殆どニュースにならない。
政権にとって都合のいい嫌韓報道だけは朝から晩までやっているが、とにかく国民には世界情勢や政治や自分の状況について考えないように、娯楽とお笑いとスキャンダルさえ与えておけばいいということだろう。

去年大豪雨の時に赤坂自民亭で宴会を開いていた安倍総理は、今回も内閣改造のために台風被害をなるべく見せないように千葉県民が猛暑の中電気も水も食べ物もなく壊れた家屋でしのいでいるのも無視だ。
テレビのトップニュースは小泉進次郎氏の入閣と産休についてだ。
命の危機に瀕している被災者がすぐ近くに大勢いるというのに。

緊急事態条項を改憲して手に入れたい安倍総理だが、今こそ緊急事態なのが空っぽのおつむでは結びつかないのだろう。
緊急事態条項は災害が起こった時の為に国民の人権を一時停止し全権を政治が握るというものだが、災害は抜けて全権掌握が目的だから今回のようなことになる。
腐臭漂う顔ぶれの内閣を作るために、どれだけ国民の命を軽視し国民の人権を蹂躙すれば気が済むのだろうか。

多分日本各地の人たちはニュースだけ見ていれば、千葉がそんな大変なことになっているのなど判らないだろう。
ツイッターを見ているだけで、東日本大震災の津波の後を彷彿とさせる映像が次々と流れてくる。
自衛隊に派遣要請はしたようだが、数が少なそうだ。
熱中症で亡くなったり停電のため透析や人工呼吸の病人が死の危険に瀕している。

東北大震災と原発事故の時、つくづく安倍政権でなくてよかったと思う。
あれが今なら確実に日本は壊滅していただろう。
これほど国民の命を疎かにしている総理大臣は見たことがない。


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直観と予感

2019–09–10 (Tue) 16:37
誰でも直観がある。
予感もある。
特に予感というのは悪い予感が多く、それには素直に従った方がいい。
大抵は守護する者の警告だからだ。

しかし閃きや直観や予感を全部実行していたら、収拾がつかなくなってしまう。
中には自分の希望や思いが直観としてやってくる場合もあるし、もともと気が進まないことを嫌な予感と取り違えることもある。
気が進まないというのも大きくとらえれば予感のようなものだが、大抵時期ではないか諦めろというサインであることは多い。
それでもごり押ししてそれなりに結果を出す場合は、本人のパワーが強いと言えよう。

スピリチュアル的にアドバイスするなら直観や予感は無視しない方がいいが、それについては緊急以外は少しリサーチしてみるのがよい。
例えば、転職先を探していたがいい話がなかった場合は少し待ってみるとか、転職先が気が進まないか迷っている時は他の人に意見を聞いたり自分なりに詳しく調べてみると、大抵どこかで答えが見つかるものだ。
で、直感通りでもそうでなくても、自分で一番納得できるものが答えだ。

よく、欲しいものがあり買い物に行くとパッと目に付くものがある。
だが、値段等が折り合わなく他を探してみるとする。
しかし結局最初の品に戻り多少条件面で折り合わなくても妥協し、それを買うことになるというのがままあるパターンだ。
直観+リサーチで直観が正しいことを証明するのがベストかもしれない。

ただ直観ばかりに頼るのがいいかというと、そこは是々非々だ。
スピ業界の一部が「自分の直観に従って、自分に素直に」と説いているが、それをそのまま実行したらとんでもないことになるので、そこは常識の範囲内でやるべきだろう。

辛いことや困難は人生の修行であり霊的成長には必要な事だから起きる。
生きて生活していくためには耐えなければならないこともあるので、「自分に素直に直観に従って」がただの自分本位になっては困るのだ。

まあ、目安としては大きな出来事を決める時は、直感だけではなく慎重に検証し現実的な部分を勘案するということだろう。
ふっと来る直観や予感は、根本的に人生や生活に関わらない部分で適宜使った方がいいと思う。

逆に言えば大きな人生の流れは直観や予感で簡単に左右されるものではなく、天の配剤、あるいはのブループリントである程度決まっているからだ。
くれぐれも「直観」で会社を辞め「予感」で占い師になどならないように。笑



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良心と罪悪感

2019–09–09 (Mon) 14:47
大抵の人は良心を持っている。
サイコパスやメンタルに欠落のある人以外は大なり小なり良心の呵責や罪悪感を感じたことはあるだろう。
それはどこからくるかというと、かなり環境的要因があるだろうが、的に持っているのもあると思う。
そういう意味では良心とは人が生まれながらに持っているものと言えるかもしれない。

例外もあるが、大抵の人間は時々の社会の中でいい事悪い事の区別は持っており、その境界線は個人によって違うにしても大きな括りは違わないと思う。
犯罪を犯してはいけない、人を殺傷してはいけないことは誰でも知っている。
罪に問われなくても倫理的にいけないことをした場合や人を傷つけた時に良心が痛むのが普通だ。

良心の呵責はしばしば罪悪感となり自責と自己刑罰に繋がるが、その傾向が殆どない人と過剰に持っている人がいる。
前者は楽天的な人に多く後者は悲観的な人に多いような気がする。

スピ界ではよくブロックの解放とか潜在意識の書き換えというワークをして、過去のトラウマやの持っているカルマを軽減させようという取り組みがある。
今世だけではなく過去生に遡って持ってきたカルマから、今の自分を紐解き解明する事もできる。

特に罪悪感を持ちやすい人や自責傾向のある人は、必ず過去生で何かしら辛い経験を持ちそれを解消しきれないまま生まれ変わっているが多い。
よくあるのは過去生のカルマを清算するために縁のある相手とまた今生でも縁を持ち、似たようなパターンを作ってかつてクリアできなかった課題に取り組むケースだ。

もし他人が問題なくやり過ごしてしまえる事象や出来事に、過剰に囚われ良心を痛ませたり罪悪感を持つような場合は、必ずそこに潜在意識やが持っている大きなテーマがあると思った方がいい。

無駄に苦しむ必要はないが、どうしても拭い切れない不安や恐怖、苦悩や贖罪意識は、実は目の前にある現実的な問題を通して、もっと奥深くにある潜在意識やの課題を教えているのかもしれない。

そんな時には自分の子供時代から振り返り、同じパターンや似たような反応を繰り返していなかったか検証し、その大元がどこにあるのかを探ってみると思いがけない答えが見つかる場合がある。

良心の呵責や罪悪感に悩んでいる自分に埋没するのではなく、表面的な問題ともっと奥にあるものも含めて積極的に原因と解決方法を模索した方がいい。

人間は良心というものを持たなければどんなに生きやすいかわからないが、良心を持っているからこそ人間なのだと思う。



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ハインリッヒの法則

2019–09–05 (Thu) 15:03
今日は横浜の近くで京浜急行の電車の脱線事故があり、30人以上の負傷者が出ている。
ネットでもリアルタイムで画像や動画が上がっていて心が痛む。
最近神奈川県では電車の事故が多い。
私が覚えているだけでも今年になって複数あったように思う。

何か大きなことが起きる時は、前触れのように小さいことが何度か起こる場合がある。
個人には注意喚起の場合もあるし、今回のように個人の力ではどうしようもないケースは注意のしようがなくても、天の報せのようなものかもしれない。

ヒヤリハットの法則というのがあって、正式にはハインリッヒの法則というのだが以下のような経験則だ。

「1件の重大事故の背後には、重大事故に至らなかった29件の軽微な事故が隠れており、さらにその背後には事故寸前だった300件の異常、いわゆるヒヤリハット(ヒヤリとしたりハッとしたりする危険な状態)が隠れている」

これは統計的に出したものだが、スピ的に考えても小さな事故の段階で上の何かが注意喚起しているのだから、それに気付いて気を引き締めるとかやり方を変えるなどすればいいが、大抵の人は全く改めないから大事に至ってしまう。

交通事故なども大事故を起こす前に危なかったり小さな事故を何度か起こしていて、周りは気づいたり本人自身も気づくこともあるが、なかなか身に付いた習性は変わらない。
で、やってしまった後に「やっぱりね、危ないと思っていたよ。」と思う人が必ずいる。

交通事故などは個人で回避できるが、今回のトラックとの衝突脱線事故は大局的に見れば地域的にいくつか小さい事故があったので流れとしての大事故だ。
しかし、局所的に見れば双方いずれかにヒヤリハットの法則が働いていたとも考えられる。

このハインリッヒの法則は事故だけではなく、個人的な失敗や会社のトラブル、政治でも適用されるので、小さな失敗やハッとしたりヒヤリとしたことが複数回続いたらくれぐれも注意した方がいいだろう。

スピ的には必ず大事の前には守護する者や上の方から何かの警告が来る。
それで気づいたり改めたりしたら大難が小難で済むし回避できることもある。

私も何度か、「そこまでしないと気が付かなかっただろう」と言われたようなことを経験している。
もういい歳なので、貰えるサインは漏らさず気付くようにして、身を律したいと思う。

ハインリッヒの法則は政治の世界でも通用する。
歴史的に見ても、戦争が起こる時はヒヤリハットが必ずある。
今の日本もその例外ではないだろう。


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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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