邪気がつく

2019–06–11 (Tue) 16:55
スピリチュアル世界で、見えないものの実態はエネルギーだと考えるとわかりやすい。
霊魂も幽霊も思念も邪気もオーラも、皆ざっくり言えばエネルギーだ。
それぞれの違いがあって、それは波動と言われたり周波数と言われたりもする。

神仏のような大きくパワーの強いエネルギーもあれば、個人が感じる好き嫌いの念や思いもエネルギーとなって放たれる。
神社へ行って清々しい気持ちになったり何故か涙が出てくるのは、神気という場のエネルギーに触れたからだし、裏路地のごみごみした所で不快になるのはそこに溜まった邪鬼や負のエネルギーを感じるからだ。
地縛霊や悪霊などの固有のエネルギー体もいるが、人の落としていったネガティブエネルギーが溜まり淀んでいる場合もある。

そしてエネルギーは付いたり留まったりする。
普通は邪気の存在など信じないだろうが、例えば嫌な思いや辛い思いをした時に着ていた服をまた着たいと思うだろうか。
嫌いな人の服を貰っても、なかなか着る気にはならないはずだ。
それは本能的にそこに残っているその時の残留エネルギーを拒否しているからなのだ。

服に限らず物にも体にもエネルギーは付くので、もしあまりよくない場所や人に会った時は帰ってきたら手を洗いうがいをするか、早くシャワーや入浴で髪や体を洗い流した方がいい。
そして着ていた服は必ず洗濯をすることだ。

エネルギーに敏感な人は座る場所さえ気にする。
電車の優先席やカフェでも何となく嫌な席などは避ける。
何故ならそこに座った人たちの負のエネルギーが残っているからだ。

私はスピリチュアルを深く知るまでは頓着しない方だったが、ある時全身のアロママッサージをしてもらったことがあった。
ところが、翌日半端ではない腰痛に見舞われた。
しばらく治らなくて整形外科で検査をしたほどだったが今なら理由が分かる。
そこにはいわくのあるマッサージ室でそこで施術を受けたので、マッサージ台もそうだしセラピスト自身も何かしら深刻な邪気を貰ってそれを次に回していたのかもしれない。

最近はスピ的視点から見るようになったので、今なら理由の判らなかったことが解明できる。
自分が知らずに感じて実行していたことは、皆スピ的に意味のあったのだと。
昔から人と手を繋ぐのや体に触れられるのは嫌だったが、それも相手のエネルギーを貰うのを防御していたせいなのだろう。

エネルギーは気とも言えるが、気は指の先から一番出ていく。
だから昔から人を指差すなと言われる。
気が相手に飛ぶからだ。
マッサージなどは敏感な人は気を付けた方がいいと思う。
相手によってはいい気を貰い良くなることもあるが、逆にネガティブな気を貰ってかえって悪くなることもあるからだ。

そんなことをいちいち気にしていたら生活できないし生きていけないが、これだけは言える。
何となく着たくない服や身に付けたくないものはよした方がいいし、直観的に嫌だと思う場所や人はなるべく避けた方がいい。
それは自分のセンサーが良くないエネルギーに反応しているからだ。



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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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