神様の加護

2018–01–06 (Sat) 16:20
お正月に初詣に行った人も多いのではないだろうか。
大きな神社ではものすごい数の参拝客で、その映像を見ているだけでも凄まじいエネルギーを感じる。
あれだけの人々の祈りを向けられ受け取る神様は、きっとお喜びだろう。

あまりにも世俗的になりすぎて神様がいなくなっている神社もあると聞くが、神社に参るということは自分自身の内在神にも祈るという事なので、たとえ神様が留守にしていても見えない世界の大いなるものに畏敬の念を抱き謙虚に手を合わせるだけで自分の魂も喜ぶと思う。

ある神職が書いたスピブログに正しい神社の参り方というのがあった。
参道の歩き方から参拝の仕方から作法は決まっているらしいが、それをきちんと実践できている参拝客ばかりではないだろう。
参道の真ん中を歩かず手水を使って二礼二拍手一礼というのは常識的な事だが、いくら作法に則ってやっても混んでいるのに長々と中央で手を合わせていたりお賽銭箱にお金を威勢よく投げ入れたりするのはどうだろうか。

因みに拝殿の側ならどこで拝んでも神様には届くそうだ。
沢山祈りたいなら横の誰も邪魔にならないところでゆっくりと拝むといいとその神職は書いていた。

ただ、神社ではお願い事よりお礼と感謝を祈った方がいいのはよく言われる。
「困った時の神頼み」という言葉があるが、神様ならずとも困った時だけ「お願い助けて」と頼みに来るのは少々虫がいいかもしれない。
普段から氏神様や好きな神社へ折々ご挨拶に行っておくことが必要なのではないだろうか。

中には厳しい神仏もいて現世利益を求めて祈願するとすぐ叶えてくれるが、お礼参りや一生仕えなければならないという神仏もあるようだ。
稲荷神は必ずお礼参りに行かなければならないし、粗末にしたら怖いというのはよく言われる。
先日知り合いの占い師が恋愛問題で悩んでおりマザコンの彼氏をママから独立させるために「聖天様に願掛けしようかな」と冗談で言っていたのだが、私は思いっきり本気で止めた。
霊能者がそんなことをしたらすぐに叶うだろうが、その後の責任が重すぎると真面目に思ってしまったからだ。

神様は慈悲を持って人々を救済してくれるだろうが、自分本位なお願い事や現世利益ばかりを求めるのは少し違うような気がする。
まずは神頼みより自分自身が天に恥じない生き方をしていくことが第一で、そうなれば神様の御加護も自然と得られるのではないだろうか。




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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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