体の不思議

2016–07–21 (Thu) 17:25
先日仕事仲間と久しぶりに会ったのだが、実は彼女は3か月前一緒に歩いていて階段から落ちて顔を強打した人だ。
顔面骨折と足の打撲で大変だったのは知っていた。
顔面骨折の方は治っていたが、当初大したことがないと思っていた足の打撲の傷から黴菌が入り足全体が腫れ上がり患部が壊死をしてしまったという。

怪我の後一度話す機会があったが、私は「大変だったけれどこの事故で何か気が付いたことや変わったことがあると思う。物の見方が変わるはず。」と言った覚えがある。
先日その話になって、彼女は「確かに上手く行っていなかった夫婦関係が良くなり、子供たちも優しくなった。自分にとってこれからの人生を考えるきっかけになった。」と話していた。

彼女は全くスピリチュアルには興味のない人だったが、少なくとも私のスピ的解釈は腑に落ちたようだった。
壊死した足も通っていた病院の医者に不信感を持って転院したところ、いい医者に当たり壊死から新しい組織が出て来たと言っていた。

前の病院の医師に対する不信感と治らないというネガティブな感情が患部に行ってしまったから良くならなかったが、医者が変わって希望が持てマインドが変わったので状態も改善したのではないかと私が言うと、思い当たることがあるようだった。
以前は黒くなって陥没した醜い患部が嫌で見たくなかったそうだが、新しい組織が出てきたら見るのが嬉しくなってきたそうだ。

人間の体とは自分の気持ちで変化する。
だから「病気」であり病は気からと言う。
自分が否定して悪意を持つようになった自分の体が良くなるだろうか。
ネガティブな念がそこに集中したら良くなるものも良くならない。

病気になろうが怪我をしようが全ては自分の体であり、そうしたのは自分自身なのだ。
それをそこだけ悪者のように切り離したり否定してしまったら、自分自身で自己矛盾を起こすことになる。

よく病気と戦うとか癌を叩くとか言うが、それは自分自身を叩くことになり自滅する。
スピリチュアル的な病気の捉え方は、必ず病には意味があるということだ。
それを知れば癌さえ肯定できるようになる。

その彼女には、毎日患部を手当てする時にいたわりと愛情を持ってねと言わずにはいられなかった。
それはとりもなおさず私自身の経験からきて悟ったことであり、実際今も自分に言い聞かせていることだ。
今回自分以外にもそれが実際に起こっている事例を目の当たりにし、やはり人間の心と体は表裏一体なのだと改めて実感させられた。

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職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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