天神様に会いに行く・2

2016–07–05 (Tue) 19:12
香椎神宮の弁財天様に暫く手を合わせ立ち尽くしていたのだが、もう夕刻で参拝を済ませた後はそのままホテルに行った。
さすがに疲れて一休みした後早々にシャワーを浴びたのだが、なんと右足の甲にマダニが食い付いていたのだ。
シャワーを浴びている最中に何か黒いものが付いていると思い無理に掻き取ったのだが、後でそれがマダニだと気付いたのは弁財天様の前で足がもぞもぞ痒かったのを思い出したからだ。

私はその時雨模様で濡れてもいいように素足にバックバンドの靴を履いていた。
本体は流れてしまったが昔も刺されたことがあり覚えがあるので、状況証拠からも疑いようがない。

問題はここ数年西日本でマダニがウィルスを媒介するダニ感染症が増えて、致死率は20パーセントにも上るということだ。
香椎神宮は福岡県で発生したマダニ感染症に近い場所だったのである。

元来がネガティブ思考の私は心中穏やかではなくなり翌日ホテルの最寄りの皮膚科へ駆け込んだが、ウィルス感染症に関しては様子を見るしかなく他の可能性のある感染症に関しては抗生剤を出しておくからとのこと。

神社へ行ってマダニに刺されるとは、これはどんな意味があるのだろうかとよくよく考えてしまった。
厳しい神様は参拝する人間を試すと言うが、多分私も試されたような気がする。
裸足で行ったことや実は弁財天様には少々の恐怖心を持っていたことや、でもとても素敵で感動したことや諸々の私の心を見て、揚羽蝶とマダニを一緒に遣わせてくれたのかもしれない。

ついでにマダニ事件で今まで何とか解放したいと思っていたネガティブトラウマが再起動してしまった。
自分ではそれを自覚しセルフコントロールに務めていたものだ。

セラピストやヒーラーの許に行けば、ブロック解除とか手放して幸せなんてすぐに実現できそうな錯覚に陥るスピ系人間が沢山いるだろうが、どんなライトワーカーでも魔法のように心のブロックを解消したり人間の波動やエネルギーを簡単に変えることは出来ない。
勿論神様だってそれをしてくれるわけではない。

本人の魂がそれに気付き学び進化する努力をしなければ、大枚をはたいてエネルギーワークをしてもアチューメントをして貰っても無理だろう。
そしてそれには時間がかかる。
三歩進んで二歩下がるという感じだ。
実際私もこのブログを始めてもうすぐ一年だが試行錯誤の繰り返しで、どれだけ自分は成長出来たのかと情けなくなる時がある。

スピ関係の様々な人と知り合い様々な知識を得た。
可否の判断、取捨選択などを繰り返したが、究極全ては自分の魂に帰趨するということを感じている。
スピ能力もエネルギーも人に与えられるものでも与えるでもない。
自分の持っているものを自覚し使うものだと。

占いもリーディングもヒーリングも、それ関係は全て単なるきっかけや触媒でしかない。

今回の事でまだ自分が全然進歩出来ていないことを再認識せざるを得なかった。

長いので次へ。


天神様に会いに行く・1

2016–07–04 (Mon) 17:27
先週太宰府天満宮へ行って来た。
一泊の駆け足だったが、年に二度ほどはお詣りし祈祷をして貰うので少し早いが今回も行くことししたのだ。

実は先月枕元に置いているお守りを洗濯してしまうという頓馬なことを仕出かし、(しかもそれは去年もやっていた)これはやはり早目に行かなければならないということなのだろうと思ったわけだ。
二度もお守りを洗濯するということはよほどお守りも浄化してほしかったのかもしれない。
かなり私のネガティブ邪気を吸ってくれていっぱいいっぱいだというサインだと勝手に解釈した。
事実その頃は深刻な相談や鑑定があって、自身のスピリチュアル的方向性を見直しなさいとガイドから言われているような状態だった。
早くお返しして次のお守りにバトンタッチしてもらわなければと思っていた。

因みにお守りやお札の類は機械的に製造された単なる物でしかないと考える向きもあるが、私は自分がそこに神様を感じそう思って接するなら必ず宿るものがあると考える。
その神社神社に神様がいて、天満宮のお札は宮司さんが祈祷して天神様に繋げてくれたものだしお守りも持つ人間の心によって同じ効果があると思っている。
本当にそこに神様が来てくれるのか、あるいは自分のガイドなり守護霊がその代わりをしてくれているのかは分からないが、御札もお守りもこちらが心を込めれば依り代として充分加護してくれると思う。

神社は呼ばれると言うが、太宰府天満宮に行こうと決めて日程や航空券の手配で何気なく6月29、30日にしたところ、、実は私は全く知らなかったのだが、6月30日は大祓いの日だったのが後で分かった。

事前に天満宮から大祓いの案内が来ており祓いの人形と志を郵送していたところ、30日に行くことになってよく見たら当の大祓いのその日ではないか。
そもそも大祓いの日をよく見ていなかった私も間が抜けているが、あまりの偶然に驚いてしまった。
天神様は本人も来なさいと呼んでくれたらしい。

そんなわけでやはり天神様には改めて御縁を頂いたことに感謝した。

最近は神社巡りが趣味になりつつあるので、行った当日は香椎神宮にお詣りしてみた。
清冽な神気を感じる場所で、小雨が降っていたがゆっくりと参拝し帰りに池の真ん中にある弁天様にお詣りをした。
綺麗な弁天様で、自分の描いているベネチアンマスクに雰囲気が似ておりしばし佇んで見とれていた。
芸術の神様なので何となく励まされたような気がしたが、偶然にも雨にもかかわらず揚羽蝶がお社の後ろから出てきて私の周りを一回りしまたお社の後ろに消えた。

きっと何か繋がれたのかもしれないととても嬉しくなったが、同時にとんでもないことが起きていて、神様はやはり優しさと厳しさを持ち合わせて参詣する人間の心構えを試しているのかもしれないと思った。

長くなるので次回へ。

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運の使い方

2016–07–02 (Sat) 16:18
先日人間の運というものについて考えさせられる話を聞いた。
人間には決まった量の運というものがあっていっぺんに使い過ぎると無くなるのも早いとか、また最初から持っている運の量が違うと思うことがある。
あまりにツイていると必ず落とし穴があるというのを、何となく感じる人はいるだろう。

薄幸で終わる人間や銀のスプーンを咥えて生まれて来る人間もいて、それぞれの魂が決めてきた人生だとは言える。
しかしそんな大前提とは別に、どうも人生で良い事悪い事は帳尻が合うようになってるのではないかと思うのだ。

私は画家をやっているが美術団体にも属しており、そこでは様々な人間関係を見て来た。
会社とは違うが組織でのヒエラルキーはあって、野心家も多く芸術家より政治家のような人もいる。
会社が収入で人を動かすのであれば芸術組織は名誉欲で人を動かす社会だ。

人の野心や欲に色が着けられるのなら、ひょっとして普通の会社よりドロドロした色彩になっているかもしれない。

私も知っているある絵描きさんが、団体のトップ集団を目指していた。
受賞や幹部へのロビー活動は必須条件で、それには実力以外にも必要なものがある。
その人はここ何年かで目覚ましい活躍もし、望むもの全てを手に入れた。
実生活でも棚ぼたのような富を得たそうで、それも役に立ったのか複数の団体の中で上りつめていった。

その人には数年前初めて会ったが、会う度に感じが変わり最近の変貌ぶりは目を見張るものがあった。
なんというか色々な意味でギラギラ光っている感じだった。
とんとん拍子に幹部集団に入ったが、奇しくもその集まりの席で倒れてしまったそうだ。

幸い命は取り止めたようだが、それを聞いた時私は何とも言えない怖さとご本人には申し訳ないが心の片隅で驚愕とも違う何かを感じてしまった。
私は人生で何度かそういうケースを知っている。
「危ないな」と思う人だ。

順風満帆に全てを手に入れ幸せに終わる人と、全てを手に入れて不幸になる人がいる。
元々持っている徳とか心掛けとかその違いを論じても仕方がないが、正負がプラスマイナスゼロになることは世の中にままある。

上記の人のように極端でなくても、例えば受賞したりすると悪いことがあったり逆の場合もある。
私も立て続けに受賞した時に、生活では大変なことがあった。

人生は程々が良いということだろうか。
あまり欲をかかず良い事があったら必ず周りに還元し、悪い事があったら負の先払いだと考える。

好事魔多しと言うが、順調に行っている時ほど謙虚になる必要がありそうだ。

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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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