闘争本能

2020–01–11 (Sat) 20:37
アメリカイラン危機はどうやら回避できたようだ。
全世界がほっとしているだろうが、中にはちょっとがっかりした人もいるような気がする。
人間には動物のように闘争本能の強い人がいる。
金儲けを企む支配層でなくとも、普通の人々の中にも「やってしまえ」と思った人はいただろう。

火事や台風でワクワクする人がいる。
特に火事などで集まるやじ馬は、かなりこの傾向が強い。
不謹慎だが、自分が巻き込まれない限りは高見の見物が好きなのが人間だ。

古代ローマやギリシャ時代に奴隷同士を格闘させたり猛獣と戦わせたりして、それを貴族たちは娯楽として見ていた。
格闘技がスポーツとして残っているのは、人間の闘争本能の証明だろうし、今でもボクシングやプロレスのファンは多い。
格闘技ではなくてもスポーツで競うということは、相手を打ち負かすということであり、これはスポーツという名を借りた戦いで、闘争本能がなければできない。

悲しいかな戦争は人間のこの闘争本能があるから起こる所業だと思う。
普通の人でもすぐ手の出る人や喧嘩っ早い人と、理性的に頭を使って解決しようとする人がいるが、これはその人間ののルーツがどこにあるかでも分けられるように思う。

元が狩猟民族か農耕民族かでも違うし、もっと言えば宇宙から来たとして出身星の特性によるものかもしれない。
好戦的な民族や国はやはりそういうが多い。
日本人は農耕民族で大人しいが、この傾向は戦争になると戦いが好きというよりも精神性でのめり込んで行くような気がする。

本能ではなく国を守るとか家族を守るとか天皇の為とか、自分の外に何か理由をつけて戦うという特性があるのではないだろうか。
だから特攻隊など死ぬのが分かっているのに、敢えて「~のために」という大義名分を付け美化して送り出した。
他の国では戦争でもそんな理由は通用しない。
闘争本能がモチベーションになって戦う民族と、本能ではなくマインドで戦う民族の違いがあると思う。
イスラム教の自爆テロなどは、特攻隊と同じシステムでなされていると考えられる。

人間に闘争本能がある限り、世界から戦争が無くならないのは残念ながら事実だろう。
そこにもっともらしい理由をすり込み洗脳すると、もはや普通の人間さえ戦うロボットになってしまうのが戦争だ。


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今年も有難うございました

2019–12–30 (Mon) 19:29
今年も終ろうとしている。
今年はインド占星術を勉強して、実際鑑定もするようになった。
インド占星術を知るにつれ、統計学占術とは人間の知恵の範囲を超えていると思わされる。
インド占星術に限らず西洋占星術でも四柱推命でも紫微斗数、算命学でも、いわゆる統計学と名のつくものは、膨大な統計の上に成り立つと仮定しても何人かの占い師の力で成し遂げられるものではなく、多分高次の力が働いているのだと思わざるを得ない。

統計学占術はある程度未来を知ることになるので、それとどう向き合うかという自分のスタンスも重要になる。
特にネガティブなことを知るとそれの受け止め方で本当に引き寄せてしまう場合もあるので、そんなタイプの人は知らないほうがいいだろう。

とある記事で統計学は生年月日、時刻から見るが、実はある程度決まった人生の流れが統計学としてあって、魂の方がその誕生日を選んで生まれてくると読んだことがある。
このパラドックスは案外正しいかもと思ってしまった。

占星術では一年のイベントや流れも星の運行で読める。
経済恐慌や戦争も歴史上同じような星回りで繰り返されていることも証明されている。
2020年はどんな年になるのか占星術でもおおよその予想はされているようだが、地球自体の激変期に来ているので平穏に終わってほしいものだ。

私は東京オリンピックが決まった時に何故か実現しないような気がしたが、どうやらその予想は外れるようだ。
ケチの付き通しの東京オリンピックだが、それでも都合の悪いものは封印し強引に突き進んでなんとか実現させるのは今の日本を象徴している。
日本という国を見ていて失望しかない今年だったが、さて、2020年は日本にとってどんな年になるのだろうか。
国も一人一人も平穏無事であってほしいと心から願う。

今年も一年間ブログを書いてきたが、時に政治ネタなどは過激になったり私情が入ったりと反省面もあった。
しかし、長く読んでくれる読者の方もいたり、貴重なコメントを下さる方もおり励まされている。

今年も一年、ご愛読有難うございました。
皆様の幸せを祈念いたします。


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霊能力の未来

2019–12–18 (Wed) 11:35
私は今まで色々な霊能者や占い師、また普通の人でもある程度霊能力がある人を見て来た。
実際に鑑定してもらったり鑑定したり親交を結んだ人もいる。

スピリチュアルの定義は難しい。
その人その人にとって違うし幅が広すぎる。
霊能力も同じで単に幽霊が見える、アカシックを読める、神仏や高次の存在と話せるなど人それぞれだし、その中でも色々分類されたりしている。

霊能力は単なる能力であってそれは個々人の持つ能力の一つに過ぎないと思う。
足が速い、頭がいい、画才があるなどと同じものだろう。
何が言いたいかというと、一つの才能に秀出ていても善人も悪人も、人格者も未熟者もいるということだ。
ややもすると霊能力があったりスピリチュアルマスターは人格者で霊格が高いと思われがちだが、足が速くても悪人はいるように全く人間性には関係ないと思うのだ。

天からのギフトだからと、何か崇高なもののように見られているかもしれないが、ギフトは正しく使って初めてギフトになる。
それを貰った人達も自分は特別選ばれたのだと錯覚しがちだが、これが落とし穴で選民思想を持ったり特別視されることを望んだりする。

勿論、他の才能と同様仕事にしたり対価を求めるのは当たり前だし、有名になりたいという野心を持つのも否定はしない。
秀でた才能が有ればそれで高みを目指すのは自然だし、そのためには努力も欠かせない。
大事なのは、能力の研磨と社会へのフィードバックで、それは霊能力といえど変わらないと思う。
ただ、霊能力は見えない世界を相手にするだけに評価も目に見えるものではないから、悪用しようと思えばいつでもできる。
はっきりと結果が目に見えないので、いかようにもどの方向にも使うことが出来て、結果霊能力の世界はカオスになっている。

これからどんどんサイキック能力がある人間が増え、霊能力は誰でも持つようになり普通に生活のツールになるのではないかと言われている。
事実今の子供たちは不思議な子が多い。
学校では自閉症や発達障害など、特別支援の子供が30年前の数倍増えているそうだ。
彼らは社会に馴染めなくても、不思議な能力を持っていたりする。

占いや自己啓発などスピリチュアルに関係したビジネスや相談業が爆発的に増えているのは、社会の病理と見るのか人類の進化変容と見るのか。
いずれにしても、これから人間も社会も環境も大きな変化が来るような気がする。


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人間の変容

2019–12–11 (Wed) 14:26
私はスピ系のブログは毎日幾つか読んでいるし最近はユーチューブでも見ている。
いずれも自分の考えていることや感じていることと似たようなことを言っていたり、参考になることもあるからだ。
結構な部分で共通認識を得られていると思うような人、あるいは許容範囲だと思えるものしか読んだり見たりはしない。
それでも、人生観やポリシー、思想信条が真逆という場合もあって、そこも割り切って考えられる場合は継続して読んでいたりする。

私は一部の自己啓発系やスピの人が言うように、自分にとって嫌なものやネガティブなものは見ない、聞かない、という主義ではないので、社会情勢や時事問題、政治については常に情報は収集している。
それは自分の為ではなく社会人として必要だと思うからだ。
今の政治を見ていて悲憤慷慨して自分のためになるかと言ったらストレスが溜まるだけだが、では自分さえ生活できて楽しければいいのかと言えば、私はそういう人間ではないからだろう。

しかし今のスピリチュアルや自己啓発系の潮流を見ていると、特にそこそこ安定したスピリチュアリストや成功法則を売りにしている自己啓発系の人などは、ひたすら「自分が一番、自分が自分を作る、自分次第で現実も変わる」という考え方か、「楽しく生きて宇宙にお任せ」的なものが主になっており、社会や政治には全く関心がないのに戸惑いを覚える。
多分嫌なものは見ないというポリシーがあるから、自分の生活が脅かされない限り犯罪も腐敗政治もよその世界の出来事にしているのかもしれない。

彼らはある程度ネットでも知名度があるし実際にセミナーをやればかなりの集客力があるから、この道の成功者と言える。
とにかくすでに年収数千万という人達だから完全に勝ち組で、みんなこの高みまで来なさい、というコンセプトでそのノウハウを教えている。
しかし派遣が増えてもネット難民が増えても、そうなったのは政治、社会のせいという発想はない。
なぜなら豊かな生活を享受している彼らは今の社会でも何不自由なく困っていないから、彼らにとっては住みよい社会なのだ。

当然政治もどうでもいいどころか、既得権益を脅かされるくらいなら今の政権が続いてくれた方がいいに決まっている。
累進課税でも強化されたら彼らはそれこそ生活を脅かされるわけだから。

そんな成功者たちのセッションやセミナーで、派遣でかつかつの生活をしている人達を救えるだろうか。
最近、ユーチューブで人気者のスピ系や成功法則ユーチューバーなどの動画を幾つか見ている。
なるほど確かにいいことを言っているし同感することもままあり、人気が出るのもわかるような気がする。
でもユーチューブに限らずブログでも、共鳴できる部分や参考になる部分があってスピリチュアル的には同じ方向を向いているのに、思想信条が正反対なのはなぜだろうと考え込んでしまう。

結局のところ、人間はその時の自分の環境によって思想信条も変わってしまうからだろう。
スピリチュアル世界の理を知っていても、収入が増え成功すれば金持ちの世界に住みその視点になる。

それが人間なのだと思うが、やはりどんなに状況が変化しようが私は自分の軸はぶれないように生きたいものだと改めて思う。



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波動の法則

2019–12–07 (Sat) 16:09
波動についてある記事を読んだが、これまでぼんやり感じていたことが説明されていた。
波動、気、エネルギー、パワー、周波数など、類似語としてよく使われる。
厳密にいうとそれぞれ微妙な違いがあるようだが、スピリチュアルで使うのは各人によって捉え方や解釈も自由なので、唯一無二の真実というのはない。

で、その波動だが、それはいわゆる個々の周波数、振動のことだというのが説明だった。
ワングラスは音の振動だけで割ることが出来る。
天使の周波数、悪魔の周波数というのがあるのは周知の事実だ。

そもそも世の中のすべての物は周波数を持っているというのが量子力学で説明されているが、この種類の違いによって波動が決まるらしい。
波動の高低、強弱もスピではよく言われる。
「あの人は波動が高い」「あの人は波動が低い」「高い波動の人と付き合おう」「低い波動の人とは離れよう」など皆同じようなニュアンスで語られる。
強い波動と高い波動は混同しがちだが、これはイコールではなく波動が低くても強い人はいる。
波動が強くて低いタイプには、金持ちや社会的地位があっても人品の卑しい人が多い。
逆に波動が高くても弱い人は、いい人なのだが人の影響を受けやすいそうだ。

確かにギラギラした人やいかにも俗的で影響力の強い人などは、波動は強くても低い感じがする。
真に波動が高く強い人はやはり霊格も高く人徳があって人々を導いていくような人だろう。

面白かったのは、一人の人間も色々な波動を持っていて、外に出る時、家に居る時、いいことがあった時、凹んでいる時と、出てくる波動が違うそうだ。
前に会った時とすっかり印象が変わっていたというのは、出している波動が違うからだ。
波動が高く強い人も波動が低く弱い人も、それぞれの枠の中で様々な波動を持つということだ。

波動は共鳴するので、その時の波動の人と似ている波動の人を引き寄せたり付き合ったりする。
ネガティブになっている時は、同じネガティブ問題を持っている人と話が合うし繋がっていく。
金持ちは金持ちしか付き合わないし、世の中は似たような人間がグループを作る。
同じ波動を持つ者同士が共振し合うからだ。

考え方や生き方が変わると自分の周りの人間関係もがらりと変わるのは、周波数が違ってきて出ていく波動が変わるからなのだろう。
人に影響されないためには、まず自分の波動を強くしなければならない。
特に外出したり人と会う時は、強い波動を出すようにした方がいいようだ。
身に付けるものも高い周波数の物がいいらしく、ゴールドや光るものは波動が高いそうだ。

お金持ちが高価なものを身にまとい、金製品や光り物を身につけるのも道理はあるようだ。笑



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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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