スピ人間の孤独

2019–05–16 (Thu) 18:43
「小さな親切大きなお世話」「あなたの常識私の非常識」
誰でもこれを痛感させられることが、一度や二度はあるのではないだろうか。

人は自分の基準で物事を判断する。
それは人間関係でも同じだ。
社会人として常識的な基準は皆ある程度は共有しているが、考え方や価値観、思想信条が違うと微妙なずれや相反が起こる。
それでもそれを含めての人間関係なので仕事や職場ではうまく対応するし、利害関係が絡まない組織や友人なら離れてしまうのは自由だ。

しかしスピリチュアルの仕事に携わりそれなりのスピ能力があると、普通の人間関係でも様々な事が分かってしまったりあるいは相談されたりする。
だから、多分人との付き合い方もどこまで踏み込めばいいのか分からなくなって、普通の友人が出来なくなってしまうことも多い。

過去知り合ったスピを仕事にしている人は、敢えて友人は作らない人もいたし、出来てもすぐうまく行かなくなって殆ど友達のいない人もいた。
理由は様々あるだろうが、友達を作らない人は何かあると自分の能力を「友達だから無料で見て」と頼られるからという理由だったし、友達とうまく行かない人は力が強すぎて友人が離れてしまう人だった。

同業者同士ならある程度理解できるが、これがそうでない人ならどこまで深く付き合っていいのかボーダーが見えなくなるのかもしれない。
親切心で分かったことを伝えてもその人にとっては大きなお世話だったり知られたくないことだった場合もあるから、不可侵領域というのが分からず時に「小さな親切大きなお世話」になってしまうのだ。

かくいう私も人に言えない秘密を鑑定以外でもカミングアウトされることに慣れているので、自分にとっては当たり前のことが仕事とそうでない友人関係で厳密に線引き出来ていないのだと気付くことがある。

誰でも人に知られたくないことを持っているし、隠したり偽っていることもあるだろう。
それを話しているうちに、意識しなくても気づいたり読み取っている相手とは付き合うことは苦痛かもしれない。

エンパスや霊能者はしばしば「そんなことが分からないの?」と思うことがある。
人と同じ土俵には立てない疎外感を感じて生きてきたインディゴやスターシードは多い。
悩みを抱えている人は料金を払って占いやカウンセリングに行くが、その場限りで秘密は遵守されるからカミングアウトできるのであって、その内容を職場や友人関係の誰かが、話しているだけで気が付いてしまうのなら怖くて近づけないだろう。

勢いスピ人間は人付きあいの仕方が分からなくなり孤独を抱える。
小さい頃はもろにそうだが、案外大人になっても人間関係や家族関係がうまく行かず、孤独を抱えるスピ人間は多い。

「あなたの常識私の非常識」はスピリチュアル世界と普通の世界を説明する言葉でもあるようだ。


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スピリチュアルケア

2019–05–14 (Tue) 16:07
数日前にネットで「ハーバード大学がスピリチュアルを認定」という記事を読んだ。
大がかりな追跡調査で、精神世界や信仰、宗教を生活や生き方の一部分として持っている人は平均より健康で寿命が長いという結果が出て、人間にとってスピリチュアルの存在は否定できないという結論に達したらしい。
結果についての原因や理由を分析しているが、人間関係の充実や規則正しい生活など何とか現実的な要因のせいにしたがるのはやはり研究としての面目を保ちたいためか。笑

スピリチュアルは今でも見えないものを信じるか信じないかのラインで分けられていて、信じない人が大部分でスピ人間を変な人と見る向きも多いが、実際は本音の部分で否定できないと感じている人は結構いると思う。

今や科学でも学問の世界でもスピリチュアルなものは研究対象になっており、特に生と死が交錯する医療現場では建前と本音が違う医療関係者も多いようだ。
特にスピリチュアルケアという概念が終末医療の現場では広まっている。
病気と死に人間が向き合う時、精神世界やの視点から自分を見るようになるのは避けられない事だからだ。
逆にそこを理解すると患者を病の苦しみや死の恐怖から少しでも楽にしてあげられることを、医療者は事実として確認しているからだろう。

神仏も幽霊もも輪廻転生もありえないし信じないという人は、自分がそういう世界に答えを求める必要がない人達だ。
もっと言えば人知を超えた大きなものに思いめぐらせる精神性は持たず、目に見えるものの追求とそれだけに喜びを見出せる人だということだろう。

それぞれの生き方なのでスピリチュアルに馴染む人生もそうでない人生もあって当たり前だが、スピリチュアルが科学的に研究されたり解明されていくことはこれからもっと増えるような気がする。

スピリチュアル的視点から見たら、過去も未来も人間の命も全く違ったものだ。
大抵の人間はそれを知らないで終わる。
だが、私達が生まれて死んでいく過程で、スピリチュアルというものが切っても切り離せないということは、以下のスピリチュアルケアについての引用文を読んでもらうと判るだろう。
命というものを喉元に突き付けられないとその世界が見えないのが、悲しいかな普通の人間なのかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


病は(しばしば、本人にとって)何の前ぶれもなくやってくるものであり、因果関係がはっきり判らずそれが説明されない疾病も多く、そういった場合は当然のことながら「わたしだけがなぜこんなに苦しまなければならないのか」といった問い、自分の苦難の存在に関する問い・苦痛、が現れてくる。また、死を覚悟しなければならない病状になったり、他人の世話にならなければ生きることができなくなった場合、「私の人生はいったい何なのだろうか?」といった問い、生きる意味に関する苦痛が生じる。病気の状態だとしばしば、孤独感や罪責感という苦痛にさいなまれることも多く、また永遠に家族と別れなければならないと感じるので別離の予測に伴う苦痛もあり、また死後の世界のことを考える際に苦痛を抱くこともある。これらの苦痛は、単なる精神的な痛みというよりも、むしろそれを超えた"の叫び"、自己存在の根本的な意味や価値に関わる、より深いレベルの痛みと捉えることができる。これらは、「スピリチュアルな痛み(霊的な痛み)」と呼ばれる。これは、特定の宗教に属する人に現れるような痛みではなく、全ての人間に現れる痛みだと言われている。スピリチュアルな苦痛を感じている状態に対しては、(万人に通用するような)ただひとつの援助方法というものは存在しない。スピリチュアルな苦痛を癒すには、人間対人間の人格的な交わり、心の交わり、あるいは信仰心といったものが必要である。スピリチュアルな痛みは、単純に宗教家だけいれば癒されるというわけではなく、むしろ患者に関わる全ての人との関係によってはじめて癒されるものなのである。


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孤独死

2019–05–08 (Wed) 17:55
知り合いの画家が孤独死をした。
なんとも気の毒な亡くなり方で心が痛む。

元気でパワー溢れる人だったが、死というものは予想も出来ない形で来るのだと思わずにはいられない。
大病をしても長患いでも長生きする人もいるが、健康に見える人があっけなく逝ってしまうこともある。
つくづく人間は寿命があるのだと思う。

一人で暮らしている以上はある程度の歳になったら孤独死の覚悟は必要かもしれない。
死だけはどんな人間にも平等にやって来ると言うが、孤独死も案外人を選ばずやって来る。
孤独死と聞くと家族のいない独り身の老人が狭いアパートで死んで発見されるというイメージだが、中には芸能人や著名人の孤独死のニュースもあった。

今の時代は結婚せず子供もいない人、離婚したり死別して一人暮らしの中高年は多い。
身寄りがない人もいるし親戚縁者とは疎遠で、何かあっても連絡したり助けてくれる人もいないという一人暮らしの人もいるだろう。
まして会社勤めもせず自営や年金生活なら社会とすでにパイプがないのだから、孤独死は他人事ではない。

私は孤独死が不幸だとは思わない。
ただ、何日も発見されず放置され迷惑をかけるのを避けることは、死が身近な歳になって独り暮らしなら考えておくべきだろう。
孤独死の場合は大抵予期しない形でなるようだ。
救急車を呼ぶこともできない状況なわけだから、亡くなり方としてはそんなに苦しまずに逝けるのかもしれない。

突然死でが死んだことを自覚していない場合があるのが、一番の問題だろう。
だから孤独死のあった部屋は、何かと思念が残ったりする。
そういう意味で、孤独死はきちんと供養だけはするべきだと思う。

誰もどこでどう死ぬかは自分で決められない。
だから然るべき年齢になって独り暮らしの場合は、孤独死は自分にも起こり得るものだと腹を括るしかないと思う。
家族に看取られ辞世の句の一つも残して死ぬのが幸せかもしれないが、孤独死も誰も煩わせず一人で自分の始末をつけたのだから立派な死に方ではないだろうか。



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心配性とスピリチュアル

2019–04–21 (Sun) 17:02
日本人には心配性の人が多い。
スピリチュアルでは心配、不安、恐怖は否定的に考えられ、シルバーバーチに至っては罪悪だとさえ言ってる。
確かに人間の想念は現実化する可能性もあるので、強力な心配や恐怖はそれを引き寄せててしまう可能性はある。
スピリチュアルがネガティブ志向を戒めるのは、引き寄せの法則がそこに働くという考え方からだろう。

科学的に心配性を解明していくと、セロトニントランスポーターという脳内物質の量によって傾向が決まるそうだ。
少なければ心配性で多ければ楽観的。
人によって量が違ったり民族によっても傾向は別れていて、日本人の8割が少ない人で、ラテンアメリカ系は多い人が半分近くもいるそうだ。
気質的に考えれば頷ける。

心配、不安、恐怖はいずれも本人が作り出しているもので、共通点は三つとも姿形がない事。
つまり頭の中でのみ存在するものなわけだ。
心配が現実になったかという科学的調査があって、なんと96パーセントが実現していないという調査結果になったそうだ。
だから実に心配というのは、時間と思考力の壮大な無駄遣いと言えるだろう。

しかし判っているがやめられないのも人間で、恐怖は時に自己を苦しめ壊してしまうことさえある。
そこまで行くとメンタルを病んでしまうわけだが、心配性というのはマイナスな面ばかりではない。

次のような記事の一文を見つけた。
「心配性は素晴らしい資質や能力の表れなのです。心配性の人は、おそらく平均より頭がよく、とてもクリエーティブで、想像力がたくましいケースが多いでしょう。こうしたすばらしい資質は、最高の親、パートナー、友人になるために役立つ、という調査結果もあります。」

これに類する記事も幾つかあって、一番興味をそそられたのは成功者に心配性が多いという内容だった。
そんな著書を精神科医も書いている。

スピリチュアルでは否定されがちな心配、不安、恐怖だが、その傾向を持つ人は物事を深く考え推察しあらゆる角度から分析できる人間だと言える。
それをうまくコントロール出来れば、楽観的で刹那的で何も考えない人よりは深く人間らしい人生を送れるかもしれない。
心配、不安、恐れにも逃げずに向き合って、自分は今最も人間としての感情を味わっているぐらいに開き直った方がいいようだ。
動物は心配をしないが人間だから心配をするのだと。

かく言う私も実はかなりの心配性で不安恐怖は人生の友達だった。
だから自分への自己弁護も込めてこの記事を書いている。笑

以下は心配性の人は読んでみてほしいサイトだ。

https://getnavi.jp/life/167633/

https://スピリチュアルライフ.com/2017/08/12/shinpai/


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霊のいる部屋

2019–03–29 (Fri) 15:26
そろそろ三月も終わりでこの時期は引っ越しシーズンだ。
引っ越しは新しい住まい探しから始まるが、これが一番の難関だ。
条件に合う家や部屋を決めるのには候補を絞り内見するが、案外すんなり決まることもあれば中々決められないこともある。
何でも直観は働くので、ピンと来たところはまず外れはないだろう。

しかし新築ならまだしも賃貸の中古となると、中にはいわくつきの部屋もある。
いわゆる事故物件というものだ。
自殺、事故死、殺人事件など変死はもちろん、自然な孤独死でも発見が遅れ腐乱状態で見つかると事故物件に入るようだ。

事故物件とは平たく言うと成仏できない霊がまだいる部屋と言えよう。
敏感な人は事故物件だと知らされていなくても、入った瞬間いい感じがしなくて住みたいとは思わないようだ。
中には家賃が安いからと事故物件だと知っても入る勇者もいるが、自殺や変死を聞いてすでに気持ち的に負けてしまう人は絶対に止した方がいい。
その時点でもう波長が合ってしまう可能性があるからだ。

未成仏霊と言っても、必ずしも悪さをするわけでもない。
時にはその部屋にいることが分かっていても意に介さないので何も影響ないとか、あるいは仲良くなってかえって助けてもらうとか。
人間に悪さをするのはこの世に恨みを残していたり、たまたま住人のネガティブな部分と同じ波動が共鳴する場合だ。

未成仏霊は自分が死んだことを知らなかったり、成仏したくて助けを求めたりするから存在を知らせてくる。
そんなときは、夜中に音がするとか不思議な現象が起こったりするが、本当に悪霊なら必ず病気怪我や事故など悪いことが起こる。

そういう部屋に入ることになったのは同じ波動を持っていたり、何かしらの縁があったりする可能性もあって、もし強力な守護や加護があったら、まずそんな部屋に引っ越すことはないだろう。
人と同じで土地や住まいも何かしら縁があったり波長が合ったりするものだ。

いくらきれいにリフォームしていても、何となく変な感じがしたり気が進まない物件はやめた方がいい。
匂いは判りやすいセンサーで、黴臭かったりし湿った匂いはいい霊ではない。
自分の直感は大事にした方がいいが、決めたと思ってもその場で契約せず一晩は時間をおいて気持ちが揺らがなかったら大丈夫だろう。

私も若い頃一軒家を借りる際条件的に合う家を見つけて業者にその場でOKをしたが、家に帰って次第にやめた方がいいような気持になり翌日やはり断ったことがある。
後から調べたらそこは元病院が建っていた場所だった。

賃貸ならまた引っ越すことはできるが、中古のマンションや家を購入する時はよくよく前の持ち主や住人、土地柄も調べた方がいいだろう。
新築以外は必ず前の人の気や念は残っているものだし、まして霊だけでなくネガティブな念や遺恨も置いてあったら厄介だ。
もしかしたら一生の運気も変えることになるので、住まい探しは出来るだけ慎重にいい条件で考えた方がいいと思う。



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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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