スピリチュアルとお金

2019–09–18 (Wed) 16:06
昨日友人と会ってお金に対しての面白い話を聞いた。
お金とスピリチュアルというとなぜか切っても切り離せない部分がある。
中にはスピリチュアルワークでお金ワークというのもあって、お金に対するブロックを解くというものだ。

世の中には金が欲しい、金が全てと考えている強欲人間もいるが、反対にお金は汚い、人間の欲の象徴だという意識を持っている人もいる。
どちらも、顕在意識で思っていなくても潜在意識で持っていることは多い。

殆どは過去生か先祖のカルマによって今世のお金に対する意識は決まる。
お金に執着し何よりお金が大事な人や金に汚い人は、自身の生育歴の中でお金で苦労した経験を必ず持っているし、それ自体が先祖の因だったり過去生のカルマだったりする。
一方お金は汚いものという意識を持つ人も、やはりどこかでお金について苦い経験や悲惨な目に遭ってお金にまつわる醜い部分を見て来たのかもしれない。

スピをやっていても金儲けの手段と考える人とボランティアと考える人がいて、前者はそれなりの投資をしたビジネス、後者は一銭もかかっていないから人助けという意識だ。
中には「お金はエネルギーなのでどんどん回しましょう」と言って、お布施や寄進を促すカルトまがいの霊能者やグループもあるが、お金を引き出す口実でしかないので注意が必要だ。

金は天下の回り物というが、確かに必要な人のところには回っていくのかもしれない。
生き金を使うという言葉があるが、有効に使うならお金は喜ぶし友達を連れて戻ってきてくれる。
不思議なもので魂のプログラムとして必要な事であれば、何故かその分だけお金が来るとスピ界では言われている。
かくいう私も最近それを証明されたようなことがあった。

お金はきれいも汚いもない。
ただ必要なところを回るだけで、そこに欲やエゴや愛や優しさなど様々な思念のエネルギーが乗るだけだ。

昨日友人に教えてもらったのは、財布の扱いについてだった。

折り畳み財布よりもお札が折れない長財布が良い。
男性によくある尻ポケットへ入れるのは最悪で、座って財布とお札をお尻の下に敷いてしまう。
財布に入れるお札の向きは、底に対してお札の頭が来るように下向きに入れる。
これは、頭から入りお札が居心地がいいからで、出す時もそのまま持てば頭が上になる。
角が折れているのは必ず直す。

等々、指南された。
大体知っていたことだが、私はお札の向きは違えていたので早速直してみた。笑

お金で買えないものがあるといつも思っていたが、明日食べる物にも困る状況になるとそんなきれいごとは言っていられない。
命も心もお金では買えないが、生きていく為にはお金は必要で、食べるに困らない人のみがそんな理想論を言えるのかもしれないと思う。
お金はあるに越したことはないが、いいエネルギーを乗せ、生きたお金を使いたいものだ。


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直観と予感

2019–09–10 (Tue) 16:37
誰でも直観がある。
予感もある。
特に予感というのは悪い予感が多く、それには素直に従った方がいい。
大抵は守護する者の警告だからだ。

しかし閃きや直観や予感を全部実行していたら、収拾がつかなくなってしまう。
中には自分の希望や思いが直観としてやってくる場合もあるし、もともと気が進まないことを嫌な予感と取り違えることもある。
気が進まないというのも大きくとらえれば予感のようなものだが、大抵時期ではないか諦めろというサインであることは多い。
それでもごり押ししてそれなりに結果を出す場合は、本人のパワーが強いと言えよう。

スピリチュアル的にアドバイスするなら直観や予感は無視しない方がいいが、それについては緊急以外は少しリサーチしてみるのがよい。
例えば、転職先を探していたがいい話がなかった場合は少し待ってみるとか、転職先が気が進まないか迷っている時は他の人に意見を聞いたり自分なりに詳しく調べてみると、大抵どこかで答えが見つかるものだ。
で、直感通りでもそうでなくても、自分で一番納得できるものが答えだ。

よく、欲しいものがあり買い物に行くとパッと目に付くものがある。
だが、値段等が折り合わなく他を探してみるとする。
しかし結局最初の品に戻り多少条件面で折り合わなくても妥協し、それを買うことになるというのがままあるパターンだ。
直観+リサーチで直観が正しいことを証明するのがベストかもしれない。

ただ直観ばかりに頼るのがいいかというと、そこは是々非々だ。
スピ業界の一部が「自分の直観に従って、自分に素直に」と説いているが、それをそのまま実行したらとんでもないことになるので、そこは常識の範囲内でやるべきだろう。

辛いことや困難は人生の修行であり霊的成長には必要な事だから起きる。
生きて生活していくためには耐えなければならないこともあるので、「自分に素直に直観に従って」がただの自分本位になっては困るのだ。

まあ、目安としては大きな出来事を決める時は、直感だけではなく慎重に検証し現実的な部分を勘案するということだろう。
ふっと来る直観や予感は、根本的に人生や生活に関わらない部分で適宜使った方がいいと思う。

逆に言えば大きな人生の流れは直観や予感で簡単に左右されるものではなく、天の配剤、あるいはのブループリントである程度決まっているからだ。
くれぐれも「直観」で会社を辞め「予感」で占い師になどならないように。笑



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良心と罪悪感

2019–09–09 (Mon) 14:47
大抵の人は良心を持っている。
サイコパスやメンタルに欠落のある人以外は大なり小なり良心の呵責や罪悪感を感じたことはあるだろう。
それはどこからくるかというと、かなり環境的要因があるだろうが、的に持っているのもあると思う。
そういう意味では良心とは人が生まれながらに持っているものと言えるかもしれない。

例外もあるが、大抵の人間は時々の社会の中でいい事悪い事の区別は持っており、その境界線は個人によって違うにしても大きな括りは違わないと思う。
犯罪を犯してはいけない、人を殺傷してはいけないことは誰でも知っている。
罪に問われなくても倫理的にいけないことをした場合や人を傷つけた時に良心が痛むのが普通だ。

良心の呵責はしばしば罪悪感となり自責と自己刑罰に繋がるが、その傾向が殆どない人と過剰に持っている人がいる。
前者は楽天的な人に多く後者は悲観的な人に多いような気がする。

スピ界ではよくブロックの解放とか潜在意識の書き換えというワークをして、過去のトラウマやの持っているカルマを軽減させようという取り組みがある。
今世だけではなく過去生に遡って持ってきたカルマから、今の自分を紐解き解明する事もできる。

特に罪悪感を持ちやすい人や自責傾向のある人は、必ず過去生で何かしら辛い経験を持ちそれを解消しきれないまま生まれ変わっているが多い。
よくあるのは過去生のカルマを清算するために縁のある相手とまた今生でも縁を持ち、似たようなパターンを作ってかつてクリアできなかった課題に取り組むケースだ。

もし他人が問題なくやり過ごしてしまえる事象や出来事に、過剰に囚われ良心を痛ませたり罪悪感を持つような場合は、必ずそこに潜在意識やが持っている大きなテーマがあると思った方がいい。

無駄に苦しむ必要はないが、どうしても拭い切れない不安や恐怖、苦悩や贖罪意識は、実は目の前にある現実的な問題を通して、もっと奥深くにある潜在意識やの課題を教えているのかもしれない。

そんな時には自分の子供時代から振り返り、同じパターンや似たような反応を繰り返していなかったか検証し、その大元がどこにあるのかを探ってみると思いがけない答えが見つかる場合がある。

良心の呵責や罪悪感に悩んでいる自分に埋没するのではなく、表面的な問題ともっと奥にあるものも含めて積極的に原因と解決方法を模索した方がいい。

人間は良心というものを持たなければどんなに生きやすいかわからないが、良心を持っているからこそ人間なのだと思う。



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喪失の意味

2019–06–24 (Mon) 15:06
人間は人生で何度か喪失を経験する。
一番大きいのは誰かを亡くすることだが、その他にも人間関係では好むと好まざるとにかかわらず喪失感を味わうことは必ずあると思う。
物理的に場所が離れた場合も、縁が切れてしまったという場合もある。
離婚や恋人との別離など、深い傷を受けるものから、親しい友人や信頼していた人、支えてくれた人など大切な人を失うことでも喪失感は大きい。
これは相手に去られた時も自分から去った時も、いい関係のまま別れた時もそうではない時でも喪失感というのは必ずあるものだ。

人は普通にあったものがなくなると、必ず空虚を感じる。
まして人間の場合はぽっかり穴があいたような感覚もあれば、絶望の淵に沈むほどの打撃を受けることもある。
私も幾度か大きな喪失を経験してきたが、立ち直るにはしばらく時間がかかった。
大事な人で年単位のこともあれば友人関係では一か月ぐらいというのもあった。

よくスピリチュアルでは何かが去れば違う何かが来るというが、経験上そうとも限らず空いてしまった空間はずっとそのままのこともある。
実は最近も不可抗力で信頼している人と縁が切れてしまったが、余人に代えられない人だったのでかなりの喪失感だった。
しかし人にはそれぞれの道があり人生の一時期必要があって縁を結んだが、それが永久に続くとは限らず一定期間軌道が交わってもやがて違う軌道に進む時が来たのだろう。

人との縁が切れる時は、間違いなく必然だと思う。
もうお互いに必要がなくなった場合もあるし、片方は必要としていても強制的にシフトチェンジをさせられる場合もある。
それもこれも多分次へ進みなさいということなのだ。

ステージが変わる時は人間関係も変わるというが、そういう時期は立て続けに起こることが多い。
そしてショックから立ち直り気が付いたら周りは違う景色になっていたり、何より自分自身もいつの間にか変わっていたりする。

大きな喪失も小さな喪失も試練ではあるが、それを乗り越えればかならず気づきや成長があるはずだ。
今大きな喪失の渦中にあってはそんな余裕はないだろうが、必ずこれからどうしたらいいかのヒントを後ろのガイドや守護者はくれている。
案外周りの人の言葉を通して伝えてくれている場合もあるので、複数の人に同じことを言われたら心に留めた方がいい。
それを経験する自体魂にとっては予定調和かもしれないから、必ず行先の道が用意されていると思って前を見るように努力しよう。


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苦手な人の対処法

2019–06–02 (Sun) 15:10
誰でも苦手な人や嫌いな人はいる。
一目見ただけでも何となく嫌な感じの人もいるし、話してみると反りが合わないと思う人もいる。

生理的に嫌だと思う人はまずの問題と思ってもいい。
波動が違う、ステージが違う、過去生で敵対関係や先祖の仇、はたまた出身星が宇宙戦争をした相手の星の人だった場合だってある。
人間として生きる過程で培われた思想信条、考え方、人生観などは違っても仕方がないが、それは物理的な問題ともいえるので努力次第で折り合いはつけられる。
しかし、本能的に相容れないと思う人はやはりこの世以外のところに問題があると思うしかない。

では、そういう人とどう接したり身を守ったらよいか。
これはメンタル面とスピリチュアル的側面から考えなければならない。
の問題となると如何ともしがたいが、仕事で逃げるわけにもいかない場合もあるだろう。
その場限りや接する回数が少ない場合は必要最低限しか近づかない、喋らない、特に相手と目を合わせない方がよい。
相手のオーラやエネルギーを極力避けるためだ。
目を合わせると相手と一瞬でも気脈が繋がってしまうことになる。
嫌いな人とは目を合わせたくないというのは、そういう本能が働いているから理にかなったことだ。

スピリチュアル的には波動を受けて何かネガティブな邪気を貰ってしまう可能性があるので、身を守るものを身に着けるのも効果がある。
一番いいのは魔除けの効能が強いパワーストーンブレスレットを左手に付ける。
あとは好きな神社のお守り、護符、粗塩、小さい鋏などもあるが、霊能者や占い師、ヒーラーなど人の邪気を受ける人は皆何かしら付けている。
鋏やカミソリを常に持ち歩いている人もいる。

しかし、どうしても仕事仲間のように常に接触を持たなければならない人は、思い切って発想を転換するのも一つの方法だ。
人を変えようと思ったら自分が変わるしかない。
嫌だと思っていたら必ず波動は伝わり相手も同じように思う。
苦手でも笑って挨拶するとか違う態度で接してみれば、案外相手も変わってくれたりする。
不思議に自分が苦手意識をクリアできれば、相手の方がいなくなることがよくある。

もう一つ、鏡の法則というのがあって、嫌な相手は自分も持っている嫌な部分をそこに見ているから、尚更嫌になるというものだ。
つまり同じ波動を持っているから引き寄せ合うのだ。
自身の同じ部分を認めて直すようにすれば、ステージが上がり波動が変わるので周りの人間関係も変わっていく。

不倶戴天の敵と思っても、実は過去生のカルマ解消で今世で巡り逢ったのかもしれない。
判っていてもなかなか実践するのは難しいことだが、苦手だと思う人も頭から拒絶せず、もしかしたら何か課題があるのかもしれないと考えてみてもいいのではないか。

他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる。


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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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