深淵をのぞく時

2019–10–08 (Tue) 14:47
「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」
これは19世紀のドイツの哲学者、ニーチェの言葉だ。
『善悪の彼岸』という著書の中で書かれている言葉だが、正確な文章は

「怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。」

というもので、平たく言うとミイラ取りがミイラになる、というような意味だ。

今朝この言葉を不意に思い出したのだが、これはスピリチュアル業界にぴったり当てはまると思う。
本業ではないにしてもスピリチュアルリ-ディングをやっていると、人間の闇を見る時が多い。
まさしく深淵を覗くという感覚だ。

占い師も霊能者もスピリチュアルリーダーも、逆に深淵からこちらを覗かれメンタルを病んだり闇落ちしたりする人は多い。
ビジネスと割り切って都合の悪い深淵を覗かない人は生き残れるが、ニーチェのように何処までも覗き込んでいく人は自らも怪物になってしまう。

ニーチェは明らかに霊能体質で常にあちらの世界と繋がっていたようだ。
彼の類まれな哲学的思考も著作も、彼自身というより上の誰かが書かせていたように思う。
その証拠に彼は原因不明の病をいくつも抱え、時に目が見えなくなったり人生の後半は明らかに精神疾患のような症状を呈していた。
今なら統合失調症と診断されるような状況だ。
興味深い文章を見つけたのだが、時々おかしくなっていた時の彼の手紙にはこう記されている。

「私が人間であるというのは偏見です。…私はインドに居たころは仏陀でしたし、ギリシアではディオニュソスでした。…アレクサンドロス大王とカエサルは私の化身ですし、ヴォルテールとナポレオンだったこともあります。…リヒャルト・ヴァーグナーだったことがあるような気もしないではありません。…十字架にかけられたこともあります。…愛しのアリアドネへ、ディオニュソスより」

今ならスピ業界ではまかり通る主張だ。
私もこの手の主張をするカリスマスピリチュアリストを知っている。
宇宙人もいればローマ帝国の皇帝やブルボン朝の王様だった人もいる。
最初は驚いたが、グループソウルとして考えれば、妄想とも断言できない。

多分ニーチェの中では錯乱するとが過去生やグループソウルに戻っては、その記憶を持ってきていたのだろう。
中年以降狂気の歯止めが利かなくなってからは、深淵に囚われて日常に戻れなくなったのではないか。

芸術家もそうだが世に名を残す偉人たちは大抵そのためにやってきただ。
時には霊媒状態で膨大な意識や知識をダウンロードするので、体も精神も消耗が激しい。
自らボーダーを外すと、ニーチェのような末路になってしまうのだろう。

彼はミッションを完遂したので、的にはかなり高いのだと思うが、この手の人たちは人間の幸せは望めない悲しい宿命を持っている。

「深淵を~」の言葉はずっと頭の片隅にあった。
多分スピリチュアルワークをする時は、これを忘れるなということなのだろう。


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来世の決め方

2019–09–15 (Sun) 15:33
ある程度の年齢になると過去を振り返りあの時に戻りたいとか、もう一度やり直したい、時間を巻き戻したいと思うことがある。
中にはまたやり直すのは真っ平で、生まれ変わり全く違う人生を送りたいと思うかもしれない。
多分生まれ変わっても、もう一度同じ人生をやりたいと思う人は少ないだろう。

私はスピリチュアルに覚醒してまずやったのは、自分が何のために生まれて来たのか知る事だった。
今の人生を説明するのは過去生を探るのが一番早かったので、いくつか関係のある過去生をヒプノセラピーで見つけ、それなりに今生の自分のあり方の謎が解けた部分はある。

今世の課題やテーマ、解消しなければならないカルマやの契約らしきものも、漠然とだが分かったように思う。
しかしだからと言って、それをすんなり解消出来るわけでも清算出来るわけでもなく、スピで言うブロックの解放や書き換えなどそうそう簡単には行かない。

いっそ何も知らず単純に生きて、喜怒哀楽を味わい普通に暮らしていた方が良かったかもしれない。
しかし必要があったからこそ違う世界を知るようになったのだから、もうかつての何も知らない頃には戻れない。

普通の人が知らない世界を知ることによって、価値観の変化や心象風景が変わってしまったことは多い。
しかし頭ではわかっていても、のテーマである今生の課題や宿業はまだまだクリアできておらず、事あるごとに挫折や無力感を感じる。
気負えば気負うほど一回りして同じ場所に戻ってきたり、迷宮の中をぐるぐる回ってまた振り出し、のような感覚を持つこともある。

ただ、最近気が付いたのは本人の自助努力とは別に、絶対に必要な事は上の守護者が否応なく道をつけやらせてくれるということだった。
思い返すに何度か過去にもそういうことはあった。
厳しい警告もされたし、それでもわからないと辛い修行もさせられた。
多分私が今世プログラムの本筋に戻るためなのだろうと思うし、かつて親しくしていた霊能者に「違う方向に行ってしまっていたと後ろの人達が言っている。」と言われたこともある。

時々考える。
今の私は自分の計画したの青写真に沿っているのだろうかと。
かなりの部分が解明できたとは思っているが、未来はいくつかの道があるような気がする。

神と交信し災害回避の神事で、世界中を回っている人が言っていた言葉がある。
「神は回避できるビジョンしか見せてくれない。」
だから予言や未来予報は当たらないのだろう。

これは個人にも言えるかもしれない。
ネガティブな未来は知った時点で努力や選択ができるということだ。
私もいくつかの未来を言われているが、ネガティブなものはその時点で変えるべく努力したい。

過去は変えることもできないし人生を最初からリセットすることもできない。
しかし未来は選択次第で変えられるので、もしかしたらブループリントに近づくために時には未来も見せられるのだろう。

悔いの残る生き方だとしても、それで終わりではない。
失った物の代わりに得た物もあるはずだ。
誰でもこれからどう生きるかが重要で、それが転生する来世の自分を決めることにもなる。


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不思議な出来事

2019–06–20 (Thu) 14:41
昨日ちょっと不思議な事があった。
髪を切りに行ったが、カットだけのお店でいつもは予約をしていた。
ところがパソコンに入っていた確認メールの予約時間を、私は取り違えてしまっていたのだ。
20分遅く勘違いしていたらしく、行ってみるとすでにキャンセルになっており、仕方がないので一時間待つ事にして改めて申し込んだ。

切ってくれたのは初めての美容師さんだったが、話も弾み最初は世間話から後半はやはり不思議系の話になった。
というのも彼女が水晶のパワーストンブレスレットをしていたからだ。
自分自身は能力はないが、スピは好きだしスピの友達に勧められてブレスレットをつけたそうだ。
実生活でも徳を積むような心がけで、もし悪いことをしたら今までの善行が全てチャラになってしまうような気がするから絶対良心に背くことはできないと言っていた。

一般的なスピ系の話をするうちに守護霊ガイドの話になって、何気に「私にはついていますか?」と彼女が聞いてきた。
私は見える人間ではないが必要があるとふと感じることがあり、仏壇があるかとかお墓参りに行っているかとか聞いてみた。
何となく男性のような気がしてイメージが彼女に似ている感じだったので、「ご先祖様とか亡くなったお祖父さんとかあなたに似ている男性はいない?」と聞いたところ、彼女の表情が変わった。
若い男性ではないかと聞いてきたので、それは判らないが目がぱっちりしてイケメンだと答えた。

実は二年ほど前恋人を亡くして、その彼は彼女に顔が似ていたという。
彼女も目がぱっちりしてきれいな人だ。
四十九日の前に、姿が見える形で会いに来たと言っていた。
側にいるかどうかが知りたいという。

私が感じたのは彼だったようだ。
髪も切り終わった時だったので長くは話せなかったが、何か降りてきたような気がした。
「自分のことに縛られず幸せになってほしい、違う幸せを見つけてほしい」とどうも言っているような気がして伝えると、やはり違うスピの人にも同じことを言われたと切なそうな表情で答えた。
呼べば来るから、という言葉が何度も口から出たので、多分私を介して彼が言っていたのだろう。

まさか初めて会った人へメッセンジャーをするとは思わなかったが、よく考えたら私が予約時間を間違えたのも呼ばれたせいかもしれない。
時間通り行っていたら、彼女に切ってもらうことはなかったのだろうから。

また来ますね、と言って別れて来たが、彼女に亡くなった恋人の気持ちは伝わっただろうか。
何とも不思議な体験だった。



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オーラの色を知る

2019–05–21 (Tue) 16:52
先日オーラ写真というのを撮ってみた。
遊びに行った観光地でお土産物店の一角にあったのだが、オーラの色だけならワンコインで撮れるというので興味半分でやってみた。
後から調べると単なるオーラ写真だけと体のチャクラから全身をスキャンし詳しい解説書をつけるコースがあるらしく、他でやる時は同じカメラでももっと高い料金で、私は観光地だったのでリーズナブルに撮れたようだ。

パソコンに向かって座り左手をマウスのようなものに触って体から出る微弱電磁波を測定すると、色分けされて出て来るらしい。
邪道だという霊能者もいるが、案外当たっているような気がした。
オーラと言ってしまえばスピリチュアル的なものになるが、人間の体は電磁気を帯びているのでそれを測定すると考えれば理にかなうのではないか。

私は上半身のオーラを調べてもらったのだが、その前に多分計測時に詳しく全身の微弱電磁波=オーラを機械は調べるらしい。
それを分析すればフルの料金になるのだろう。
私が見ていたパソコンの画面は最初全身とその周りのオーラを映し出したが、それが実にきれいな紫色で自分でも驚いたくらいだ。

オーラは紫色かマゼンダか銀色と言われることが多いが、それは外れていないのだと確信した。
実際の上半身のオーラ写真の色は部分的にグラデーションがあったが藍色という判定だった。
確かに写った写真ではインディゴブルーの部分が多いがラベンダーやピンクも入り頭の周りは白くて、味方によっては紫っぽいし多分オーラの見える人達は同じように見ていたのだろうと思う。

以前ソウルリーディングをしてもらった時、の色は透き通った紫と言われたから皆大きく外してはいないことになる。
多分オーラの色は自分の好きな色やいつも身に付ける色に近く、その日の気分によって変わるのならオーラの色も変わっているのだろう。

このカメラでパワーストーンを持った時と持っていない時や、自分自身にヒーリングをした前後で写した記事があったが、微妙に色が変わっているので、やはり体内から出ている電磁波も様々な影響を受けていると思う。
目には見えないエネルギーは確実に存在しているというのを改めて感じてしまった。

因みにオーラの大きさも測定してくれて、100までの10刻みでどれくらいかという測定方法だった。
普通の人は50~60くらいなのだが私は80あったので大きい方のようだ。
100になると芸能人や有名人らしいから、やはりそういう人種はオーラが大きいし存在感があったり人目を引くのだろう。
目立つ人はオーラの大きさ、つまり自分の出すエネルギーが強く大きいということだ。

オーラの色はベースは変わらないらしいが混じる色や大きさはその時の状態によって変わるので、何度か計測してみると面白いと思う。
自分の色が気になる人は好きな色やいつも着る服の色から大まかに予想できる。
そしてオーラの色の説明でその人の傾向も判るだろう。

好きな色は実はオーラの色で、ラッキーカラーなのだ。
いつも身に着けていれば、きっと自ら出すエネルギーもパワーアップするに違いない。



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ペットの死

2019–04–19 (Fri) 12:35
ペットの雄猫が亡くなった。
20歳で老衰によるので、文字通り天寿を全うした死だった。
私は子猫の時から育て10年間一緒にいて、その後は引っ越したので泣く泣く身内に頼んで引き取ってもらったが、時々会いに行ったりスマホ動画で話したりしていた。
去年の秋にもうそろそろだと思いお別れの意味で会いに行ったが、やはりそれが最後になってしまった。

ペットは必ず縁があって来るのだとつくづく思う。
亡くなった猫も子猫の時一目見てピンと来たし、一緒にいると人間のようで全部判っているのではないかと思うことがよくあった。
そして、見えないものまで見えていたのは確実だと思う。
よく夜中に玄関の方をじっと見ていたから何かの気配を感じていたのかもしれない。
ロシアンブルーとシャムのハーフなのでとても頭が良く高貴な感じで、心を見透かしているのではないかと思うくらい賢かった。

ペットは家族の厄を肩代わりしてくれたり身代わりになってくれるという。
中には本当に一番好きな家族の代わりに死ぬこともある。
バイク事故に遭って助かった青年が同じ時刻に可愛がっていた猫が突然亡くなった話を聞いたことがあるし、それに類することはよくある。

亡くなった猫も死ぬ時は誰かを助けていくだろうと思っていたが、そんな感じの最期だった。
実際は今の飼い主が昨年暮れ近く大病をしその時から弱ってきたのだが、猫には小さい頃から一番好きな少年がいて飼い主を病から救うことで彼を悲しませないためだとふと思った。
飼い主には亡くなる前夜何度もすり寄って抱くのをせがんだそうだし、可愛がっていた彼には亡くなる日の朝夢枕に立って知らせに来たそうだ。
詳しく説明できないが、可愛がってくれた人たちを助けていくなんとも大きな慈愛だろうかと胸が痛くなった。

ペットは人間以上に家族を守っていると思う。
ある意味家の守り神のような存在にもなるし、気が付かないところで家族が背負ってきた邪気や悪霊まで引き受けてくれる。

亡くなった後私もかなり落胆したが、飼うことになった時子猫の譲渡会で自分を見つけてくれてありがとうと、ふと言われたような気がした。
亡くなる前には腹水が貯まり歩くのもやっとだったが、最後まで自力で水も飲みトイレにも行ってそのままこと切れたそうだ。
死ぬ前に離れていてももう一度ライン電話で顔を見て話しかければよかったと悔やんでいる。

亡くなってから、もっと色々やってあげればよかったと思うのは人間に対してもペットでも同じだ。
最期まで世話をして思い残すことがない身近な人間はまだしも、離れていたりそんなに会えなかったりする場合は悔いることが多い。

私には会いに来てくれなかったが、何となくこの世の役目を果たし家族を守って行ってくれたような気がする。
そして亡くなっても大事な人の側で護ってくれるのではないかと思っている。
やっと楽になり思い残すこともなく、幸せに旅立って行けたのではないだろうか。


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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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