虐待の連鎖

2019–09–13 (Fri) 14:50
ツイッターを見ていたらあるツィートが目に留まった。
有名な霊能者の言葉を引用したものだが、「虐待される子供には【愛】の入った名前が多い。名前にはその子供が人生で一番欲しかったものが入っている場合がある。」という文章だ。

虐待死した子供の事件に関連したツィートだったが、胸にグッとくるものがあった。
確かにニュースになる虐待児童の名前には、女児は可愛いものや愛らしいものが多い。
男児は名前負けしそうな立派なものや、この親がどうしてと思うような含蓄の深い名前もある。

なんとも悲しい因果律だが、私もカウンセリングをしたりそれ以外でも、虐待やDVの当事者に会うことがある。
虐待まで行かずとも、親子の宿業は世に尽きることはない。

虐待された人の特徴として、ある傾向がみられるのは事実だ。
「虐待の連鎖」という言葉があるが、虐待された子供は親になると自分の子供を同じように虐待してしまうというものだ。
全てではないが、実際に被害者が加害者になることもあり、幼少期のトラウマはその子の人生に大きな影響を及ぼすのは想像に難くない。
その呪縛から同じ過ちを繰り返すか、同じ轍を踏まないよう生きるか、またはその葛藤に悩み結局普通の人生を送れなくなるかなど困難を抱える。

シリアルキラーは多くの場合、虐待された過去や幼少時に悲惨な経験をしている。
他人に向かなければ、ベクトルが自分に向かい自己崩壊を起こしたりする。

虐待まで行かなくても親が離婚すると子供も離婚の確率が高いとか、とにかく親や家庭のあり方が子供の人生に与える影響は計り知れない。
虐待された経験を持つ人は自分が親になるのが怖いと考える人も多いし、虐待まで行かなくても家庭不和の家に育つと結婚に希望が持てなかったり子供を不幸にしてしまうのではないかと考えるようだ。

スピ的解釈なら、そんな親や家庭を選んで生まれて来たのだから、それの課題を乗り越えるのが今世のの目的と言ってしまえるが、当事者はそんなことは忘れて苦悩にのたうち回る。

特に親子不和は必ずのカルマと学びがある。
生きているうちにそれに気付けばいいが、課題をクリアできない限り延々とその因果は続くから虐待の連鎖という言葉にもなるのだろう。

自分の親を見て結婚はしない、子供はいらないと思っている人が突然結婚したりいらないはずの子供が出来た場合は、それは間違いなくの導きだったと思った方がいい。
虐待される子供は望まれないで生まれた子が多いが、一方で望まなくても生まれてくれて、おかげで人生を変えてくれた子供もいる。
出来ちゃた婚はよくあるが、いわば向こうから強制的に来てくれる場合は、必ず親にとっての深い学びを与えてくれる天からの賜物なのだと思う。


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お盆と幽霊

2019–08–15 (Thu) 14:45
お盆の真っ最中だが、この期間は普通の人でもあちらの世界に繋がりやすくなっている。
皆が皆死者に会うわけではないが、何かの拍子に波長が合ってしまうと厄介だ。
特に心霊スポットと呼ばれる場所は興味本位では行かない方がいい。

私がこれまで会ったスピ人間で、新宿、渋谷、池袋は行けないという人は複数いる。
エンパスや霊能力がある人は普段でも人混みは辛いが、特にいわくのある場所は地縛霊や浮遊霊が沢山いるので影響を受けてしまい、時にお持ち帰りもあって体はしんどい。

私は幽霊は見えない人間だが、昨日新宿のJR駅の構内で左腕を掴まれた。
誰かと思って後ろを振り向いても誰もいなかったので、この世の人ではなかったのかもしれない。
ひんやりと湿った感触だった。

お盆は日本中の死者が此岸と彼岸の間を行き来する.
家のある故人は家族の元へ戻るが、帰る場所のない霊達はあたりをさ迷い歩くのかもしれない。
無念を残して死んだ人達はそこにずっと留まって自分が死んだことも知らない場合もあるし、恨みつらみを残すと波長の合った人間を引っ張ることもある。

人身事故の起きる踏切や駅は、死ぬ気がないのに魔が差したようにふと電車に飛び込んでしまう人がいるという。
これなどは見る人が見たら、そこで死んだ人達が手招きをしているそうだ。
心が弱っていたりが抜けかかっているような人、あるいは自殺をした人と同じ悩みや問題を抱えていると波長が合ってしまい、呼ばれるようにふらりと行ってしまう。
自殺の名所の東尋坊や華厳の滝、青木ヶ原の樹海などは、死ぬ気が無くてもしっかりしていないとすっと心の空隙に入り込まれあの世へのコードが繋がってしまうのだろう。

渋谷のスクランブル交差点や池袋のサンシャインビルは有名な霊スポットだ。
東京は江戸時代から刑場があった場所などは縁起が良くないが、関東大震災や東京大空襲でもおびただしい人達が無念の死を遂げていて、東京自体が巨大な心霊スポットだと言っても過言ではない。

折しも今日は終戦記念日だ。
戦争で亡くなったが、至る所で悲しそうにこちらを見ているかもしれない。
そんな人達の犠牲の上に今日の日本があるということを、決して忘れてはいけないと思う。



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修行系前世

2019–08–05 (Mon) 17:11
世の中には様々なタイプのスピリチュアリストがいる。
ライトワーカー、ヒーラー、霊能者、サイキック、スピリチュアルリーダー、占い師など、呼び方も種々あり、分野も違うが微妙に重なる部分もあって、いわゆるスピリチュアル世界と太く繋がっている人達だ。

最近あるスピブログを読んでいて面白い一文を見つけた。
スピ人間でも、修行者タイプの前世を送った人は、潜在意識下に「救世主コンプレックス」を持っていることが多いということだ。
これは言い得て妙だと思う。
覚えがあったりして、思わず膝を打ってしまった。

「救世主コンプレックス」というのは大袈裟だが、過去生で少なくとも世のため人のためスピ能力を使うとかスピの力で人々を救済しようとして修行を重ねたり人生を賭したで、ストイックな自己犠牲を伴っている。
裏返せば人間のエゴや欲望、享楽や快楽には否定的で、常に求道者であり辛い修行を自らに課す。
誘惑の道に落ちると激しい罪悪感を覚え、破戒僧のように自分で自分を貶める。

今生でも特別な使命感を感じていて、スピの世界に入っても自分のやることは何だろうと自分探しをしていたりする。
社会や政治にも関心を持ち常に大きなものと戦い世直しが人類のためだと思ったりもするし、実際スピ関係ではなくても特殊な分野で修行僧のように道を究め人類に福音をもたらすもいる。
「スピ人間あるある」だ。

反対にスピリチュアリストでも、自分の幸せが第一と考え、人生を楽しみ人間としての快楽を追求するゆるふわもいて、そもそもの出自や組成が違うのだと思う。
多分出身星を探っていくと違いがはっきりするだろうが、の年齢的にもオールドソウルとヤングソウルの違いもあるかもしれない。

スピリチュアルを学びサードアイを開きたい人達が増えているが、ここでも修行系の「救世主コンプレックス」の持ち主は生真面目に「私の使命は何か?」を知りたがり、ゆるふわスピ人間は「スピもビジネス、収入になるしそれで美味しいものでも食べよう」みたいなノリだったりする
多分後者の人たちは過去生でも人間の欲望を追求する人生が多々あって、スピ能力は天からの賦与ではなく余禄程度だったのかもしれない。

どちらがどうというわけではないが、スピリチュアリストも多士済々で、その違いはの出自や組成と過去生によって幾つかにグループ分けされるのだと思ってしまった。

因みに私はどうも修行系の魂のようだ。笑


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誰でも霊能者

2019–05–25 (Sat) 16:06
色々な人と話していると、自覚はなくても皆スピリチュアル的な力は持っていると思うことがある。
スピ能力というと幽霊が見えたり霊視が出来たり見えないものが見える、判るというたいそうな力を想像するが、実は第六感や直観、悪い予感や閃きもそうだ。
これらは大抵ハイヤーセルフ守護霊ガイド達の報せだ。

先日、半年前に大きな手術をして今も治療中の人と偶然話す機会があった。
本人はスピ能力などないと言っていたが、話を聞いていくとかなり予感や直観が鋭い人だった。
病気の原因もわかって危ないと思っていたが先延ばしにしていた事、ギリギリのところで病気が分かりまだ死なないと直感的に感じたことなど、自分の予想通りになっていたと言っていた。
大病は警告でありメスを入れることはカルマ落とし、一つの過去生が死んでいる歳で人生のリセットになると話したら、かなり納得していた。

これまでも、物事のこれからの推移が分かったり大抵のことは予想がついたそうだ。
ただその人はそれがスピリチュアル能力だとは思っていなかったらしい。
話の流れから過去生やカルマやソウルグループなどのディープな話になった。
最後にその人が言ったことは「話している内容は今まで一切知らないことだったが、ほとんど理解できたし腑に落ちた。」ということだ。
自分は人よりそんな力が強いということを知って、目から鱗が落ちたようだった。
「これからスピリチュアルの世界に目覚めるかも?」と冗談半分で言ったが、やはり死に直面すると人間はの存在を自覚するようだ。

誰でもスピ能力は持っていても、それを自覚していないことがままある。
自分の感覚を人と比べることはないし、スピリチュアルを知らなければそれも力の一つだと気が付かないだけだ。
スピリチュアル能力は、何も幽霊が見えたり未来が見えることだけではない。
実生活の中で皆知らずに使っていることがある。

私の友人には販売員をやっていた時に、朝お店へ行く前にお客が来るか来ないか、売り上げが上がるか否かが分かったという人がいる。
お客がたくさん来る日は早く行き、来ないと判る日はゆっくり出勤したそうだ。

人は守護霊の報せ、神仏の加護、前世のカルマ、因縁や業など、良いも悪いもの世界の影響を受けながら生きている。
それを何かの折に気が付くか、あるいはそういう角度から見るようになって、人生の謎が解ける場合があるということだ。

上記の手術をした人が、あと5年は生きると言っていた。
これまでの人生で思ったことは殆ど現実になったからと。
決めたら多分生きられるだろうが逆にその通りになるので、5年を10年にするか、あるいは時間を限らない方がいいとアドバイスした。
スピリチュアルのことを勉強してみたいと言っていたから、それを知れば生きていく上で絶対に役に立つからと力説せずにはいられなかった。

誰でも気が付かないがスピ能力はあるし使っている。
そういう視点から見直してみると、思い当たることが大なり小なりあるはずだ。
それを受け入れ注意を払うと、もっともっと繋がっていくのではないだろうか。


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輪廻転生の繋がり

2019–05–12 (Sun) 17:27
このブログを読んでくれている人は、スピリチュアルに興味があるか多少なりともスピ人間の人が多いと思う。
私も含めて幾つかのスピブログを見たり様々なスピ情報に興味を持っているはずだ。
パワースポット情報とか神社仏閣情報とかはたまた当たる占い師からスピグッズ、怪しげな場所まで調べたり共有する。
知れば行ってみたり試してみたいものもあるだろうし、私自身も何度かそういうことがあった。

総じて言えるのは万人向けと個人向けがあるということで、神社仏閣はあまり個人を選ばないが、パワースポットや遺跡などは結構合う合わないがあるようだ。
勿論占い師などはもっとその落差が大きいかもしれない。

これは個人が持つの由来や傾向、過去生などと関係あって、神社でも伊勢系や出雲系、源氏筋平家筋があるくらいだから、古代からの場所、物はそこに関わる幾多のが今生になっても影響を受ける場合があるようだ。
例えばあるパワースポットと言われる場所に行って、パワーを貰って元気になる人もいれば逆に何か調子が悪くなる人もいる。
その場所にあるエネルギーと波動が合うか合わないかにもよったり、またかつてそこを敬った人と冒涜した人達ではその子孫やの系列で、訪れた人に全く反対の作用をすることもある。

よくお化け屋敷に肝試しに何人かで行って、全然平気な人もいれば熱を出したり怪我をする人もいるのはそのせいだ。
調子が悪くなる人は、一つは霊に敏感な場合、もう一つはそこの場所や浮遊霊、地縛霊と何かしらの縁を過去生で持つ場合だ。
平気な人は全く鈍感か強力な守護がついているか、そこに縁もゆかりもない人と考えられるだろう。

スピ人間は興味があるからすぐスピ的なものを試したくなるが、スピの世界は奥行きも幅も広い。
誰も彼も御利益があるわけではないし、Aさんがいいと言ってもBさんにもいいとは限らないのだ。

では何を基準に決めるべきか。
行きたいと思い邪魔が入らず行って気持ちのいい場所や、欲しいと思ってすんなり手に入り嬉しいと思えるものは自分と波動が合っている。
意気込んで行ったり買ったのに却って調子が悪くなっても、その場所や物が悪いわけではなくたまたま自分とは波動が合わなかったと考えた方がよい。
特にスピマニアはピンとくるものや何度もシンクロで目についたものは、偶然ではないと考えてもいいと思う。

は果てしない輪廻転生を繰り返す。
今の人生で触れ合うものは全て、過去生の影響を受けていると言っても過言ではないだろう。



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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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