お盆と幽霊

2019–08–15 (Thu) 14:45
お盆の真っ最中だが、この期間は普通の人でもあちらの世界に繋がりやすくなっている。
皆が皆死者に会うわけではないが、何かの拍子に波長が合ってしまうと厄介だ。
特に心霊スポットと呼ばれる場所は興味本位では行かない方がいい。

私がこれまで会ったスピ人間で、新宿、渋谷、池袋は行けないという人は複数いる。
エンパスや霊能力がある人は普段でも人混みは辛いが、特にいわくのある場所は地縛霊や浮遊霊が沢山いるので影響を受けてしまい、時にお持ち帰りもあって体はしんどい。

私は幽霊は見えない人間だが、昨日新宿のJR駅の構内で左腕を掴まれた。
誰かと思って後ろを振り向いても誰もいなかったので、この世の人ではなかったのかもしれない。
ひんやりと湿った感触だった。

お盆は日本中の死者が此岸と彼岸の間を行き来する.
家のある故人は家族の元へ戻るが、帰る場所のない霊達はあたりをさ迷い歩くのかもしれない。
無念を残して死んだ人達はそこにずっと留まって自分が死んだことも知らない場合もあるし、恨みつらみを残すと波長の合った人間を引っ張ることもある。

人身事故の起きる踏切や駅は、死ぬ気がないのに魔が差したようにふと電車に飛び込んでしまう人がいるという。
これなどは見る人が見たら、そこで死んだ人達が手招きをしているそうだ。
心が弱っていたりが抜けかかっているような人、あるいは自殺をした人と同じ悩みや問題を抱えていると波長が合ってしまい、呼ばれるようにふらりと行ってしまう。
自殺の名所の東尋坊や華厳の滝、青木ヶ原の樹海などは、死ぬ気が無くてもしっかりしていないとすっと心の空隙に入り込まれあの世へのコードが繋がってしまうのだろう。

渋谷のスクランブル交差点や池袋のサンシャインビルは有名な霊スポットだ。
東京は江戸時代から刑場があった場所などは縁起が良くないが、関東大震災や東京大空襲でもおびただしい人達が無念の死を遂げていて、東京自体が巨大な心霊スポットだと言っても過言ではない。

折しも今日は終戦記念日だ。
戦争で亡くなったが、至る所で悲しそうにこちらを見ているかもしれない。
そんな人達の犠牲の上に今日の日本があるということを、決して忘れてはいけないと思う。



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前世の繋がり

2019–08–12 (Mon) 14:36
占い師霊能者は不遇な人生を送ってきた人が多い。
私が知っているそれ系の人でも、順風満帆の人生で幸せいっぱいの人はほとんどいないような気がする。
冗談で「この業界の人間は不幸自慢が出来る」と言われる。

人にない特殊な能力を持っていたら生き辛いのは当たり前だが、人生に翻弄され艱難辛苦の末見えない世界に辿り着いた人もいるし、あるいはそれをするためにそういう目に遭わされたという導きの場合もある。

最近話したサイキックの人も義父に10年近くも虐待を受け、自殺未遂も数度でメンタルを病み高校の3年間は精神科に入退院を繰り返したそうだ。
この手の人はなぜか勉強しなくても頭が良く、成人すると普通に戻りやがて予定されていたようにその道に行く。
その人も不登校でも優秀で大学を出て会社員をしているが、その能力を使わなければならないという指令が来たらしく、もう道筋もついているようだった。

もちろん自分の過去生も判るから虐待した人との過去生の関りも見ていて、「今世は敢えてひどい人になって来てくれた。それは私が早いうちに人間のどん底を経験してその道に進むためだと思う。彼は前世では私のことを心配してくれている人だった。」と言っていた。

まあ、普通の人は理解できないかもしれないが、自分を刺した相手と今世で出会った私にはよくわかる。
きっとそんなはそれも織り込み済みで、お互いに話を決めてこの世に生まれてくるのだと思う。

これは特殊なスピ人間の話だが、実は普通に生活している人達でも往々にしてあることだ。
生きている限り反りの合わない人や嫌いな人、もっと言えばいじめられたり顔も見たくないような人もいる。
そんな相手は過去のカルマだったり先祖の因縁だったりすることもあるが、中にはわざとソウルメイトに近い縁のあるが今世では修行のために敵役になろう、あるいは勉強のために嫌な上司になってあげようなどと話を決めてくる場合もある。

人間関係でいつも怒られたり嫌な思いをさせられたりする相手がいても、もしかしたらその人は自分の成長のための相手なのかもしれないと発想を転換出来たら違う展開になるかもしれない。
よく聞く話は、嫌な相手を嫌だと思わなくなったらその人がいなくなったというケースだ。
彼、彼女は自分にとって耳の痛い事やムカつくことを言っていたが、もしかしたらそれは自分にとっては必要な言葉だったかもしれないのだ。

天からの警告や注意はしばしば周りの人の口を借りて発せられる。
それを何となくでも受容出来た時に、多分嫌な相手との関係は好転するか離れるだろう。
辛いことがあったら、その分人間性は深まり器量は広くなる。

冒頭のサイキックの人のように過去生まで詳らかには出来なくても、過去にも縁があった人は良しにつけ悪しきにつけ人生で関りを持つ。
ネガティブな人でも出来事でも必ず自分にとっては意味があるのだと思うようにすると、未来のあり方も変わって来るのではないだろうか。



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修行系前世

2019–08–05 (Mon) 17:11
世の中には様々なタイプのスピリチュアリストがいる。
ライトワーカー、ヒーラー、霊能者、サイキック、スピリチュアルリーダー、占い師など、呼び方も種々あり、分野も違うが微妙に重なる部分もあって、いわゆるスピリチュアル世界と太く繋がっている人達だ。

最近あるスピブログを読んでいて面白い一文を見つけた。
スピ人間でも、修行者タイプの前世を送った人は、潜在意識下に「救世主コンプレックス」を持っていることが多いということだ。
これは言い得て妙だと思う。
覚えがあったりして、思わず膝を打ってしまった。

「救世主コンプレックス」というのは大袈裟だが、過去生で少なくとも世のため人のためスピ能力を使うとかスピの力で人々を救済しようとして修行を重ねたり人生を賭したで、ストイックな自己犠牲を伴っている。
裏返せば人間のエゴや欲望、享楽や快楽には否定的で、常に求道者であり辛い修行を自らに課す。
誘惑の道に落ちると激しい罪悪感を覚え、破戒僧のように自分で自分を貶める。

今生でも特別な使命感を感じていて、スピの世界に入っても自分のやることは何だろうと自分探しをしていたりする。
社会や政治にも関心を持ち常に大きなものと戦い世直しが人類のためだと思ったりもするし、実際スピ関係ではなくても特殊な分野で修行僧のように道を究め人類に福音をもたらすもいる。
「スピ人間あるある」だ。

反対にスピリチュアリストでも、自分の幸せが第一と考え、人生を楽しみ人間としての快楽を追求するゆるふわもいて、そもそもの出自や組成が違うのだと思う。
多分出身星を探っていくと違いがはっきりするだろうが、の年齢的にもオールドソウルとヤングソウルの違いもあるかもしれない。

スピリチュアルを学びサードアイを開きたい人達が増えているが、ここでも修行系の「救世主コンプレックス」の持ち主は生真面目に「私の使命は何か?」を知りたがり、ゆるふわスピ人間は「スピもビジネス、収入になるしそれで美味しいものでも食べよう」みたいなノリだったりする
多分後者の人たちは過去生でも人間の欲望を追求する人生が多々あって、スピ能力は天からの賦与ではなく余禄程度だったのかもしれない。

どちらがどうというわけではないが、スピリチュアリストも多士済々で、その違いはの出自や組成と過去生によって幾つかにグループ分けされるのだと思ってしまった。

因みに私はどうも修行系の魂のようだ。笑


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親子の不思議

2019–07–16 (Tue) 15:45
親子は現世では最も深い縁で結ばれた関係だ。
的にもソウルメイトやソウルグループの一員と言える関係だが、時にはカルマ解消の相手として生まれてくる場合もある。
虐待する親子の話は何度か記事にしたし毒親についても触れているが、うまく行っている親子の間でもしばしば依存関係がみられる。

子供は何度も心の中で親を殺して成長するという話を聞いたことがあるが、これはあながち間違いではないだろう。
殺すというのは象徴的な意味だが、十代の反抗期に親にむかつき反抗し悪態の一つもついた方が、自我の目覚め、自立という観点からは健全と言える。
従順すぎて親の言いなりになっていた子は逆に大人になってから問題行動を起こしたりする率が高い。

特に母親は子離れできずに子供を自分の持ち物と考えたり死ぬまで親という権威にしがみつき支配しようとする毒親もいるが、の視点から見ると過去生や縁の深さの違いも現世での関係の在り方に影響している。
違うソウルグループから勉強のため親子になったもいれば、何度も助け合い深い縁を結んでいたソウルメイトの場合もある。

虐待や毒親は、違うソウルグループで過去の因果関係とカルマから今世での解消、学びのために親子になったと思われる。
だから親子であっても性格が全く違ったり、共通点がなく故に反目したり疎遠になったり、近親憎悪や虐待に及んだりする。
特に悲惨な親子関係になると、過去生のカルマを積んだネガティブな縁の相手だと言える。

親と子は別の人間で別の人格だというが、的に考えれば密度の違いや関係性の違いはあって、それが現世での親子のありようを決定していると思う。
中には親子であっても関係が逆転しているようなケースもあるし、親が子を守っているはずなのに実は子供が親を守っていたりする。

命に代えても子供を守りたいと思うのが母親だ。
無償の愛だ。
しかしそれは、子供が親にもたらしたものだ。
子供を産むことによって親になれたわけで、その子の存在失くしては親として存在しえなかった。
その子のおかげで母親という人生を経験することが出来たし、親でしか味わえない子への愛情や成長の喜びも感じることが出来ただろう。
育児は育自、教育は共育というが、子供を持つことによって親としては成長できたのだ。

最近はシングルマザーが増え、生活の困窮が問題になっている。
母親が一人で頑張っている姿を見て育った子供は、普通の家庭の子供よりの成長度は高い。
人の痛みが分かり人間としての器量も大きいような気がする。

シングルマザーはわが子を育てるために必死で生きているが、実はその魂は子供に守られ助けられ成長させてもらっているという側面がある。
子供への愛情のために死に物狂いで頑張れたのは、その子のおかげで生きるエネルギーや勇気を貰えたからだ。

子供の背中には天使の羽がついている。
母子家庭で頑張っているお母さん達は、いつか子供が大きくなって立派な社会人になった時、その背中に付いた羽から沢山のエネルギーが送られていたことに気が付くだろう。


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親子の因業

2019–06–10 (Mon) 15:01
最近、元官僚が息子の反社会的行動を危惧し、殺害してしまった事件の記事を書いた。
かたやまた2歳児の虐待死があった。
親子関係というのはにとって最大の修行であり、カルマの清算の場だと思わずにはいられない。

肉親はソウルメイトで何度も転生を繰り返し助け合い愛情というものを学ぶ関係もあれば、過去生で敵対しひょっとしたら殺し合ったかもしれない因縁の相手の場合もある。
後者の場合は親子で生まれるぐらいだから、お互い過去生で何度もを積みその続きで今生も親子という逃げられない関係で生まれたのだろうか。

悲劇に終わる親子は、実はカルマの清算や因を断ち切るためにそこまでする必要があったのかもしれない。
様々なケースが考えられるが、生煮えのまま終わるより完全に負の連鎖を断ち切るためには徹底的にやるしかなかったのか。

的には、子供は親を選んで生まれてくるとスピリチュアルでは言われる。
極端な言い方だが、虐待死する子のは予めそのブループリントで来ていて、親より霊格が高い場合も多い。
虐待死することによって、親のを成長させるために来ただとも言える。
現実的には痛ましくてとてもそんな理屈が通らないのは百も承知だが、こんな極端な例は別にしても普通の親子関係でも不肖の子供、毒親は程度の差こそあれかなりの割合でいると思う。

家族は仲良く愛情で結ばれるという神話のせいで、それに縛られ苦しんでいる親も子供も見えないだけで大勢いる。
うまく行かない親子は、の本来の役割とは別に人間としての社会的常識や道徳観で、親子関係はこうあるべきという強迫観念に葛藤し苦しむ。
しかし、もし魂同士が因の相手なら、お互いカルマを清算する必要がある。
因縁を来世に持ち越さないためには、今回限りで因果関係を断ち切るという覚悟が必要だろう。
虐待や殺人は論外だが、大人になっても家族の不仲を悩む人は、違う角度から関係を見直してみてもいいと思う。

家族だから親子だから兄弟姉妹だからという既成概念で、自分を縛り付けるのはやめた方がいい。
もし母性や父性、親子愛や兄弟愛を知るのが今回の魂の目的なら、疑いなく愛を感じるだろう。
しかし「肉親だから愛して当然だ、そう感じられない自分は異常だ」と思うのは間違いだ。
それは今回は親子愛を知るためではなく、親子という関係でしかできない違う何かのためだからだ。

家族になった本来の魂の目的は様々だ。
だから今生でそれが達成できたかどうかが一番大切なのではないだろうか。



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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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