パワーストーンの報せ

2019–02–17 (Sun) 16:43
時々依頼でパワーストンブレスレットを作っているが、今回作ったのはレッド、イエロー、ブルーの三色のタイガーアイを使いラピスラズリと水晶を入れたかなり強力なブレスだった。
仕事、金運と守護をメインに組んだのだが、何度か組んでも気に入らずかなり時間がかかった。
組める時は石の組み合わせも配色も一回で決まりゴムの結びまで全て一度で収まる時もあれば、なかなかしっくり来なくて同じ石でも配置を変えたり大きさを変えたり、ゴムを結んで完成しても翌日やはり解いてまた組み直すことがある。

今回も時間が掛かった方だが、無事持ち主に渡すことが出来た。
元々カードで占ってから作ることになったのだが、ルノルマンカードで鎌のカードが出て断ち切る必要のある問題を抱えているのが分かり、御本人も「やはり」という感じだった。

渡す時に念のためサイズ直しの用意をして行ったところ、やはり調整した方がいいということになりその場でもう一度サイズを直すことにした。
小さな石を入れ直して組みながらゴムを伸ばしたところ、いきなりゴムが切れてバラバラと石が落ちてしまったのだ。
そんなに強く引っ張ったわけでもないので、私もどうして切れたのかわからなかった。
今まで依頼を受けて製作途中に何度か強く結んだときに切れたことはあるが、このパターンで切れたのは初めてで、まして御本人を前に切れたのだから偶然とは言えないような気がした。
もう一度組み直してサイズもよくなり右手首に収まって喜んでもらえたが、折角なのでもう一度カードで占ってみることにした。

二回違うスプレッドで占ったのだが、やはりまた二回とも鎌のカードが重要な場所に出た。
ブレスレットのゴムが目の前で切れて、鎌のカードが2回も出たのだから、これは完全な啓示だと思わざるを得ない。
御本人も改めてその課題を納得されたようだった。

思うに守護霊ハイヤーセルフなど強い知らせがある時は、ブレスレットでもカードでも色々な媒体を使ってシグナルを送ってくれるようだ。
いつもはそういう見えない世界のアドバイスに気が付かないものだが、アンテナを立てて不思議な偶然があったりシンクロがあったりした時は、もしかしたらこれは後ろの報せなのかもしれないと考えてみた方がいい。

この世には偶然はなく全ては必然だという。
いちいち出来事の意味を考える必要はないが、少なくとも同じことが重なったり気持ちに引っかかるものがあったら一歩引いて客観的に見てみた方がいいのではないか。
そして困った時は後ろの存在に助けを求めたら、必ず何らかの方法でサインを送ってくれるはずだ。

誰にでも守護霊やガイドはいる。
それにはまず自分は守護されているということを心から信じよう。



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人生に疲れた時

2018–11–17 (Sat) 17:11
疲れた時や落ち込んだ時は、子供の頃に好きだった食べ物を食べるといいという話を聞いたことがある。
懐かしい曲を聴くのもそうだ。
大人になると食べ物の好みも変わってくるし、あんなに好きだったのにいつの間にか食べなくなってしまったものもある。
だが私自身メンタルが落ちたり身体的にも疲れた時に昔大好きだったものを食べてみると、本当に少し元気が出たり気持ちが癒されたりしたので確かに効果はあったと思う。
何故かは判らないが、心身共に疲れた時にはお勧めだ。

人間が過去を振り返るのは、大抵現在の生活に何かしら不安があったり満たされない時が多い。
運気上昇でイケイケの時には過去を顧みる余裕も懐かしむ必要もない。
視線は全て前に注がれているからだ。
老境を迎えれば来し方を振り返る事はあるだろうが、まだ先の人生が長いのに過去ばかり振り返ってしまうのは、運気が落ちている時や生きることに疲れているからだ。
そんな時きっと無意識に子供時代や過去の楽しかったこと、幸せだったことを思い出して今の辛さを相殺させたいのだろう。
今の落ち込みが増幅するかもしれないが、それを通り越すと過去には戻れないし現実に立ち向かうしかないことを悟る。

よくあの時の選択が間違ったとか、この道を選ばなかったらと悔いることがあるが、その時違った道を選んでいたらもっと悪くなっていたかもしれないとは誰も考えない。
人生の選択は間違いだったと後から思うことがあっても、実はその時のベストチョイスでそれがのブループリントに沿っているからだ。
あまりにも違うとハイヤーセルフガイドが必ず警告を与え軌道修正するらしいから、苦悩の末選んだり強制的にそちらへ進まされてもすべてはソウルコントラクトだと思っていいだろう。

誰でも後悔のない人生はない。
しかし都度都度最善の選択をしての今なのだから、たとえ困難にあっても辛くても自分のの選択だったと思うべきだ。
生きていればいい時も悪い時もある。
どん底に落ちれば次は必ず上がる。
そして高みに行けばまた下っていくのが運気であり人生だ。
四柱推命でも算命術でも人の運気は12年一回りで、1年12か月の中でもそれは巡る。

疲れ切ってしまった時は子供の頃好きだった物を食べて懐かしい音楽を聴こう。


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葛藤と自己矛盾

2018–10–02 (Tue) 15:46
人間は誰でも何故生まれて来たのか、何故生きているのかと一度は考える。
生きるという価値は人によって様々だ。
同様に幸不幸もそれぞれで違う。

大抵の場合相対的な部分があり、人に比べてどうかというのが基準になったりする。
癌で生きたいと切望する人間もいれば死にたいと思って自殺をする人間もいる。
自分にとっては価値のあるものでも人によっては無価値だということはよくあって、交換できたら簡単なのだがそういうわけにはいかない。

何か大きな出来事が起こると人生観が一変することがあるが、大抵は失って初めてその価値が分かったりする。
何故生きているのか、自分に価値はあるのかと思う人間が余命宣告されたら、やっと死ねるとは喜ばないだろう。
人は、失わない、あるという前提があるからいらないと思う。
そして失うとわかったら惜しくなり執着する。

人間とは、激しい自己矛盾を抱える生き物だ。
精神世界に足を踏み入れると少しはその葛藤も軽減できるが、それでも今度は生身の自分とハイヤーセルフのはざまで相克が起こる。
霊的進化を求めながらロウワーな自分に嫌悪を抱いたり、あるべき理想の姿と現実の俗的な自分のギャップに苦しんだり。
以前神社で娘が母親を罵倒しながら参拝をしている母娘を見たが、これなどは人間の救いがたい自己矛盾の姿だと思った。
誰でも自分の中に度し難い業を持っていて、それが人間である証なのだろう。

今回ノーベル医学生理学賞を京都大高等研究院の本庶佑氏が受賞したが、氏は賞金を京都大学に寄付するそうだ。
共同受賞なので億単位の半分にしても巨額だが、彼にとっては必要のないものなのが分かる。
彼は人類の進化のために来ただから、お金は彼の人生の目的ではない。
彼にとっては賞金などより研究の成果の方がよほど価値がある。
久しぶりに明確なミッションを持ったの人を見たような気がする。



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ハイヤーセルフ

2018–08–22 (Wed) 18:40
本業は画家なので毎日油絵を描いているが、数年前突然ベネチアンマスクを描き始め以来ずっと描き続けている。
その前は数十年も睡蓮をライフワークとして描いてきて、コンクールや団体でそれなりの画歴を積み職業画家としてやっている。
しかしスピリチュアルに覚醒してからは段々画壇が息苦しくなり、団体にも属していたが一つは辞めてしまった。

何処の人間社会でもヒエラルキーがあって、ステイタスによって人間関係の上下が決まる。
しかし生の人間ではない魂の世界を知ってしまうと、現実の序列ではない序列が見えて疎外感を感じるようになった。
センセイと呼ばれ大名行列をしている人でも絵の実力もさることながら霊格の低さや魂の未熟を感じてしまうと、大名行列にひれ伏す滑稽さに耐えられなくなる。
人間でいる限り欲も野望も持つのはいいとしても、それが優先し何のために絵を描いているのか分からない人や、有名になりたいがために手段を選ばない営業画家、金と忖度と人脈で動く絵の世界にはもういささか嫌気が差していた。
そこでスピリチュアルに覚醒し違う世界から絵描きを見るようになると、芸術と言いながらその部分が欠落している人の多いことに落胆と疲れしか感じなくなった。

かつては私も持っていた画家としての目標がいかに小さいコップの中の世界でのことだったのか分かってしまうと、前と同じ気持ちにはなれなくなったのだ。
大方の絵描きはとにかく有名になって画壇で「先生」と呼ばれ、売れっ子作家になりマスコミに取り上げられることを目指す。
最終目標は芸術院会員、叙勲あたりだが、そこまでは行けないからせいぜい有名画廊や有名百貨店の美術画廊、美術館での個展だろう。

そのために人生をかけしのぎを削るのだが、本当にこの人は芸術家になるために描かされているのだと思う人は少ない。
逆にそういう人はそれとは違ったところで、作品が人の癒しになったりエネルギーを与えたり役に立っているのではないかと思う。
私も何十年も画壇でやって来たが、見る視点が違ってきてしまったので元の意識には戻れないのを感じている。

芸術は大局的に見ればスピリチュアルワークによって生み出されるものだと思う。
芸術という波動は人に伝わり様々な影響を及ぼす。
その意味でも絵を描く人や画家を志す者は、欲や野望のためではなく純粋な気持ちで描いてほしい。

最近ハイヤーセルフと会うというイメージワークをしているが、見えない世界の人はエネルギー体なのでその人に合わせた形で来てくれることが多い。
下の絵は私の希望が見せたハイヤーセルフガイドか、あるいはそのメッセンジャーだ。
勿論私の妄想と言えばそれまでだが、絵描きなのでたまには自分のために描いてみた。
美形なので目の保養になった。笑


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見えない世界のコンタクト

2018–08–09 (Thu) 16:49
8月8日はスピリチュアルで言うライオンズゲートが開く日だ。
宇宙の扉が開いてエネルギーが降り注がれるらしい。
ピンと来ない人が大半だろうが(私もその一人)、つまり見えない世界と繋がりやすい期間ともいえる。

また、8月11日は新月だ。
この月の一巡りで7月13日の新月、7月28日の満月、8月11日の新月と3連続で、同時に「食」が発生する。
占星術的には一大イベントだ。
そしてもうすぐお盆もやって来る。
こう見ると何が起こってもおかしくないし、個人個人でも様々な見えない世界や自分の内面と向き合うイベントが起こる可能性がある。。

エネルギーは目に見えないが、暖気が来たり寒気が来たりするのは誰でもわかると思う。
それと似たような感じだと思ってくれればいいが、見える人には波紋のように視覚で分かったり温度のように触覚で分かったりするらしい。
気功の師匠が手で押すと離れていても体が押されるのはそのいい例だ。
嫌な場所に行って背筋がゾクゾクと寒くなるのは、そこに漂うネガティブな波動を感じたり浮遊霊のエネルギーに触れるせいだ。

エネルギーなどよく判らなくても、今の時期は見えない世界で大きな動きがあると思えばいい。
お盆は分かりやすく亡くなった人が帰って来るので、合図をくれたり不思議な事も起きたりする。
お盆が近づくと故人が夢に出てくることがよくある。
これなどは素直に亡くなった人が会いに来たのだと思っていい。
きちんと迎え火送り火が出来る環境にない人でも、仏壇が無くてもお墓参りに行けなくても、故人を思い出し好きな物をお供えしたり一緒に食べるつもりで食べてあげれば立派なお盆の供養になる。

亡くなった人の一番の供養は時々思い出してやることだという。
普段は忘れていても、節目節目に思い出し懐かしめば故人は喜んでくれる。
お盆にお墓へ行くと、視える人には沢山の死者が行き来をしているそうだ。

私もここ数日亡くなった父が夢に出て来る。
心配をしてよく来る人だが、今でも子供の事はあちらで見ていてくれているのだと思う。
かなり前だが亡くなってまだ数年の頃、旅先で夜中に具合が悪くなり救急車を呼ぼうと思うほどの状態だったが、父に助けてと何度も心の中で叫んだら、寝てる胸の上に父が現れ「大丈夫だ」と言ってくれた。
それで具合がよくなってきたので本当に父が来て助けてくれたのだと確信している。

呼べば亡くなった人は来てくれる。
特に子供や孫は必ず守っている。
普段気が付かなくてもお盆くらいは見えない彼等を思い出し、労い、感謝した方がよいと思う。、

見えない世界と繋がりたい人は死者だけではなく、自分の守護霊ガイドハイヤーセルフ、潜在意識とも繋がりやすい時期なので、コンタクトを試みてはいかがだろうか。


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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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