三峯神社と猿

2018–05–20 (Sun) 17:16
三峯神社へ一泊で行って来た。
ここは2~3カ月に一回は心身の浄化も兼ねて行っているのだが、今回は身内と一緒にゆっくり宿坊へ一泊してきた。
今までは晴天の日が多かったが今回は霧に包まれていた。
三峯神社の霧は神様が降りてくると言われているが、先が見えないような場所もあって幽玄な雰囲気が漂っていた。

宿坊の部屋に入ると、窓の外に連れが猿を見つけた。
鹿は会ったことがあるがまさか猿がいるとは思わなかったので驚いた。
三階だったが下の屋根の上で子猿が一匹座っていたのだ。
猿も神遣いと言われるが、三峯神社で猿に遭遇するとは。

どうも今回は猿のシンクロがあるらしく、荷物を置いてお社を順に参拝しずらりと並んだ末社を一つ一つ見て行った時猿田彦神社に連れが目を止めた。
「猿田彦珈琲ってあるけどここから来ているのかな」と連れが聞いた時に突然頭上から一枚の木の葉が連れの目の前にひらひらと落ちて来た。
私は「ほら、返事をしてくれたかも」と言ったが、あまりのタイミングの良さだった。

それから東照宮の摂社に参り、日光東照宮には行かないのかと聞かれ、そこには「見ざる聞かざる言わざる」の三猿がいることを思い出した。
まあ、こじつけというか連想ゲームのようだが、実は猿のシンクロは翌日も続いていた。

帰途の途中、西武秩父駅での待ち時間に買い物があるという連れに付き合って市街地を歩いて行くと偶然秩父神社を見つけた。
せっかくだから参拝して行こうということになり、案内を見たら境内に有名な三猿がいるではないか。
こちらも徳川由来の神社で家康公が三猿の彫刻を彫らせたそうだ。
日光東照宮の三猿とは反対でよく見てよく聞いてよく話してという元気三猿と言われており、日光東照宮とは対照的な猿だ。

それにしても日光東照宮には行かないと言ったのだが、翌日全く意図せず秩父神社の三猿に参ることになるとは不思議だった。
猿は厄が去るという厄落としや導きという意味があるらしい。
狼の神社である三峯神社で猿に遭遇し、帰りは三猿に参拝することになったのはきっと何か意味があったのかもしれない。
三峯は憑き物落しの神社だが、憑き物が落ちて猿のシンクロが起こり厄も去って最後にはお元気三猿で元気をもらったと考えれば、何ともハッピーな神社詣でだったようだ。

単なる我田引水のこじつけかもしれないが、ネガティブよりはポジティブに考えた方がよいし、最後に秩父神社へ行ったのは完全に偶然だったのできっとガイドが私達を行かせてくれたのだろうと思う。
憑き物が落ちて厄が去り元気になれると信じれば、そんな現実を引き寄せられるような気がする。
色々な方法で見えない世界は教えてくれたり注意喚起をしてくれる。
単に偶然と思わず物事を視点を変えて見るのもいいのではないだろうか。

蛇足だが、私は三峯神社へ行く朝方茶色の子犬を連れている夢を見た。
子犬だと思ったのだが・・・これ以上は言わないでおこう。笑


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神域での写真

2018–03–31 (Sat) 16:54
久しぶりに三峯神社へ行って来た。
今回は宿坊に一泊したのでゆっくりできたが、花粉症がひどく薬を飲んだら早々に眠ってしまい勿体ないことをした。
三峯神社は駅からバスで1時間15分かかる。
その間山を登って行くのだが、毎回バスに乗るとほぼ満員の乗客たちの大半が寝てしまう。
私も同様で何故か眠たくなり寝てしまうことが二度に一度はある。

スピリチュアルの世界では違う波動に触れると眠くなるというのがあって、これは良い方も悪い方も言えるようだが、三峯神社へ行く乗客たちが寝落ちするのは山自体が霊山と言われており強力な神社なのでその波動に触れるからだろう。
よく霊格の高い人と会ったり講演を聞いたりすると眠くなる場合があるが、これも自分にない波動を受けるかららしい。
同様にネガティブな波動を受けたり邪気に憑かれたりしても眠くなる。
眠ると大抵の邪気は落ちるそうだから、そういう意味もあるのかもしれない。
今回私は行きも帰りも眠くなりうとうとしたが、高い波動に当てられたのか、はたまた邪気を落としてもらったのか。

三峯神社は広い。
本殿のほかに末社摂社がたくさんあり、狼信仰と言われる狼の眷属を祀った御仮屋というお社もある。
高い場所には日本武尊の大きな銅像があり下界を睥睨している。
私個人としては御仮屋と日本武尊の銅像の場所が好きで、いつも長い時間を過ごす。
神社へ行った時は神様にお許しを願って写メを撮るのだが、今回は携帯を変えたのでどんな写り方をするのか興味があった。

私は神様も見えないし声も聞こえない。
よくスピブログで神社で神様とお話ししたとか御神木の声が聞こえたとかあるが、それは本当に神様なのか、自分のガイドや違うものの声なのかと疑問を感じることがある。
スピの常識として神様と名乗るものは信用しない方がいいというのはあるが、本当に話せる人もいるかもしれないからその可否はつけられない。
私の場合は何となく空気が違うとかぼんやり感じる程度だが、一つの目安としていわゆる蝶やトカゲ、鹿など神遣いが現れたり何かしら不思議な事があったら神様がいるのかもと思うことにしている。
それと写メを撮ると綺麗なフレアやゴーストが撮れる場合もそうだ。

逆光でコツさえ覚えれば誰でも光写真は撮れるが、日常の生活の場所ではなかなか撮れない。
私の場合は神社が多いが、それでも全ての神社で逆光の光写真が撮れるわけではない。
大抵はお社や御神木の辺りに写り込む。
ただ今回判明したことはスマホで撮っているのでスマホによって写り方や色合いが違うという事だった。

私は科学的に説明はついても、逆にレンズは人間の目では見えないエネルギーを拾うこともあると思っている。
今度は青系から緑系のスマホに変えたのでその色を反射しているのだろうから、紛れもなく逆光のフレアなのだが、それでも私は何かのエネルギーが写っているのではないかと考えている。
今回は御仮屋の動画を撮ってみた。

御仮屋動画

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神様の加護

2018–01–06 (Sat) 16:20
お正月に初詣に行った人も多いのではないだろうか。
大きな神社ではものすごい数の参拝客で、その映像を見ているだけでも凄まじいエネルギーを感じる。
あれだけの人々の祈りを向けられ受け取る神様は、きっとお喜びだろう。

あまりにも世俗的になりすぎて神様がいなくなっている神社もあると聞くが、神社に参るということは自分自身の内在神にも祈るという事なので、たとえ神様が留守にしていても見えない世界の大いなるものに畏敬の念を抱き謙虚に手を合わせるだけで自分の魂も喜ぶと思う。

ある神職が書いたスピブログに正しい神社の参り方というのがあった。
参道の歩き方から参拝の仕方から作法は決まっているらしいが、それをきちんと実践できている参拝客ばかりではないだろう。
参道の真ん中を歩かず手水を使って二礼二拍手一礼というのは常識的な事だが、いくら作法に則ってやっても混んでいるのに長々と中央で手を合わせていたりお賽銭箱にお金を威勢よく投げ入れたりするのはどうだろうか。

因みに拝殿の側ならどこで拝んでも神様には届くそうだ。
沢山祈りたいなら横の誰も邪魔にならないところでゆっくりと拝むといいとその神職は書いていた。

ただ、神社ではお願い事よりお礼と感謝を祈った方がいいのはよく言われる。
「困った時の神頼み」という言葉があるが、神様ならずとも困った時だけ「お願い助けて」と頼みに来るのは少々虫がいいかもしれない。
普段から氏神様や好きな神社へ折々ご挨拶に行っておくことが必要なのではないだろうか。

中には厳しい神仏もいて現世利益を求めて祈願するとすぐ叶えてくれるが、お礼参りや一生仕えなければならないという神仏もあるようだ。
稲荷神は必ずお礼参りに行かなければならないし、粗末にしたら怖いというのはよく言われる。
先日知り合いの占い師が恋愛問題で悩んでおりマザコンの彼氏をママから独立させるために「聖天様に願掛けしようかな」と冗談で言っていたのだが、私は思いっきり本気で止めた。
霊能者がそんなことをしたらすぐに叶うだろうが、その後の責任が重すぎると真面目に思ってしまったからだ。

神様は慈悲を持って人々を救済してくれるだろうが、自分本位なお願い事や現世利益ばかりを求めるのは少し違うような気がする。
まずは神頼みより自分自身が天に恥じない生き方をしていくことが第一で、そうなれば神様の御加護も自然と得られるのではないだろうか。




武蔵御嶽神社

2017–11–13 (Mon) 16:33
先週末、武蔵御嶽神社へ行って来た。
参道にある民宿に一泊したのだが、帰ってきて色々気付くことがありアップしていた記事を二つ削除した。

泊まった宿は御主人が神主で霊能者でもあり、滝行や呼吸法、瞑想、クリスタルヒーリングを体験できる一泊2食のコースがあって、滝行は参加しなかったが、気学鑑定もして貰った。
他の宿泊者は滝行を二回していたが、憑き物も何もかも落ちてすっきりしたと言っていた。

武蔵御嶽神社は三峯神社と同じ修験の山で狼信仰があり眷属の狼を祀っているお社がある。
日本武尊を案内した狼を祀っているのも三峯神社と同じで、あるブログで宿に宿泊した体験の記事を読んだので行ってみたくなったのだ。
やはり行く意味はあったと思っている。

本殿の裏に摂社、末社がいくつかあり一番奥に狼様のお社がある。
やはりすごい神気だったが、暫くいると三峯神社よりは優しい感じがした。
何枚か写メを撮らせてもらったが、何となく「撮ってごらんと」言われたような気がした時に撮ったものがあって、それは逆光のフレアだがエネルギーを感じる光になっていた。
宿の霊能者である御主人見せたらやはり神気が写ったそうだ。
神様を感じられたように思うととても嬉しくなった。

実は神社へ行く前に私のクリアしなければならない潜在意識の課題がやってきた。
神社へ行く前日に起こったので、まだ課題がクリアできていないことを教えてくれたのだろう。
今年はそれと向き合う年だというのは分かっていたが、残っているものがあったようだ。

宿での夜の瞑想、ヒーリングでは気の出し方を教えて貰い、実際御主人が宿泊者を気で動かして見せてくれた。
レイキと同じような感じで体に気の出ている手を当ててヒーリングしていくのだが、悪いところや痛んでいるところでは手が勝手に動いていた。
因みに私の手はピリピリした気を出しているそうだ。笑

やはり行くべき神社には行くことになるのだと思う。
もう一つそこの神社は占いの歴史のある神社としても有名だ。
お神籤はかなり当たるという話だったが、私も引いてみたら驚くほど肯綮に当たる内容だった。
狼様にも会えたような気がするし課題も再確認出来たし貴重な参詣だった。


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出雲大社のパワー

2017–10–14 (Sat) 16:35
出雲大社へ行って来た。
ここ何年かずっと行きたいと思っていたのだが、念願叶って無事参詣を果たすことが出来た。
何となく自分の誕生日の当日お参りしたいと思っていた。
多分何かあるような気がしていたが、色々不思議な事がやはりあった。

大国主命の像に会いたかったのだが、いざ側に行ってみるとあまりの迫力に圧倒されて暫く見とれてしまった。
多分感じる人と感じない人がいると思うのだが、私は視覚化されたものからエネルギーを繋げるのかもしれない。
本殿の日本一大きいしめ縄も凄いパワーだったが、急に強い風が吹いてきたので来て良かったと思えた。
裏側にも末社摂社があって、そこの方がパワーが強いと教えてくれた友人がいて行ってみると、やはり違う空気感を感じた。
素戔嗚尊のお社があって、何か強いエネルギーを感じて写真を撮るとやはりそんな感じの光が写っている。

行く前に出雲大社の事を調べていたら境内を出て小道を行くと命主社という小さな神社があって、そこは大国主命の命を助けた「神皇産霊神(かみむすびのかみ)」が祀られていたので、是非行ってみたいと思い足を延ばしてみた。
あまり知られていないらしく人はまばらだったが、一人の女性と挨拶をし話したところ何となくただならぬ縁を感じた。
彼女も東京の人で、結局お互い前世で縁があったようだと分かり、偶然出会ったわけではなくどうも不思議なシンクロがあって出会ったことが分かった。

すっかり話し込み夜まで一緒にいてお互いのガイドや守護霊をリーディングし合って必要な情報を与え合うことになった。
なんとも驚くべき出会いだった。
縁結びの出雲大社だから、縁を引き寄せてくれたらしい。

私は今年は結構大変でこれを超えたらリセットなのだろうと思っていたが、奇しくも誕生日に出雲大社へ行ったのはまた生まれ変わる意味もあったのかもしれない。
どうしても誕生日に行きたかったのだから。
因みに私の誕生日は10月11日だが、出会った人の誕生日は1月10日でそれも二人でびっくりしたことだった。

本当に出雲大社へ行って良かったと思っている。
これから誕生日には出雲大社かもしれない。笑
何か新しいことが始まればいいと心から願っている。


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職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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