課題の分離

2018–09–20 (Thu) 17:49
私はこのブログで様々なスピ的考察を書いているが、スピリチュアルの理や霊的進化の道筋など客観的には判っていても、では自分で全て実践出来ているかというとなかなか難しい。
最近これはデジャブだと思う出来事があり、去年全く同じような出来事に遭遇したことを思い出した。
詳細は割愛するが、結果的に私の取り組み方が間違っていて、きちんと自分の立ち位置のボーダーが引けなかったことで心身ともに疲弊したことがあった。

アドラー心理学で「課題の分離」という考え方がある。

―『課題の分離』とは、問題や課題を目の前にして、『この問題・課題の最終的な末路を経験し、責任を負うのは誰か』を考え、課題が誰に属しているのかを仕分けていくことを言う。
そして、誰の課題なのかが明確になったら、自分の課題とだけ真摯に向き合い、他者の課題には介入しないようにする。―

つまり他者の問題に関わるといつの間にか自分の問題にまでなってしまう場合があるが、それは自分の課題ではなく忠告やアドバイスはしても解決はあくまで相手がしなければならないということだ。
人間関係や友人関係で、特に情が絡むとその境が分からなくなる場合がある。
またスピ系人間、特にエンパスや霊媒体質の人は、生きている人間の気持ちともシンクロしてしまうので、我が事のように心を痛めたり行動を起こしてしまう。
果ては相手に憑いている邪気までもらってしまい、ミイラ取りがミイラになることさえある。
占い師や霊能者はこのボーダーをはっきりさせないと命に関わるが、普通の人間関係でも課題の分離を行っていけばシンプルな生き方が出来るだろう。

図らずも最近私は全く同じパターンのシチュエーションに遭遇した。
しかしいつもブログで言っているように、私のガイド達が今回は教えてくれていた。
三度も違う人の口を介して同じことを言われたのだ。
内容は、言葉は違っても「課題の分離」をしなさいということだった。

三人から同じ事を言われたら、これはもう注意と指導以外の何物でもない。
自分でも気付いた「この道はいつか来た道」という感覚と、同じ轍を踏んではいけないという思いがある。

ブログではいつも見えない世界との繋がりを強くすればガイド守護霊から様々なサインが貰えると言っていたが、今回は自分が信じて書いていた事が証明された気がする。
昨日久しぶりに会った3人目の人は私に「前回の宿題がクリア出来たかどうかお試しされたんじゃない?」と私に言った。
その通りだと思う。

見えない世界の人達に感謝だ。


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エネルギーバンパイアはいる

2018–09–18 (Tue) 16:02
エネルギーバンパイアという人がいる。
本人が気が付いているのは少ないが、エネルギーの強い人に多い。
そこに霊性の高さや品格が伴っていれば違うが、そうでなけれは周りのエネルギーを吸い取ってますます強大になっていく場合がある。

よくさんざん人を振り回したり巻き込んで周りは疲労困憊するのに、当の本人はケロッとして元気だったりするケースがある。
あるいは悪口や毒を吐き散らして周りの人間をげんなりさせて、ご本人はすっきりという人など。

特に生死にかかわる時に知らずに生命エネルギーを取ったり取られたりすることもあるようだ。
これはケースバイケースで、例えば親が子供を助けたい一心で自分のエネルギーを与えるケースもあるし、生きたい執念がすごくて側にいる弱い人やエネルギーを流すヒーラーのような人から吸い取るケースもある。

病院へ行って疲れる人は自分のエネルギーが知らず知らずに吸い取られていることもあるので、気合を入れて脇を締めてから行った方がよい。
また、例えば事故現場に居合わせたりした時も自分が救命しなければならない立場ならいざ知らず、物見高さで野次馬になり側に行って見ているのは、エンパスや霊媒体質の人はやめた方がよい。
命のぎりぎりの場面では激しいエネルギーの遣り取りがあるからだ。

霊能者やヒーラー、占い師はエネルギーが強いので与えもするが逆に取っている場合もある。
本人達は自覚がなくても、占いや鑑定に行って元気になれた場合と何となくいい感じがしない場合は、占いの内容とは別にいい波動でエネルギーを貰えたか、悪い波動でエネルギーを取られたかという違いもあるかもしれない。
同様な事はマッサージやヒーリングにも言えるので、直観を信じ「なんとなく疲れた」「気分がすっきりしない」というところはエネルギーを取られた可能性があるし、自分にとっては合わないところだと思った方がいいだろう。

とにかく会っていて疲れたり振り回す人はエネルギーバンパイアの可能性がある。


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経営者とスピリチュアル

2018–08–26 (Sun) 17:35
最近偶然続けて社長をやっている人を占うことがあった。
どちらも規模は大きくないが、共通して言えることは苦労したので人徳があり部下思いのような感じがしたことだった。

経営者や社長、あるいは芸能人、政治家などは、信仰心が篤かったり神社仏閣詣でをしていたり、占い師に仕事のコンサルを頼んだり果てはお抱え占い師を持っていたりする。
神社へ行っても会社の祈祷の場に出くわすし、社員と思しき集団がお参りしていたり、神社仏閣への寄進には会社名がずらりと並ぶ。
松下幸之助がある宗教を信奉していたのは有名で、安倍総理も母親も怪しげな新興宗教に関わっているのはよく知られた話だ。
歴史を顧みても政治とお宗教は切り離せない。
宗教戦争は過去何度もあり、現在も信仰の違いから内乱や紛争が起きてる。

宗教や信仰はいつの世も人を動かして来たから、先進国は政教分離を政治の根幹に据えている。
しかし個人での信仰や見えない世界を信じることは、自分が人の責任まで負う重い立場になると尚更強くなるのかもしれない。
経営者などは従業員とその家族の生活が懸かっているわけだから、どうしても決断を迫られる時に重圧から何かの力を借りたくもなるだろう。
実際商売をやっていると不思議な流れや力というものを感じることがあるようだ。

人はどうしようもないツキや運不運というものを身を持って体験すると、人知の及ばない神仏の世界を信じるようになる。
私が鑑定した社長は産廃の会社をやっていたが、会社のミーティングで私が居合わせた店の一角を借り、たまたまひょんなことで視ることになった。
部下たちがサラリーマンの格好なのに社長だけが作業着を着ていて、手相を観ても堅実で地味な経営者なのが分かった。
単純な事だが「部下の手柄は部下の責任、部下の失敗は上司の責任」というのを実践できる経営者は部下が会社を大きくしてくれる。

占いは個人相手と思われがちだが、スピリチュアル業界でも会社コンサルという太客を持つのが確実で収入に繋がる。
個人鑑定で売れてきたら、そちらにシフトしたい占い師も多いようだ。
いい占い師がいい会社をコンサルすれば業績も上がるだろうし、逆の場合はお互いに潰れるだろう。
占いの規模が大きくなればどちらに振れても影響が大きい。

成功した会社や堅実な業績を上げている会社の経営者は、必ず人徳があったり神仏の加護があるのは間違いない。
大企業でなく中小企業ほどそういう人が多い。
占いコンサルに頼むよりもまず、経営理念に「利他」という言葉を入れれば神仏が味方になってくれるのではないだろうか。


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幽霊はいる

2018–08–03 (Fri) 16:57
連日記録的な猛暑が続くが、気持ち的に涼しくなろうと肝試しに行く若者も増えるのではないだろうか。
夏休みのイベントとしてお化け屋敷も盛況になるが、嘘か真かお化け屋敷には本当にお化けが居着くという話がある。
これはスピリチュアル的に考えても結構当を得ていて、地縛霊や浮遊霊などが同じ波動に引き寄せられてやってくるわけだ。
スタッフのお化け以外に本当に何かいたと訴えるお客が必ずいるが、きっと実物に遭遇してしまったのだろう。
大概は冷やかし半分や淋しくてやってくる浮遊霊が多いからその場限りで終わるのが殆どだ。

しかし肝試しなどで「幽霊屋敷」と呼ばれている曰く付きの廃屋、病院、そしてトンネルはよした方がいい。
実際そういう所には悪霊や死霊が住み着いていて、そこに浮遊霊なども集まりネガティブな霊の溜まり場になっていることが多い。
幽霊屋敷と呼ばれる家は殺人事件や夜逃げなどの物件が多いし、生死関係なくそこに残った怨霊に同じ波動の浮遊霊が集まり死霊までやって来て住み着いてしまう。

だから面白半分で入ったら攻撃されたり取り憑かれる可能性は十分ある。
地縛霊となっているからその場所に足を踏み入れない限り問題はないが、たまたま弱っていたり霊感が強かったりネガティブな波動を持っていたりすると憑依されてしまうことがありお持ち帰りになる。

大抵は怪我をしたり熱を出したりで終わるが、ひょっとして前世や先祖がゆかりが深かったりすると、ずっと乗られて大変な目に遭う可能性もあるのだ。
強力な地縛霊は何体も浮遊霊や悪霊が重なって一つの物の怪となっていたりするので、安易に肝試しに行って彼等を刺激すると帰りに交通事故で大怪我などの悲劇になりかねない。

大抵暗くてジメジメし空気が淀んでいるような場所にとどまっているので、魔のトンネルなどと呼ばれる場所では視える人はトンネルの天井から壁まで幽霊が見えるらしい。
普通の街角でも場末の小路とか古い建物の陰とか、暗くて嫌な感じのするところは霊の溜まり場になっていたりする。

この世には成仏出来ずに彷徨って地縛霊や人間を狙う悪霊になる霊魂もいる。
何十年何百年と地縛霊となってそこに居座り続けると、もはや祈祷師が除霊をしても敵うレベルではなくなるらしい。
昔、庚申塚という魑魅魍魎を封じ込めた塚があるが、これもいたずらに石をどけたり工事でそこを掘り返したりするとよくないことが起こったりする。

この世にはまだまだ目には見えない怖いことがある。
お化け屋敷で恋人同士がキャーキャー言っているのはまだいいが、くれぐれも曰く付きの廃屋や幽霊屋敷と言われている場所に肝試しには行かない方がよい。


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花火と浴衣とスピリチュアル

2018–07–22 (Sun) 16:02
最近は重い話題ばかりだったので少し軽めの話を書いてみようと思う。
夏は花火と浴衣というのが風物詩だが、当地でも電車に乗ると浴衣を着た若者達を見かけることがある。
花火大会に行くのだろうが、花火には鎮魂の意味があるのを知っている人は少ないかもしれない。

お盆の時期である夏に花火大会が多いのは、迎え火、送り火、灯篭流しと同じで死者を慰霊するためだ。
日本最初の花火大会といわれる東京・隅田川両国の花火は、江戸中期の享保十八年、前年の疫病の流行によって亡くなった人々の鎮魂と災厄を祓うために川の神様である水神様のお祭りに催行された。
日本での花火大会は慰霊鎮魂のために始まったわけだ。
夜空に上がる火花が一瞬にして消えるさまは、人の命のはかなさにも重ねられる。

お盆には死者が帰って来る。
終戦があり、広島、長崎原爆で多くの日本人が亡くなったのも8月だ。
日本人は夏に沢山の花火大会をして、知らずに帰って来る魂の慰霊をしているのだろう。
311の東北大震災の後、福島では8月16日に犠牲者の鎮魂のために花火大会をするようになった。

いそいそと花火大会へ出掛ける若いカップルも、一瞬でも花火は亡くなった人への慰霊だと思い出してほしい。
花火を見てなんとなく泣けてきたり感無量になったりするのは、もしかしたら戻ってきて一緒に花火を見ている仏様と意識が共振したのかもしれない。

そして花火につきものの浴衣だが、これもスピリチュアル的には意味がある。
そもそも着物は日本人が古来から身に着けていたもので、今も死者は経帷子であの世へ送る。
この際には左前と言って衿の前合わせを右側を上にするので、着物の左前は死者を表す。
死に装束は断ち方も縫い方も違うから文字通り死人に着せる着物だ。

着物の下に着る白襦袢は魔除けの意味があり、背縫いと言って背中の中心に沿って頑丈に縫い込むがこれも後ろから入る邪霊を防御するためもあると言われている。
そして、最後に締める帯締めで結界を結ぶそうだ。

昔から着物によって日本人は生死やこの世とあの世を区別してきた。
浴衣は着物で言えば普段着のジーンズのようなものだが、花火大会に行く時は様々な霊魂も誘われて一緒に花火を見ているので、背縫いのしっかりした浴衣で邪気払いをしつつ戻ってきた死者の魂を皆で慰霊してほしいものだ。

今年は西日本豪雨で多くの人が亡くなった。
打ち上げられる花火を見る時には、犠牲になった人達の魂にも思いを馳せて貰えればと願う。


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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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