政治と魔術 ・1

2018–11–29 (Thu) 17:09
政治とスピリチュアルについては過去にも何度か書いているが、改めてもう一度書いてみたい。

政治と宗教や霊能は切っても切り離せない。
古今東西歴史の初めから支配者やリーダーは、見えないものが見えたり神と話せるシャーマン的な人物が多かった。
それが部族から国という形になり政治という制度になっても、特殊な能力を持っている者は当然人々を導くポジションにつくことになる。

日本でも卑弥呼はシャーマンだったし聖徳太子も予言をしたり数々のエピソードから霊能者だったことが分かる。
元を辿れば太古の指導者は宇宙から来た特殊な魂とも言われているが、そこは触れずにおくとして、古来から洋の東西を問わず政治と神事は切り離せない。

政治を日本では、政と言う。
「まつりごと」である。
古代は祭政一致が常だから、神からの御宣託を受けて「政」は行われた。
天皇は神事を行うシャーマンという位置付けで、「現人神-あらひとがみ」とつい最近まで考えられていたのは歴史で習っただろう。

外国も日本も時の為政者が霊能者や宗教者に頼り言いなりに国を動かした事例がいくつもあり、、ロシアの怪僧ラスプーチンや奈良時代の道鏡などは女帝に取り入ったことで有名だ。
平安時代に安倍晴明が陰陽師となり様々な呪術を駆使して天皇や公家達に絶大な影響力を持つと、以降政治の世界ではお抱えの陰陽師や祈祷師を持って政敵を呪詛することもあったようだ。
天皇はじめ平安貴族は血を流すのが嫌いだから呪術を使ったとの説があるが、確かに武家は刀、公家は呪詛と相手を倒す方法は違っていたのかもしれない。

飢饉や疫病が襲うと頼るのは僧侶や祈祷師を集めて神仏に願う加持祈祷だったし、菅原道真公や崇徳天皇、平将門も祟りを抑えるために神に祭り上げたのだから、政治は見えない世界、神仏に左右されていたと言っても過言ではないだろう。

世界各地で魔術師や祈祷師は呪術を使っていたし、日本でも藤原不比等が中国から蟲毒という呪術を持ってきて使っていたのは闇歴史で知られている。
魔術や呪術の需要は政治絡みが多く、政敵や邪魔者をひそかに疑われず葬るために使われた。
大抵は病気や怪我、事故なので呪詛だとは知られない。
仮にそう思われても因果関係など立証できないので、呪術は最強の武器だったろう。

スピリチュアルも政治にかかるとオカルトやホラーの側面が大きくなってしまう。



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執着と生命力

2018–11–19 (Mon) 15:24
執着の強い人間は長生きするというのを感じることがある。
反対に物事に拘らない、諦めが早くて淡泊な人間は楽に生きられる反面あっさりとこの世に未練を残さず逝ってしまう。
どろどろの愛憎劇や欲望の泥沼を生きている方が、案外生命力が強く長生きしたりする。

これは人間の念の強さが関係していると思う。
良いも悪いも含めて念のコードを様々なものに繋げて、そこからエネルギーを吸いモチベーションにしているから常に生命力は活性化していると思うのだ。
政治家でも著名人でも、私の属する美術界でも、欲深で執着の強い人間ほどギラギラ生臭くて強い生命エネルギーを感じる。
嫌われてもそれを撥ね退けるネガティブパワーを持っていて、逆に人からエネルギーを吸い取っているようだ。
生命力は欲や執着というものをエネルギー源にすることもあるのだろう。

以前記事にしたことがあると思うが、私の知っている人の中に、老齢でまだら認知が入り出した女性がいる。
姉妹で同じ血を引いているので気質が似ているのかもしれないが、二人とも歳を取ればとるほど昔の遺恨が増幅していた。
人間は呆けたら本質が出てくると言われるが、この二人を見ていると元々持っていたが理性や常識で押さえつけていたものが重しが取れて噴出してきたのだろう。
で、確実に言えるのは二人とも長生きだということだ。

確かに人間臭い欲望やネガティブな感情が多かった人達で、物事の執着も半端ではなかったようだ。
配偶者も早く亡くなっているし、周りのエネルギーを吸い取ってきたような感じだ。
以前から人の悪口を言っては毒を吐いていて、周りの人間は被害を受けていた。
面白いのは二人ともお金に対する執着が凄かったことだ。
過去の恨みも憎しみも金銭に起因しているから、この人達にとってはお金への執着が生きるモチベーションだったのかもしれない。

執着はネガティブな場合に使われるが、しかし愛着という言葉もある。
いい意味で考えれば人や物への執着は生きるモチベーションになるし人生の目的にもなる。
愛する人と一緒にいたい、守りたいとか、何かの仕事でそれを成し遂げるまでは頑張るなど、ポジティブな方に強く固執すれば命は活性化しパワーも増幅するだろう。

ある時上記の女性の一人と話す機会があって、延々と昔の金銭トラブルのことを蒸し返し「もう先が長くないのに口惜しくてたまらない」と毒吐きをしていたので思わず言ってしまった。
「そういう風に口惜しいとか憎らしいと思っているうちはまだまだ長生きしますよ。もう全てを許し達観したらお迎えが来ますから。」と。

いいことの方に執着して人生を活性化し長生きしたいものである。



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人生に疲れた時

2018–11–17 (Sat) 17:11
疲れた時や落ち込んだ時は、子供の頃に好きだった食べ物を食べるといいという話を聞いたことがある。
懐かしい曲を聴くのもそうだ。
大人になると食べ物の好みも変わってくるし、あんなに好きだったのにいつの間にか食べなくなってしまったものもある。
だが私自身メンタルが落ちたり身体的にも疲れた時に昔大好きだったものを食べてみると、本当に少し元気が出たり気持ちが癒されたりしたので確かに効果はあったと思う。
何故かは判らないが、心身共に疲れた時にはお勧めだ。

人間が過去を振り返るのは、大抵現在の生活に何かしら不安があったり満たされない時が多い。
運気上昇でイケイケの時には過去を顧みる余裕も懐かしむ必要もない。
視線は全て前に注がれているからだ。
老境を迎えれば来し方を振り返る事はあるだろうが、まだ先の人生が長いのに過去ばかり振り返ってしまうのは、運気が落ちている時や生きることに疲れているからだ。
そんな時きっと無意識に子供時代や過去の楽しかったこと、幸せだったことを思い出して今の辛さを相殺させたいのだろう。
今の落ち込みが増幅するかもしれないが、それを通り越すと過去には戻れないし現実に立ち向かうしかないことを悟る。

よくあの時の選択が間違ったとか、この道を選ばなかったらと悔いることがあるが、その時違った道を選んでいたらもっと悪くなっていたかもしれないとは誰も考えない。
人生の選択は間違いだったと後から思うことがあっても、実はその時のベストチョイスでそれがのブループリントに沿っているからだ。
あまりにも違うとハイヤーセルフガイドが必ず警告を与え軌道修正するらしいから、苦悩の末選んだり強制的にそちらへ進まされてもすべてはソウルコントラクトだと思っていいだろう。

誰でも後悔のない人生はない。
しかし都度都度最善の選択をしての今なのだから、たとえ困難にあっても辛くても自分のの選択だったと思うべきだ。
生きていればいい時も悪い時もある。
どん底に落ちれば次は必ず上がる。
そして高みに行けばまた下っていくのが運気であり人生だ。
四柱推命でも算命術でも人の運気は12年一回りで、1年12か月の中でもそれは巡る。

疲れ切ってしまった時は子供の頃好きだった物を食べて懐かしい音楽を聴こう。


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今ある幸せ

2018–11–07 (Wed) 17:53
「足るを知る」という老子の言葉がある。

大抵は分相応で満足しろという意味に使われたりするが、本来は少し違うようだ。

「知足者富」(足るを知る者は富む)

物理的な物を指すのではなくもっと人間の内面つまり、「外より内側」で考えた時に、「外」すなわち「収入・地位・財産」といった外的なステータスではなく、「内」すなわち「命・志・思想」など自分の内側に目を向けそこに価値を見出したものが豊かであるという意味だと解釈できる。
物理的な外の欲望は人である限り持ち続けるが、自分の内面に持っているもの、もっと言うなら今生きていること、命のありがたさを自覚できれば人間として満ち足りるのではないかということだ。

お金が欲しい、いい暮らしがしたい、社会に認められたいというのは誰でも欲として持つが、でもそれは今の自分が命を脅かすものがなくこれから様々な事にチャレンジしていけるという前提があるからだ。
不満ながらも普通の日常があるからもっといいものを求められるのであって、その土台となるものが崩れてしまっては望みようがない。

人間の欲はプラスとして成り立つが、マイナスが始まれば欲など消し飛んで失くした部分の補填をしなければならなくなる。
病気になる、収入がなくなる、家族を失うなど、普通の日常が続かなくなれば失った普通の生活がいかに価値があったのかわかるだろう。

「足るを知る」という言葉は皮相的な物事ではなく、人間らしくいられる事や人も含めて周りにあるものの価値を知り感謝をするということなのではないかと思う。

失って初めて判る事が沢山ある。
目に見えるものも見えないものも。
当たり前だと思って空気のようにあったものが突然なくなればどうなるだろう。

命があり健康があり毎日生きているからこそ味わえる感情や生活の中の喜怒哀楽が、当たり前のことではなくなる場合もあるのだと今一度肝に銘じておくべきだと思う。
「足るを知る」とはそういういうことではないだろうか。


黄色い花





金の亡者

2018–11–05 (Mon) 16:38
知り合いにカフェの日替わり雇われ店長をやっている人がいる。
趣味でタロット占いをやっていて無料でお客も見たり、常連客がついて人気があった。
しかし、オーナーが金儲け主義の人で彼女は苦手にしていたが、ここ最近次々他の店長が辞めてしまったそうだ。

理由がオーナーの強欲さに嫌気が差したからだという。
口々に「人として嫌いだ、気持ちが悪い、同じ空気を吸いたくない」と言って辞めたらしい。
知人も前から嫌がっていたが最近は気持ちが悪くて耐えられないそうで、早く店が潰れてくれればいいとさえ言っていた。

私も最後にオーナーを見掛けた時には、確かにあまりいい感じのオーラではなく近寄りたくないと思ったものだ。
みんなにこんな風に思われてそのオーナーも気の毒だが、お金儲けしか眼中になくどんなことがあっても相手のせいにして非を認めないし絶対に反省しないらしい。

元々その時点で人間としてどうなのと思ってしまうが、知人の話を聞いているとそれでも何とか持っていたところが最近段々ひどくなってきたという。
多分何かのきっかけでネガティブな部分が増幅するようなことがあったのだろう。
辞めた人達が金銭問題以上に「人間として嫌だ、気持ち悪い、側に来られたくない」と言い出すということは、相当ネガティブな波動を出しているということだ。

潰れる店というのは何となく独特の気を出している。
元々の土地が悪いと誰がやっても駄目だし、特定の店が潰れるならそこのオーナーや店主の持つ邪鬼のせいもある。

「金の亡者」という言葉があるが、くだんのオーナーはその言葉がぴったりのタイプだったので、本当に見えない亡者に取り憑かれたのかもしれない。
話していて嫌な感じがしたり、もう会いたくないとか側に行きたくないと感じる人は確かにいる。
職場にいれば悲劇で、上のケースのように次々人が辞めてしまうかもしれない。

そういう人は元々宿をもっていたり、何かのきっかけでそのが増幅してしまう場合もある。
金や権力はに拍車を掛ける。
彼等の特徴は自分が見えないこと、自分の非を認めず人や周りのせいにすることで、本人の辞書に感謝や良心という言葉はない。

そういう人はそういう魂で今世修行に来たのだろうが、悪しき波動を振りまかれる周りの人間はたまったものではない。
もし気持ちが悪い、一緒にいたくないと思うような人がいたら、自分を守るためにも近づかない、側にいるなら速やかに離れるようにした方がいいだろう。


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職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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