スピリチュアルとしての全体と個人

2016–01–05 (Tue) 17:24
元旦から穏やかな日が続いているが、2016年がどんな年になるのかネットを調べるとあまり楽観的な予測はないようだ。
新年早々株価の世界的な下落があったり中東でイランとサウジが国交断絶の事態になっていたり、年明けから何となく一年の波乱を予想させるような動きになっている。

スピリチュアル世界を考える時不思議に思うのは個人の運命と国や全体の運命の関係だ。
もっと言えば、例えば事故があって多数の人間が死ぬとき、彼等は皆同じ運命をプログラムしていたのかという疑問だ。

個人の運命がありその外側に幾重にも集団としての運命がある。
広島や長崎の原爆で死んだ人達はあの一瞬にあそこに住んで命を終えるプログラムを皆していたのだろうか。

その同一性をどうやってスピリチュアルの世界で解き明かしたらいいのか、まだ私は分からない。

意識や生き方で自分の未来は変えられるが、不可抗力として起こる戦争や災害、大事故は自分の意識では変えられないわけだ。何となく思っているのが、スピリチュアル世界では本人の決めてきた人生のプログラムや寿命の他に特別なシステムがあって、それが発動すると『個人のプログラム<特別システム』のような関係が成立してしまうのではないかということだ。

スピリチュアル世界の解釈は種々様々だが、これに関してはまだ寡聞にして適当な説明がつかないでいる。
自分の未来は変えられても、個人ではいかんともしがたい戦争や天災が来てはもうどうしようもない。

そういう場合でも生き延びる運のいい人も少数はいるだろうが、圧倒的多数の人間が一緒に死んでしまう時、魂の選択やガイドの采配などの次元を超えているような気がする。

2016年も大地震、経済恐慌、第三次世界大戦の可能性と囁かれているが、個人ではどうしようもない大きな出来事が来るかもしれないと思った時、いくらスピリチュアル世界を垣間見ても無力感や限界を感じてしまう。

世界大戦に怯えるより、目先の生活や人生を充実させることだと最後にはガイドの声が聞こえてふと我に返るが、やはりこれからの未来に不安があるからこそ覚醒した人々が増えてきているのだろう。


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