絵とスピリチュアル

2015–10–21 (Wed) 16:34
大きな展覧会があり、手伝いに駆り出されて更新がまた滞ってしまった。

連日事務作業で美術館に通ったが、知り合いも何人か見に来てくれた。
やはり勘の鋭い友人は全く見たくない絵もあったと言っていたが、これは絵描き自身にもあることで、多分作家同士の感性が合わないのだろう。
昔からそういう人達とは絵画論をしても、間に深く大きな川が横たわっている感じだった。

決して相容れないないどころか違う軌道を回っている感じだが、これはスピリチュアルに覚醒して以来、もっと深淵な理由があるのだろうと感じている。
例えば魂の由来、ソウルグループの違い、持っている波動の違いなど、どちらも悪くはないのだが一切共鳴、共振することが出来ない感じだ。

しかし不思議なものでこれが普通の人間関係でもその通りかというとそうでもなかったりする。
普通の人間としての反りが合う、合わないはまた別の問題で、描く絵の傾向の違いがスピリチュアル的世界では正確にはどこに依拠するものかはよく解らないでいる。

ただ面白かったのは、私の絵にヒットする人としない人がはっきり分かれているということだった。
万人受けする絵というのは確かにあるし、誰が見ても凄いと思う絵は最大公約数的には決まっているだろう。
しかし個々の絵で何となく心惹かれるとかもっと言えば胸が揺らぐような絵は、多分スピリチュアルの世界では魂が似ている出自やグループなど関係や繋がりがあったのかもしれないし、また過去生の中で関わっていたのかもしれない。

私は仕事関係ではほとんどスピリチュアル系の話はしないが、今回ある作家と偶然かなり突っ込んだスピリチュアルの話をすることになった。
面識がある程度で話したこともなかった人だが、会話の中で私の絵はずっと前から知っていてそれも特別心に引っかかる絵だったと言っていた。

私は人の絵は見ないので彼女の絵も知らなかったが、必ずしも同じ傾向の絵ではなかったのに彼女が私の絵に特別な印象を持っていたのは、やはり何かスピリチュアル的繋がりがあったのかもしれない。

実生活や仕事などの人間関係ではなかなかスピリチュアルの話は出来ないが、たまにその傾向の人がいてお互い匂いでわかるような部分がある。
それ系の話は変人扱いされるかドン引きされるかが普通で家族にさえ話せないことが多いが、時たま日常の人間関係の中でも仲間もいるのだと分かることがありほっとさせられる。

多分みんなどこかでは感じることがあっても、自分自身で否定しているから認めたくない場合もあるだろう。

それはそれでまだその人にとっては必要ないことなのだろうし、一生必要なくて終わる人生もまた幸せなのかもしれない。


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