必然

2015–10–13 (Tue) 17:37
生まれて死んでいく時間の中で知り合う人間は何人ぐらいいるのだろう?
肉親や親戚、配偶者恋人など濃い関係を持つ人以外にも、友人や知人など期間や密度に差はあつても人生で関わる人間の数は限られている。
偶然がなかったら知り合えない人もいたろうし、わずかな時間と空間が違っただけで遭遇はあり得なかったかもしれない。
そう考えると自分がこれまで関わってきた人々はどうして知り合うことになったのかと不思議に思う。

今でこそある程度は過去生などの結びつきや何かしら今の時代ではなくても縁があったのだろうと思えるが、かつては何も考えずに良縁悪縁をあるがままに受け入れ流れに任せてきた。

しかし顧みると、私は絵を描いているが、若い頃好きな絵を描く作家や何故か気になる作家など、手の届かない有名画家も印象に残っている人はことごとく知己を得たような気がする。
一番驚いたのは昔短い期間美術教師をやっていたことがあったが、美術の教科書に載っていて生徒に教えていた画家と実際に知り合ったことだ。
また、画集を見て印象が強くどんな画家だろうと思っていた有名作家も今は先輩画家として世話になっていたりする。
もっと極端な例は、絵と名前が新聞に載っていたりすると、その名前が浮き上がって見えてきたことがあって、数年後には必ず知り合い深い関わりを持つことになった場合もあった。

勿論こちらが会いたくてアクションを起こしたわけでは決してない。
何故か自然にそういう流れになっていったのだ。

人生を思い返すと人間ばかりではなく例えば漠然と何の目算もなくても、希望としてこうなりたいとかああしたいとか思ったり言葉に出して言っていたりすると、いつの間にかそれが現実になっていた。
ただ、それは必ずしもいいことばかりではなく、悪い事、ネガティブなことも同じように現実化している。

スピリチュアルの世界では引き寄せの法則やアファメーション、日本古来からも言霊、言揚げなど似たようなものがあって人間の想念、或は言葉の力というのは存在するのかもしれない。
人生で知り合う人間も起こる出来事も決まっていることなのか自分が呼んでいるものかはわからないが、少なくとも私の場合は人であれ出来事であれ事前に知らせがあったり、予感か引き寄せかは別にしても結果的に因果関係があったのは証明出来るようだ。

別にそれがスピリチュアルだと理由をつけなくても、どんな人も自分の人生を検証してみれば多かれ少なかれ必ずそんな事実があったことを思いだすに違いない。
人生で出会う人、起こる事柄はもしかしたら必然かもしれない。

つまりは人間は普通に不思議な世界に生きているということだ。



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