宇宙の法則

2017–12–29 (Fri) 14:53
スピリチュアル世界ではジャッジしないという考え方がある。
宇宙の法則と呼ぶ人もいる。
宇宙はただ善悪関係なく信じ込めば実現するという事らしく、そこに是非の色分けはない。

実際善悪というのは歴史のその時々で相対的なもので、絶対というのはあるかと問われれば人間としての良心しかないが、そこもスピ的に言えば考え方が別れる。
よく魂の向上や霊的進化のため人間に生まれてくると言うが、他方光と闇は表裏一体で互いに存在証明をしているから光と闇があってこの世もスピリチュアル世界も成り立つという意見もある。
先日もあるアカシックリーダーと話していて、例えば今の政権や総理も単にその役回りでこの世に来ているのだから彼等は自分のプログラムを遂行しているだけだと言っていた。
極論すると犯罪だろうが殺人だろうが宇宙の法則からしたらどれも不可はなく、縛っているのは社会のルールだけということになる。

歴史を見れはどうしてこんなひどいことや理不尽な事が起きたのだろうと不思議になることがあるが、そういう意味ではそれが人間が作り出している社会の営みなのだ。
宇宙的に見れば悪人も信じて願えば悪業の限りを尽くせるし、満足して幸せに死ねる。
裁くのはその時代の社会のルールであり、ナチスの時にはホロコーストもルールだったわけだ。

そこまで割り切ってしまうと身も蓋もないような気がするが、スピリチュアルの世界については様々な考え方がありそれこそ正しい答えはないのだろう。
確かに不条理や不正がまかり通る事例が政治を始め社会には多くある。
その大半は何の咎も受けず、正義はないのかと思う。
良心の呵責があるかと聞けば多分ないのだろうから、人間の良心さえ相対的なものと言える。

この問いを突き詰めても答えは出ないので、「ジャッジしない」や「宇宙の法則」は、まさしくジャッジは出来ない。
この意識を持っているスピリチュアリストの共通点は自分自身の今を大事にするというスタンスで、社会に不平不満を言っているだけでは生活も楽しくならないと言う。
逆に言えば今の生活が確立しているからそうとも言えるわけで、生活に困窮していたらそんな余裕はないかもしれない。
「ジャッジしない」「宇宙の法則」を唱える向きは、ある意味恵まれた環境にいるスピリチュアリストのような気がする。




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