念が入るもの

2017–10–29 (Sun) 17:15
昨日は美術館で今やっている大きな団体展の当番に行って来た。
最近はもう自分の出している団体の展覧会さえ仕事が当たらないと行かない体たらくだ。
そもそも私は絵描きをやっているにもかかわらず、人の絵を見るのが好きではないし興味もない。
大抵の絵描きは勉強と情報収集を兼ねて他の絵を見に回っているようだが、私の場合は義理があったり仕事が当たった時に渋々行くくらいだ。

最近その理由が分かったような気がしている。
公募団体は畳2枚ぐらいの大きな絵でさえ小さく見える会場で、何百枚もの絵がずらりと並ぶ。
一般の人は落入選があるし、そうでない人達も画壇への道として必死に認められようとするいわば戦いの場だ。

それぞれの作品が武器を持ってしのぎを削っている感じで、その武器は絵に込められた作家の気であり念であり波動だ。
特に欲と野心が放出しているようなギラギラした絵や自分の暗部を叩きつけているようなおどろおどろしい絵は、見るだけでもネガティブなエネルギーに当てられて疲れる。
画壇には人間の闇を抉り出すのが芸術と考える向きがあり、特に公募展などは奇をてらったりグロテスクなもので目立とうとする作家もいて、感じやすい人は毒気に当てられるだろう。

そういう画家も知っているが、やはり金輪際近づきたくないような邪気と心の闇を持っている。
特に最近はスピリチュアルに覚醒してしまったので、その種のエネルギーをもろに受けるし隠した奥の部分も見えてしまう。

自分の身長より大きなキャンバスに何ヶ月も精魂を込めて絵を描くのだから、念が入らない筈がない。
癒したりヒーリングしたり元気をくれる気を放つ絵もあれば、禍々しく狂気を誘うような絵もある。
単なる画布と絵の具なのだが、そこには作家の祈りも怨念も入ると思うと真剣に見るのには覚悟がいる。

絵に限らず、人が丹精を込めて作ったものは気や念が入っていると考えていいだろう。
たとえ既成のものでも気持ちを込めてプレゼントをしたらやはり送った人のエネルギーが乗る。

何となく持っていてもあまり気に入らないものや、持ちたくないものは多分波動の合わない何かを持っていると考えられる。
反対に気に入って嬉しくなるようなものはお守り代わりにもなってくれるだろう。
単なる物でもそこに作った人間の意志が乗る場合があるので、人に対してだけでなく無機質な物に対しても自分の直観は大事にした方がいいかもしれない。
特に絵画は必ず作家の気が入るので、瞬間的にピンときたものが一番波動が合うものだと思って間違いない。
気持ち悪かったりいい感じがしないと思う絵は自分にとってネガティブな波動しか来ないから、遠慮なく見ないでスルーした方がよい。笑




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