人間の闇

2017–09–16 (Sat) 17:18
人間は誰でも心に闇を持っている。
嫉妬や嫌悪、憎しみなどは人としての感情なので誰でも一度は経験するだろう。
それが高じれば相手の不幸を願ったり呪ったり生霊を飛ばすこともある。

人は自分の中に光と闇を必ず持っている。
その割合により黒っぽい人間だったリするし、時期によっては割合が変わることもある。
そういう人や場所、集団に関わると影響を受けたりするし、スピリチュアリストが闇落ちするのは自分の黒い部分に魔が入って乗っ取られた時だ。

宇宙系のスピリチュアルでは「善悪なし、ジャッジしない」が基本だ。
光も闇もありというスタンスだから、従来の神仏をベースにした勧善懲悪的な光系闇系のスピリチュアル観を持っていると混乱してしまう。
闇があるから光があるし表裏一体でお互いの存在証明をしていると考えれば、一人の人間の中にも必ず光の部分と闇の部分があってしかるべきだ。

ただ、人としてより良く生きていくために信仰やスピリチュアル世界に入っていく人間は、まず自分の中の闇と対峙しなければならない。
人を憎んではいけない、嫉妬してはいけない、羨んではいけない、不幸を願ってはいけないなど、内なるダークサイドとの戦いが始まる。
過去を顧みてはどんなに自分が黒い人間だったかと思い出し落ち込んだり、分かっているのに今も誰かに怒りを感じたり嫉妬を感じていると自覚しては葛藤に苦しむ。

ユダヤ教の戒律に『視姦』という言葉がある。
女性を見ただけで心の中で姦淫しているという考え方だが、まさしく考えただけでも「罪だ、自分は黒い」と思ってしまうようになると、人間でいるが辛くなる。
時として私もその葛藤に悩むことがあるが、聖人君子になれるわけはないのにと苦笑する。

嫉妬、憎悪、恨みなど自覚せず感じてしまう時も人間ならあるだろうが、一番大切なのはどうして自分がその感情に囚われてしまうのか原因を突き止めることだろう。
必ず潜在意識やインナーチャイルドやトラウマという問題があったはずだ。
憎しみを抱く対象より憎しみの発生機序にフォーカスする必要があり、それこそがスピリチュアル視点からの課題解決だと思う。

今自分が黒に振れていると思ったら、どうしてだろうと原因を探ることから始めるのがいいのではないだろうか。




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コメント

内なる罪について

はじめまして
興味深く読ませて頂きました

続きです

少し気になったのですが、「視姦」という言葉は、ユダヤ教というよりもキリスト教の言葉ではないかと
ユダヤ教の十戒には「姦淫するなかれ」という戒律がありますが、イエスはそれを踏まえた上で、「情欲を持って女を見るものはすでに罪を犯したのである」とユダヤの教えより更に一歩踏み込んで罪というものを戒めました

Re: 続きです


コメントありがとうございます。
またブログをお読みくださり感謝申し上げます。

ご指摘の『視姦』については確かに、『マタイによる福音書』第5章第28節の「[みだらな思いで他人の]妻を見る者[はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである]」から来ています。

歴史的考証に不備があり失礼いたしました。
これからも問題個所があれば、どんどんご指摘頂けるようお願い致します。

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