神社の祓い

2017–04–29 (Sat) 17:08
昨日は久しぶりに龍神の神社へ行って来た。
最近どうも流れが滞っているようで、それは自分自身が作っているものだということもなんとなくわかっていた。
指摘されたり自分でも顕在意識では自覚しているのだが、どうも潜在意識の部分でまだ判っていないようで今回も改めてそれを再認識させられた。

人間は相反する部分を自己矛盾として持っている。
人間関係でも極端になると気持ちも行動も遮断しているのに、潜在意識で繋げていてコードは遮断されないままだったりする。

以前一時スピリチュアルカウンセリングをしていた時があったが、クライアントはかなりハードな人が多く時間も料金も度外視で何とか力になりたいと思いくたくたになったことがあった。
このままでは身が持たないのでこれは私の仕事ではないとすっぱり辞めたが、後から考えるとそんな人達を私自身がウエルカムしていたのだと気が付いた。
ビジネスでやっている人は人助けではないと割り切ったところがあるので、その手の人は完全にブロックするか来ても線引きをする。
しかしギフトだから人にお返ししなければと私はどこかで思っていたのだろう。

その癖のようなものは私の場合過去生から魂が引きずっているらしく、日常の生活においても似たような場面に遭遇するとどうも発動してしまうようだ。
今回の滞りも幾つか要因はあるが、全て自分が招いたことらしい。
昨日まで明らかに何か自分以外のものとシンクロした部分があって、それも敢えて拒絶しない状態を自らが作っていたので妙な圧迫感や違和感があり調子が悪かった。
しかし好きな神社へ行って今日すっかりそれが抜けたので、多分何かを乗せていてしかもそれは自分が敢えて拒まなかったのだろう。

私は神社へ行っても何となく神気を感じるだけで、神様や御神木と話せたりはしない。
そもそも話すなどあり得ないだろうと思っているが、行くとやはり何かが変わったり浄化されるような気がしてすっきりするのは確かだ。
昨日は明らかに私に必要ないものを祓ってくれたのだと思った。

ただ、神様が全てしてくれるわけではない。
神社へ行こうという気持ちになったことは守護霊なりガイドなりがサインを送ってくれたのだろし、昨日も連れて行かれた感じがしたくらいだ。
日頃守護霊やガイドと繋がりたいと思っていたら、あちらも必ず何かで教えてくれたり合図をくれる。
今回も一連の流れで、止められたのにもかかわらず押し切っていらぬダメージを受けてしまったのだが、それによって分かったこともあったし、それでも何度も人や機会を与えてくれて助けてもらったから、本当に彼等には感謝している。
困ったりピンチの時は、子供じみていると思ってもガイド達に「助けて」と素直に言ってみたらきっと何か教えてくれるだろう。

昨日神社へ行って写メを撮ったら、また不思議な光の写真が撮れた。
もちろん逆光のフレア現象なのはわかっているが、思わず「やはり神様はいる」と思って嬉しくなってしまった。

DSC_2122.jpg DSC_2125.jpg DSC_2141.jpg






« スピリチュアルの効用 | HOME |  波動とネット世界 »

コメント

コメントの投稿

 
管理者にだけ表示

トラックバック

トラックバックURL

http://leomasquerade.jp/tb.php/276-affac72e

⇒ この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

 | HOME | 

プロフィール

masquerade

Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

PR

カレンダー

10 | 2018/11 | 12
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

最新記事

カテゴリ

人気記事ランキング

月別アーカイブ

タグ

メール送信

リンク

フリーエリア

QRコード

QR

人気ブログランキング

PR