スピリチュアル能力と対価

2017–02–12 (Sun) 16:35
2017/02/12(日) 16:33:05


スピリチュアルに興味のある人なら一度は占いやスピリチュアルセッションを受けたことがあるだろう。
興味本位な時はなるべく安価でモニターなどを受けてみたり深く鑑定者やセラピストを吟味しないだろうが、相談内容が深刻になればなるほど自分に合ったセッションやセラピストを検討し料金設定も逆にあまり安いと信用出来ないと考えるかもしれない。
これはセラピストの方も同じで安くしたら信用されないというのがあるようだ。

中には名前が売れ出すと料金を引き上げたり、有名になると目玉の飛び出るような料金設定になる人もいる。
しかしそこに付加価値を双方見出すと需要と供給が成り立つので、今のスピ業界は何でもありだ。

私は基本的にスピ能力はギフトで、金品に換算するものではないと考えている方だが、スピリチュアリストの中には特殊な才能なので絵画や音楽と同じくそれで対価を得るのが当然と考える人が多い。
私も絵を売っているのでそれと同じと言われれば否定はできないが、絵も音楽も形に残るものだがスピリチュアル能力は目に見えないし形にも残らない極めて曖昧なものだ。
10万円の絵を買えば絵というものが現実として手元に来るが、スピリチュアルセッションは10万円払っても現実的なものは何一つ与えられない。
人によっては10万以上の価値がある場合もあるが、他方一銭の値もなかったと思うクライアントだっているかもしれない。
そういう意味でスピリチュアルの能力は他の才能とは違うと思っている。

仕事にするなら時給プラス技術料という所だろうが、一時間のセッションでせいぜい一万円が相場でその何倍もなるような場合は、付加価値を求める客層相手になる。
しかしスピ能力に関しては高ければ高いほどすごいかというと決してそうは言えないと思う。
あくまで相対的なものであり、所詮人を救うとか人の運命を変えるという魔法は使えるわけはないし、そんなことをしたら宇宙の法則に反する。
ライトワーカーというのはあくまで本人のアシストであって、自分を救うのも変えるのも自己の魂でありその手助けしかできない。
高額なセッションに行って凄い効果だと実感するのは、それだけの対価を払ったのだからという思い込みがあり、セラピストの力というより自分で自分の魂を動かせるようになるからだと思う。
分かりやすく言うと安物のワインでも高価なワインだと言われて飲むと何となく美味しく感じてしまうのと同じだ。

それぞれ需要と供給があるのだから法外な料金設定の鑑定やスピリチュアルセッションを否定はしないが、一つだけ言えるのはスピリチュアル能力に関しては料金と能力は正比例しないということだ
それどころか料金など取らず市井の中で無償で人を癒したり人を助けたりしているスピ能力者もいる。
そしてそういう人ほど無欲で確かな能力を持っていたりする。
本来ライトワーカーとはそのために地球へ来たのだと私は思っているのだが、そこは意見が様々分かれるところで是非はない。

ただ、無償というのは決して見返りがないわけではなく、人に喜んでもらい感謝をされるというのが最高の対価だと思うのだ。
それは陰徳を積むことであり、天や人への貯金になる。
ギフトが大きくなるかもしれないし、違う何かで戻ってくるかもしれない。

昨今のライトワーカーやスピリチュアリストが、自分の価値を金銭でのみで量るのは残念な気がする。




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