試されるスピリチュアル

2016–11–05 (Sat) 17:47
スピリチュアルに覚醒したり見えない世界を信じるようになると、自分の知覚がどこまで信憑性があるのか常に疑問が付きまとう。
妄想ではないのか、自分に都合のいいように無意識のうちに知覚を作っているのではないか、はたまたよくない方のものに操られているのではないかなどふとした瞬間に疑心暗鬼に陥ることがある。

かつて宗教者が自分の信仰を拷問や虐待で試されたように、神や見えないものはなかなか信じ切れるものではない。
命さえ神に委ねられるかという究極の問いを突き付けられた時、宗教者とて100パーセントイエスになるだろうか。

ことほど左様に見えないものを信じるという事は難しい。

スピリチュアル世界を知り守護霊やガイドの存在を感じ神や大いなるものを信じても、いつ何時何かの局面でそれが揺らいだり信じられなくなることは誰にでも起こり得る。
例えば「神様を一生懸命拝んでいたのに何でこんな目に合うんだ」「守護霊の声が聞こえていたのに結果が違う」「守って貰っている筈なのにこんなことはおかしい」等々。

しかし、神も守護霊も自分の望み通りに動いてくれるわけではないし、ハイヤーが決めた計画や道程なら良い事も悪い事も人生の修行として受け入れなければならない。
何故ならそれは今世における魂のプログラムだからだ。

ただ、大きな道を行く過程で少しでも助けたり力になってくれるのがガイドだし、時には本人の使命を果たすために必要なら神の加護もあるだろう。
順調に行っている時は神や守護霊に感謝しても、そうでない時におかしい、こんなはずではないと疑い出すのは人間の性だが、その時こそ自分がスピリチュアル世界を信じられるのか、守護霊やガイド、高次の存在、神仏を疑わず信じ切れるのかが問われると思う。

ガイド達は本人にとって必要な体験はたとえ苦難でも助けないし、それからどう学べるのかを期待して見ていると思う。
神仏も同じで自分に都合のいいように拝んだりお願いしたりは通用しない。

スピリチュアルに覚醒したり信仰の世界に入ると、必ずどこまで信じるのかを試されることがある。
その時自分の私欲なのか魂の導きなのかを知るのではないだろうか。

勿論どんな人にも守護霊はいるし存在など信じなくてもちゃんと守ってくれている。
嫌いだといっても守護霊はいてくれるありがたい存在だ。
しかし彼等とて人間と同じ部分を持っているので、信じたり信頼を寄せたりすれば尚更力になってくれるだろう。
病める時も健やかなる時も一緒なのが守護霊でありガイド達だ。

いい時ばかりではなく困った時こそ信じてみるべきだと思う。
ただし信じ切るのは自分の守護霊や神仏で、スピリチュアル系の団体やカルトはよく見極めた方がいいことは言うまでもない。




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