スピ界の暗闘

2016–09–09 (Fri) 20:43
スピリチュアルに覚醒してから出来なくなったのは、悪し様に人を批判することだ。
それまではかなりシビアなところがあって正しいと思ったことは絶対曲げないし、間違っていると思ったら仮借なく指摘してきた。
しかし、最近はどの人間もその人なりに一生懸命なのだから、犯罪に抵触しない限り是非は付けられないし否定することはできないのではないかと思うようになった。
何より相手の気持ちや背景が分かってしまうからだ。

スピリチュアル業界でもいわゆる明らかにスピリチュアルとはいえない商売人もいるし、力はあっても危ない方と繋がっているようなグループもいる。
極論すれば世の中のおかしいと思う事や人も、社会や本人にとっては必要な事かもしれないし、欲にまみれた今の政治も必要悪で破壊と再生のサイクルの一部かもしれない。

スピリチュアル業界を見ていると、自分の周りは鏡で「類は友を呼ぶ」とはまさしく至言と思う。
高次の世界と繋がって大所高所から俯瞰出来たり全ての理を知っているつもりのスピリチュアリストやライトワーカーも、やはり悩めるただの人間だったのだと思うことがある。

スピリチュアルに精通し人の道を説けるようなスピリチュアリストがブログで他の批判をしていたりするのを見て、残念に思うことが最近何度かあった。
勿論人としての思想信条やイデオロギーが違えばいくらスピリチュアル的視点を持っても政治や国に対する指向性が違うのは理解できる。

しかし同じスピ業界にいて他を認めないような考え方や発信をするのは、少なくとも傍から見れば類友に見えてしまう。
スピリチュアルの世界に本物も偽物も証明のしようがないし、初心者も大家も所詮相対的なものだ。
アセンションの正しい定義なんてないが、どこかと繋がって降りてきたものを唯一無二の在り方だと標榜したり、選民思想のようなテイストになっていたりするとやはり疑問符がついてしまう。

批判する方も批判される方も本人はそう信じているのだからそれでいい筈なのだが、人間社会の縮図のようにスピブログ界でも見えないバトルがそこかしこで散見される。

私は今まで明らかにまやかしや危ないと思ういわゆる闇系のスピも見てきたが、少なくともその時点ではやっている人達は本気で人を助けたいと思っていた。
逆に高邁な志を持っても途中から転落して闇落ちする人もいたし、人間のスピ世界には絶対も永遠もないというのだけは分かった。
だから人間なのだと思う。

ライトワーカーもワンダラーもスターシードもインディゴも、今回は人間に生まれたのだから人間という宿命からは逃れられないのだと今更ながら考えている。


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