運の使い方

2016–07–02 (Sat) 16:18
先日人間の運というものについて考えさせられる話を聞いた。
人間には決まった量の運というものがあっていっぺんに使い過ぎると無くなるのも早いとか、また最初から持っている運の量が違うと思うことがある。
あまりにツイていると必ず落とし穴があるというのを、何となく感じる人はいるだろう。

薄幸で終わる人間や銀のスプーンを咥えて生まれて来る人間もいて、それぞれの魂が決めてきた人生だとは言える。
しかしそんな大前提とは別に、どうも人生で良い事悪い事は帳尻が合うようになってるのではないかと思うのだ。

私は画家をやっているが美術団体にも属しており、そこでは様々な人間関係を見て来た。
会社とは違うが組織でのヒエラルキーはあって、野心家も多く芸術家より政治家のような人もいる。
会社が収入で人を動かすのであれば芸術組織は名誉欲で人を動かす社会だ。

人の野心や欲に色が着けられるのなら、ひょっとして普通の会社よりドロドロした色彩になっているかもしれない。

私も知っているある絵描きさんが、団体のトップ集団を目指していた。
受賞や幹部へのロビー活動は必須条件で、それには実力以外にも必要なものがある。
その人はここ何年かで目覚ましい活躍もし、望むもの全てを手に入れた。
実生活でも棚ぼたのような富を得たそうで、それも役に立ったのか複数の団体の中で上りつめていった。

その人には数年前初めて会ったが、会う度に感じが変わり最近の変貌ぶりは目を見張るものがあった。
なんというか色々な意味でギラギラ光っている感じだった。
とんとん拍子に幹部集団に入ったが、奇しくもその集まりの席で倒れてしまったそうだ。

幸い命は取り止めたようだが、それを聞いた時私は何とも言えない怖さとご本人には申し訳ないが心の片隅で驚愕とも違う何かを感じてしまった。
私は人生で何度かそういうケースを知っている。
「危ないな」と思う人だ。

順風満帆に全てを手に入れ幸せに終わる人と、全てを手に入れて不幸になる人がいる。
元々持っている徳とか心掛けとかその違いを論じても仕方がないが、正負がプラスマイナスゼロになることは世の中にままある。

上記の人のように極端でなくても、例えば受賞したりすると悪いことがあったり逆の場合もある。
私も立て続けに受賞した時に、生活では大変なことがあった。

人生は程々が良いということだろうか。
あまり欲をかかず良い事があったら必ず周りに還元し、悪い事があったら負の先払いだと考える。

好事魔多しと言うが、順調に行っている時ほど謙虚になる必要がありそうだ。

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