自己刑罰の回避

2016–05–15 (Sun) 17:14
人間は誰でも過ちを犯す。
過ちかどうかは自分自身の中で判断する場合もあるし、犯罪でも道義的でも過ちと自分で認定したらそこに良心があれば罪悪感が伴う。
過ちではなくても人を傷つけたり嘘を言っても良心の呵責を感じる人はいるだろう。

心理学で自己刑罰というのがある。
罪悪感を持った者が自分に刑罰を与える文字通りの行為だ。
意識的の場合もあるが無意識の場合が多く、いくつかのパターンに分けられる。

罪悪感から自分は幸せになってはいけないと潜在意識にインプットされ、自虐的な人生を歩んだり感情が死んでしまったりする。
無意識的に自分を攻撃し病気になったりメンタルを病んだりする。

体の不調や病気は必ずスピリチュアル的に意味があって、病んだ体の部位によっても原因が分けられる。
怒りを溜め込めば肝臓や話すことに関しては喉など、その時の感情や抱えているものが体の然るべき場所で訴える。
病気は「気」と言うくらいだから、大抵は自分が作り出している。

自己刑罰はまず自分の体に行くから、どこかが不調だとか痛んでいるときは自分を内観してみた方が良い。
例えば言葉で人を傷つけたり嘘を言ったりすると、無意識の罪悪感で喉が痛くなったりする。

罪悪感は生きるために封印してしまう人が多いが、それは潜在意識の中にしっかりと刻印されているかもしれない。
今生だけではなく過去生の罪悪感まで魂は引きずっている場合もあり、大きな病を抱えて精神世界にシフトするとそれが分かって来る時がある。

罪悪感を持つと魂は確実に痛む。
どんな非道なことをしても何も感じないサイコパスのような人間は罪悪感はないから自己刑罰など関係ないが、普通の良心を持った人間なら大なり小なり悔恨や罪悪感を持つだろう。
しかし人生で色々な事を経験するのが魂の目的であり、自分を苦しめ壊してしまうのは求めることではない。

罪悪感で自分を責めると必ず内部崩壊を起こす。
自己刑罰は魂を辛くするだけで、決してハイヤーもガイドも喜ばない。

人生で過ちも失敗も全て魂は織り込み済みのことだ。
自分自身だけではなく関わっている人間達もそれぞれの魂は承知しているのだから、罪悪感は手放しそこから学んだことを未来に向けて実践していくのが魂の進化に繋がる。

以下は罪悪感と自己刑罰についての解説である。
思い当たることがあれば是非自己刑罰を回避してほしい。

http://www.counselingservice.jp/lecture/lec4.html


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