『嵐』ショック

2019–01–29 (Tue) 16:35
今日の記事は嵐のファンの方はスルーしてほしい。

嵐の活動休止で日本中が大騒ぎになった。
折しも国会が始まる前日で、安倍政権は不正統計、、北方領土の交渉失敗など国民に注目されたくない内容が目白押しでその目くらましにまた繋がりのあるジャニーズ事務所を使ってスピン報道を仕掛けたのかと思う向きも多いようだ。
おまけにメンバーの一人の父が不正統計を行っていた総務省の当時の次官ともなれば、痛くない腹も探られよう。
そもそも二年後の活動休止について何故今なのか疑問を持たれても仕方がない発表だが、関係者にすればスピンにはなるしこれから二年間最大限の営業で収入が見込めるベストタイミングかもしれない。

私は嵐など興味がないのだが、TOKIOの解散の時も日本中の反応に違和感を覚えて記事にしたことがある。
今回もショックで泣きじゃくったり食事も喉を通らなかったり会社を休んだり、信じられないリアクションがツイッターに流れていてドン引きしてしまった。

スピリチュア的に考えると殆どカルトと変わらないと思う。
ただ教祖が歌手やタレントである違いと、教義も布教もないので社会にとっては健全だと言える。
しかし筋金入りのファンは洗脳状態と同じで、生活の大きな部分がその芸能人の存在で占められている。
同じ普通の人間でもファンにとっては偶像化され神格化されているから、独身のはずが恋人がいたり結婚するだけでも裏切られたりショックを受けたりするようだ。

その心理状態や行動様式は私にとっては理解不能だが、人間は昔から偶像崇拝の行動原理を持っていてその対象は神だったり王だったり支配者だったりした。
それらが廃れてきて、代わりにアイドルや人気グループに対して小規模ながら似た形態になっているのではないだろうか。
カリスマ性を持つ芸能人やグループは過去生を辿ると集団のリーダーや指導者で、そこに惹かれるファンはその集団に属していたというリーディングを読んだことがある。
もっと遡れば的には大きなソウルグループだったり宇宙からの移住集団で、同じ船に乗り合わせたかもしれない。

ファンは対象に理由もなく惹かれてしまうから、そういう意味では見えない世界の引き寄せであり、ファン同士が仲良くなったり妙な共同意識を持つのも頷ける。
過去生で一緒だったからだ。

この世でリーダーのもとにグループを作るというのは、現世だけの関係ではないと思った方がいい。
幸い歌手やアイドルに傾倒してもせいぜいファンクラブに入りグッツを買ってライブやコンサートに行くくらいだが、これが営利絡みや思想絡みだと問題が起きてくるから注意だ。
私も一度ライブに行ったことがあるが皆でペンライトを振る光景を見て、独裁国家の民衆が重なりぞっとした覚えがある。

芸能人のファンになり生きていく活力にするぐらいはいいが、解散や活動休止、あるいは結婚などでショックを受け会社を休むほどめり込むのは危険だ。
そして一番悪いのは、それを利用する勢力がいたりその意を受けて煽るように喧伝するマスコミに踊らされることだ。
彼らは夢を与えてくれたが、一方現実的には歳を取り人気の落ちて来たアイドルグループが、最後に打ち上げ花火で営業をかけているという残酷な見方もできる。
いくらアイドルで今世ではその役目で来たかもしれないが、人間であることに変わりはない。
今一つのミッションが終わって、嵐という虚像から一人の人間の実像へ戻る時が来たのだろう。


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手放すということ

2019–01–26 (Sat) 12:11
スピリチュアルでは手放すという言葉がよく使われる。
執着をやめるのだ。
しかしなかなか願ったり欲しくてたまらないものを諦めることは出来ない。
そもそも簡単に諦めるぐらいなら本物の願いではないと思うだろう。

引き寄せの法則で「○○が欲しい」というのは同時に「○○がない」という現実を肯定しているせいだという。
だから考え方を工夫して「○○を持っている自分」を想像するとか、引き寄せの指南書には方法論が書いてある。
つまりは自分の潜在意識と顕在意識の矛盾を無くする必要があるということなのだが、そうそう上手くはいかない。

だが、手放す、諦めるというのは、この潜在意識も顕在意識も合致するわけだ。
そうすると余計な思念の邪魔が入らず、かつて宇宙に願ったことが逆に実現したりする。
「諦めたら願い叶った」ということがないだろうか。

例えばどうしても子供が出来ず長年欲しくて努力したが、とうとう諦めて養子を貰ったら妊娠したというケースだ。
これは執着が強過ぎてそのエネルギーが逆に妊娠を邪魔していたかもしれず、「子供が欲しい」が裏返り「子供が出来ない」という呪縛を自分たちにかけていたと考えられる。
同じような事は生活の中で結構あると思う。
追いかければ逃げるなら追いかけるのをやめれば向こうから来たりするし、「押しても駄目なら引いてみる」というのは象徴的な譬えだ。

何かに執着している限り他のものは見えなくなっている。
手放す、諦める、は一度リセットするという意味もある。
手放した後望んでいたそのものが来るかもしれないし、実は違う形でも結果的に同じような望みが叶うかもれない。
執着している限り視野狭窄に陥り他の良い物や価値あるものも目に入らないが、それを手放した途端世界が開けたり違う未来にシフトしたりする。
振られた恋人への未練を断ち切ったら、違うもっといい相手と巡り合うのはよくある話だ。

誰でも夢や希望や願いを目標に進んでいくが、それが固執になってしまっては他にもある大事なものに気が付けない。
時々は立ち止まったり思い切って手放してみると、案外思わぬ形で求めていた夢が叶ったりすることがあるものだ。



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皇室のスキャンダル

2019–01–25 (Fri) 16:22
政治以外の時事ネタはあまり書かないことにしているが、ここ数日皇室スキャンダルでマスコミやネット上が賑わっている。
女性皇族の婚約が延期になり、その理由が婚約者の母親の借金問題なのはすでに周知の通りだ。
婚約が延期になりスキャンダルが出た段階で、相手方が婚約を辞退する宮内庁の脚本だったようだが、そう簡単にはいかなかったらしい。

長く付き合ってはいたが周辺環境を整える前に、安倍政権がピンチになってスピンネタで官邸が公表してしまったから、体裁を整える暇も宮内庁にはなかったのだろう。
女性皇族が温室育ちで相応しくない男性を好きになってしまったという構図だが、役者が揃っていてワイドショー仕立てになっているのが興味をそそるようだ。

婚約をした男性は先日『借金は贈与だった』との文書を公表したが、逆効果だったようで騒ぎは大きくなる一方だ。
平たく言えば皇族の婚約者もその母親も母親の元婚約者も、金と欲が行動原理になっている感じがする。
恋愛関係にある男女間の金銭授受は正式な借用書がない限り借金とは言えない。
金銭に限らず何かを買ってやったり贈ったりしても、恋愛が終わると金ややったものを返せという男は時々いる。

男女限らずこの手の「金や物をせびる」や「やったものを返せ」という人間は卑しいと思う。
金を返せと主張している男性も、貰ったものだから返さないと言っている母親と息子も、まさしく同じレベルので引き寄せ合うことになったのだろう。
どちらも引かない泥仕合だが、見ていて気持ちのいいものではない。

このドラマの俗っぽさが三流芸能ネタと変わらず今国民にウケているのだと思うと、純粋に好きになってしまった女性皇族が気の毒だが、そんな男性を好きになった彼女もまた学ぶことが必要だったのかもしれない。

金と地位目当てで婚約を辞退しない婚約者、恋愛絡みで男性から金をせびる母親、好きだったから援助したのに相手が出世したから腹いせにあの時の金を返せと週刊誌に暴露する男性。
同じような業で縁を持った者達だが、これが皇室を巻き込んでいるということにも深い意味があるような気がする。

皇室も各宮家があり代々高潔な人ばかりというわけではないし、人間臭いドラマやスキャンダルも菊のカーテンに隠されてきたと聞く。
ひょっとしたら今可哀そうな立場にいる問題の皇女はその因果を引き受けたのかもしれず、見えない世界的には下世話なスキャンダルも深い宿業の結果かもしれない。

かなり想像を逞しくしてしまったが、どんなやんごとなき家系でもどんな俗的な一族でもレベルでは様々なカルマや宿縁を持っている。
霊的進化のために人間として生まれたのだから、金や欲しかないのもそこに引き寄せられるのも、的には多くの課題を抱えているのだろう。



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災害とホロスコープ

2019–01–23 (Wed) 16:34
占星術は古代から神託代わりに使われてきて、シャーマンは実は占星術師だったりした。
日本でも陰陽道は占星術の側面があって宿曜、五行など密教系の星読みが基礎にある。

現代ではホロスコープで詳細な天体の動きを知ることができる。
星の動きや配置によって地球の出来事が影響を受けているのは、古来から否定できないことだ。

歴史上の大きな出来事の時期のホロスコープを並べてみると、かなり共通点があっていずれも特異なサインが出ている時のようだ。
日食月食の時なども地震が起こりやすかったりするし、太陽黒点の有無も関係あると言われている。
判りやすいところでいえば株価などはなぜか影響を受けるらしく、ホロスコープを取り入れている投資家も実際にいる。
因みに土星と天王星のアスペクトは不況のサインらしい。

そんなわけで地球上の出来事は古代から星が左右していたというのも当たらずとも遠からずかもしれない。
地震予知で今月22から24日が危ないと言っているブログがあるが、確かに占星術をかじっている者にとっては説得力のあるホロスコープだ。
因みにそのブログには有名な予言者の2019年日本に起きる災害についても載っており、どうもスピ予言者の間でも日本の大きな地震や災害は避けられないらしい。

富士山が噴火ともとれる内容があるが、多分どこかの火山の噴火はあるのだろう。
先日も沖永良部島で大きな噴火があったが、富士山だけは勘弁してほしいものだ。
私的には富士山は海底噴火で出来た西の島でエネルギーのガス抜きをしているように思う。
富士山が噴火したら東京まで破局的災害になるので、それは当分ないだろうとは予想している。

予言というのはいくつかある未来のパラレルの一つだ。
アカシックレコードでも未来は何本かの道として見えたり、あるいは選択によってまた違う未来が見えたりするらしいから、当たる預言者でもそういう未来の一つを見ているということだろう。
ただ予言は当たってもかなりタイムラグがあるし場所や形態も変わることがある。
火山噴火が地震に代わる場合もあるし、地震が豪雨に代わる場合もある。
しかし災害には変わりないという風に押さえた方がいいと思う。

以下は今年の予言などが載った地震予知の有名ブログだ。

https://www.tankyu3.com/entry/2019/01/21/tittel


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魂の履歴書

2019–01–21 (Mon) 15:47
スピリチュアルに覚醒し出して様々なスピリチュアリストと出会った。
私は仮面の絵を描いているが、その理由は過去生でベネチアにいて仮面を実際に被ったことがあったのと、仮面の人物が宇宙から来た仲間だかららしい。
真偽はもちろん不明だが腑に落ちることは多々ある。
その時の仲間かもと思う人とも何人か出会った。
中にはある仮面の作品を見て、これは私とガイドだと言って実際に購入した人もいる。

ここ数年、私のサードアイを開き必要な情報をくれる人が現れては消えて行った。
残念ながら良い事ばかりではなく見えない世界の怖さや闇を教えてくれた黒系の人もいたが、今では修行させてもらったと思っている。
おかげでスピの危ない部分や己の分限というものが分かったからだ。
いわゆるサイキックアタックも身をもって知り、スピリチュアル世界の付き合い方というものは学んだ。

最近は無闇に同類だからと言って、知り合いを増やしたり関係を作るのは良くないと思っている。
しかしたまたま数年前に癒し系のイベントでお試し鑑定を受けたヒーラーが、渋谷の百貨店の占いコーナーで鑑定しているのを知って行ってみた。
最初に会った時この顔は覚えがあると思ったので、多分どこかで縁はあったのだろう。
インド占星術をベースに色々な占術もやるらしいが、半分は霊視のようだ。
その人のブログも時々見ていたので、バックボーンもある程度わかっている。

私はスピリチュアルに覚醒してから、ずっと自分のの出自、来歴、ブループリントを知りたいと思っていた。
このブログでも断片的に書いているし、大まかなものは過去生も含めて他者にリーディングしてもらったりセルフヒプノをやったりして知っている。
だが妄想半分かもしれないので、確信が欲しかったり証明したいというのが常にある。

昨日そのヒーラーに改めて事情を説明しリーディングしてもらったところ、7割ぐらいが私が思い描いていたの由来や過去生と同じ内容だった。
求めていたことの半分ぐらいは得られたので、渋谷まで出かけて行った意味はあった。
一番心に残ったのは「人生で沢山の修行をして来たから元々あったものが開いた。」と言われたことだった。
それは当たっているかもしれないと思う。
確かに普通の人ならしなくても済む体験や大病もして死と向き合ったり、人生の転換や局面を何度か経験した。

あれは多分文字通り人間という道の修行だったのだろう。
もともとはそんなじゃないから、今世は人間の苦悩や悲哀、限りや縛りを経験したかったのだと言われた。

確かに人生を振り返ると「ストイック」が大好きだった。
この歳になり、そしてスピリチュアルの理を知ったから納得できることで、こうなるまでは「これは自分が望んだ修行だ」、などと考えらなかった。
しかし、実際そう思えるようになったので、今艱難辛苦の渦中にいる人も後にはあれは修行だったと思える日が来るかもしれない。

「自分はなぜ生まれたのか」「自分はなぜ生きているのか」
自分の存在意義を知りたくなった時は、の視点で探ってみると案外驚くような答えが見つかるのではないだろうか。


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ネット世界の闇

2019–01–18 (Fri) 15:29
去年興味深いスピ系ブログを見つけ、読み出していたところ突然閉じるというお知らせと共に翌日には本当に消えていた。
元々霊感的なものがあった人らしいが仕事にしているわけでもなく、年齢を重ねカラー系のセッションも始めた人で、日常的なスピ話も書いていて人気も出ていたようだ。
多分ブログのことで何かあったのだろうと推察していたが、昨日偶然違うところで再開されているのを見つけた。
プロフィールの中に、やはりSNSでの問題を匂わせる記述があり、推測通りだったようだ。

SNSで政権を批判すると、ネトウヨと呼ばれる輩がツイッター始め2ちゃん、ブログ、FB、インスタでもれなく絡んでくるが、彼らは自民党がバイトで雇った連中もいれば触発されて同調する者もいるし、仮想世界で自分のストレスを晴らしている者まで様々だ。
しかし、一つだけ共通点は社会生活を営むリアルの自分を隠しているということだ。
罵詈雑言をぶつけてくるのは必ず正体を判らなくしている。

これを裏返すと人間の中に潜む黒い部分、闇の部分をこれでもかと見せてくれるのがネットの世界だ。
自分が誰か判らなければ、何をしてもいいという前提が本人達の中にあるのだろう。
正体を隠し口汚くネット上で相手を誹謗中傷する輩は、現実しか信じないというある意味スピリチュアルとは程遠い人間だ。
「天知る、地知る、我知る」という箴言があるが、意味さえ分からないのではないか。

誰でもむしゃくしゃしたりストレスが溜まれば捌け口としてどこかを攻撃したい時もあるだろうが、匿名性の陰に隠れてこそこそやるのは一番卑怯だ。
ネット上でヘイトや暴言を吐く極右のネトウヨが、実は調べたら中年の普通のおじさんやサラリーマンだというケースがよくあるようだ。
無辜の市民の仮面を被って良き父親良き夫でも、実はネット上では別人になり人格を疑われるような振る舞いをしているのだ。

仮想世界は人間の闇の部分の受け皿でもある。
一番怖いのは闇を抱えた人間がリアルの部分で闇を抱えていると出さずに、いい人になり切っていることだ。
死ぬまでそれで終わるのかもしれないし、そういう部分がいつか破綻して実生活でも出てしまう場合もあるだろう。

私はハンドルネームでブログを書いているが政権批判にしてもスピ的内容にしても責任は取るつもりなので、個展の案内も記事にしたことがあるし私を知ろうと思えば可能なスタンスを取っている。
コアでマイナーなせいか(笑)、幸い冒頭のブログのように閉じてしまうほどのトラブルに見舞われたことはないし、政治ネタのツイッターでたまにネトウヨや極右おじさんに絡まれることはあるが、スルーして済んでいる。

SNSというのはどんな人間かを知る踏み絵だと思う。
シリアルキラーは何年も何十年も良き夫良き父親だったというのが多いが、ネット上の別人も犯罪にはならない同類かもしれない。

的には、リアルで見える見えないは関係ない。
誰も知らないと思っても、天は知っているのだ。



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スピリチュル系ビジネス

2019–01–15 (Tue) 16:51
最近FBでスピリチュアル系の人の友達申請を何気なく受けたら、雨後の筍のようにぞろぞろとその共通の友人達から友達申請が来た。
いわゆる相談業の人達だが、スピリチュアルリーダー、占い師、自己啓発系、起業系と名前は違っても通底するところは同じようだ。
FBの友達を増やすのも営業の一戦略なのだろうか。
私の本業の方でも同じくFBで友達を千人単位で増やして、同業者の個展に駆け回り営業活動をしている画家もいるから、SNSは立派な市場なのかもしれない。

絵描きは一応個展を開いたりそれなりの実績がないと絵描きとは名乗れない。
しかしスピ関係やセラピストとなると、言ったもの勝ちのところがあって、昨日までOLだった人が今日からは○○セラピストの肩書になっていたりする。
資格も何もいらない世界だから、運さえあればお客はついて1時間1万円也で単なるおしゃべり的な話相手でもお悩み相談のセラピストで収入になる。

FBで泥縄式に友達申請をして来た人達は、霊能者もいればどこかのセミナーに行って自ら開業した人もいるようだ。
私もスピリチュアルに関しては同類になるが、たまたまFBの狭い世界でもこれほど無数のスピ関係を仕事にしている人達がいるのだから、一体世の中にどれくらい見えない世界や人の心についての商売があるのかと驚いてしまった。

しかも料金設定を見れば一時間一万円以上が当たり前だ。
スピリチュアルはやはりビックビジネスなのかもしれない。
資格も何もいらないし、明日から占い師、セラピストと名乗ってHPを作っても誰も咎めない。
あとは営業をかけて人を集めれば仕事になる。

この現象はスピリチュアルの認知度が高まったと思うべきか、メンタルを病んでいる人が多すぎると思うべきか。
とにかく今の時代見えない水面下では歪んだ精神世界が広がっていて、それを商売にするビジネスも次々形を変えて増殖しているのかと、空恐ろしさを感じてしまった。

需要と供給があるからビジネスは成り立つ。
どんなセラピーを名乗ってもお客が来れば仕事になるわけだからそれはいいだろう。
しかし実体験も含めて中には?マークがつく場合も多々あるので、もしこれからスピ系のセラピーや鑑定を受けたいと思う人は慎重に相手を選んだ方がいい。
一時間一万円は大きいが、それに見合う内容かどうかは保証の限りではないからだ。

スピリチュアルに身を置く者としても、底知れないスピリチュアルビジネスの世界に飲み込まれないようにしたいと改めて思った。


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魂の色

2019–01–14 (Mon) 16:14
誰でも好きな色がある。
色傾向と言ってもいいだろう。
スピリチュアルでもチャクラの色は決まっているし、オーラの色でもその人を判断する。
ソウルカラーというのもあって、オーラの色と重なる部分も多いようだ。
専門的な心理カウンセリングでも、色の使い方や好みによって心理状態を分析できる。

つまり色はその人間の特徴を表していると言えよう。
カラーセラピーやオーラソーマという半スピリチュアル的なヒーリングもあるので、色はスピ的には重要な意味を持つ。

オーラの色がその時の体調や心理状態で変わるのは知られているが、誰でもオーラが見えるわけではないしまして自分のオーラの変化はそうそう判らない。
しかし現実的に好きな色はあり、いつも身に着けている服や小物の色は大抵傾向が決まっている。
大雑把に考えるとその色が個人の持っているカラーだと言えるだろう。
特にどうしてもこだわりのある色は、本人のに関係していると思っていいようだ。

色それぞれの特徴はネットを検索するとすぐ出てくる。
物心ついたときから死ぬまで色の好みが変わらない場合もあるが、人生の途中や何かのきっかけで好きな色が変わることもある。
それは多分その時にステージが変わるか、人生をリセットしたのかもしれない。

私は若い頃は黒を好んで着ていたが、大きな人生の転機があってから黒は嫌いになり、紫が好きになった。
ワインレッドから紫にシフトしていったが、最近は青味の強い紫が好きになっている。
洋服を選ぶ時も紫があるとロックオンされてしまうし、アクセサリーも紫系が殆どだ。

色々な人に会うと、その人の着ている服の色傾向で何となく性格が分かるという経験があるだろう。
単一の色でなくとも柄や組み合わせなど、全体の色調や雰囲気は人物像そのものを表していることが多い。
逆に気分や自分を変えたい時は、普段身に着ける色を変えるだけでも効果がある。

最近珍しく地下街で目が釘付けになった紫系のワンピースがあって、衝動買いしてしまった。
見れば見るほど自分の色だと思えてくる。
紫色が好きになりスピリチュアルに覚醒し調べて行くうちに、インディゴチルドレンの前の世代のバイオレットに自分がぴったり当てはまるのを知った。
紫に惹かれる理由はそこかもと思った時、全ては繋がったような気がしたものだ。
こじつけや都合のいい解釈に見えても、スピリチュアルの旅を始めて謎解きがどんどん出来て来たのは事実だ。

もし自分と色との関係性を知りたかったら、以下のサイトでカラー診断をしてみてはいかがだろうか。

https://artbeing.com/aura-soma/reading.html


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「使命」と「天職』

2019–01–13 (Sun) 17:41
スピリチュアルに興味がある人は自分探しの旅に出る人が多いようだ。
物理的な旅行ではなく、の遍歴や出自を知るための見えない世界の旅だ。
どうして自分はこの世に生まれたのか、自分の今世の目的、役目は何なのか。

スピ系人間は「私の使命は何ですか」と知りたがる人が多い。
使命というのをどう定義するかにもよるが、何か歴史的に残る偉業を遂げたり、自分の幸せは求めず世のため人のために尽くすなど崇高な生き方をするのが使命というイメージだろうか。

そう考えると大抵の人間に使命などないように思う。
生まれた時に決めて来たライフパーパスやブループリントを全うすることがあえて言うなら使命で、逆に大きな使命を持って生まれて来たは人としての自由や喜びなどなくて、使命を果たすまでは死にたくても死ねないほど壮絶な人生かもしれない。

若い女子は時々、自分探しをして転職を繰り返すことがある。
その裏には「きっと私に与えられた天職があるはず」というのが動機としてあるのだろう。
しかしそのうち「転職が天職」になる可能性があり、「使命」「天職」というスピ人間が好んで使う言葉は人生をスポイルしてしまう場合もある。
天職は自分の好き嫌いは別にして長く続いた仕事かもしれないし、使命は自分が決めるものではなく人の評価や人生の終わりになってやっと気づくもののような気がする。

言うならば天職とは自分の意志ではどうにもならずやることになった職業や、生まれながらの特殊な才能がありそれを生かすことのできる職業だろう。

人間として生まれたのだから自分の存在理由を追求するのは意義があるが、それが人生行路の放浪に繋がっては本末転倒だ。
スピリチュアル世界に入っての由来やソウルコントラクトを見出しても、それと実生活とは分けて考えるべきだと思う。
過去生を知り悩み解決の一助にするのはいいが、過去生に囚われて生活まで変えてしまうのはまずい。

スピリチュアル世界でいう「天職」と「使命」という言葉は、魅惑的だが現実的ではないことを知っておこう。



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守護霊はいる

2019–01–10 (Thu) 17:29
私は幾つか自分の過去生らしきものを知っている。
スピリチュアルに目覚めた時どうしても必要だったから、人の力を借りたり後にはセルフヒプノをやって見たりした。
今となっては何処まで信憑性があるかは疑問だが、その時は自分の迷路から抜け出す為や生きていく為に必要だった。
そして出て来た過去生は、やはり私の抱える問題や困難、そして人生そのものを謎解きするに相応しいものだった。
もう5年も前のことだが、それに付随してツインソウルかもしれないガイドの存在も知り彼と一緒だった過去生も複数見た。

転生は丸ごと魂が転生する場合も、大きなソウルグループに属する過去生達の欠片を持ってきている場合もあると思っているので、見た過去生が私の魂そのものか他の記憶の断片が入っているのか、私についているガイドの過去生の記憶なのかは定かではない。
それらを概ね把握し理解、整理するまで2年近くかかったが、今日の私はそのバックグラウンドがあって日々生きており、考え方や価値観もそれに沿っていてこのブログも書いている。

思えば昔に比べると全ての根本に見えない世界や魂というものがあって、それを抜きにして物事の判断はしなくなってしまったような気がする。
全てをスピリチュアル的に考えるのはよくないが、大きな出来事やたとえ不本意な事態、トラブルや不運でもきっと何かしら意味があるのだろうと考えるようになった。
そこからどんな霊的成長をしなければならないのかということだ。
霊的成長イコール人間的成長でもあるが、見えない世界の警告や軌道修正という場合もあるのでそこまで深く追求してしまう。

誰でも魂の青写真があってあまりに方向が違うと強制的に道を変えられたり、行く手を阻まれたりする。
私も何度か経験があるが、あそこまでしなければわからなかっただろうと後に上から言われたような気がした。
今では殆ど上にお任せの状態だが、常に後ろのガイド達を意識している。

信じない人が聞いたら単なる妄想だと思われるが、気休めでも想像上の存在でも今の私にとっては実在する人間のようにガイドはそこにいると思える。
実際助けてもらったり気付かせてもらうことも多々あるので、それが偶然ではないと信じている。

普通の人にとってスピリチュアルは、生活の上でのヒントや参考という程度でいいのではないだろうか。
ただ、不可抗力のようにそこを追求し知る必要があった今の私には、生きていく為に必要不可欠なものになったのは確かだ。

誰でも過去生まで知る必要はないが、必ず後ろには守護霊ガイドがいて護ってくれているということは信じていてほしいと思う。


碧眼





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プロフィール

masquerade

Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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