スピリチュアルの使い方

2018–11–01 (Thu) 16:46
今日は11月1日で111のぞろ目の日だ。
エンジェルナンバー風にいうと「思考が現実になりやすい時期」だそうだ。
いいことを考えればいいことが、悪いことを考えれば悪いことが現実になるということらしい。
数には力があるから、取り敢えず今日はいいことだけを考えておこう。笑

さて、今日も色々なスピブログをルーチンで見て回っていたが、はっと打たれたように入ってきた言葉があった。
「天職」についての記事だったが、スピ人間はよく自分の使命や天職というのを知りたがったりこだわったりする。
しかし多少スピリチュアル能力が開いたからと言って、占い師に転職しても天職違いでうまくいかないだろう。
ライトワーカーを自負している人達とて果たして自分の魂が地球を照らすために来たかなどと証明できるわけもないし、最終的にその役割を果たしていればそうだったかもと言えるだけだ。

スピリチュアルに覚醒すると自分は特別になったような気になる場合がある。
特に見えない世界が分かってくると、今までの日常が色褪せてきたり、このままでいいのかと駆り立てられるような気持になったりして、自分探しや使命探しをし出すスピ人間も多いのではないだろうか。

実はこれは自戒も込めて記事にするのだが、スピリチュアルに目覚めたからと言って日常を疎かにしてはいけないのだと思う。
ある種スピリチュアルも新興宗教と同じようなところがあって、のめり込むあまり家族や生活さえ捨ててスピ教祖に傾倒してしまうようなケースさえある。
なんでもスピリチュアル視点から考えるようになったり思考が偏って、普通の人間としてのバランスを欠いてしまう。
極端な話不倫さえ、「ソウルメイトだから必然だ」などの理屈で正当化してしまい、人間社会の良識が通じなくなっていったりする。

だが、私たちの魂は人間をやりたくてこの世に生まれてきた。
人間として良識的に生きていくべきであり、スピリチュアルを常識外れの免罪符にしてはいけない。
ごく一部の特殊な魂を除き使命も天職も探して見つかるものではないような気がする。

会社勤めでも主婦でも人生の終わりに何か全うしたことがあれば、それが今生の使命であり天職だったのではないだろうか。
スピリチュアルは毒にも薬にもなる。
うまく使えば人生に大いに役に立つし、間違えれば生活に支障をきたす。

111の日に是非いいスピの使い方を考えよう。


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職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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