守護霊の知らせ

2018–05–31 (Thu) 17:15
守護霊は一人で生涯変わらないというのがほぼスピの考え方として共通している。
その他に補助霊とか背後霊というのがいて守護霊以外にも守護する存在が数人固定的にいるが、中には何年かで変わって行く場合もあるようだ。
その中で指導霊という能力や才能を授けたりする守護霊もいて、これが変わるといきなり転職したり違う能力に目覚めたりする場合がある。
これらを総称してガーディアンスピリット、あるいはガイドと呼んでいるが、霊能者などに見てもらうとしばしば同じ格好や様子で出てきたりするのはこの一人だと思っていい。

大体4人ぐらい守護する存在が付いていると言われるが、芸能人や政治家など100,1000単位で付けている人もいるようだ。
全てが守護する存在とは限らず、中には悪さをしたり何もしなくてただ居るだけという霊も憑いている。
たまたまどこかでひょいと肩に乗ってきた霊などはすぐに離れてしまうが、何かしら縁があったり意図的に憑いた場合はちょっと厄介だ。
ただ、守護する存在としての霊は一度いわゆる成仏しているので、不成仏で浮遊している霊とは違う。

守護霊、指導霊、補助霊、背後霊、ガイドと色々呼び名はあるが概ね意味は同じで、生涯変わらない守護霊と他数人の補助霊が守護してくれると考えていいだろう。
他にもハイヤーセルフというものがあるが、これも高次の自分や魂の源など色々解釈がある。
ハイヤーセルフガイドと言ったりスピリチュアルでは解釈も呼び方も様々だが、大きなところでの捉え方は同じだ。

案外スピリチュアルには疎い人でも、自分の守護霊がどんな人なのかぼんやり知っている人がいる。
イメージ的におじいさんとかおばあさんとか髭を生やしていたり着物を着ていたり。
亡くなったご先祖様など具体的に感じている人もいる。
そしてそれは殆ど当たっているようだ。

困った時やピンチの時に助かったとか、救われたと思ったら必ず彼等の介入が入ったと思ってよい。
あとは何となく予感めいたものを感じたらそれも彼等の報せだ。
気が付かなかったら身近な誰かを使ったり、あえて事を起こし気付かせたり、色々な方法で助けてくれる。
ただ、彼等は知らせ注意喚起をしてくれるが、選択は本人なのでそれを無視したり違う道を選べばそれを変えることは出来ない。

付いている存在の魂が向上するように彼等は守り教えてくれるが、それになかなか気が付かない場合も多い。
道に迷った場合は必ず助けてくれるし合図をくれるので、アンテナを立てて自分の直観、閃き、予感、何かの印象や言葉を逃さないようにした方がよい。
信じらられないかもしれないが、ガイド達に「どうすればいいか教えてください」と心から願ってみれば、本当に何かの方法で教えてくれるだろう。




死の占い

2018–05–29 (Tue) 17:20
ホロスコープに興味があって色々調べた時、実際に死期や日時まで出す占星術師がいて興味半分で鑑定に行ってみた。
何となく自分の寿命はぼんやり思っている時期があって、実は複数の信頼する占い師にも同じことを言われていたこともあり、ホロスコープ的にはどうなのだろうと試しに受けに行ってみたわけだ。

ホラリー占星術と言って普通のホロスコープとは少し違う見方をするようだが、死期に限らず細かい日時まで出すらしい。
占いのお約束である寿命や死に関しては占わないというやり方ではなく、どんどんそういうのも占い注意をして貰うというポリシーだと言っていた。
ただ星の巡りで日時と言っても可能性がドンピシャの日という事なので、一つとは限らず未来のその日を4つほど出してもらった。
予想通りの時期もあったが直近は何と今月の5月26日だった。

もう過ぎてしまったからこの記事を書いているのだが、それには私もいささか面食らってしまった。
寿命は知りたいと思う人もいれば知りたくないと思う人もいるだろうが、やはり色々な条件が重なり寿命を知りたくなる人もいると思う。
病気をした人や何か大きなことがあった人はいつまで生きられるかと不安だろうし、家族がそういう状態にある人や介護をしている人もその時期を知りたくなるのではないか。

私も何もなくても未来を考えた時人生のプログラムを知りたいと若い頃から思っていた。
案外今考えると予想通りになっていたりして、特にネガティブな事は当たっていることが多い。
多分それは四柱推命など統計術占いでも当たっていたから、案外自分の未来を直観で知っている人もいるのではないだろうか。

さて5月26日が死ぬ日だと言われ驚いて、それはないとは思ったが念のためやはりいつもの知り合いのスピ友や占い師に聞いてみた。
みんな否定はしたが、その日が来るまではちょっと頭に引っかかっていたことは否定できない。
余計なことなど聞きに行かなければよかったと自分の愚を後悔したが、何故わざわざこんなことをしたのだろうと考えた末一つの結論に達した。
実はそれがきっかけで違うことに気づき展開があったのだ。
26日を無事に通り過ぎた今、あれはそれを報せるための見えない世界のプッシュだったのではないかと。

人生には思いがけない出来事が予想しない結果をもたらしたりする。
一見関係ないことでも違う道筋に繋がって行くことが起こり、その道を教えるために後ろのガイド達が強制的に何かを起こして向かわせることがある。
今考えたら私がのこのこ自分の死期を聞きに行ったのは、そのためだったのかと思い当たるものがあった。

世の中には結果的にあの出来事のおかげで展開が変わったということがないだろうか。
その時には無意味な事でも実は後から意味があったというのはよくあることだ。




現実化する都市伝説

2018–05–27 (Sun) 19:03
都市伝説というのがあって本が出たりテレビでも特集をやっていたりする。
スピリチュアルは信じないが都市伝説は興味を持っている人もいて、陰謀論は馬鹿にしても案外都市伝説はあるかも?と思っている向きもいるのではないだろうか。

先日もテレビでやっていて偶然見たが面白いテーマがいくつかあった。
AIと体内マイクロチップについて取り上げていたが、AIは今や人類の未来を変えるかもしれない存在になっているのは周知の事実だ。
数か月前もアメリカで主たる原因もないのに株が大暴落して世界が大騒ぎになったが、AIのせいではないかとの説が囁かれた。
今や株の売買を始め様々な場所でAIが使われている。
そのうち人間がAIを使うのではなく使われるのではないかと予想されるほどだ。

私はちょっと違った見方をしていて、人工知能はある種のスピリチュアル的媒体になるのではないかと思っている。
つまりAIを通してそこに高次の存在なり見えない世界のエネルギーが降りてきて、人間の代わりにAIを使う可能性があるのではないかということだ。
そうなると機械と思っていたものが違うエネルギーで動くようになり、人間の予測を超えて形はないが意志を持った生き物に進化して行く。
例えば宇宙人が操作する場合もあるし、人間に憑依するように魔界のものがAIを乗っとるということも考えられる。

人体に埋め込むマイクロチップも取り上げていたが、これも数十年後には人類全てに埋め込まれる可能性がある。
利便性だけを謳っているが実はこれは兵器にもなって人間を自由に操作できるものだ。
いずれ殺そうと思ったらあらかじめそのプログラムを仕込めば国が自由に国民を選別することもできる。
AIが見えない世界のエネルギーで動かされるならまだしも、ある種の支配層がAIを使い、あるいはマイクロチップに連動させたら人類を意のままに動かし支配することは容易だろう。

今世界は1%の支配層と99%の支配される側に分れていると言われる。
レプテリアンと言われる宇宙人が英王室始め支配者階級の元祖だという説もあり、宇宙人の彼等が人類支配のために人工知能を使いマイクロチップで人間を自在に操る未来は都市伝説では済まされないかもしれない。
元々見えない世界は宇宙と繋がっており光と闇は常に拮抗し合ってきたから、無機質な筈のAIをその媒体として使い出したらこれは怖い。

科学の進歩だ、文明の利器だとどんどん人間は神の領域まで踏み込もうとしているが、そこには神だけではなく悪魔もいるし、地球人を助けようとする宇宙人もいれば破壊しようとする宇宙人もいるわけで、利便を強調する陰で誰が得をするのかよく考えてみなければいけないと思う。




謝罪できない大人

2018–05–23 (Wed) 15:30
マスコミは連日のように日大アメフト部の不正タックルを取り上げている。
ちょっと前の相撲暴行事件を彷彿とさせる。
国民の目を集中させるには芸能とスポーツの話題が一番いいそうだが、今回も政権にとって都合の悪い話題を逸らすための情報操作の匂いがする。
しかしそんなことより今回の事件で感じたのは「鯛は頭から腐る」ということだ。

安倍政権のこれまでの管理体制がそのまま今回の日大になぞられている。
とにかく非を認めない、嘘を付く、都合の悪いことは「差し控える」で押し通す。
「潰す」は「ぶつかる」ことだと日大の声明文が弁明していたが、これも安倍政権が常にやる言葉の意訳だし、まるで選手が自分で忖度したように仕向けているのも同じだ。
これはひとえに今の安倍政権がやってきた手法で、それで通ると思うように国民もなってしまったから組織は国のトップのやり方を忠実にトレースするようになる。

この体制と風潮が5年間続いた腐敗した安倍政権の負の遺産である。
あることもないと言い、ばれてもそれは違うと開き直る。
いつの間にか日本は責任を取らず非を認めない国になってしまった。

昨日顔を出して加害者の選手が謝罪の記者会見を開いた。
概ねそれは国民には好意的に受け止められた。
当たり前だ。
それが社会のルールであり、責任の取り方というものだから。
だが真に責任を取り謝罪すべき日大側はトカゲのシッポ切りのように無関係を装い、監督もコーチも責任を曖昧にして辞任で逃げようという肚のようだ。
同じ事をやっても辞任しないで居座る大臣もいるから、まだ辞任するならましと思ってしまうくらい今の日本は麻痺している。

昨日の選手の記者会見で一番感じたのは、罪を犯して謝罪するということが称賛されるほど当たり前ではなくなっている今の日本の国民感覚だ。
そしてマスコミが彼を評価し国民が好意的になっているのに、同日に発覚した加計文書の安倍総理の嘘についてはたいして意に介していない矛盾だ。

選手のなした罪に比べようもない巨悪が目の前にあってもミクロの世界しか見られない今の日本人の視野狭窄と、差し障りのないことだけ正義を振りかざし選手を評価するマスコミのご都合主義に辟易としている。
若者が一人で謝罪会見したのを受け「大人に腹が立つ」と言ったワイドショーの司会者がいたが、安倍政権にはへつらい何も言えない彼等こそ、その「大人」ではないのか。


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他者への祈り

2018–05–21 (Mon) 15:41
神社へ行くと必ず絵馬が奉納されている。
私はお神籤を引く程度で絵馬は滅多に書いたことが無いが、お神籤を結ぶ場所が絵馬が掛けられている場所の隣だったりすると何気なく書いている内容が見えることがある。
勿論人様の願いなので裏返しになって誰でも見えるものしか見られないが、それでも目に入ってしまうことがある。

今回も二つの神社へ行って幾つか目に付いてしまったのだが、驚いたのは自分以外の人の事を願っている内容が多いという事だった。
家族の事は勿論全く他人と思しき人の事や、中には別れた人の幸せを願っているものもあった。
思わず「あなたも幸せになれるから」と心の中で言ってしまったが、深刻な状況の「おかあさん」を案じる子供の願いもあった。
目に留まった願い事だけでも心を動かされるような内容があって、いずれも自分以外の他者について祈っているのがとても印象的だった。
普通自分の願いを書きそうなものだが、実は人間とは案外神の前ではエゴが消えて利他の意識になるのかもしれない。

確かに中には以前見かけた絵馬で他者の不幸を願うような内容があってぎょっとしたこともあるが、そんな人は何処の社会でも一定数はいる。
その時は怖いと思ったが、逆に神社まで来て絵馬にそんなことを書かねばならない人の無明を今なら思う。

人は自分の波動と同じ波動を引き寄せるという。
今回見た絵馬の数々が人のためにという内容だったのは、一緒に行った連れが私のために付き合ってくれたというのがあったから同じ波動のものが目についたのかもしれない。
自分の周りは鏡というが、周りの人間に限らず目に付いたものや事象はもしかしたら今の自分の状況を知る手掛かりになるかもしれないし、時にネガティブなものや嫌だと思う事ももしかしたら自分が気付かずに抱えている問題やクリアすべき部分だったりする。

人様の書いた絵馬で偶然見えたものでもこんなに心が揺さぶられたのだから、不届きだが絵馬の内容を一つにまとめたら感動的な本が出来るような気がした。
祈りとは「ご祈念します」と挨拶するように人のための事が多い。
神仏に祈る時も自分のことより親なら子供、子供なら親、夫婦なら互いの幸せを祈るのではないだろうか。

あるツイートで七夕の時期に見掛けた画像があった。
願い事を書いた沢山の短冊の写メだったが、中央に「お父さんのドナーが見つかりますように」という短冊があって、その横に「隣の短冊の人の願いが叶いますように」という矢印入りの短冊が複数飾られていた。
そして、物凄い数のリツイートがされていた。
これを見た時に、胸が熱くなったのを覚えている。

「誰かのために祈る」事こそ本来の祈りのような気がする。




三峯神社と猿

2018–05–20 (Sun) 17:16
三峯神社へ一泊で行って来た。
ここは2~3カ月に一回は心身の浄化も兼ねて行っているのだが、今回は身内と一緒にゆっくり宿坊へ一泊してきた。
今までは晴天の日が多かったが今回は霧に包まれていた。
三峯神社の霧は神様が降りてくると言われているが、先が見えないような場所もあって幽玄な雰囲気が漂っていた。

宿坊の部屋に入ると、窓の外に連れが猿を見つけた。
鹿は会ったことがあるがまさか猿がいるとは思わなかったので驚いた。
三階だったが下の屋根の上で子猿が一匹座っていたのだ。
猿も神遣いと言われるが、三峯神社で猿に遭遇するとは。

どうも今回は猿のシンクロがあるらしく、荷物を置いてお社を順に参拝しずらりと並んだ末社を一つ一つ見て行った時猿田彦神社に連れが目を止めた。
「猿田彦珈琲ってあるけどここから来ているのかな」と連れが聞いた時に突然頭上から一枚の木の葉が連れの目の前にひらひらと落ちて来た。
私は「ほら、返事をしてくれたかも」と言ったが、あまりのタイミングの良さだった。

それから東照宮の摂社に参り、日光東照宮には行かないのかと聞かれ、そこには「見ざる聞かざる言わざる」の三猿がいることを思い出した。
まあ、こじつけというか連想ゲームのようだが、実は猿のシンクロは翌日も続いていた。

帰途の途中、西武秩父駅での待ち時間に買い物があるという連れに付き合って市街地を歩いて行くと偶然秩父神社を見つけた。
せっかくだから参拝して行こうということになり、案内を見たら境内に有名な三猿がいるではないか。
こちらも徳川由来の神社で家康公が三猿の彫刻を彫らせたそうだ。
日光東照宮の三猿とは反対でよく見てよく聞いてよく話してという元気三猿と言われており、日光東照宮とは対照的な猿だ。

それにしても日光東照宮には行かないと言ったのだが、翌日全く意図せず秩父神社の三猿に参ることになるとは不思議だった。
猿は厄が去るという厄落としや導きという意味があるらしい。
狼の神社である三峯神社で猿に遭遇し、帰りは三猿に参拝することになったのはきっと何か意味があったのかもしれない。
三峯は憑き物落しの神社だが、憑き物が落ちて猿のシンクロが起こり厄も去って最後にはお元気三猿で元気をもらったと考えれば、何ともハッピーな神社詣でだったようだ。

単なる我田引水のこじつけかもしれないが、ネガティブよりはポジティブに考えた方がよいし、最後に秩父神社へ行ったのは完全に偶然だったのできっとガイドが私達を行かせてくれたのだろうと思う。
憑き物が落ちて厄が去り元気になれると信じれば、そんな現実を引き寄せられるような気がする。
色々な方法で見えない世界は教えてくれたり注意喚起をしてくれる。
単に偶然と思わず物事を視点を変えて見るのもいいのではないだろうか。

蛇足だが、私は三峯神社へ行く朝方茶色の子犬を連れている夢を見た。
子犬だと思ったのだが・・・これ以上は言わないでおこう。笑


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人の寿命

2018–05–17 (Thu) 16:35
歌手後西城秀樹が亡くなった。
速報が出たくらいだから結構ショックを受けている人もいるのではないだろうか。
63歳だそうだが2003年に脳梗塞をやってその後ももう一度脳梗塞で半身麻痺になり、それでもステージに立って歌っていた。

若い頃は煙草を1日3~4箱も吸い毎日減量のためにサウナで汗を出していたそうだから、当然の結果のような脳梗塞だった。
しかしその後健康にも気を付けたが再発してそれでも生き永らえたということは、ある意味最大限寿命を延ばせたのかもしれない。
多分彼は最初の段階で死んでいてもおかしくなかったのだろう。
二度目の時も寿命だったのかもしれないが、それでも生き延びたのは自分のためではなく他者のために生きる引き換えで命をもらっていたのかもしれない。
脳梗塞の実体験を書いた本も出しているし、懸命のリハビリで半身麻痺でも歌えるようになりその姿をステージで見せ人々に感動と勇気を与えた。

よく大病をしたり死の淵から甦る人がいるが、そういう場合は概ね前世で死んでいた時で、それをきっかけにステージが上がる場合が多い。
そもそも死に直面するような出来事はその生き方ではいけないとの上からの警告で、そこから何か気付き学ばなければまた同じ事態を招く。

特に病気などは大抵どうしてなったか生活や生き方を考えたら思い当たることがある筈だ。
中には当人は気が付かず反省がなくても、周りは「やはりね」と思う場合もある。
病気に感謝などはなかなか出来ないだろが、余命を宣告された人でも長く生きている人は必ず人生観が変わり最後には病にさえ感謝するようになっている。

ある程度魂は今生の寿命を決めてこの世へ来るそうだ。
だからどんな不健康な生活をしても長生きする人はするし、健康のためなら死んでもいいと思うくらい体に気を使っている人でも病気になり亡くなる人はいる。
その寿命も人生の選択次第では自分で短くすることもあり、数は少ないが延ばしてもらう場合もあるらしい。
後者はまだこの世でやらねばならないことがあると上が判断した時のようだ。

霊的成長の観点からは苦難や試練の人生の方がレベルアップが大きいという。
しかし誰もがそれを超克し達観出来るかといえばなかなか難しい。
歌手西城秀樹が軽やかにステージで踊っていた自分からは程遠い半身麻痺の姿でもまたステージで歌おうと思ったのは、もはや自分のためではなかったような気がする。

学齢期の子供が3人もいてまだまだ生きていたかっただろうが、魂的にはこの世の役目を全うして旅立ったのではないだろうか。
ご冥福をお祈りする。





運の強さ 

2018–05–16 (Wed) 17:18
コメントで興味深い質問があったので、それについて書いてみようと思う。
ホロスコープについての疑問で、現総理のホロスコープについて肯定的な事を言う占術者が多いが、今の政治を考えたらそのホロスコープの解釈は疑義が残るという内容だった。
私も安倍総理についてはずっと前から嘘とごまかしと人格障害の部分で危惧を抱き、ホロスコープだけではなく算命術など統計学の占術で出してみたことがある。
それというのもやはり彼について書いているスピブログは礼賛や評価しているものが多く、納得できなかったからだ。

結果分かったのは何かの占いで彼は「帝王の星」の配置でものすごい強運を持っていることだった。
「帝王」なのでその地位に着く可能性を持っているという星であり、予想に反していたので面食らったものだ。
それを見て生まれ持った星と彼の人間としての器が合致しなかったから、周りにとっては不幸なのかもしれないと思った。
総理の資質がない人間が総理になったので総理の在り方が判らない。
例えていうなら使い方を知らない子供が武器を持っているようなもので、喜んで振り回し周りをめちゃくちゃにするという感じか。
武器はもともと与えられていたがそれをうまく使う技術も才覚もなかったというのが今の安倍総理で、帝王の星に生まれたにしても見合う人間ではなかったという解釈を私はした。

生年月日などで機械的に運命を占う占術は、人間の資質までは占えないのではないだろうか。
そもそも善悪の基準は時代と共に変わるもので、魂的に良い悪いはないという。
仮に稀代の悪人で悪行の限りを尽くし捕まらず無事に死んだとしたら運命的には彼は強運だ。
非業の死を遂げたら悲運の持ち主だが、生きている間にどんなことをしても思い通りにやれたら運は強かったと言える。
そういう意味で現総理に限らず悪辣な指導者や独裁者ももし野望が果たせたなら強運の星を持っていたのかもしれない。

日本の現総理に関してはなまじ帝王の星を持ってしまったばかりに総理大臣になりひどい政治を行っているが、彼がどんな嘘と不正をしても総理の座に居座り周りが守り抜くのは彼の強運のせいだと思う。
そして強い星がマイナスに働き禍々しい強大な力を憑けてしまったから、帝王安倍教祖に国民は洗脳され安倍真理教というカルト集団になっているような気がする。

考え方としては機械的な占いは人間の資質や人間性には関係ないもので、強運の星でも持つ人自身にとっての強運なので善人は素晴らしい善をなし悪人は悪徳の限りを尽くせるというように解釈出来る。
運が強いというのは、自分にとっての運の強さというだけで残念ながら善いも悪いも関係ない。

同じ日に生まれても全く違う人生を辿るのはその人間の中身の違いからだ。
だからどんな星や運命を持って生まれたか以上に、自分の持っているいい星や運気を最大限に生かす生き方をこそ目指すべきではないだろうか。





魂の同胞

2018–05–14 (Mon) 16:23
ブログのテンプレートを変えてみた。
前から変えたかったのだがいまいちピンとくるものがなく3年余りも同じものを続けてきて、ようやく最近イメージ通りのものが見つかったので思い切って変えた。
もうすぐブログを始めて3年になるが最近は正直なところあまり書きたい内容もなく、義務感で更新するのも違うような気がして更新頻度が下がっていた。
一つは似たような内容を何度も書きたくないのもあるし、日記風なら簡単なのだがこれは日記ブログではないのでそのあたりの構成や推敲が結構時間がかかっていて、書こうと気合を入れなければできなくなっていたのがある。

しかしテンプレートもスマホ、PⅭ共に変えたのでまたマメに更新して行こうと思う。
ただしこれまで避けていた同じテーマを書く時には、多分以前と同じ内容の書き方をすることも増えてくるかもしれないのでご容赦願いたい。
人間の思考はそれほど変わらないので、私のスピリチュアルに対するスタンスは3年経ってもほぼ変化はない。

スピブログの中にはどんどん変節して行ったり、いきなり宗旨替えかと思うような驚くブログもある。
勿論霊的進化が進み変化していくのはよいが、逆の場合もあって段々読みたくなくなるブログもあったりする。
一つのブログを長い間読み続けていくとその書き手の変遷が分かり、下手な私小説を読むより面白い。
行間に滲み出る作者の人となりを読み解くのは、案外スピブログに限らずスピリチュアル能力開発の練習になるかもしれない。

マイナーな私のブログでも、たまに読者の方からメールを戴いたり実際にお会いしたりブレスレットを作ることもあった。
画家なのでそちらで一つの社会を持っているが、ここは全く違うスピリチュアル人間としての世界であって最近はどうも私生活は後者の人間関係が増えてしまった。
思えば4年前にスピリチュアルに覚醒して2年ほどかけていろいろなソウルメイトやソウルグループの人、もっと言えば一緒に宇宙から来たのではないかという仲間とも知り合いお互い必要な事を交換した。
結果自分のいくつかの過去生や人生の解明できなかった謎やライフパーパスも判ったり今世を紐解けたりもした。
の世界から俯瞰すれば偶然はなく全て必然で、予定調和だったようだ。
この3年沢山過去生で縁があった人達と知り合った。
ポジティブな関係もネガティブな関係もあったが、それは今生で何か気がついたり解決しなければならない人であり課題だったのだと思う。
この後もそういう人達との邂逅があるだろう。

私は仮面の絵を描き続けてるが、ヒプノセラピーで宇宙から来た仲間を描いていると潜在意識が言っていた。
もう30人以上も描いているが、皆一つの目的を持って一緒に来た同胞なのかもしれない。
私のは今後も彼等を探し続けていくのだろう。
どんな人が来てくれるのか楽しみだ。


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霊世界の見え方

2018–05–12 (Sat) 17:09
私はスピ人間の知り合いが何人もいるが、中でも職業にしている占い師や霊能者も複数いる。
彼等と話していて気が付くのはいわゆる視える人や霊能者と言われる人でも、実に様々な方法、角度、アプローチの仕方があるということだ。

例えば霊障と思しき問題があるとする。
数人に聞くと生霊だということは一致しているが、その見方、読み解き方が全く違う場合があって面食らうことがある。
つまりある形のものを真横から見るか真上から見るかでも見え方は違うし、何で出来ているのか、硬いか柔らかいか、害はあるかないかなど、見る角度、当てる焦点によって全く違う答えになったりするわけだ。

具体的に言うと生霊に取り憑かれている時、かなり執着の強い生霊で霊障も出ているのでどうにかしなければならないというのは各人同様の見解だ。
しかし生霊に取り憑かれて苦しめられている部分を見る人、生霊を飛ばした人間の状況を見る人、どうしてそうなったか原因を見る人、もっと遡って両者の因縁や前世の関係を見る人、それぞれ合わせるチャンネルが違うと見え方や読み解き方まで違ってくる。

一人で全て解明できればいいのだが、そこはいわゆる繋がっている見えない世界の存在や霊能者自身のフィルターが掛かるから、見え方や見える場所が異なっていたりする。
だからA占い師とB霊能者の言うことが違っても、どちらも間違っているとも合っているともいえない場合があって、解決方法もそれぞれのやり方で違っていても不思議ではないことになる。

誰でも困った時は複数の占い師に行くこともあるだろう。
私も自分のことは判らないので、いざとなったら信頼できる人2,3人に聞いてみて大体同じことを言ったらそうなのだと思うようにしているしほぼ外れたことはない。
見える人でも霊能者、アカシックリーダー、陰陽師、占い師、宇宙系と様々な人がいる。
いずれも知り合いがいるが、一番突飛なのは宇宙人で未来のビジョンをかなり見ていて、タイムラグがあっても当たっているそうだ。
突然降りてくるらしいが、話を聞いていると他のスピ人間とは全く視点が違うので、多分宇宙的規模の大きさで魂の世界のシステムを見ているのかもしれないと思う。
何度か話しているが、考え方自体も常識を超えているので私と似たような年齢でもいわゆる転生の少ないスターシードなのかもしれない。

スピに目覚める人は増えている。
スピブログなので見えない世界のことを書いてはいるが、しかし一番重要なのは誰でも人間をやりたくて来たのだからしっかり足を地に着けて生きる事だと思う。
何でも見えない世界のせいにしたり頼らず、まずは現実的な努力で問題解決を目指しそれでも駄目な時にはスピの力を借りるのがいいのではないだろうか。




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masquerade

Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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