神域での写真

2018–03–31 (Sat) 16:54
久しぶりに三峯神社へ行って来た。
今回は宿坊に一泊したのでゆっくりできたが、花粉症がひどく薬を飲んだら早々に眠ってしまい勿体ないことをした。
三峯神社は駅からバスで1時間15分かかる。
その間山を登って行くのだが、毎回バスに乗るとほぼ満員の乗客たちの大半が寝てしまう。
私も同様で何故か眠たくなり寝てしまうことが二度に一度はある。

スピリチュアルの世界では違う波動に触れると眠くなるというのがあって、これは良い方も悪い方も言えるようだが、三峯神社へ行く乗客たちが寝落ちするのは山自体が霊山と言われており強力な神社なのでその波動に触れるからだろう。
よく霊格の高い人と会ったり講演を聞いたりすると眠くなる場合があるが、これも自分にない波動を受けるかららしい。
同様にネガティブな波動を受けたり邪気に憑かれたりしても眠くなる。
眠ると大抵の邪気は落ちるそうだから、そういう意味もあるのかもしれない。
今回私は行きも帰りも眠くなりうとうとしたが、高い波動に当てられたのか、はたまた邪気を落としてもらったのか。

三峯神社は広い。
本殿のほかに末社摂社がたくさんあり、狼信仰と言われる狼の眷属を祀った御仮屋というお社もある。
高い場所には日本武尊の大きな銅像があり下界を睥睨している。
私個人としては御仮屋と日本武尊の銅像の場所が好きで、いつも長い時間を過ごす。
神社へ行った時は神様にお許しを願って写メを撮るのだが、今回は携帯を変えたのでどんな写り方をするのか興味があった。

私は神様も見えないし声も聞こえない。
よくスピブログで神社で神様とお話ししたとか御神木の声が聞こえたとかあるが、それは本当に神様なのか、自分のガイドや違うものの声なのかと疑問を感じることがある。
スピの常識として神様と名乗るものは信用しない方がいいというのはあるが、本当に話せる人もいるかもしれないからその可否はつけられない。
私の場合は何となく空気が違うとかぼんやり感じる程度だが、一つの目安としていわゆる蝶やトカゲ、鹿など神遣いが現れたり何かしら不思議な事があったら神様がいるのかもと思うことにしている。
それと写メを撮ると綺麗なフレアやゴーストが撮れる場合もそうだ。

逆光でコツさえ覚えれば誰でも光写真は撮れるが、日常の生活の場所ではなかなか撮れない。
私の場合は神社が多いが、それでも全ての神社で逆光の光写真が撮れるわけではない。
大抵はお社や御神木の辺りに写り込む。
ただ今回判明したことはスマホで撮っているのでスマホによって写り方や色合いが違うという事だった。

私は科学的に説明はついても、逆にレンズは人間の目では見えないエネルギーを拾うこともあると思っている。
今度は青系から緑系のスマホに変えたのでその色を反射しているのだろうから、紛れもなく逆光のフレアなのだが、それでも私は何かのエネルギーが写っているのではないかと考えている。
今回は御仮屋の動画を撮ってみた。

御仮屋動画

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占星術の奥深さ

2018–03–22 (Thu) 15:59
最近西洋占星術に興味が出て、詳しいホロスコープを作って調べている。
ネットで気になる所を調べ調べやっているが、出生図のホロスコープを作ってそこから読めることを読んでいる段階だ。
ホロスコープとは生まれた時の場所から見た星の位置図だが、12星座と太陽、火水木金土星、天王海王冥王星が載っている。
詳しいホロスコープにはこの他に小惑星や感受点もある。
星座と星と12に分割されたハウスというのが、それぞれがどこに位置するかで読んでいく。
また星同士が角度を作るのをアスペクトと言い、これにも意味があってそれも重要なポイントになる。

まだ自分のホロスコープを調べている段階だが、解釈方法が多岐にわたり幾つかの特徴をどう併せて読んでいくかは、手相やタロットカードのリーディングよりも奥行きが深く範囲が広い。
例えば天秤座の位置で3ハウスに金星が入っているとなると、天秤座の特徴と3ハウスの象意と金星の意味する部分を幾つかのパターンで組み合わせ解釈しなければならないので深い推察力と直感が必要になる。
結局統計術や算命系の占い、カード、手相などと同じで占術者のセンスやリーディング能力が大きな部分を占めるようだ。

今は無料ホロスコープでもかなり詳しいものがネットですぐ出て来る。
まず星やハウスの意味などを覚えた上で、位置が示すざっくりとした意味でもかなり当たっているように思う。
以前前世を幾つか知って自分の人生の考え方や価値観、行動様式や説明できない特徴などで腑に落ちることがいくつかあったが、このホロスコープでもその傾向が裏付けされるような配置になっていてちょっと驚いている。
ホロスコープは自分が選んでそこに生まれると言われている。
多分自分の人生をプログラムして生まれてくるとしたら、その星の位置の時に合わせて来たのかもしれない。

スピリチュアルを究めれば宇宙に行きつくようだが、ある意味星も人の魂と繋がっているとも考えられる。
壮大な話になってきたが、毎日12星座で占うテレビや雑誌の星占いは殆ど別物で、ホロスコープは個人の運命や運勢を占うものだと考えた方がいいだろう。
一番驚いたのは身近で短命だった人のホロスコープを出したときに、典型的な凶相になっていたことだ。
出した瞬間思わず声を上げてしまった程だ。

暫くはホロスコープにはまりそうな気がしている。笑


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物言えば唇寒し

2018–03–16 (Fri) 14:53
前回の記事で森友事件の改竄問題と安倍政権批判を書いた。
その記事についてコメントを頂いたのでコメントの返信をしようとしたのだが、「不正文なので送信できず」という表示が出てコメントの返信が出来なかった。
以下の文章である。

「全ては単純な構図だと思いますよ。
森友も加計も安倍総理が妻や友達のために側近を使って官僚を動かし政治的な優遇をしたという事です。
内閣人事局が官僚の首を押さえているので、官僚は逆らえず末端の役人が自殺するほどの不正をさせられていたというわけです。
とんでもない疑獄事件だと思います。
ニュースの編集する安倍総理を見ているだけでは彼の異常さはわかりません。」

何かのキーワードで引っかかったと思いいくつか試してみて
「末端の役人が自殺するほどの不正をさせられていた」
という文章に絞られた。
キーワードの羅列では送信できたので、多分文章のニュアンスまで解析しているのだろう。

FC2が自主規制したのかいわゆる自民党の指導が入ったのかはわからないが、正直このようなマイナーなブログでも監視されていたりネット全体にわたって政権批判や都合の悪い発言は言論統制をしているかもしれないことに直に遭遇し慄然とした。

それにしても森友事件で安倍総理と政権の嘘や欺瞞が次々と明らかになって、その走狗にされた財務省が罪を押し付けられている構図は大抵の国民なら気が付いているだろう。
ジャーナリズムは官邸に恫喝され委縮し顔色ばかり窺うようになっていたが、徐々に本来の「社会の木鐸」の役割を思い出しつつあるようだ。
にもかかわらずネットの言論をチェックし憲法に保障される表現の自由を侵すような今の政治、風潮には空恐ろしさを覚える。
多分この禁句ワードは政権に都合が悪いからごく最近規制しわけで、何とも姑息なやり方で逆に自分の罪を認めているという事にもなろう。

いやはや大変な国になってしまったものだと思う。

補足: 
この記事はアップできたのでブログの内容まで監視は及んでないようだ。
しかし、アメブロのようにブログ自体抹消される場合もあるので、突然ブログが消えたら作者のせいでない事だけは確かだ。笑




呪い返し

2018–03–14 (Wed) 17:39
政局が不運急を告げている。

安倍総理は朝日新聞を目の敵にしているが、つい最近も朝日新聞に対し森友記事についてFBで「哀れですね。朝日らしい惨めな言い訳。予想通りでした」と書いている。
一国の首相が一新聞社にこんな子供じみた言葉を吐くのもどうかと思うが、これが私は今回の朝日新聞のスクープに繫がり彼の命運を決める潮目になった気がする。

このコメントの内容と、個人FBに載せるという行為だけでも彼の稚拙な人間性が分かる。
つまりだれが考えても幼稚でエゴ丸出しの行いをこれまで散々国政の場でやって来て、余禄に与かる側近や官僚達も自分の利のために尻馬に乗ってやりたい放題をやっていたのがこの5年間の政権だろう。
都合のいいように数字や文書の捏造や改竄は当たり前で、普通の人間なら絶対にやらないことを権力というおもちゃを手に入れた子供が無理を通していく姿を見て、自分達もやっていいのだと暴走したのがこの内閣であり官僚達だろう。
公文書の改竄、捏造は今回問題になっている森友事件だけではない筈で、アベノミクスを自慢する数字も都合よく作らせたりしているのは先日の裁量労働のいい加減なデータを見ても推して知るべしだ。

普通に考えたら今回の問題でも過去の自民党政権ならとっくに内閣総辞職をしている事態だ。
しかし、麻生大臣他美味しい汁を吸ってきた者達は今や自分の責任回避のため保身に汲々として安倍総理を守るしかなくなっている。
自分達も一蓮托生だからだ。

厚顔無恥という言葉があるが、どうしてそんな見え透いた嘘やごまかしが出来るのか。
安倍総理は人格障害のサイコパスだという精神科医もいるから、普通の人間とは感覚が違うのは確かで、見ている方が恥ずかしくなるような幼稚なごまかしや嘘を平気で付いてその辻褄をお付きの者が合わせているという構図だったろう。
今回も国民の目を逸らすためオウム真理教の松本教祖と幹部の死刑を実行するようだが、何とあからさまな延命工作だろうか。

朝日新聞に向かって言った言葉はそのまま自分に返ってきたわけだ。
呪い返しというのがあるが、人を呪えば同じ力が自分に返って来るという意味だ。
朝日新聞に送った悪しきエネルギーは多分何倍にもなって今彼に返ってきているのだ。

彼はある意味物の怪に取り憑かれたのだろうが、そんな人間を5年間も総理にして子供じみた茶番を見せられている国民とそれさえも気が付かない国民は本当に不幸だ。



知らない幸せ

2018–03–04 (Sun) 16:03
世の中に知らない方が幸せな事がある。
「知らない幸せ、知った不幸」というが、例えば配偶者の浮気も知らない方が幸せだったりする。
私の知り合いで老齢になり夫が亡くなった後、その夫に愛人がいたと知って怒り狂った妻がいた。
どうせそこまで隠し通したのだったら知らない方が彼女の余生にとって幸せだったかもしれない。

真実を知りたがるのは人間の性で、特に私はどうしても真相を究明したい傾向があるので疑問を持ったらとことん追求する。
政治でも自分に関わる日常の事でも調べなければ気が済まないところがあって、その意味では政治や時事問題などはかなり詳しいかもしれない。
ただ、調べる時は色々な情報を集めて正しいと思うものを取捨選択する選別眼が必要だ。

物事の本質を見極める力こそが人間の器量だと思っているので、それにはこちらの方も知識としてのベースを持っていなければならないと思っている。
ずっと若い頃からそういうポリシーでやってきたが、これは結構自分を生きにくくさせている場合も往々にしてあった。
政治に無関心な人と話をしていても「裁量労働制」が「残業代ゼロ、労働時間無制限」になるという説明からしなければならなかったりすると徒労だけの会話になる。

最近は余計な事は知らない方が楽だと思うようになってきた。
多分大抵の人は普通に生活していけることを望んでいるのだろうから、それが脅かされない限りは他の事を考えても時間の無駄だし事実忙しくてその暇もないのだろう。
教科書通り「目の前にある幸せを大切に」ということだろう。

なまじ知ってしまったばかりに心を乱されたり気持ちが落ちてしまうようなことなら、知らない方が楽だ。
「見て見ぬふり」というのは日本人の悪しき習慣だが、これは一面自分を守るための処世術でもあるのかもしれない。
社会の不正を知って糾弾すればかえって自分が叩かれるのが世の中だ。
会社や組織も然り、身に降りかからない限りは知らないふりをしている人は多いし、あえて知るのを避けている場合もある。
良心があれば知ったら苦しいからだ。

物事の真相を知ろうと思えば覚悟がいる。
どこまで知りたいのか、知って耐えられるのか。
自分に影響がある事ならば尚更腹を括らねばならない。

反面「見て見ぬふり」は自分を守ってはいるが、悪事を助長する場合もある事だけは知っておく必要がある。
いじめなどはその典型で、いじめる人間も周りでそれを見て見ぬふりをする人間も同じ罪深さだと思う。

どこまでが「知らない幸せ」なのか迷うところだ。


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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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