自己存在証明

2017–06–28 (Wed) 17:35
自分は何のために生まれて来たのか、何故生きているのかを、皆一度は考えたことがあるだろう。
自我に目覚めると自分の存在を問うのは若かりし頃の通過儀礼だが、大人になり社会の垢にまみれるとそんなピュアな思いは消えてしまい、目先の生活や世俗的な目標のために精神世界など必要としなくなる。
大人になって自分の存在を問うのは、生きる事に疲れたり世の中の不条理に押し潰された時だ。
その時は青春時代と違ってに自分は何故生きているのかと考えれば、大抵はメンタルを病むか鬱への道へ一直線だ。

一部の人間はメンタルを病む寸前にスピリチュアルという精神世界に入り込むことがある。
スピリチュアルという括りではなくても、宗教や見えない世界の存在に気が付くということだ。

大抵は人生での大きな転機に起こる。
それも不可抗力で良くない出来事に見舞われた時だ。
どうしてこうなってしまったのか、何故だと考えた時、この世には自分の力ではどうしようもない事、人知の及ばない何かがあるという事に気が付く。

私の場合もいい歳になってから人生の大きな局面に遭遇し、もともとあったがそのままにしていたスピリチュアル的な感覚が開き出しいわゆる覚醒が始まった。
多分私の場合は覚醒して自分の人生、存在、この世に生まれた意味を理解する事によって、今後の生きる道筋を知る必要があったのだと思う。
覚醒はまだ続いている。

この数カ月はもうクリアしたと思っていた潜在意識を知り向き合わねばならない出来事が起こった。
自分の思考や行動様式がいかに潜在意識に影響されているかということを認識した時には驚愕しかなかった。
しかしそれを起点に今の自分を考えると全て辻褄が合い、まるで目から鱗のような感じだった。

例えば若い頃追いつめられて考えた自分に対するネガティブな願いが、今現実化していたりする。
過去生から持ち越した魂の呪縛と重なり、今生でも潜在意識に深く刻まれ長い年月を経て具現化してきたものもある。
精神世界は心理学とも重なる部分があり、人間の脳は宇宙だと言われる所以かもしれない。
私は自責と自己刑罰を魂の契約として持ち越してきているのでトリガーがあると無意識にそれを起動する。
だから、自分を許しその潜在意識を手放すことが今世のカルマ解消なのだと再認識した。

スピリチュアルは宇宙、神、霊魂など見えない世界を知る事だと思いがちだが、実は自分を内観し潜在意識を探って行けば魂や過去生にまで遡り結局同じ場所に行きつくことになる。

人生に疑問を持った時勿論神に救いを求めるのも一つの方法だが、自分の内側、即ち潜在意識や内在神とも言われるハイヤーセルフ、そして魂の姿を探ってみるといいかもしれない。
様々な疑問や謎が解けるだろう。
経験を積んだ後の人生への問いと答えは、精神世界から見ればかくも繋がっていて因果関係があったのかと驚くばかりである。




若くして死ぬということ

2017–06–25 (Sun) 16:20
歌舞伎役者の若い奥方が34歳の若さで二人の子供を残し亡くなった。
人間にはそれぞれ決めてきた大まかな寿命があるようだが、彼女の場合もその例に漏れないのだろう。

私見だが彼女は夫である歌舞伎役者の因業をすべて引き受けて持って行ったと思う。
もっと言えばそのために彼と結婚したのかもしれない。
多分彼女の方が彼の魂を守る役割を持ってこの世へ来たのだろう。

彼女が病気になった時、私は夫の捨てた女性達の怨念を受けたのだと思った。
結婚前の彼は決して褒められた行状ではなく、彼自身もやんちゃなどという言葉で済まされるものではないレベルで考え方や性格が未熟で傲慢だったと思う。
その驕り故女性を含め様々な人の怒りや怨嗟を集め、本人自身も喧嘩で大怪我をしている。
これは自業自得だが、彼は歌舞伎役者として歌舞伎界を背負って行かねばならない宿命があり、そういう意味では清濁併せた強力なエネルギーを持っている。

歌舞伎界は呪われているのではないかと思うほど不幸な事が続くが、実際かなりの障りがあるようだ。
そんな色々な要素が複合的に働いた上に夫のパワーが強すぎる故、跳ね返されたネガティブなエネルギーが彼女に行くことになったのだと思う。

しかしいずれにしてもそれは魂が織り込み済みだったことで、夫を人間的にも魂的にも育てることが彼女のミッションだったのだろう。
病の後半はブログを立ち上げ赤裸々に自分の病状や写真まで公開した。
死の二日前まで綴っているわけでまさに鬼気迫るものがあるが、私はブログを書き始めた時点で彼女は半分仏になっていたと思う。
事実余命はブログを書き始める時点でも危なかったようだ。

何十万もの人がブログを読んで、胸を痛めたりあるいは励まされたりしたことだろう。
その人達の祈りが大きな力となって、彼女の寿命を一年延ばしたような気がする。
その間彼女は見えない世界のメッセンジャーとして、人間の命と生き方を問い魂の根源に迫る深い感動と教えを伝えた。
勿論一番人として成長が必要だった夫のステージも引き上げた。

スピリチュアル業界では仕事としてライトワーカーが占いをしたりセラピーをしたりヒーリングをしている。
仕事だから当然対価を得るが、中には人を癒す、救うと言いつつ内心は違う人もいる。
私は本当に天の意を受けてこの世に来て仕事をしている人は、自分も自覚せず存在や生きていること自体で人を救い癒しエネルギーを与えているのではないかと思う。

そう考えるとブログを立ち上げてからの彼女は、自分の生き方を見せることによって多くの人々の魂を癒し導いた偉大なライトワーカーだったのではないだろうか。



波動の共鳴

2017–06–22 (Thu) 17:18
類は友を呼ぶという言葉があるが、これは現実の世界だけではなくスピリチュアルの世界でも同じことが言える。
エネルギー、波動が共通していると引き寄せられるわけだ。
不良グループがつるんで悪いことをするのも同じ波動が増幅してそれが連帯感になり、一人だと出来ないこともやってしまうようになる。

自分の周りは鏡だが友人関係人間関係でもグループのようなものが出来ると、属する者は必ずそこに共通した波動を持っている。
同調する波動が大きいほど連帯意識は強くなりそこに洗脳のようなことが起こり、一人ではしない筈のことも特にネガティブで低次元のことほど影響を受けて同じ意識行動になる。
仲間を抜けるときはその人間の波動、即ちステージが変わるので居ずらくなるとか相容れなくなるからだが、所属する集団が低ければ低いほどなかなか難しい。

類は友を呼ぶというのは今政治の世界でもリアルタイムで起きていて、昨日も安倍チルドレンと言われる女性議員の秘書への恫喝暴行のニュースが流れ音声も出回った。
これを聞いた時私は人間ではないような気がしたが、彼女は安倍総理が肩入れし可愛がった人物だ。
安倍総理を見ていると嘘を付きまくっている側近からその子分手下まで、常軌を逸したような普通の社会人としても失格している人材が集まっている。
レイプ、不倫、暴行、恫喝、変態とどれをとっても犯罪に抵触したり人倫に悖ることをしているが、一切お咎めなしなのでグループ内の人間はもはや何をしても許されると思っているし、そもそもそういう人間が集まって来るのだ。

人を見る時はその周りの人間を見るとわかると言うが、その通りだと思う。
配偶者、恋人、友人など仮にどうしても不釣り合いだと思った人がいるなら、何かその人自身も見えない部分を持っているのかもしれない。

様々な人間がいる。
皆自分の基準で判断するので、絶対にわかり合えない人というのは必ずいる。
私は今の政治で、偉くなりたい、威張りたい代議士、出世しか目のない官僚、そのためには不正もするし嘘なんて平気という人間達を嫌というほど見せられているが、彼等の気持ちは想像出来ても絶対にわかり合えない人間達だと思う。
私が一番嫌いな人種だからだ。
彼等の魂が修行のためかカルマのためか、今世がその人生になっているのはわかる。
そういう意味ではどんな生き方をしようがどんな価値基準を持とうがそれぞれの魂の在り方だが、人間としての私が生理的に嫌悪を感じるのはどうしようもない。

スピリチュアル的人間にも大局的にものを考える人間とあくまで自分を主として考える人間がいる。
前者は地震を軽減したり戦争災害などを防ぐために人知れず力を使っていたりするし、後者は自分や身の回りから変わればやがて世界も変わるというやり方だ。
それぞれ自分に見合った能力でこの世の務めを果たしているのだろう。
私には力などないが、今の日本を見ていて政治が堕落すれば国民も堕落するということはわかるので、何とかその流れが止まらないものかとそれだけは切に願っている。



オールドソウル

2017–06–19 (Mon) 17:44
宇宙由来の魂はインディゴチルドレン、クリスタルチルドレン、スターシード、スターピープルなど様々呼び方はあるが、それぞれ年代や特徴によってカテゴライズされている。
また出身星なども幾つかあって有名なのはシリウスやプレアデス、リラ、オリオンなどがあり、人間界でも群れを成していたり会社内でかつての宇宙戦争の続きをやっていたりする。笑
前世でも敵同士で折り合いが悪い上に出身星でも戦争していたとなれば、見た瞬間に敵意を抱いても仕方がないかもしれない。
妄想だが歴史上戦っていた戦国武将も実はオリオンとシリウスの代理戦争になっている可能性だってある。

スピリチュアルではかつての霊能者の世界観と違って、大本は宇宙という考え方が多い。
霊能者が霊視するのは死者や守護霊、背後霊、神仏だが、スピリチュアルのリーディングやチャネリングは本人自身の魂の由来や過去未来まで対象になる。
真偽は別にして私も信頼しているアカシックリーダーの女性に、最初に来た星から転生の場所回数まで教えられた。
その時はにわかには信じられなかったが、3年間の覚醒であながち間違っていないかも?と思うようにはなった。

中学生の頃星空を見ては帰りたいと思っていたし、誰かが迎えに来てくれればいいとも思っていたから、もしかしたら故郷はシリウスだったのかもしれない。
10代で修道院に入りたいと本気で思ったり、出家したいと思ったりした。
またヨーロッパの中世に異常に憧れ当時の風景や城にデジャブのようなものを覚えて、漫画家を目指して漫画を描いていた時は中世の衣装は調べなくても勝手に描けたくらいだ。

ここ3年で自分の前世がいくつか判り、いずれも修道院にいたり尼僧をやっていたり、ベネチアで仮面を被っていたのが分かった。
騎士で戦っていたり、裏切られ何度も同じ場所を刺されたり、もっと昔は非情なことの代償に自分の魂に契約の刻印をする悲壮な神官をやっていて、それが今なかなか解除できないカルマとなっている。
まあ、色々他にもあるのだろうが、今の人生に関係のある前世として出てきたものは悲惨な死に方をしていたり、義務と責任を背負ったきつい生き方だった。

かつて私はサウナが好きで毎日のように入って汗を出していたが、5分が6分とハードルを上げていきたくなりそれを達成するまでは絶対出ないというまるで修行僧のようなサウナオタクだった。
多分これは、こういう行動システムが潜在意識の中にあったのだろう。
自分を律しなければならない強迫観念があり、それに背くと罪悪感から自己刑罰を与えるのが潜在意識に組み込まれていると認識したのは、スピ的思考になって分かったことだった。
これを今何とか解除しようとしているが、現世で培ったものではなく魂自体の傷としてついてきているのでなかなか難しい。

宇宙由来の魂で転生も長い古い魂、そしてその記憶も幾つか思い出したとなると、とても人様に説明できるような人間ではなくなる。
他人になってこのブログを読んだら、「自分の事をあんな風に言っている人は信用できないし頭がおかしい」と思うだろう。
自分は神だ、というのも自分は宇宙から来た、と言うのも五十歩百歩かもしれない。
カミングアウトすると「危ない人」になるので普通の人を装っているが、最近はそれも面倒になってきたのでそろそろ無理をするのはやめようと思っている。
元々芸術家はそちら系も多いので、絵描きというのは怪しい人の免罪符になってくれそうだ。

まあ、今日の記事はスピ人間の妄想日記だと思ってスルーの方向で。笑


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死生観の転換

2017–06–17 (Sat) 16:56
神仏の存在を信じる人もいるだろうが、霊や魂、輪廻転生などは信じないという人が殆どだろう。
あるいは心のどこかにちょっとだけ「あるかも?」と思っていても、大人で社会人をやっているととても恥ずかしくて「見えない世界はある」などとは言えないものだ。
しかしそう公言しながらも、隠れて占いに行っていたりする。
大人になっても馬鹿にしつつ怖い話は盛り上がるし手相を観ましょうかというと、そんなのは当たらないからと否定する人はあまりないから、皆実は目に見えるものが全てではないと無意識にあるのかもしれない。

古来から物事を神に聞いたり占ったりするのは当たり前だったし、宗教は人間の歴史とは切り離せないものだった。
宗教は神という見えない存在を前提としている。
だから人類の遺伝子の中に見えない世界、見えない存在というのはインプットされているように思う。
無神論者も潜在意識、つまり魂レベルではその存在を認めていて、たまたまその人生では神を否定することが彼のテーマだったりする。

精神世界、見えない世界、あるいはスピリチュアルと呼んでもいいが、物理的な解釈では説明できない事柄は誰しも人生で何度かは経験しているだろう。
予感、第六感、虫の知らせまで否定する人はいないだろうし、これはそのまま見えない世界のメッセージでもある。

人間は大災害や大事故など命の危険に遭遇したり、自分の抗えない力で人生を変えられる時、価値観、人生観、死生観が変わる。
東北大震災で津波に飲み込まれた人も難を逃れた人もその画像を見た人も、人間の命や生と死を考えずにはいられなかった筈だ。
人は何故生まれ何故生きて何故死んでいくのか、何の不思議もなく考えもしなかったことを改めて突き付けられた人も多かったと思う。

3年前スピリチュアルにはっきり覚醒して自分の人生を俯瞰してみると、まるで謎解きゲームのように色々な事が分かり納得できた。
それは、魂という全く別の視点から見ることだった。
人間は輪廻転生する。
そう考えれば、今の自分の魂は無数の転生をしてきておりその情報を持っているわけである。
生まれる時その記憶は消去されるが、潜在意識の中に残っていたりあるいは今生の課題としてカルマを持ってくる。

勿論スピリチュアルなど関係ないという人生がある意味一番幸せなのかもしれないが、何かのきっかけでその扉が開いた時は自分にとってそれが必要でその時期が来たということだ。
確かにスピリチュアル的思考の功罪はある。
見えない世界と繋がることはもろ刃の剣でもある。
間違えれば自分を滅ぼし、人に害悪も与える。
あくまで使い方いかんであるが、自分がより良く生きていくためにという目的意識が必要だ。

見えない世界を認識するということは、そこにいる自分を守ってくれている存在も意識できるという事なのだから、それは僥倖だと思う。



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カルトとしての安倍政権

2017–06–15 (Thu) 17:08
共謀罪が成立した。
安倍政権の、規則を捻じ曲げる横紙破りもここに極まれりという展開だった。
もうナチスに匹敵するファシズムだ。

私がこの忌々しいドラマを見ていて一番不思議だったのは、自民党と公明、維新の議員が右倣えで安倍総理を守るために動いているということだ。
これまでの国会を見ていても総理をかばい嘘を付き続ける人間達は、魂を抜かれたように、あるいはロボットのように同じ方向を向いてボタンを押せば同じ反応を繰り返している感じだった。
彼等は完全に洗脳されていて何かに取り憑かているのではないだろうか。

勿論、中には狡猾に自分の欲や保身の目的意識で動いているつもりの人間もいるが、結果的には安倍総理をかばい守る統一行動をしているわけだから、結局カルトの信者と何ら違わない。
教祖とその取り巻き幹部の指示通り動いているだけだ。

彼等にはもはや自分で判断できないような麻痺を感じる。
まるで何かに操られる幽鬼の群れのようだ。

安倍総理が人間の仮面をかなぐり捨ててメンタル異常者の素性を出し始めた3年ほど前から、私はテレビに映る彼を見ると嫌悪感が走るようになった。
表情、喋り方、声に何かとても嫌らしいものを感じてしまうのだ。
最近はもう見るのもおぞましい。

彼を色々な角度から調べたことがあるが、嘘を付いても平気という幼少時代からサイコパス的な部分、頭脳学歴の劣等感や祖父の岸信介への異常なまでの崇拝、マザコンは特徴的だ。
傲慢、不遜、自己過大評価は劣等感の裏返しで、猜疑心が強く非情で卑怯だが、実は小心で政策も神頼みで複数の宗教者、スピリチュアル指導者に指示を仰いでいるのも事実のようだ。

彼は算命的には強運の持ち主で帝王と言ってもいい命数を持っている。
だからあの器でそんな強運の星のもとに生まれたのは何とも因果な話だ。
元々祖父の背後霊、母親の生き霊は憑けているが、そこに日本に無念を残した様々な怨霊が寄って来てついにはそれを束ねる禍々しい闇のものが憑いたのではないかと私は思っている。
頼った様々な呪術者の強力な力が集まり波動を同じくする見えないエネルギーが集まって、周りの者を洗脳、あるいは魂を抜き自分のエネルギーを注入しているような気がする。
生まれついた帝王的な命数にそのエネルギーが乗ってしまったわけだ。

一番恐ろしいのは日本中にその波動が伝播し、国民が洗脳されつつあるということだ。
安倍総理は何度も同じ言葉を使う。
口癖というにはあまりにも異常な使い方で、時にメディアの人間達がテレビで同じ言い回しをしたり国会でも与党も野党も同じ言い方をしているのを聞いて私はぞっとした。
「~まさに」「~なんだろうと」「~の中に置いて」というのは何年も前から彼の常套句だが、最近は国会答弁でも訳の分からない文章の中に多用するので何を言っているのか全く理解不能だ。

言霊は恐ろしい。
影響を受ける時、まず言い方や使う言葉が同じになって来るものだ。
「レッテル貼り」は得意だったがその次は「印象操作」。
これは繰り返しテレビから流れ活字に載り、国民は否応なく安倍総理の言葉を自分の中にインプットさせられる。
これが洗脳の始まりだ。

昨日ゾンビのように安倍総理の言いなりになって共謀罪を強引に成立させた議員達も報道を恣意的に曲げたマスコミも、完全にカルト教祖の盲信的な信者になっていた。
今の日本は安倍真理教の支配下にあると言っても過言ではない。
そして彼の後ろについている黒い禍々しいものは、今や見えない世界で日本を守ってきた天皇と皇太子まで駆逐しようとしている。

スピリチュアル的に見ても、今日本は危機的な状況にあると言えよう。



正義の行方

2017–06–14 (Wed) 15:20
最近の政治や社会の風潮を見ていると、当たり前だと思っていたことが通用しなくなっている空恐ろしさを感じる。
正義や正しいことは、一部の人間、特に権力を持っている者にとっては基準が大幅にずれているようだ。

国会を見ていてこの数か月、これほど国民を馬鹿にした政治、行政があるのかと憤慨を覚えずにはいられなかった。
安倍総理がサイコパス的人間だというのは精神科医からも指摘されているから彼に常識は通用しないが、それに群がり甘い汁を吸ってきた政治家、官僚は、元は高学歴で教養も学識もあったはずなのに、完全に権力という酒に酔って見え透いた嘘も詐欺のようなやり方も当然として行っている。

子供騙しのような滑稽な嘘を答弁しても彼等は何の痛痒も感じないほど感覚が麻痺してしまっているのか、それとももしかしたらあれが彼等の正しさなのかと絶望と共に思う。

前川前事務次官の出現によってまだ官僚にもまともな人がいて正義というものがあるのだと思ったが、その彼と彼に従い正義を通そうとする人達を奸計を巡らし陥れようとしている今の政権はあまりにもひどい。

官邸は官房機密費を使ってマスコミのトップと記者クラブを買収しまずメディアを押さえた。
政権の思い通りに出来るように三権の人事権を握り裁判官、検察、官僚と反対する者はヒラメ(上ばかり見ている=出世のためには何でもする)に変えた。
だから検察も明らかに犯罪である閣僚の収賄も立件しないし、レイプ事件を起こした安倍太鼓持ちの記者の逮捕も握り潰した。
前川氏の素行調査と出会い系バーリークも、反対分子の恫喝のために公安を使って政権がやらせていた。
芸能人でも評論家でも記者でも政府批判をしたら最悪消されるか、再起不能にさせられる。

今共謀罪を無理やり成立させようとしているが、これは政権への反対分子を潰すためでありかつての治安維持法と何ら変わらない。
例えば『原発のような国策を推進する企業に、SNS上で集団で批判を書き込む行為に共謀罪が適用される』そうだ。
言論の自由どころか言いたいことを言ったら罪にするというのがこの共謀罪なのだが、国民はテロを防げるならOKぐらいにしか思っておらず、それは政権の走狗になっているマスコミが正確な報道をしないのと、かつ政治に無関心な国民のせいでもある。
無知は罪だ。

スピリチュアル世界では善悪、正誤はなく、ジャッジはしないと言われる。
確かに時代時代によって正邪のボーダーは変わる。
安倍政権を守っている人間達も家族を守るため、仕事を守るためという己の正義で嘘もつくし法に抵触するような事もしているのかもしれないが、個人の正義と万人に共通する正義は違うはずだ。

人間には良心というものがある。
一部それが欠損している人も確かにいる。
しかし元々は持っていた良心が同調圧力で薄れ欠落していきつつあるのが、今の政治であり権力者達だと思う。
そしてそれを見ている国民も同化していき、正しいことが何なのかもわからなくなるのではないか。

あまりにも極端に振れると揺り戻しも激しい。
何事も帳尻が合うのが天の摂理だ。
あらゆる悪行を尽くしても畳の上で安らかに死ねる悪人もいるが、しかしその因果をどこかで彼は返さなければならない。
子孫だったり、次の世の自分だったり。
それは個人に限らず民族、国単位でも起こる。
日本の揺り戻しが大災害や戦争ではない事を祈るばかりだ。

この道はいつか来た道。
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闇の占い師

2017–06–11 (Sun) 19:40
最近はあまりなくなったがひと頃色々なスピリチュアル業界の人と知り合った。
占い師、セラピスト、アカシックリーダー、陰陽師など様々だ。

今でも関係が続いていて困った時には助けてくれる人もいるが、殆どは一度きりだったリ一時のものだったりした。
多くの事を学ばせてもらったし必要なことを与えてくれた人もいたが、中には混乱させられたり人間の裏面を見せられるような人もいた。
しかし後者とて後から考えたらその経験で私は学んだり成長できたと思っている。
時が経ってみればそんなネガティブな経験も、精神性を向上させるために必要だったのだと納得できる。

凄まじい修行をしてそのために生まれてきたような人もいれば、何となく霊能力のようなものがあり気が付いたら占い師になってた人もいるし、崇高な志で無私、利他の仕事をしている人もいれば金儲けや有名になりたくて占い師をやっている人もいる。

光系、闇系、グレーゾーンと各種各様だ。
どこと繋がっていてもある程度能力はあるし占いくらいは出来る。
有名になってお金が欲しいのは低次と繋がっているが、この種族は結構目先の事は当てたり何よりもリピーターを増やすため良いことしか言わないか、逆に悪いことばかりを言って脅す。
中には自分の能力を使って怪しげなものを憑けたり、邪魔者は排除するような術を飛ばす。
リピーターに憑依したり、競争相手に呪術を掛けたりするのもよくあるようだ。

まあ、この手の人たちが行く末どうなるかは自明の理だが、最近思うのは世の中には必要悪というものがあってある意味そういう人達も敢えてその役割をするためにやっている部分もあるのかもしれないということだ。
依存させられる方はたまったものではないが、もっと言えばそういう占い師と関わってしまったのも意味があって痛い目に遭い自分の愚を自覚するか、もろともに落ちていくかが試されているのかもしれない。

人間は登るのは大変だが落ちるのはあっという間だ。
占い師で有名になったら、大抵当初の志を忘れて堕落していく人が多い。
闇に染まるのも今生のカルマかもしれないが、お客を道連れにしてはいけない。

占いやスピリチュアルをビジネスの手段として割り切っている人は、ある意味白くも黒くもないのでわかりやすい。
一番困るのは人を助けたいと口では言いながら助けたいのは自分だけだったりする人達だ。
どの社会も偽善者はいるが、スピリチュアル業界では人の人生に関わることをしてしかも人を操る力もあったりするのだから、占い師やセラピストを選ぶ時はよく調べた方がいいだろう。


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自分を許す

2017–06–09 (Fri) 15:33
人間には生きて行く過程で様々な失敗や過ちがある。
その度、後悔したり反省したり自己嫌悪に陥る。
そこまでは人して普通の事だが、それを乗り越えまた新たに歩み出す時に充分自分の中で消化、昇華という工程を踏まず無理矢理抑圧したり封印したり存在さえも消去してしまうと、後々違う形で噴出してくる場合がある。

辛いことを忘れるのは自己防衛本能だが、その時の記憶、苦悩まで否定してしまうと、ずっと後になってからいわゆるトラウマになったり知らずに自己刑罰的なシステムを作ってしまい、病気になったりメンタルを病んだりする。

よくインナーチャイルドの開放などとスピ用語では使うが、今に至るまでの人生で辛かったり苦しかった時の自分を否定するのではなく肯定してあげる必要があるようだ。
誰でも未熟な時代、若かりし頃、いや中年になっても失敗はする。
大変な事態を引き起こしたり打ちのめされて立ち上がれないほどの苦境に陥ることもあるだろう。
結果、人を巻き込んだり人生も根こそぎ変わったりもう取り返しのつかないような事態になったとしても、何とか生きて今があったりする。
しかし失敗の数々は人生の蹉跌として受け入れられればいいが、完全拒否で人生の汚点と考える人も少なくない。

ただ、後になって顧みればその時の自分は本当にダメ人間だったのだろうか。
老成してからの基準ではどう考えても愚かだが、その時は必死で考えていたに違いない。
選択が失敗だったと悔やみ苦悩し打ちひしがれたろうが、精一杯のことをやってきたのではないか。
当時を思い出してみると、周りからも責められ自分自身も責め生きる事も辛くてのたうち回っている自分が見えるだろう。
しかし今があるのは、少なくともその経験を通り過ぎたからである。

失敗だったリ辛かった過去を全否定するのは内部でひずみを起こしやすい。
過去に戻ってもう一度見てみると、辛くても悲しくても精一杯生きていた自分もいるはずだ。
誰も助けてくれないし、失敗だからもちろん責められこそすれ褒めてはもらえない。
一人で苦しみを抱えそれでも懸命に頑張っていた過去の姿を見てみると、せめて今の自分は「そんなに苦しかったんだね、でもよく一人で頑張ったね」と慰め褒めてあげてもいいような気がする。

封印しようとしていれば尚更当時の自分の苦しい感情は潜在意識の中に生々しく残っている。
それは死ぬまで気が付かず、自分を蝕んでいくかもしれない。

今当時の自分を思い出すと、過ちも失敗も本人としては仕方がないことだと判るし、苦悩と自責に苛まれている姿もそれでも何とか頑張っている姿も可哀そうで抱きしめてやりたくなるはずだ。

人間は様々な失敗や過ちを経て魂も成長する。
辛い経験は魂の修行とカルマの解消だ。
その時その時で適切なメンタルの対応が出来ていればいいが、もし未消化のままなら過去を思い出し苦しくとも頑張ってきたその時の自分を褒めてやってはどうだろうか。



人生の旅

2017–06–08 (Thu) 16:44
人生は選択の連続である。
日常生活でも着る服から食べるものまで選択するし、行動や人生の大きな流れまで選択で成り立っている。
大抵は無意識に選択しているが実際に選択肢を突きつけられ選ばなければならないこともある。

スピ的には選択に迷ったら直感、ハートに聞く、あるいは二つの事柄を心の中で天秤にかけるイメージでなど、様々言われるが、そう簡単に行かないのが人間だ。
迷いに迷って占いや見えない世界の声を聞いてもらうという人も多いのではないか。
で、結論が出るかというと、こっちだとすっきり決まる場合もあれば、もやもやしたまま何となく決めてしまう場合もある。

現実的には人生に選択はつきものなのだから、選んだ道で後悔してあっちを選べばよかったと思っても後戻りはできない。
多分選ばなかった方を選んでも同じ思いをするかもしれないだろう。
つまり選んだ時点でそれは正しいか正しくないかではなくそう決まってしまったのだ。

人生にはざっくりとしたプランやゴールがあって、魂が決めて来ると言われる。
例えば今回の人生は「神に仕える」という目的であれば、神主でも僧侶でも神父でもいいし、宗教画を描いても毎日神社の境内を清掃してもいい。
形は違っても根底に神に携わることをしているというのであれば、「神に仕える」という大きな目的に沿った人生なわけだ。

だから選択に悩む時、どちらを選んでももしかしたら大局の目的、ゴールは同じで中身の細目が違うだけなのかもしれない。
二人に結婚を申し込まれてどちらの人にしようか悩んで一人を選んだとしても、子供を産んで育てるという今生の目的なら子供を授かって育て喜びを見出すだろうし、別れの苦しみを味わい成長するという目的ならどちらと結婚しても離婚することになるかもしれない。

話は逸れるが人間はある程度寿命が決まっていると言われる。
その時期が来るまでは死の危機に瀕しても死ななかったり、逆に大病を克服し生きながらえると思っても時期が来たら病気ではなく交通事故で亡くなる場合もある。
人生航路の選択は自由だが、どこに向かうか、そこで何を学ぶかは形こそ選べても己の魂が生まれる前に決めているのだろう。

スピリチュアル人間は私もそうだが、必ず起こることにスピリチュアル的意味を見出したがる。
確かに意味はあるかもしれないが、そればかりを考えて木を見て森を見ずになっても困る。
来たものは受け入れ選択は選んだ方で進むしかないのだ。

意味ばかり探していても意味はない。
目の前の現実に対処していけば、ずっと後になってそうだったのかと思うかもしれないが、答えはすぐには出ないだろう。
自分に起こったことから学んでいくためには不本意な事実でも誠実に向き合う必要があり、最善を尽くせばそれが霊的進化となっていずれ結果が出るはずだ。



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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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