ソウルメイトの役割

2017–01–29 (Sun) 18:01
ソウルメイトは誰でも聞いたことがあるかもしれないが、これは文字通り魂友、何度も転生の度に関わり合い深い絆で結ばれた魂の事である。
もっと大きな分類ではソウルグループというのもあるが、ソウルメイトはこのグループの中のより深い仲良しグループと例えられようか。

ソウルメイトというとすぐ男女の関係を想起するだろうが、これは同性同士の場合もあるし、家族、親子になる場合もあるようだ。
また一時濃厚な関係になってもお互いに必要なものを与え合って離れることもある。

ソウルメイトは双方にとっていい相手と思いがちだが、実は反対に学びのため対照的な性格だったリ反発し合う相手になって生まれることもあるらしい。
うまく行かない親子は、本当は親子としての修行のためにそれぞれ約束してこの世に生まれてきたソウルメイトだったという話もある。

確かに仲の良い親子より確執のある親子の方が色々な学びがあり、それを乗り越え互いを理解し許し合えたら素晴らしい霊的進化が得られるかもしれない。
人生の苦難を一緒に過ごした相手はそれがポジティブな形でもネガティブな形でもひょっとしたらソウルメイトで、自分の魂の成長に必要なものを与えてくれたのかもしれないのだ。

生涯で深く関わる相手はまず同じソウルグループの人であり、そのうちには確実にソウルメイトがいると思われる。
親子、家族でうまく行かない場合は前世のカルマや因縁も考えられるが、ひょっとしたら家族の修行としてあえてソウルメイト同士が役割を決め親子や兄弟に生まれてきた可能性もあるわけだ。
私自身も家族関係を考えると前世のカルマもあるだろうが、ひょっとしたらソウルメイトとして学びのために来たのではないかと思える部分もある。

家族の問題が解決したり全てを受け入れられるようになった時、うまく行かなかった家族関係も人としての魂の学びだったと気付く。
そんな親や兄弟は、自分の課題のためにいたソウルメイトだったのかもしれない。




不思議体験

2017–01–28 (Sat) 16:48
太宰府天満宮へ行って来た。
我ながらどうして天神様が好きなのだろうと思うが、何か御縁があるのは確かだろう。

去年偶然行くことになった香椎神宮へも参詣してきたのだが、一日でこの二カ所を回るハードスケジュールだった。
朝早く香椎神宮へ参り太宰府へ行く予定だったが、香椎神宮へ行く時に不思議な事があった。
ホテルのある天神から博多へ行き香椎神宮へJRで行く予定を組んだが、地下鉄を間違えて二駅引き返し博多駅で乗る予定の列車にやっと間に合ったと思ったところ、先の路線で人身事故がありその列車は博多止まりになってしまった。
幸い違う路線の電車でも行くことができたので、急遽そちらに変更し少し遅れながらも無事香椎神宮へ着くことが出来た。

最初は地下鉄を間違えたり列車が不通になったりツイていないと思ったが、よく考えたらもし地下鉄を乗り間違えて遅れなかったら、その一本前のJRに乗っており人身事故で足止めを食い香椎神宮には行かれなかったかもしれないわけだ。
これは逆に助けられたのだと思ったら、会いたかった弁財天様や後ろのガイド達が行かれるように道を作ってくれたのかもしれないと感謝せずにはいられなかった。

無事に香椎神宮へお参りできたし、予定通り太宰府へ行くこともできて天神様の祈祷も受け好きな牛の石像にも再会できた。
あとから思えば色々なタイミングが重なったように思う。
本当に神様に会いたいと思ったら会わせてくれるものなのだと、今回は身を持って体験し感激している。

朝に行った香椎神宮は清々しく、本殿に参拝した後弁財天様の前で少し見とれていた。
御縁を戴いたと感じることが出来たように思う。

天満宮はいつも通りの人の多さだが、神社は大勢の人が来ると神様も喜ぶらしい。
様々な人間が来るのだろうが、それを受け止めるだけの力が太宰府天満宮にはあるような気がする。
本殿の横と裏にある末社や摂社の場所に行くと、全く神気が変わるので最近はこちらの方も好きになっている。
去年見つけた古い牛の石像にまた会うと、とても嬉しい気持ちになり何度も頭を撫ぜてしまった。

寒さのせいか今年に入って腰が何となく痛かったのだが、帰ってきたらそれも治り神様達のおかげと思っている。
今年も縁を戴いた神社には出来る限りお参りさせてもらうつもりだ。
神社仏閣への参拝は、自分自身の浄化とヒーリングでは一番安全でいい方法だと考えている。

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スピリチュアル的属性

2017–01–24 (Tue) 17:44
神社仏閣へ行き出してから一年余りが経つが、神様にもそれぞれ相性のようなものがあってスピ系人間でも系統が違うようだ。
ここへきて偶然の一致というかやはり不思議に感じることに出会った。

今年の初夢で鞍馬山へ行く夢を見て来月行くことにしたのだが、私が懇意にしている陰陽師とアカシックレコードのリーダーが二人とも鞍馬山に縁が深いということが分かったのだ。
陰陽師は名前を聞いたら誰でも判る系譜の人だが幼少の頃から京都の鞍馬山の裏側で厳しい修行をさせられていたそうで、修行が終わって陰陽師の師である父親に貴船神社の側のお店で鮎のお茶漬けを食べさせてもらうのが楽しみだったと言っていた。
アカシックの若いリーダーの女性は京都に住んでいた時神社仏閣は興味がないのに、鞍馬寺だけは好きで何度か行ったと言って懐かしそうだった。

二人の話を聞いて偶然にしても何か通じるものがあるのだろうかと思わずにはいられなかった。
ソウルグループなのか同じ星の出身なのか地球での同じ仕事仲間なのか、とにかくスピリチュアルのスキルも分野も違うが同じ鞍馬山をキーにしているところは何か共通するものがあるのかもしれない。

よく神社でも伊勢系、出雲系と言われるが、神社仏閣ブログを読んでいると幾つかに属性が分かれるような気がする。
一方のブログで礼賛している神社が他方のブログでは否定的に書かれていたりしてどっちなんだと思う事があるが、多分どちらでもなく属性、相性の問題なのだろう。

また、龍神系、稲荷系、天狗系という分類の仕方も読んだことがあるが、これも当てはまる所があり結構的を得ているかもと思ってしまった。
龍神系の人は雨女雨男で稲荷系は晴れ女晴れ男というのは当たっている気がする。
天狗系の人は優秀だが傲慢で鼻が高くなるというのはそのものずばりで笑ってしまった。

しかし同じ龍神系でも伊勢系がいたり出雲系がいたりするから何とも複雑だ。
属性が分かったからどうなんだと言われそうだが、少なくとも私の場合は多分行って気持ちのいい神社やまた行きたくなる神社、何故か行くことになる神社が自分と相性がよく縁がある神社だと思うようになって、それが属性なのかもしれないと思っている。

しかし私の場合天神様の菅原道真公が何故か好きだが、多分学問の神様である所に惹かれたという単純な理由があるのかもしれない。
大国主命も好きなのだが、頭が良い人やイケメンが好きという実に安直な理由が成り立つと気が付いて思わず苦笑してしまった。

神様、申し訳ありません。


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普遍の理

2017–01–23 (Mon) 17:21
アメリカ合衆国はトランプ大統領が就任した。
グローバル化に反対し国益優先というスタンスだが、イギリスのEU離脱と同じ路線で国際協調より自分の国が大事というわかりやすさだ。
ヨーロッパも極右勢力が勢いづいて、かのドイツでもネオナチが湧いて来たりホロコーストはなかったとどこかの国のような歴史修正主義が出てきたりしている。
経済のグローバル化とは一部の巨大企業や金融勢力が国際的に経済を牛耳ることで決して政治的経済的に各国が協調することとは異なるのだが、そこを履き違えて自分の国は自分で守るという短絡的な考えになっている。
平たく言えば協力して損をするのは嫌だから協力しないということだが、この道はいつか来た道とデジャブを感じるのは私だけだろうか。

日本はアメリカのポチではあるが現政権は日本国内では独裁化が加速している。
「東京オリンピックは世界一安全です」と世界に向けて宣伝したのに、今は「共謀罪がなければ東京オリンピックは危険で出来ない」という誰が聞いても矛盾していることを言い出し、これまで二度不成立になった共謀罪を今国会で成立させようとしている。

共謀罪は悪事を企んだ時点で逮捕されるという、今までの犯罪を犯さない限り罪ではないという大前提を覆す法律だ。
これは戦時中の治安維持法と同じで、当時は「戦争反対」と何人かが集まって話しただけで特高に捕まり投獄され拷問を受けた。
小林多喜二が特高の拷問で死んだことは有名だが、言論の自由もなく密告が横行して罪なき人々が獄舎で不当な死を迎えたことは、もはや今の時代では遠い歴史の物語だしそれを知る日本人も少ないのではないだろうか。

先日友人と話した時、安倍政権が年金を株式投資で何兆円と溶かした事も、海外に行くた度に世界中に巨額の金をばら撒いている事も知らず、「安倍さんは外交がうまい」と言っていたが、私は今の平均的な日本人の姿を見たような気がした。
ネットも見ないし、政治にも関心がない人だ。
原発事故でドラム缶に入れて貯蔵する核廃棄物と同じ100ベクレルの食品を食べさせられていると教えたらさすがに驚いていたが、もう放射能はないから福島の物も食べて応援していたと聞き今度は私が驚いた。
政治は為政者が自分の都合のいいように事実を捻じ曲げたり我田引水的解釈をして、国民はそれを信じさせられる。

歴史は繰り返す。
それが人類の普遍の理であり、スピリチュアル的には予定調和になっているのだろう。
闇に落ちれば淘汰が起こりまた光が差すように、現実の世界も自浄作用が働くような気がする。

アメリカの政権交代で確実に世界は変化していくだろう。
出来れば日本は過去の過ちを繰り返さず、穏便に良き方向へ変わって行ってもらいたいものである。




不安と恐れの考え方

2017–01–22 (Sun) 17:43
人間には思い癖というものがある。
ポジティブに考える人、ネガティブに考える人、楽天的、悲観的。
スピリチュアルの世界ではポジティブが標榜されネガティブは否定される。
しかし人間である限り恐れや不安や心配は持って生まれた感情で、それを味わうのは人間の証明でありその存在を否定すれば人間としての修行もできないことになる。

問題はそれをどう克服しそれからどう学んでいくかなのだが、そこでそれぞれの個性や思考回路というものの違いが出て来る。
何でもネガティブやマイナスに考える人間もいれば、あくまで前向きにプラスに考える人間もいる。

スピリチュアルに覚醒すると、そのネガティブな部分がカルマとリンクしたりいわゆる魂の契約や思い癖になっているのではないかと原因を突き止めたくなる。
前世のカルマだったりご先祖様の影響だったり、ついている背後霊や何かに憑依されているせいかもと考える。
インナーチャイルドを癒そうとか過去生を浄化しようとか色々試みたくなるのがスピ人間だ。
しかし、人である限り人間関係の躓き、体の不調、トラブルは普通で、落ち込んだり心配で居ても立ってもいられなくなることは誰にでもある筈だ。

不安でたまらないのに、ネガティブになることが罪悪のようなスピリチュアル的思考をした場合、今度は葛藤でまた頭が混乱状態になる。

例えばどこかが痛くてなかなか治らないと不安になって来て、もしかして重大な病気ではないかと心配になる。
するとますます痛くなって来たりするが、病院でそれを否定されると痛みも軽減するのが人間だ。
現実の対処法とスピ的対処法は、適宜組み合わせて使うのがベストだ。
どうしてすぐ不安になるのだろうと、マイナスな思い癖の原因を知りたいなら過去生まで遡って知るのもいいが、知っても簡単に変えられるというものでもなく、それは条件が揃えばまたスイッチが入ってしまうかもしれない。

不安や恐れは人間の心を蝕むのも確かだが、それと付き合いそれをうまく操縦していくのが魂の学びのような気がする。
そして自分はどういう時にそうなるのか、どうしたらそれを解消できるのかというのをまず内観し、ネガティブを否定するのではなくネガティブを受け止め経験することも人間として必要なのだと開き直るぐらいになった方がいいのではないか。

スピリチュアルに覚醒して頭では分かってもアップダウンはあるし揺り戻しも激しい。
落ちた時はとことん落ちてもそのうち落ちる時の対処法が分かるし、ダウンの後はまた大きなアップがやって来る。

三歩進んで二歩下がっても一歩分は必ず前進している。




占い師は辛い

2017–01–20 (Fri) 17:30
占い師は人の人生に関わることになるので責任は重い。
軽いノリでちょっと手相を観てほしいぐらいのお客ならいいが、中にはメンタルを病んだり重い病気を抱えたり、背負っているものが厄介なお客もいる。
藁にも縋る気持ちで占いに来るクライアントには慎重に対処しなければならないし言葉を選ばなければならない。

鑑定者も仕事ではあるが、全身全霊で取り組もうとすれば身が持たないのでそこは線引きが必要となる。
鑑定でも引き寄せの法則や鏡の法則は当てはまり、鑑定師と似たような波動の客が来る場合が多い。
私もふらりと入った占いで、占い師と友達になったことが何度かある。

占いを生業にして人気もある占い師は客と個人的な接触は一切取らないというスタイルを徹底させている人が多いが、駆け出しだったリ専業でなければ前者はお客を増やすため、後者は仕事としてのボーダーが曖昧でお客と個人的な関係になる場合がある。

勿論友人になって一個人として付き合うのはいいが、これが男女の場合は何かとトラブルが付きまとう。
かつて知り合いだった女性霊能者は、男性と同棲していた時も随分とその彼に能力を使わされたらしい。
仕事に彼女の霊能を利用して、彼女のリーディングが当たり結構な成功を収めたようだが、段々彼女はそれに疎外感を持つようになったと言っていた。
いわゆる霊能コンサルを無料で彼氏にしていたわけだが、彼はその能力を含めて彼女を好きになったのだろう。

男性占い師がお客の女性を食い物にしたり、逆に男でも女でも異性のお客にストーカーのように付き纏われることはよく聞く。
占い依存症は男女の場合は恋愛感情が絡む場合が多い。

先日も知り合いになった若い男性占い師に、女性客との恋愛トラブルの話を聞いた。
見えない世界を見るようになると前世の関わりなども普通の人よりも大きな位置を占めるから、人との付き合い方や関係も特殊なものになってしまいがちだ。
お互い気が合うと前世で何かあったねとかツインソウルかもと期待して、それで恋愛感情と錯覚してしまう場合がある。
その占い師の彼は最初はお客の彼女とは前世の縁だと思ったらしい。
結局うまく行かなかったと言っていたが、私はその彼に最初にリーディングした時判らなかったのかと聞いたら、「よくわからなかった」と言っていて、占い師は自分の事はフィルターが掛かるというのはやはり本当だと苦笑した。

若いのだから占い師の修行と考え同じ轍は踏まないでねと言ったが、スピリチュアルを理解する人間が陥りやすい「前世の関係」「ソウルメイト」「ツインソウル」というトラップには気を付けなければいけない。
実証できないものだから思い込むのも危険だし、仮にそうだとしても前世と今世は違うのだからそれに囚われる必要は全くない。
最初にそれありきではなく、後からそうだったかも程度でいいと思う。

占い師もなかなか大変だ。




循環

2017–01–18 (Wed) 18:17
最近何かのブログを読んでいたら、「人生の前半は得て蓄える時期、後半は整理して手放す時期」という意味合いの文章があった。
言い得て妙だと思った。

若い頃はあれもこれも欲しい、しかし与えることは考えないしなかなか出来ない。
人生の半ばを過ぎるとある程度その貯めたものを周りに配っていけるようになる。

人は裸で生まれ産湯を使い、死んだら裸で湯灌をされあの世へ旅立つ。
何一つ持たずこの世に来て様々なものを得て、またそれを手放し手ぶらであの世へ帰る。

人間には欲があり捨てるということがなかなか難しい。
しかし捨てるということは無に帰すという事ではなく人に与える、還元すると考えれば手放すということは意味のあることだと考えられる。

喜捨という仏教用語があるが、托鉢僧にお金を寄付して天に貯金をするという意味だ。
陰徳を積むということだが、それは意図しなくても電車で席を譲ったりゴミを拾ってゴミ箱に入れるだけでも陰徳になる。
天に貯金をしてもいいし人に貯金をしてもいい。

誰かに親切にしたり助けたり、贈り物をしても同じだ。
見返りを期待してやったことではなくても、すげなくされてがっかりしたりすることもあるが結果ではなく行為が大事だ。

誰かに何かをしてあげた時直接その人から形として返ってこなくても、そのエネルギーは回り回って違う形で必ず返って来る。
物を贈ったら物で返ってこなくても感謝の気持ちが運気を上げてくれたり、面倒を見てあげたら自分の子供が違う誰かに世話になるかもしれない。

人の感謝の気持ちほどエネルギーを与えてくれるものはないのではないかと最近思うようになった。
私も相手から直接返ってこなくても違う形で御礼は戴いていると気が付くことがある。
天は見ているのだ。

貰うより与える方に、溜めるより手放す方に人間の人生は推移する。
それが自然の流れであり、その過程でエネルギーの循環というのをスムーズにしていけば、最後に霊的成長というお土産を持ってあの世へ行けるのだと思う。




霊格

2017–01–17 (Tue) 17:05
先日所属する美術団体のグループ展があって絵の仲間と顔を合わせた。
久しぶりに現実世界へ戻ったような気がしたが、相も変わらずの人間模様だった。

美術団体も組織であるからドロドロした部分がある。
かつて日展の審査の不正が露見し糾弾されたことがあったが、どこの団体も似たようなものでそれは日展クラスから地方のマイナーな団体まで規模は違っても同じだ。
あからさまな金品の授受から審査員の絵を買ったり人間関係を作って頼み込んだり。
実力だけの世界でないことは皆が知っているが、それは組織の必要悪として存在している。

去年横紙破りな事をした人が身近にもいて、仲の良い絵描きが先日その話をしていた。
かなり憤慨していたようだが、私はもうどうでもいいことなので相槌を打ちながら「魂的には子供なのだから仕方がない」と思っていた。

少し前までは私は道理に合わないことは許せなかったが、スピリチュアル的視点を持つようになって、それぞれの魂がその生き方を選んできたのだから犯罪に抵触したり自分に害を及ぼさない限り、本人の自由だと思うようになった。
金で欲しい物が手に入ると思っている人間は金で人の恨みを買うのがカルマだし、気が付かなければそれを来世に持ち越すことになるだろう。

若かった頃の私は社会悪や不当権力が許せず義憤にかられ戦ったが、今は腐敗した政治の世界さえ冷めて眺めるようになってしまった。
そして大抵の事は許容できるようになった気がする。
どんな人間も自分の魂のレベルで必死で生きているのだと思うようになったのだ。
社会的常識ではなく魂として見た場合、人の生き方に優劣はつけられないのではないか。
判断できるのは霊格だけだ。

社会には様々な人間がいて善人と悪人、低俗な人高尚な人、光と闇、明と暗、そしてどちらにも振れるグレーゾーンの人達もいる。
各自が今世人間に生まれて決めたパートを務めているに過ぎない。
それぞれの生き方の中で、どう気付き学び、魂を成長させ霊格を上げて行くかが人間として生まれた目的だろう。

話した絵の仲間は去年大怪我をして自分を見つめ直す機会があった人で、そんな話をしたら何となく判ってくれたようだった。
スピリチュアルには関係なかった人だが、怪我がきっかけで精神世界を見つめ見えない世界の存在を信じるようになったと言っていた。
類は友を呼ぶというか、彼女とはやはり波動が似てきたので引き寄せ合うらしい。

誰でも一生懸命生きている。

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災難は啓示

2017–01–14 (Sat) 16:04
私は知り合いなどに頼まれてパワーストーンブレスレットを作る時があるが、先日も以前作った人に頼まれてその友人のを作ることになった。
邪気払いと健康アップストーンで組んで欲しいと頼まれた。

普通はご本人に会って話を聞きスピ的に判ったことなどを伝え相応しいと思うのを組むのだが、急いでいるらしいので組んだのを持って行くことになった。
紹介者と3人で会う予定だったが、当日の会う直前彼女にアクシデントがあって来られなくなったと紹介者から連絡が来た。

そのメールを受け取ったのはたまたま龍神の神社へ今年初のお参りに行って、神様達に一通り新年のご挨拶をし終わった時だった。
神社へお参りした足で彼女に会ってブレスを渡す予定だったが、実はなんとなく会えないのではないかと前日あたりからぼんやり予感があった。
アクシデントは飼い猫のいたずらで部屋が水浸しになり大変なことになったそうだ。

ご本人も邪魔されたようだと言っていたらしいが、私もやっぱりと思ってしまった。
その後紹介者に会ってブレスは渡したが、この意味を考えてみた。
私に会わせたくない彼女の何かが邪魔したのか、もしかしたら逆に私の方で彼女には会わない方がいいという事なのか。
奇しくも龍神の神社の中で参拝を終えた後連絡を受け、理由が水というのは偶然だろうかとは考えた。

人間が不運に見舞われたり逆境に陥る時は必ず理由がある。
それも自分側にもだ。
突然災難に遭ったと思っても、その伏線として必ずそれを惹起するような流れを自分が作っている。
そして、何か人生で厄難が来た時は、改め変えなさいという天や守護達の知らせだ。
それに気が付かずいつも自分は被害者で自分は悪くないと思っている場合は、何度でも同じ状況がやって来る。

悪霊や生霊に憑依されてもそれを呼び寄せた原因があり、そこを解決し変わらなければ祓っても除霊してもまた同じようなものに憑かれてしまう。
つまり身に降りかかる災難や不幸はある意味自分が招いた部分があって、それで考え方なり生き方なりを変え霊的な成長をしなさいという警告だと思っていい。
それが出来た人間はカルマが解消出来たり魂のステージが上がり、より良い人生を送れるだろうし天や守護の加護も強くなるだろう。

ブレスを渡してから、ふと私は「水浸し」というのは「水→流す→浄化」ではないかと閃いた。
幾つにも意味があるアクシデントだったのかもしれない。

人生で上手くいかない時は、自分の生き方や魂の在り方が問われているのではないだろうか。




「悪い気」をもらう

2017–01–11 (Wed) 17:29
よく悪い気を貰う、という言い方をする。
特にスピ的知識があると波動やエネルギーや見えない世界の視点から考えて、人間関係が上手く行かなかったり体調不良になったり運気が落ちたと感じると、何か悪いものや悪い気を貰ったのではないか、憑依されたのではないかと思ってしまう。

私自身もスピリチュアル的になってきたら確かに人混みや大勢の集まる場所、仕事上の欲得がぶつかり合うような人間関係は負のエネルギーを受けて疲れてしまうことがある。
スピリチュアルカウンセリングをしたり、知り合いからその手の相談を受けても真剣になればなるほど相手のネガティブ波動や憑けているものを貰って調子が悪くなり、自分で作った最強の邪気払いのパワーストーンブレスレットを付けても無理だったりする。

多分それは相手と真剣になればなるほど気を通じ合ってしまうので、いくら邪気払いを身に付けても自分自身がゲートを開いてしまうからだ。
だからビジネスでセッションや鑑定をしている人は、逆に相手からの気を入れない術を身に付けないと体が持たないだろう。

確かに人間にはネガティブエネルギーが服を着て歩いているような人や因縁だらけで自縄自縛になっている人、また人を食べてしまうエネルギーバンパイアもいて、例えば仕事の同僚がそんな人だと弱い人はたまったものではない。

負の波動は貰うし、もしかしたら憑けている変なものも飛び乗って来たり、こちらのエネルギーも吸われ放題で運気も落ちて体調も崩れるだろう。
友達なら切ってしまえるが職場だとそうはいかない。

しかし、どんな人でも人生の一時期そういう人間と知り合うという事は、大きな目で見れば魂の学びなのである。
自分の周りは鏡という法則があるが、どこかで自分がその相手と波長が合ってしまったから気を取られたり悪い気を貰ったりすることになって、苦しい思いをする。
それは人生の試練であって、それを乗り越えて成長するという魂のトライであり天の試験だ。

大変な相手と会ってしまった時、そしてその解決方法にはスピリチュアル的にはいくつかのパターンがある。
職場の人間関係で悩んだりいじめられたりした時は、まず自分が変わらなければ関係も変わらない。
何故なら同じ何かを持っていて共鳴してしまったからだ。
また、そんな次元ではない禍々しいものを抱えた相手なら、それは距離を置くしかないし自分を守るためには環境を変えるしかない。
今一つは、そこにはもういる必要がないという上からの報せで、あえて耐えられないほどの人間関係を作るケースもある。
しかしどれも何らかの意味のある引き寄せで、結果的には変わりなさいという警告なのだ。

結局嫌な人と知り合ったり苦しいことや辛いことがあっても、それはその時必要だから来たのであって、そこから自分自身が何を学ぶかなのだと思う。
そしてその課題がクリアできないと同じようなことがまた起こる。
自分の霊的成長があれば、波動が合わなくなるからそんな負の人たちは側に来なくなるし、いても関わらずに済むようになる。

自分の置かれた環境、周りの人間模様、全ては自分自身の魂が求める必然なのかもしれない。
エネルギーバンパイアと会うのも、悪霊に憑依されるのも、またそれに打ち勝つのも、全ては自分のロウワー、ハイヤーの導きだと考えたら、まず相手より自分自身の成長とステージアップを目指すべきだろう。



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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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