必然とスピリチュアル

2016–12–20 (Tue) 17:14
昨日は三峯神社へ行って来た。
今年はもう行く予定はなかったのだが、突然行くことになりそれも日帰りでという強行軍だった。
私が以前「気のお守り」を買ってきてあげた身内がいる。
それを水で濡らしてしまい、ちゃんと参拝して交換してもらいたいと言っていたのだが、中々チャンスがなくて、一度は計画したにもかかわらず実現していなかった。
三峯神社は行きたくても拒まれて行けない人がいると言われるが、彼女もそうではないかと心配になり休みが取れたというので勧めてみたところ連れて行くことになったのだった。

片道4時間半で神社にいられるのが3時間というハードな行程だが、急遽行くことになったから無事に行って来られる筈だと思い、有難いことにその通り天気にも恵まれ殆どすべてを網羅出来た一日だった。
年末の平日のせいか参拝客も少なく、連れは祈祷もして貰ったがその時は一人きりでこの規模の神社では滅多にないことだ。

やはり三峯神社は凄いと鳥居をくぐった瞬間感じる。
全く空気が変わるからだ。
広い境内の沢山の神様の一つ一つに手を合わせ、中でも私の好きな狼様を祀るお仮屋と日本武尊の銅像の前ではしばらくの時間を過ごすことが出来た。
宿坊の食堂で名物料理を食べ、祈祷してもらい無事にお守りを交換してお神籤を引いた連れは大吉が出て喜んでいた。
二人で狼様のぬいぐるみを買って、本物の狼様の代わりになってほしいねと話しながら帰宅出来た。

この一年突然神社へ行くようになって気が付いたらいくつかの崇敬する神社に縁を頂いたが、何となく私にはそれが必要で、だから行くことになり、それもそこの神様との不思議な繋がりにより何かスピリチュアル的に学ばなければならないのかもしれないと思っている。

今後私が何かやることがあるのだとしたら、多分その道筋として神社へ行くことは必然なのかもしれない。
この文章を書いていたら「そのうちにわかる」という感覚が来た。
少なくとも私にとってスピリチュアルに覚醒する前から絵を描くことはライフパーパスで、覚醒した後は同時にスピリチュアルワークにもなっているが、この他にも何かあるような気はしている。

しかし私の使命は何?などと言う大それた考えはないし人として生きて行くことが常に基本にあって、そこを冒さない範囲で何か役に立つことが出来ればと思っている程度だ。

これから世の中は変わり人間や地球も変わって行くだろう。
それはとりもなおさず魂レベルでも変化が求められるということだ。
少なくないスピリチュアリストが言っているように淘汰は起こるかもしれないし、それも今の地球の時期としては不可避なのかもしれない。
自分の魂はこの世に受肉してどう生きて来たか、どう生きていくべきか今一度見詰め直してみてもいいのではないだろうか。

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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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