幽鬼の群れ

2016–10–30 (Sun) 17:19
10月31日はハロウィンだがおめでたい日本人は商業ベースに乗せられて年々仮装してお祭り騒ぎをするようになっている。
そもそも年に一度外に出てくる悪魔や悪霊を追い払うという日なのだが、日本では悪魔や怪物の格好をして馬鹿騒ぎをするお祭りになってしまったようだ。

最近アメリカではピエロが出没して人々を震撼させており、ピエロ恐怖症になる国民がいるようだ。
そのおかげでハロウィンを怖がるアメリカ人もいるらしい。
愉快犯が人々の恐怖を誘ってパニックになっているようだが、元来魔物的なものを真似ることはそちらの波動と同期してしまうということを知っておくべきだと思う。

ハロウィンは精霊や妖精、悪霊や魔物など古代ケルト人がその存在を認識していて始めたものだ。
実際仮装して騒いでいる人達はそのような存在など信じていないから出来るのだろうが、本当にいるのだとしたら彼等を喜ばせ誘い出すだけだと思われる。

悪魔崇拝の儀式だと断ずる向きもあるが、あながち間違っていないだろう。
肝試しに行って悪霊に憑依されるのを大規模な集団でやっているような感じだ。
個々人にその手のものが乗るかどうかはわからないが、大きな集合意識として闇的なものに同期してしまう危険性はあり、スピリチュアル的には極めて危ないと私は思っている。

実際アメリカでもハロウィンの時期は事件が起こったり仮装した人間が必ず行方不明になっている。
日本はなんちゃってハロウィンだからまだ具体的な事象は起こっていないが、集団的に禍々しいものと繋がりはしないかという気持ちで見てしまう。

人間が意識しなくても見えない世界と繋がるのは色々な方法がある。
神と繋がるためには洋の東西を問わず決まった格好がある。
僧侶、神主、神父、司祭、それぞれ衣装をまとってそれを依り代に神と繋がるといっても過言ではない。

だからもし悪魔と繋がりたければ悪魔の好む格好をすればいいし、悪霊を呼びたければ悪霊の真似をすれば集まってくるかもしれない。
強引な解釈なのはわかっているが、どうも私的には渋谷や六本木の魔物に仮装した集団は、本人にもその場所にも危険のような気がする。
まるで幽鬼の群れに見えて仕方がないのだ。




神様は教えてくれる

2016–10–29 (Sat) 17:11
ここ数日自分自身についてのトラブルが起こりどうしたものか思案していた。
人様のことはある程度分かっても、自分のことになると感情のフィルターがかかり直感が曇りいつの間にか完全妄想世界になっていたりする。
さんざん悩むのだが、結論的には最初の直感が当たっていることが多い。
いつもながら自分に一番スピリチュアルの英知を適用できない愚かさに嘆息する。
まあ、それも人間の修行かもしれないが。

問題に困惑していた時たまたま知り合った若い占い師の人と前からランチの予定があり、ついでに見てもらったら、最初の直感通りの答えが来た。
自分で分かっているじゃないかという話だが、私には常に再確認の必要があって、その都度それをしてくれる人がいたり現れたりする。
今回はそれでもまだ半信半疑で、こんなブログを書いていっぱしのことを言っていてもちっとも実践できていないと他人なら絶対突っ込みを入れたくなる体たらくだった。

次の日は知り合いの陰陽師に会う約束だったので、カオス状態の頭を抱え地下街を歩いていて時間調整をしていたところ書店でふと見かけたのが「成功者は皆神社へ行っている」という本だった。(この題名はうろ覚えなので確かではない)
それを見た時私はなぜか打たれたようにはっとした。
『神社へ行っている』という部分が飛び込んできたのだ。

これは偶然ではなく頭が混乱している私に、神様が教えてくれたような気がした。
神社へ行っているのだから悩まなくても大丈夫だ、と。
実は24,25日とまた三峯神社へも行って来たところだった。

私はスピリチュアルに覚醒した今でも、スイッチが入るとフラッシュバックする思い癖がある。
何とかそれを過去生や魂レベルで手放したいと思っているが、未だならずが今回のトラブルでも証明されていた。

その時は神社や神様の存在も頭になかったが、ちゃんと神様は存在をアピールしてくれたのではないかと思わずにはいられなかった。
陰陽師と話してやはり私の直感通り、若い占い師の言う通り、問題は解決した。

今回私があの本を見つけた偶然は、ガイドのおかげか神様のおかげかはわからないが、はっきりとサインだと感じた。

おかげで無事にトラブルも収まりそうだし、何よりも自分の中での心の解決があった。
まだまだ言うは易し行うは難しの部分があるが、図らずも向こうから示してくれたので本当に涙が出るほど有難かった。

来月は太宰府天満宮に行くことにしているので、今度は天神様に会えると、嬉しい気持ちになっている。




魂の使命

2016–10–26 (Wed) 17:12
スピリチュアルに覚醒したり視点が変わるとまず自分は何のために生まれて来たのか、この世での自分のなすべきことは何なのかを考えるようになる。
見えない世界や魂、輪廻転生などスピ世界を知れば当然湧く疑問だろう。
まして大抵は何か悩みを抱えたり人生の局面だったというきっかけが多いから、当然その問題を解き明かすために人生や己自身を顧みる。

もちろん私もそうだった。
様々な問題やこれまでの人生の謎解きも出来たし、今回の魂の課題も見えたような気がする。
ここでスピに足を踏み入れた人が誰でも聞く質問に「私の使命は何ですか?」がある。
当初私自身も模索したことがあったが、今は人様にも自分自身にも言っている。
それは、人間として生まれたのだから人間を全うすることだと。

魂はこの時期、この自分を選んで転生してきた。
今の時代、今の暮らし、そこで人間として人生を経験するために来て、その中で魂の持っているカルマや課題を解消消化して霊的成長をし魂の進化を果たしてまたあの世へと戻っていく。
それぞれの魂の選んだ様々な人生があり、それをプログラムした通りこなして終わるのが使命、つまり人間として精一杯生きるのが魂の目的だと思っている。

確かに人類の救済や指導者となる特殊なミッションを持った魂もあるが、それは結果としてそうだったとわかればいいのであって、得てしてそういう人は本人自身が気が付いていない場合が多い。
市井の中でも多くの人を助けていたり、特殊な分野で活躍したり、世のため人のためになることをしている人も初めに使命感ありきではないだろう。
そういう人達も人間として生きているからそれが出来るのだ。
だから誰でもまず人間として生きること、人としての全ての感情、経験を味わう事が魂の使命ではないだろうか。

ワンダラーもスターシードもインディゴもアースエンジェルも、人に生まれたのだから最低限人間というミッションをこなさなければいけない。
最近私はハイヤーかメインガイドかに言われたことがある。
「人間に生まれたのだから生きていることを楽しみなさい、また人間になりたくて来たのだから」

私の場合ややもすると悲壮感満載の輪廻転生だったようだが、今回も人間なのでまずは人として魂が計画してきた人生を全うしたい。



前世の縁

2016–10–23 (Sun) 16:27
昨日久しぶりに昔の趣味の仲間と会った。
スピリチュアルに覚醒し自然にフェードアウトしてしまった人達だ。
もう付き合うこともないと思っていたが、久しぶりに連絡がありそのうちの二人と会った。

かつては月一ぐらいで趣味の集まりをしていたが、私自身が変わってしまったのでもう必要を感じなくなっていた。
何があったというわけではないが段々その人達との会話がつまらないものになり、同時にこちらも違う方に目が向き自然と疎遠になってしまったのだ。
かつての集まりはもうなくなっていたが、久しぶりに会おうということになったらしくお呼びがかかった。

しかしやはり近況報告の後の会話は続けるのが難しいくらいで、私はもうこの人たちの仲間ではないという事を感じずにはいられなかった。
彼等とも一時縁があって楽しい時間を過ごした。
今も彼等は変わっておらず同じ生活、同じ趣味を続けているようだが、私は生活自体は変わらなくても興味の対象や考え方が変わってしまったので、一度は軌道を同じくしていた人達とのレールも別方向へ向かっているのを一抹の淋しさとともに実感した。

スピリチュアルに覚醒すると人間関係は変わっていく。
あからさまではなくても、一緒にいた人達との時間や会話が段々空疎なものになって来る。
喧嘩や嫌なことがあったわけでなくても、何となく連絡が間遠になったりしてそのうち縁が切れてしまう。
その代わり違う人と知り合ったり、いつの間にか周りの人間関係も景色も全く違ってしまうようだ。

ずっと続いて行く親友などは深い縁を持った別の関係だろうが、一時親しくなっても離れていく人たちはその時の必然が終わりどちらかのステージが変わったからなのだろう。

今回誘ってくれた趣味仲間の一人は、どちらかというと生理的には違う種族の人だった。
しかし人には心を開かないのに私には幼少期のトラウマなども話していた人で、もう会うこともないだろうと思っていたのにまた誘われたのは多分その人の方に必要があったのだろう。

無理して続けていく会話の中で、ふと頭をよぎったのは前世で関係があったのではないかという事だった。
多分私は彼を助けていたり面倒を見ていたような気がした。
今世の彼を見ているとカルマの多い転生で、今生もそのカルマを解消出来てはいない生き方をしている。
私にしたら彼の感性は理解できない部分があり距離を置きたくなることもあった。

しかし、また私に連絡を寄越した。
彼の横に座っていたら前世では男同士で年下の彼をかばっているようなイメージが来たので、もしかしたら全然スピリチュアルなど信じない人だが魂のどこかでそれを覚えていてまた私を呼んだのかもしれない。

勿論私の妄想に過ぎないが、昨夜は何となく一つの謎解きが出来たような気がした。
かつて知り合った人達の中にも何人も転生の中で浅からぬ関係にあった人達はいたのだろう。




地震は続く

2016–10–21 (Fri) 17:21
今日の午後鳥取で震度6弱の地震が起きた。
まだ被害の全貌は明らかになっていないが、家屋の倒壊などもあるようだ。
津波がなかったので甚大な被害というほどではないだろうが、つくづく日本は地震の多い国だと思う。

マグニチュード6.6で震度6、震源地下10キロメートルとなればお約束のやつかと陰謀論を考える向きもあるだろう。
さしずめ今回はTPP国会強行採決から国民の目を逸らすため?などと穿った見方も出来そうだ。

数日前から地震体感の人達や各種地震予測の計器にも異常が出ていたようだから、起こるべくして起こった地震かもしれないが、これで終わりとは正直まだ思えない。
私は自然でも人工でも起こる地球の変動や災害は天の大きな意志によるものだと思うようになり、人間の力で起こしたと思われる戦争も実はそうなる人類の必然だったと考えている。

何日か前から地震雲らしきものを頻繁に見ていた。
今日も今日とて鳥取が揺れた後も自宅の窓からは地震雲と思しきものが出ていたし、関西地方では地震の後も肋骨状の気味悪い雲がツイッターで何枚も流れている。

今年の秋は大きな事が起こると言われて来た。
金融崩壊や大地震、自然災害など何が来るのかと思って構えていても一向に何も起こらないようだ。
今回の鳥取地震も被害に遭われた方には申し訳ないが、「これではない」「こんなものではない」という思いが頭のどこかにはまだある。
私の杞憂に過ぎず、秋危険説を唱えるスピリチュアリストたちが相手にされなくなる狼少年になればいいのだが。

熊本地震も二日後に大きな本震が来た。
昨日は三重マグニチュード7.2の誤報があった。
日本中何が起こるかわからない。
地震と噴火と原発事故は絶対頭の片隅に置いていた方がいいように思う。

と、不安を煽るようなことを書いているが、実はそれを減殺する大きな力が働いているのも私は信じている。
二日ほど前龍神の神社へ行った帰り道地震雲を見たが、その隣に天使の羽があって暫く見とれてしまった。

DSC_1703.jpg




芸術はライトワーク

2016–10–19 (Wed) 16:39
スピリチュアルに覚醒し物の見方が変わると、常にそれを試されているようなことが起こる。
今回の個展で関係した何人かにこの手の話をしたが、果たしてそのうち心から感得してくれた人がいたかは自信がない。
その場で話だけを合わせてくれた人、その時はなるほどと思ってもすぐに忘れてしまう人、心の片隅にでもとどめて必要な時に取り出してくれる人がいるだろうが、三番目はごく少数だろう。
それはそれでいいと思う。
実際画家の中にもかつての仲間だと私はわかっても、自覚しているかいないかは関係なく結果として本来のミッションを遂行すればいいのだから、そのための能力さえ使えていれば本人の覚醒の有無は特に絵描きの場合は関係ないと思う。

逆にヒーリングアートなどと銘打って素人が絵にご利益という付加価値を付けてビジネスにしているのは、職業画家としては何とも忍びない。
勿論パワーストーンと同じで、飾る人本人の気や念が入ればパワーを持つようになるのだろうことは否定しないにしてもだ。

そもそも芸術とは作家が意識しなくても見る人間の魂を揺さぶるから、ある意味充分に霊的エネルギーを持っているものだと思う。
そこには作家の人生も念もエネルギーも入るから、説明はいらないしその思いが見る人間の琴線に触れた時にヒーリングアートになる。

絵に高次のエネルギーを入れましたとか持っているだけでヒーリングされますという謳い文句で描かれるヒーリングアートがスピリチュアル界では流行っているが、ささっと描いて何十万円もで売るようなスピリチュアルビジネスは、正直あまり感心しない。
買い手の救われたいという心に付け込んでいるからだ。

勿論その仕事をしているライトワーカーは異論もあるだろうが、芸術性や絵画性というものは画力という才能が賦与された者のみが持つ作品の凄味であり、文字通り神仏の使徒となって絵を描いている一部の画家達の命を賭した作品の前ではスピリチュアルアートですといわれてもどうしても底の浅さを感じてしまう。

まあこれは単に本職の画家としての感想なので、それを自分の使命だと思いそれに癒されている人達を否定するつもりはないしそこは誤解のないように願いたい。

以下のリンクはたまたま個展をした画廊で同じく個展をしていた作家の活動を画商に紹介されて感動した作品の数々。
彼は5年間掛けてこれを無償で描いたそうだ。

http://www.flickriver.com/photos/tags/%E4%B8%89%E9%98%AA%E9%9B%85%E5%BD%A6/interesting/


毒杯を飲む日本人

2016–10–17 (Mon) 17:58
新潟県で原発再稼働反対の知事が誕生した。
前知事が突然立候補を取り下げたので利権ムラから圧力や恫喝があったのは、本人が否定しても想像に難くない。
これでその手勢である推進派の知事を誕生させる権力側の思惑だったのだろうが、あにはからんや新潟県民はノーを突きつけた。
地方選レベルでは監視が厳しく不正操作もなかなかしにくいのだろう。

これが原発に対する国民の本当の意識だと思うが、地方でも金と権力に目のくらむ自治体のトップは多い。
「50年後に生まれる子供たちが片輪になっても構わない」と言ったのは福井県に原発を誘致する際の当時の知事だが、その息子は猥褻事件絡みでパンツ大臣と揶揄されながらも現政権で閣僚までやっている。

「一体正義は何処にあるんだ?」と安倍政権になってから何度思ってきた事か。
人間の欲は果てしない。
金と権力という毒杯を飲んで良心を捨て去る人間が今の日本にあまりにも増えてしまった。
毒が体に回っても、その痛みを感じる者は殆どいない。
それどころか麻薬のように陶酔し次々に強い毒が欲しくなる。

新潟県民の知事選の選択は人としての良心がまだまだ市井の人々にはあったという証明だろう。

福島原発の事故以来日本人は国策としてどれだけの被曝をさせられたかわからない。
東京は病院の放射線管理区域と同じ放射能汚染地帯だということが分かっている人は皆無に等しい。
5年も経てば放射能はもうないと思っていて、身の回りで癌や脳梗塞、心筋梗塞が増えても、被曝の因果関係などもう疑わない。

銀座の画廊へ通っている間、朝の10時に駅のホームで大の字になって床に倒れている若いサラリーマンを見た。
生きているのか死んでいるのかはわからなかったが警備員が側に立っていたので通り過ぎた。
どこでも突然眠り込む「眠り病」はチェルノブイリでもそうだったが被曝の典型的一症状だ。
道路や駅のホームで眠り込んでいる人々の画像がTwitterに上がっていたが目の前で見て驚きを禁じ得なかった。

首都圏では毎朝急病人で電車が遅延する。
原発前にはなかったのにとの話を耳にする。

地震も原発事故も被曝も地球のプログラムだと言ってしまえばそれまでだが、少なくとも人間が二極化していく中、自らを救済しようという意思を示した新潟県民は立派だと思う。




邂逅

2016–10–16 (Sun) 17:10
昨日個展が終わった。
毎日会場にいたのでこのブログを書くこともままならなかった。

今回も面白い出会いがあって、私はやはり仲間を呼び寄せているのではないかと改めて思った。
そこでやる個展は3回目なので画商は旧知の人だが、今回は覚醒してから会ったので以前から気づいてはいたがやはり同類の人だった。
先祖が代々お寺をやっていて、祖父と父は医者だったそうだ。
仏縁があり僧侶の先祖も医者の父、祖父も沢山の人を助けていて、その功徳が彼に降りてきているようだった。

本人自身も直感やスピリチュアル的な部分が鋭く、若い頃から先を読んだり多くの画家を育てているが、分をわきまえていて多分祖先の陰徳を必要な人に分け与えているのだと思った。
倒産や自殺者まで出る銀座の厳しい画廊競争でも安定経営を続けているのはそのおかげだと、私との話の最中に改めて納得したようだった。
前回記事に書いたが私が大黒天様を拝んでいる最中に電話を寄越したのは、あの時ふと電話を掛けなければと思ったそうだ。

彼は知り合いの作家の話をしてくれたり実際偶然訪ねて来た作家もいた。
驚いたことに寺院の天井画を無償で5年がかりで描いて得度しもう次回は人間の転生はないと悟った人が二週間前にそこで個展をやっていたり、私が見たら宇宙の仲間で住んでいた星の原風景や地球に来た時の光景を描いているとしか思えない作家にも会った。
後者の人は初対面だったがその話になり、自分が何者か覚醒したような感じだった。

他にも前世で同じ時代や場所にいて、多分関わりのあったと思われる人も実は同じ団体にいて見に来てくれた。
他方私が違うグループだと思っていた人達は殆ど来なかった。

今回思ったのは、確実に人間は二局化していくようで、絵の世界でもそれは例外ではなく、覚醒する人は一気に絵が変わったり何かのきっかけで本来のミッションを自覚し出しているようだ。

私がマスクを描いているのは仲間を描いていると自分のハイヤーが言ったが、まさしくその通りで仲間との邂逅が次々と起こっているのだと思わずにはいられなかった。
美術画壇にいる本物の画家の中にも自分で気が付かないライトワーカーがいて、仏のしもべとなりそのための絵を描く人、病院に飾られるような絵で人々の恐怖を癒し旅立つ人を送る役割の人など、それぞれライトワークでもパートが違うのが分かった。
そしてどうやら私はそういう無自覚の仲間と会い、本来のゲートが開きかけていることに気付いてもらう役割もあるのかもしれないと思った。



信じてみると

2016–10–09 (Sun) 17:22
最近神社に行くのが趣味になったせいか、神様の存在を感じることがある。
神様のみならず見えない世界の人達ともしかしたら繋がっているのではないかと思うことが時々起こる。
神様とコンタクトできるとか天使を召喚するなど自分で言うと怪しげなスピ系人間になってしまうが、私はあくまで自分がそう感じることがあるという程度で全くの思い込みかもしれない。
ただ、スピリチュアルに覚醒して半信半疑ながら、様々な人、物事と遭遇し今では見えない世界のことを完全に信じるようになった。

私がこれはサインだとか報せだとか思えるものは、偶然もあるし私の想念が引き寄せている事もあるだろう。
全部が全部見えない世界のせいではないが、肝心なのはそれによって私は価値観や世界観が大きく変わり、自分自身が救われたということだ。

一時はそれを妄信するあまり視野が狭くなったり全てそれに結び付けて考えて危険だと思ったが、少なくとも自分の心に素直になってそう思えるなら否定しないようにしようと考えるようになった。
実際それで何度己の気持ちが救われたかわからない。

見えない世界は神も仏も宇宙人も守護霊も様々に分類されるが、次元が高くなるにつれそれは一つの大いなるものに収斂していくのだと思う。
好きな神様がいたり縁を感じる仏様、或は神仏ではなく自分のハイヤーや守護霊でもとにかく存在を信じるなら、それが自分自身の潜在意識や魂の根源に繫がりもともと持っている見えない世界のパワーを呼び覚ましたりそれらの援助を得られるのではないだろうか。

先日、とある占いの青年と知り合い折角だから鑑定をしてもらったところ、私のメインガイドのツインソウルといつもいてくれるおばあさんが見えたらしい。
勿論説明などしていなくてただ見てほしいと頼んだら、二人が出てきていつもの描写と同じ感じだった。
自分で分かっていても誰かに検証して貰うとやはり自信が持てる。

ついでに前回の記事で神社のことを書いたが、大黒様のお社にお詣りをしたという話の時に「本当にあの大黒様は大好き」と心の中で思ったら、側にあったイーゼルがガタンと音を立てたので驚くと同時に返事をしてくれたのかと勝手に嬉しくなった。

「信じる者は救われる。」
ありきたりだが、今の私はその言葉がよくわかる。
ただし、これは神仏や見えない世界の高次のものにしておいた方がいいと思う。




シンクロは続く

2016–10–07 (Fri) 17:46
最近シンクロが続いている。
ブログの記事に何気なく書いていることが自分の身に起こっていたり、思っていることやぼんやりそんな気がしていたことがたまたま他のブログに書いてあったり、自分が何気なく話した内容がその相手のシンクロになっていたり知りたいことの答えだったリというのが頻発している。

勿論いいことばかりではない。
ブログでは考えて書いているつもりだが、実は書かされていたと思うことが何度もある。
時々自分の過去記事を読み返してみると、なるほどそうなのか、そう考えればいいのかと他人の書いた事のように驚かされたり感心したりすることがある。
何とも滑稽で自分で書いているのに実践出来ていないという情けない話だ。
そしてそれを目の前に突きつけられることが起きた。

個展があるしちょっと別のトラブルもあったりして余裕がなかったので、昨日神社へ行って来た。
いつも勇気を貰える大黒様のお社で手を合わせて拝んでいる最中に携帯が鳴った。
個展をする画商さんからの電話だった。
内容は私にとっては不本意なことだったが、一理はある話で私の営業嫌いの部分に苦言を呈された形だった。
暫くしてふと閃いたのは、まさに神様に拝んでいる最中に来た電話なのであれは神様の忠告だったのではないかという思いだった。

ブログで何度か「耳障りな事、自分にとって苦言を言ってくれる人は本当は必要な事を教えてくれている。」という事を書いたがそのものずばりで、おまけに拝んでいる最中なんて出来過ぎではないか?と自分で自分に突っ込みを入れてしまった。
神様が教えてくれたと思うと素直に聞く気持ちになり要請されたことはやることにした。
そう思い至って大黒様にもう一度帰る挨拶をしに行って拝んでいたら、この時期なのにまた黒揚羽が飛んできて側にとまったのには驚いてしまった。
もう弱々しかったが、暫くそばにいてくれて何だか胸が熱くなった。

昨日は色々なことがあった日で髪を切りに美容院にも行ったのだが、知っている美容師さんで話しているうちにやはりそれ系の話になったところ、彼女が何気なく「占いやカウンセリングをする人って相手に言っていながら自分に向けて言っていることないですか?」と聞いてきた。

確かにこれもシンクロで、同じような波動の人が相談に来てかつての自分を見ていたりアドバイスは自分にも向けられている内容だったりと、後から気が付くことがある。

もしかしたら本当は取るべき道や解決方法は自分の気が付かないところでちゃんとわかっていて、人の言葉を介したり自分自身でも違う対象に向けて言っていたりすることがある。
今回私は全ては自分にフィードバックするというスピリチュアルの不思議を、今更ながら実体験した。

答えは案外自分の中にあるのかもしれない。



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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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