天は自ら助くる者を助く

2015–12–31 (Thu) 16:08
今日は大晦日で、思えばあっという間の一年だった。

スピ的には確実に時間の流れは早くなっていると言われている。
もともと子供と老人では感じる時間の長さは違うそうで、後者が前者の数倍速く感じるそうだ。
年齢を重ねるのに比例するのだろうから、確かに子供の時の一年と大人になってからの一年は速さが違うように思う。

この一年は個人的には激動の年で年初にはまさか自分のガイド達の存在を知り話せること、今世に関係あるいくつかの過去生を知ることなどは思ってもみなかった。
漠然と何かがあるし変化があるだろうという予感はしていたが、今思えば殆ど予想していた状況になっている。
最早あの時点ですでに知らせはあり覚醒の序章だったのだろうが、直接のきっかけはやはり過去生に関係ある人との出会いで、その伏線としての出来事や巡り合わせがあったように思う。
全ては繋がっている一つの流れだった。

自分のガイド達の存在を確信し、繋がれたことが一番の覚醒だったように思う。
過去生を知ることによって今の人生を紐解くことが出来た。
人生のイベントはすべて意味があり自分のハイヤーがプログラムしたこと、それによって現生の私が学び成長しそれをサポートしてくれているのがガイド達であることを知った。

特にツインであるメインガイドとの時空を超えた転生の数々は私にとっては壮大なドラマを見るようで俄かには信じられなかったが、少なくとも否定する根拠がなく思い当たることも多々あって今は肯定する方が私にとって良いのだということだけは確信出来ている。
今年の締めくくりに駄目押しのような指導が入ったが、それもこれも今後の私にとっては気が付かねばならないことだった。

人間は一人で生きているわけではない。
社会や国の中で関わり合い生活している。
生き方はそれとの関係で決まる。

受動的に生きる人間と能動的に生きる人間がいるが、少なくとも今の日本では無知は自分の首を絞める。
真実を自分の目で確かめ必要な知識は自分で集めなければ、これからの日本では生き抜けないだろう。
「多死社会」とマスコミは言い出しているが、淘汰はすでに始まっている。

スピリチュアル世界に覚醒するというのは一つの方法であり、見えない世界ではなくても自分の心の声に耳を傾ければ、生きる方向や危険回避の本能など色々なものが見えてくるかもしれない。

『天は自ら助くる者を助く』

これが私の来年のテーマだ。
望めば必ずガイドや天は手を差し伸べてくれるだろう。




宇宙人を信じるか

2015–12–29 (Tue) 16:20
今朝はUFOが窓の外に迎えにくる夢を見て目が覚めた。
そういえば昔も何度か似たような夢を見た覚えがある。
空を見上げていると何かが見えてぐんぐん自分に近づいてくる夢で、そんなことはある筈がないと夢の中で驚いていたのを思い出した。

スピリチュアル世界に踏み込むと、宇宙と重複している部分が出てくる。
死んだら霊魂が行く所、或は存在する所は時空を超えた場所、すなわち宇宙という概念になるのかもしれないが、世間で考えられている宇宙とスピリチュアルで定義される宇宙はまだ微妙に似て非なるものかもしれない。

人類も宇宙人が作り出したという説もあるし、何割かはいわゆる本物の宇宙から来た宇宙人で彼らが俗に言うヒューマノイドを遺伝子操作で創成したという。
確かにレムリア伝説や実存したマヤ文明などでも現代では考えられない知識や技術を持ち、空からしか見えないナスカの地上絵を一体誰が描いたのだと問われれば誰も説明できない筈だ。
今でも麦畑に現れる驚くばかり精巧な幾何学模様のクロップサークルも然りだろう。
人間以外の仕業と考えるしかないような現象が太古の昔からある。

レプティリアン(爬虫類型宇宙人)が今の地球を支配しており、ニューワールドオーダー実現の為大幅な人口削減を目論んで様々な仕込みをしているというのは陰謀説や都市伝説で言われているが、もちろん真偽のほどはわからない。

こんなことを書いている自分自身もおかしいと思えてくるから、普通の人達にとっては宇宙人は荒唐無稽なお伽話だ。

ただ、かつて「X-ファイル」という海外ドラマがあったが、宇宙人や宇宙船の情報はアメリカの公文書でも公開されており、あれもある程度事実を加味して作られていると私は考えていた。

為政者や権力者は都合の悪いことは秘匿する。
中には混乱を避けるための政治的意図もあるが、大抵は保身、権力維持のためだ。

人間は目に見えるもの、自分が経験したものしか信じない。
いや、実際経験しても、常識や社会観念が邪魔をして否定してしまうことさえある。

しかしこの世には全く未知の世界や信念のコペルニクス的転換もある。
敢えて常識や価値観をブレイクスルーしなくてもよいが、もしこれから先日本や世界に、そして地球自体に何かが起こったら、旧来の観念にしがみつかず柔軟な対応が出来るようにしておくことは必要ではないだろうか。

宇宙人の存在や幽霊の存在は証明のしようがなくても、政権や国の悪事はばれて革命が起こるように、信じ込まされていることが必ずしも自分にとっていいことでない場合もあるから、常に頭のどこかには違う事実を受け入れられるような空間は作っておいた方がいい。
歴史の駒として生を終わるのも、気付いて危険回避するのも魂のプログラムだと言ってしまえばそれまでだが、少なくとも知る機会に恵まれた者にとってはそれが今生のミッションかもしれないのだから。


混沌と覚醒

2015–12–27 (Sun) 17:15
昨日やっと長い混沌から抜け出せた気がした。
朝からトラブル続きだったが夜になってようやく滞った出来事の解明が出来て、頭にかかっていた霧が晴れたような感じになった。

どうしてこうなるのかと謎解きと煩悶の期間で、ガイド達にヒントをもらったり意見されたりあるいは妄想かどうかわからなくなるような状況もあったが、それはちゃんと繋がっていて整理し確認する作業が昨日だったように思う。

未来は決定しておらず予測や予定は変わるもので、それは一人の人間にも、日本の、世界の未来にも言えることだ。
個人の未来が変われば全体の未来も変わって行くし、逆も言える。

この世に確実な物などど何もなくて、その時点時点で選択や変容がある。
スピリチュアルの世界では大まかなプログラムがあるがその細部は個人の選択に任されているところがあり、ガイドがいくら道を示しても分からず違う方に行く場合もあるが、結局根幹から外れないようにはなっているらしい。
ただし、途中でそのプログラム自体も変わることがあって、また変えることも可能のようだ。

今日本は時の政権が権力をほしいままにしているように見えるが、この道はいつか来た道と過去の日本を振り返り危惧している。
もし日本や世界がまた同じ歴史を繰り返すならそれはもはや天意と考えるしかない。
しかし、そこに至るまで何度でも選択や軌道修正のチャンスはある筈で、まだこの先の未来は我々の意識や行動で変わっていくのではないか。

今後地球がどうなるのか、人類がどうなるのか、個人の未来の変容が集積されて地球の未来も決まるなら、まさしくアセンションで人々が覚醒していけば違う未来や歴史が作られるだろう。

今回私個人の混乱や障害は変化する自身の未来への胎動だということに気付かされた。
これはすべからく、もっと大きな集合体、国、世界にも当てはまることではないだろうか。

変容の度に新たな覚醒がある。

予定されても確定ではないということがスピリチュアルの世界にはあるのだから、都度都度確認することが必要らしい。
私にとって一連の出来事は、一年の締め括りに覚醒の何たるかを学ぶビックイベントだった。


無明長夜

2015–12–25 (Fri) 17:35
スピリチュアル世界に没入して本業の方が疎かになり、一ヶ月かかってやっと仮面の絵が完成した。
この一か月余り精神状態も体調もよくなかったせいか、出来栄えも100パーセントではないが、それよりも一度完成したと思って2、3日後に改めて見てみたら、面に暗いベールがかかっているようで光の加減をもう一度描き直した。

熱を出したり不調がこんなに作品に現れたのは初めてで、プロとして情けなくなった。

ややもすると人間は目先のことに捉われてしまいがちで、事の本質、自分にとって一番大事なことを忘れてしまいがちだ。
私もとことん突き詰めなければ気が済まない性質なので、何でもかんでもそれを適用してしまう節があるが、必要なもの必要でないもの、してもいいもの悪いものの区別をつけるよう今回ガイドに教えられた。

自分の中の優先順位をきちんとつけることが重要でそれの境界がなくなってしまったので、この一か月は頭がカオスになってしまったようだ。

人間はしばしば余裕がなくなると「木を見て森を見ず」状態になることがある。
起承転結の思考が出来ればよいが、起と転ばかりで右往左往し結などなくなってしまうことが往々にしてある。
それどころか思わぬ方向へ行ってしまい最初の目的から外れとんでもない結論が導き出されることもあって、如何に人間とは曖昧で頼りないものなのかと痛感する。

そんな時に人は占いやスピリチュアルに走るのかもしれないが、迷妄で頭が混乱している時にはどんな占い師に見て貰ってもあまりいい結果にはならない。
例え確かな鑑定だとしてもその言葉自体が頭に入らない状態になっているからだ。
あるいは何かの言葉を妄信してしまい、完全に依存症になることもある。
もっと最悪なのは、波動が悪い時には波動の悪い占い師に引き寄せられ、闇落ちの仲間入りとなることさえある。

スピリチュアルは善悪の区別がない。
同じ波動の人間が引き寄せ合うから、自分が弱っている時や、混乱状態の時にはよほど慎重にならなければ、救いを求めてもっと低次に引き込まれることはよくある。

混乱状態の時はまず自分の状態を一歩引いて把握し他力本願のスピリチュアル頼みではなく、自分の守護霊やガイドの存在を信じて彼らに任せるのが最善の方法だ。
彼等は色々な手段で救い護ってくれるだろう。

直接感じられなくても、人の言葉を使ったり、ネットやテレビを介したり、それこそいい占い師に連れて行ってくれたり、様々な方法で必ず道を示してくれるはずだ。

困ったら自分のガイドを信じる、これに尽きる。

かくいう私も最近はっきりとそれをメインガイドに言われたのであるが…。

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ポジティブとネガティブ

2015–12–24 (Thu) 10:40
最近風邪を引いたり体調が悪かったせいか、かなりネガティブモードに戻ってしまい今世での一番の課題であるその思考回路が起動しているのを感じずにはいられない。
人間が自分の感情をコントロールできるならこれほど楽なことはないが、ハムレットのように常に二極の葛藤に悩むのはサガであり人間の人間たる所以だろう。

しかし中には全く違う思考回路の人間もいて、最近はその人口が増えているような気がする。
「考えても仕方がないことは考えない。」と昔身近な人に言われたことがあるが、考えなかったら人間じゃないだろうと思ったことがある。

確かにその人は今思えば異質な感性と思考回路の持ち主だった。
宇宙人のようだと思っていたが、一番違和感を覚えたのは人の感情を共感できないような部分だった。
人の気持ちを忖度したり洞察したり出来ず、いや、仮に少しは分かってもそこに情や共鳴がなくて、ある意味自分の本能が一番で全てというタイプだったように思う。
だから逆に傷付かないし、良心の呵責のようなものも感じないのだろう。

今から思えば、もしかしたら本当に宇宙から、それも私とは別の星から来た人かもしれない。

最近はポジティブシンキングが喧伝されていて、ネガティブ思考は禁忌のようになっているが、心配事や不安を瞬時に魔法のように消してすべて楽天的に考えられるならこれほど楽なことはないだろう。
心配や不安を感じない人間がいたらそれは情緒欠陥の人間であって、普通の人間には喜怒哀楽という感情があり、良心がある。
どう上手くその感情のバランスを取っていくかというのが人間の普遍の課題で、マイナス一方に傾くのが良くないだけだろう。

光があるから闇があるという陰陽の世界の如く、悲しみがあるから喜びがあり不安があるから安心がある。
お互いがその存在を証明している表裏一体のもので、常に一方だけならそれが当たり前になって感情など必要なくなるのではないか。

ネガティブに陥りどうしようもない時にポジティブにならなければと無理に押さえつけると、かえって葛藤や罪悪感で尚更感情は泥沼状態になる。
そんな時はその感情と真っ向から対峙し行くところまで行けば、底を打って反転できるような気がする。
因みに私のネガティブ回路の原因はやはりスピリチュアル的な部分に起因していて、それと改めて向き合う必要があった。

それを乗り越えた時、あの不安や心配は自分にとって必要な出来事だったのだと初めて思えるようになるのだろう。

陰陽師と話した時私の思考や念は半端ではなく、一つの塊になってしまうと大変なことになる、と忠告された。
それは自分でも分かっていて、昔から絶対人には向けないようにしてきた分自分に向いてしまい、命まで危めるようなことになるので、今回も改めてその制御や調整の仕方を問われたように思う。

私の由来も宇宙人らしいので(笑)、ならば人の感情など解らない宇宙人でいた方が人生よほど楽だったかもしれない。


守護霊のサイン

2015–12–22 (Tue) 14:39
この一週間体調を崩していたが、分かったことは今回もかなり意味のある体調不良で、これを自分の中でどう捉え解釈し咀嚼して答えを見出すかを試されていたようだ。

溜まったものの浄化、詰め込み過ぎたものの淘汰、増幅してしまったものの制御と出力調整などこれからの課題を突き付けられたらしい。
まだ暗中模索の状態で、今現在は課題の整理から取り掛かっているところだ。

今回は内省の機会を得てガイド達に意見やアドバイスをされたり、また現実の人にも参考になる話が聞けた。
陰陽師の他にも神職で占いをやっている人とも話したが、共通する見解が多くかなり参考になった。

ただ面白いと思ったのは、やはり占いやスピリチュアルを仕事としている人達が、どこと繋がっているかによってかなり世界観が違っているということだ。
上記の二人だけでも、顕著な違いがあった。
陰陽師は自分の術で見えないものと繋がったり戦う。
式神や眷属も使うがあくまで自分が使うので、まさしく命を懸けて行う。
しかし神や高次の存在と繋がっている人はその力を借りてやってもらっているので、ある意味自分は単なる媒介に過ぎない。
これは魔物や低次の存在と通じている場合も同じである。

神職占い師はスピリチュアルの仕事をしても寿命を縮めることはない、それが人の役に立つという目的ならば、と言っていた。
多分神はちゃんと帳尻を合わせてくれるということだろう。

それを決めるのは神なのか宇宙なのかあるいは魂のプログラムなのかはわからないが、大所高所から見ればスピリチュアルでメンタルをやられ潰れても、結果的にはその人間の選んだ運命であり決まった人生の流れかもしれない。
そんな言い方をすれば身も蓋もなくなるが、一つだけ言えることは自然に流れていく物事がベストな道だということだろう。

その間には多くの示唆があったり選択肢を与えられたりする。
極端な話、ついているガイド達も意見の食い違う時があるらしい。

ただ、どのガイドもその人間を守り魂の成長のために最善の道を与えたいと思っているのは確かで、様々な方法で気づかせてくれる。
最近はそれがわかるようになって、風邪を引いて熱を出しても有難いと思うようになった。

今はまだ明確なビジョンは浮かばないが、常に自分は一人ではない、後ろにいるガイド達に守られているのだと信じていればきっとベストな道も見えてくると思っている。
まだまだ色々な展開が来そうではある。


陰陽師

2015–12–20 (Sun) 17:55
イベントの後風邪を引き体調を崩していた。
どうも今回の風邪は色々意味がありそうで、その他にも引っかかっていたことがあり、一連の流れは何かのサインだと思えた。

その前からガイドには何となく示唆されていたが、昨日はっきりと高次の存在?である仙人のような人に(いつも分かりやすいようにその恰好で来てくれる)、「自分の頭の蠅も追えないで人が観れるか」と一喝された。

そしてお世話になっている陰陽師にも偶然同じことを言われた。
「自分の力も制御で出来ずにいる。500円のものに1万円のエネルギーを注いでいる状態。相手は良くなるだろうがあなたは疲弊する。」

以下は最強と思われる陰陽師の身をもって体験している貴重なお説教である。

『この業界にちょっと能力があるからと、猫も杓子も飛び込むが直ぐ潰れて消えて行く。
人間の闇を引き受けるのだから体もメンタルもやられる。
人を助けるということは命を与えるという事。
命懸けの覚悟がなければ人の人生を観たりエネルギーを与えることは出来ない。
スピリチュアルを始めようと思っても、自転車に乗れるようになった者がいきなり高速道路は走れない。
エネルギーを与えるのだから等価交換。
ちょっと能力が開いたからと驕ると、必ず痛い目に遭う。
寿命を縮めたくなければこの仕事は薦められない。』

最後の一行は10年前にも違う陰陽師に言われたセリフで、以来それを守ってきたわけだが、図らずもまた同じことを言われるとは。
しかし、多分ガイド達が最近異口同音に注意喚起してくれていたことを、全部きちんと言葉にしてくれたので、やはり今の私には必要なことだった。

かなり急ピッチでここまで来たのだが、私はまだ自分の過去の魂の癖から完全に脱却しておらず、己の犠牲を当然としてそんな仕事をしてきた過去生の魂と、もう今生はそれはしたくないという今の魂が鬩ぎ合っているような感じだ。
しかし10年前と違ってスピリチュアル世界に覚醒しガイドや過去生や魂の出自を知ってここまで辿り着いたということは、何か意味はあるのだと考えている。

今言える事は、現実としてこれをもう一度きちんと見直し自覚しなければならなかったということだ。

陰陽師は人間の闇や魔物と命懸けで戦う。
陰陽師の世界観からはいわゆるライトワーカーは如何にもにも甘っちょろく「天使が~、宇宙が~、愛が光が~」などと言っているのは笑止かもしれない。
ライトワーカーの中にも案外したたかにエネルギーを与えるふりをしてちゃっかり吸い取りパワーアップしている手合いもいたり、幸せのお手伝いみたいなコンセプトで幸せな人だけを相手にしているセッションもあるから、スピリチュアルワークの中でどこに照準を定めるかは必要だろう。

何はともあれ私の場合言える事は、500円のものには500円のエネルギーしか注いではいけないということらしい。
まあ先は長いから、ゆっくり考えなさいと後ろで言われているような気がする。


セッションの捉え方

2015–12–10 (Thu) 17:18
スピリチュアルセッションの相場がどれくらいかは皆気になるところだろう。

最近は昔のように占い一辺倒ではなく、リーディング、チャネリング、カウンセリング、ヒーリングと多岐に亘りその幾つかが輻輳している場合も多い。
よく言われているのは法外な料金を取るものは営利主義だ、そもそも人助けなのに有料にするのが間違っているという考え方だ。

これは私も同意出来る部分があるが、支払う方の経済レベルや内容にもよるし、セッションする方も少なくとも時間と手間は掛かるわけで多少のリスクを伴う場合もある。

あるリーダーの話を知って成る程と思った。
彼女はかなりその筋では有名だが、45分1万円の料金で誰でも観ている。
小さい頃から天賦の才があって、自然にその仕事に就いた。

曰く、
「私は何も資本がかかっていないが何十万、何百万もかけてスキルを取得しこの仕事が出来るようになった人もいる。
そういう人は掛けた資本を回収しなければいけないし、自分でセッションしながらも常に講座やワークショップなどスキルを磨き自分自身にお金を掛けている。
だからそれに見合う料金設定にしなければならない。
自分のスキルは商品だから、有料でなければ友人知人でも教えない。
でも、私は一切お金もかかっていないし普通に日常生活の中で友達でも何か感じたりすれば話の中で言う。
中には一万円は安すぎるし、金持ちなら30万でもいいのよ、という同業者もいるけれど、生活が出来てちょっと余裕があればいい。
余裕が必要なのは気持ちにゆとりがないと人は観られないから。」

その話を知って、的確な説明だと感心した。
確かにライトワーカーでも二通りあるかもしれない。
資本を投入し回収するという経済行為としての側面に重きを置くか、持っているものを提供して人の役に立つといういわばボランティアのような活動として捉えるか。

料金も能力も変わらなくても、術者のバックボーンが違っている可能性はあり、どちらを選ぶかは多分プロフィール欄の書き方で分かるだろう。
きっちりビジネスにしている人に商品として鑑定をして貰うか、経済行為に拘らない人に人間同士として鑑定をして貰うかは選ぶ方の好みだ。

私は元々持っていたものが自覚して開いただけなので後者のセッションだが、余裕があれば複数のライトワーカーを比べてみるといいのではないか。

まあ、本来なら持っている能力を開き自分で自分を癒すのが一番だと思うが、そうなるとビジネスにしているライトワーカーは困るだろうから難しいところではある。


何処にフォーカスするか

2015–12–09 (Wed) 15:01
予言は当たらない、未来は変わるといわれている。
今年も大地震が起こるのではないかという予言があったが、どうやら日本においてはそれは回避されたようだ。

大地震や異常気象は一部勢力の作為的なものだという陰謀説もあるし、いま世界中でテロを起こしているイスラム国も軍産複合体が戦争を起こしたいために作ったものだという話もある。
どこまでが真実かはわからないし、それが事実としても多分渦中で事を起こしている人間達も全体の計画や輪郭など理解していないのではないか。

もはや地球規模で人為的でも自然の力でも起こることはもっと大きなプログラムがあり、その時の人間の集合意識で微妙に変わりつつ、100年、200年後の計画された結果へと導かれているような気がする。

100年後には私は生きてはいないが、ひょっとしたらどこかでまた転生しているかもしれないし、或は地球での仕事は終わって違う場所へツインソウルである今のガイドと一緒に行っているかもしれない。

スピリチュアルに覚醒すると、自分の視点がどこに定められるのか曖昧になることがある。
震災、原発事故以来どこかが狂ってしまったと思える日本人や為政者に怒りと不安を覚えても、それも大いなる計らいかもしれないと思うと、今までの皮相的な価値観が揺らいで来る時がある。
従容として運命を受け入れるのも逆らうのも予定調和だとしたら、いったい自分は何処にフォーカスして生きていけばいいのか?

ライトワーカーやいわゆる覚醒した人達は、そこのジレンマに悩むのではないだろうか。
漠然とした地球の未来は分かる、しかしそれに対して自分はどういうポジションをとればいいのか。

これを書いていたら、ふとまず自分がきちんとグランディングして生きて行くこと、スピリチュアルや見えない世界に覚醒したのなら、それを自分のものとしてどこまで信じ切ることが出来るのか、大所高所を語る前に自分の足元を見て、会得した感覚が何が起こっても揺るぎないものかを確信することだと言われたような気がした。

スピリチュアルや精神世界はしばしば知識としてしか機能しないことがある。
生活や生きていく上で、それが現実のものとして役立ったり実践できているかを確認することが必要なのだろう。

覚醒し頭ではわかったつもりでも、魂の契約や長い繰り返しで染みついてしまった思い癖、思考回路は一朝一夕に消えるものではない。
それを超克し新たな体系を自分の中に作れるかということが卑近の課題だと思う。
必ず揺り戻しはあるし信念が揺らぐこともある。
スピリチュアルへの覚醒も三歩進んで二歩戻るような場面も往々にしてあるだろう。

しかし必ず進んでいるのだということを信じて行くのが、まさしくグランディングなのかもしれないと思った。


無明

2015–12–05 (Sat) 22:00
スピリチュアル能力は誰でも持っている。
人生でそれが必要か必要でないか、自覚しているか自覚していないかでグループ分けされ、前者は1割、後者が8割でグレーゾーンが1割という感じだろうか。
一昔前はもっと前者は少なくて、持っていても気味悪がられるだけで親に封印されたり変人扱いされて、能力を持つことはマイナスの面ばかりだったかもしれない。
人の気持ちが分かったり未来が見えたりしたら辛いだろうし、オンオフのスイッチがない子供などは大変だろう。

それを考えたら、わざわざスピ能力を開発するために高い費用をかけて講座を受けたりワークショップに参加している人が増えた昨今は、人間の価値観がかくも多様化したのかと思わざるを得ない。
社会や未来に漠然とした不安を抱く人々が精神世界に傾倒していくのは今に限ったことではなく、歴史を鑑みても世情不安や乱世の世は救済を求めて民衆が新興宗教やカルトにのめり込んでいった。

歴史は繰り返すと言うが、震災、原発事故、被曝、軍靴の音と、今の日本は確実に閉塞的状況にある。
刹那的人間と未来に不安を抱く人間の二極化が顕著になり、後者の中からスピリチュアル世界、つまり目に見えない領域、精神世界へ入っていく者たちが出で来たように思う。

何年か前から次元上昇などとスピ界で言われている。
つまり目覚めた人と目覚めない人が二つに分かれ、行先の違う列車に乗るというのだ。
アセンションかどうかは別にしても、淘汰はすでに始まっている。

魂は永遠であり死は終わりではない。
前世やガイドを知ることが出来るなら、講座に通ってもスキルを身に付けたいと思うのだろう。

カルトと違うのは誰でもやり方を覚えれば自分も向こうの世界と繋がれるので、教祖と信者の関係はなくいわば誰もが教祖のような能力を身に付ける(開く)ことも可能だ。
スピリチュアル世界に入ることは、自分自身を見つめ直し死生観を変えることであり、結果人生は劇的に変化するかもしれない。
生まれた意味も存在理由も分かるということは、ひいては今の日本、世界の在りようまで違う視点から理解できるということだ。

少なくともいわゆる守護霊やガイドを知るのは自分にとってはプラスになるし、人知を超えた者の存在を知ることは人間を敬虔にする。

救いを求めてスピリチュアルに縋るのはカルト依存と同等になってしまうが、今の無明のような日本で生きて行く道に迷い煩悶している人間にはスピリチュアル能力を開いて違う世界に開眼するのも一つの方法かもしれない。

ただ、そこに大金や犠牲が伴うのは本末転倒で、スピリチュアル能力は誰にでもあるのだからまず自分の第六感に聞いてみることだ。


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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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