出雲大社

2018–10–14 (Sun) 18:19
ブログ更新が滞ってしまったが、実はこの間出雲大社に行っていた。
その前後して体調を崩し、行けるかどうか悩んだが結局行ってきた。
二泊三日だったが雨女のなのでやはり雨が降り、午後からやっと上がって近くの命主社まで行くことが出来た。

相変わらず大国主命の銅像は圧巻で、雨に濡れていてもその威容に圧倒されしばらく側で佇んで見とれていた。
三峯神社の日本武尊と出雲大社の大国主命の銅像は、大きさからいったら日本屈指の物ではないだろうか。
好きな神様のいずれもが大きな銅像になっているのは何かのシンクロかと思ったり。
ついでに最初に好きになった菅原道真公も大きな像があればいいのだが、これは残念ながらないようだ。笑

体調が良くないので行こうかどうか迷ったがどうもそれには意味があるようで、これは私のスピリチュアルに対する立ち位置の見直しを示唆しているようだと思い至った。
最近はスピ系の友人ばかりになったが良くも悪くも影響を受ける場面も多くなり、自分の軸を見失うこともあったのでこれを機会にきちんと線引きをする必要があるようだ。
霊能者や強い占い師は人にパワーを与えることもできるし取ることもできる。
意図していなくてもそれが発動する場合があり、私も窮地の人には役立ちたいと思う気持ちが知らずにエネルギーの遣り取りをしてしまい疲弊していたのかもしれない。

今回の体調不良もそんなところがあった。
誰でもそうだが悩んだり不安を抱えていると、元気づけたり助けになってくれる人には頼りたくなるし言うことを信じてしまう。
しかし、時としてそれがお互いにとって依存や負のエネルギー交換になってしまうケースがあるので、気を付けた方がいい。

出雲大社でも体調はいまいちだったが、今の自分の置かれた現状がよく判って体調不良も原因はそこにもあるということに気付かされた。
自戒も込めて思ったのは、中途半端に視える人はネガティブなビジョンは絶対に口にしない方がよいということだ。
そういう人は念の力も強いので、言われた相手はそれを引き寄せてしまうことになる。
言葉ではっきり伝えるのは、ポジティブでいいビジョンだけにした方が良い。


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ハイヤーセルフ

2018–08–22 (Wed) 18:40
本業は画家なので毎日油絵を描いているが、数年前突然ベネチアンマスクを描き始め以来ずっと描き続けている。
その前は数十年も睡蓮をライフワークとして描いてきて、コンクールや団体でそれなりの画歴を積み職業画家としてやっている。
しかしスピリチュアルに覚醒してからは段々画壇が息苦しくなり、団体にも属していたが一つは辞めてしまった。

何処の人間社会でもヒエラルキーがあって、ステイタスによって人間関係の上下が決まる。
しかし生の人間ではない魂の世界を知ってしまうと、現実の序列ではない序列が見えて疎外感を感じるようになった。
センセイと呼ばれ大名行列をしている人でも絵の実力もさることながら霊格の低さや魂の未熟を感じてしまうと、大名行列にひれ伏す滑稽さに耐えられなくなる。
人間でいる限り欲も野望も持つのはいいとしても、それが優先し何のために絵を描いているのか分からない人や、有名になりたいがために手段を選ばない営業画家、金と忖度と人脈で動く絵の世界にはもういささか嫌気が差していた。
そこでスピリチュアルに覚醒し違う世界から絵描きを見るようになると、芸術と言いながらその部分が欠落している人の多いことに落胆と疲れしか感じなくなった。

かつては私も持っていた画家としての目標がいかに小さいコップの中の世界でのことだったのか分かってしまうと、前と同じ気持ちにはなれなくなったのだ。
大方の絵描きはとにかく有名になって画壇で「先生」と呼ばれ、売れっ子作家になりマスコミに取り上げられることを目指す。
最終目標は芸術院会員、叙勲あたりだが、そこまでは行けないからせいぜい有名画廊や有名百貨店の美術画廊、美術館での個展だろう。

そのために人生をかけしのぎを削るのだが、本当にこの人は芸術家になるために描かされているのだと思う人は少ない。
逆にそういう人はそれとは違ったところで、作品が人の癒しになったりエネルギーを与えたり役に立っているのではないかと思う。
私も何十年も画壇でやって来たが、見る視点が違ってきてしまったので元の意識には戻れないのを感じている。

芸術は大局的に見ればスピリチュアルワークによって生み出されるものだと思う。
芸術という波動は人に伝わり様々な影響を及ぼす。
その意味でも絵を描く人や画家を志す者は、欲や野望のためではなく純粋な気持ちで描いてほしい。

最近ハイヤーセルフと会うというイメージワークをしているが、見えない世界の人はエネルギー体なのでその人に合わせた形で来てくれることが多い。
下の絵は私の希望が見せたハイヤーセルフガイドか、あるいはそのメッセンジャーだ。
勿論私の妄想と言えばそれまでだが、絵描きなのでたまには自分のために描いてみた。
美形なので目の保養になった。笑


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ハイヤーセルフや守護霊と繋がる方法

2018–07–17 (Tue) 22:56
最近あるスピリチュアル系のサイトを見ていて、ハイヤーセルフと繋がる方法、アカシックレコードを見る方法などのハウツーがあった。
様々なサイトや記事でこの手のやり方は紹介されている。
私もセルフヒプノを始めいくつか試して自分のやり方のようなものがあるが、興味を惹かれてやってみたところそれらしきものと繋がり少々驚いた。

勿論これは自己暗示や妄想と言ってしまえばそれまでだが、案外信憑性を感じたりこれまで確信したものがもう一度再現されたりしてこのツールは使えるかもしれないと思っている。

高いセッション代金を払ってハイヤーや守護霊ガイドを見てもらったりアカシックを読んでもらったりする場合が多いが、実は誰でもチャンネルさえ合えばそれと繋がることが出来る。
スピ系の講座で数十万円も払い開いてもらう人もいるが、自助努力でも可能な場合は多々ある。

一番驚いたのは、特にスピ能力があるにもかかわらず人によって同じメソッドを使っても、すぐ見られる人とそうでない人が分かれるということだ。
私は結構試行錯誤があったが、スピの友人二人にやってもらったところ、二人とも一度で、それも私と話しながら繋がってしまった。
ハイヤーセルフもしくはそれと繋がるガイドが来るはずだけど」、と私が言った瞬間「あ、目の前にいる」「足が見える」などすぐにそれを見ていて、一人などは名前も聞き他の情報もその場で聞いている。
庭園を思い浮かべるというところから入るのだが、私は無理して頭の中に庭園を作り出すことから始まっても、彼女たちは瞬間でビジョンが浮かびチャネリング出来ていた。

色々な人のスピブログを読むが、小説のようにあっという間に長い記事を書いている人もいて「~の場面が見えて云云かんぬん」とあるのを、私はいまいち本当にチャネリングしているのか自分の空想で作っているのか疑問だった。
しかし、同じような人を目の当たりにして、その記事も自動書記のような感じで書いているのかもしれないと納得した。

私は多分繋がるのに自分の制御が働いてしまうのだと思う。
ブログの記事も時として降りてくるように書くこともあるが、大抵はこういう内容でというのが来る程度で文章にするには自分の現実的な文章力に頼っており、何度も推敲を繰り返しアップした後まで直したりするので、自動書記とは言えないような気がする。

すぐにハイヤーに繋がった友人の二人はどちらかというと自分を解放するタイプなので、理性の縛りが少ない人達だ。
平たく言えば喜怒哀楽がはっきりしているともいえる。
この二人はアカシックレコードで未来も見に行くというのをやってもらったら、やはりその場ですぐに未来の場面や情報が得られた。
内容が当たるか当たらないかは別にして、そんなやり方ですぐに結果を得られるのを見て驚いている。

スピ能力も千差万別だし得意なツールも人それぞれなのだと今更ながら得心した。
何はともあれ私も出来たので、興味のある人は下記のURLで試してみてはいかがだろうか。
何度も同じ人が来てくれるのなら、頼んで他の人のガイドと繋げてもらうことも可能のようだ。

ただし間違って宣しくないものに繋がる可能性もあるので、そこは自己責任で。

ハイヤーセルフと繋がる
アカシックレコードに繋がる




自責と他責

2018–06–17 (Sun) 15:43
自責、他責という言葉があるが人間もこの二通りの傾向に分けられるような気がする。
トラブルがあると人のせいにする人と自分のせいにする人でどちらが楽かと言えば勿論前者だろう。

私は自責タイプの人間で特に物事の分別が付くようになると自分の中に倫理や道義の価値観を作り上げてしまい、しばしば自縄自縛になり自らを苦しめて来た。
「天に背く」「人としてどうか」「良心が痛む」等々。
この感覚が発動すると人生の失敗や過ちに罪悪感や贖罪意識が出て、自責、自虐、自己犠牲、自己刑罰へと行くことが多い。

私は宇宙人だったせいか(笑)、親にしたら心の中が読めない子で特に権力的な母親とはあまり折り合いは良くなかった。
普通の親子関係だったが彼女が夫を亡くし一人暮らしになりまだら認知が出始めると、強迫観念のように娘を支配しようとし出した。
近くに住んで面倒を見ていたが毎日のように不満を訴える母親に段々息苦しくなりながらも、何か言うと「死ぬ」と泣いたり脅すので刺激しないようにひたすら言いなりになっていた。
数か月後に私は自分のメンタルがおかしくなっているのに気づいた。
ストーカーのように毎日電話を寄越す母親に怖くなって電話にも出られなくなったが、一方心の中では認知の母親にこんな仕打ちをしていいのかという良心の呵責と人としてどうかという自責の念で葛藤に苦しみ進退窮まっていた。
もうこんな状態から逃れたいと思って朝になったら目が覚めなくてもいいと考えるようになった矢先、大きな病気が発覚した。

今思えば全てから逃げ出したいと思ったから、逃げ出せる方法を自分で引き寄せたのかもしれないが、入院手術をして生きられるのだろうかと考えた時私はようやく自分の母親の呪縛からブレイクスルー出来たのだ。
つまりそこまでなって初めて私は自分で決めた一人よがりの倫理や道義の基準を外せたわけだ。

自分が母親に縛り付けられていると思ったのは実は自分自身で縛っていただけであって、それは自分で作り上げた「人間としてせねばならないこと」というマイルールのせいだった。
「母親を見捨てる娘」という構図は私の見方であって「ボケて娘を壊す母親」という違う見方も成り立つのだ。
ボケ始めた母親に縛られ心身を病んで生命の危機に晒されるまで追い込まれたのだから、人の道など通用する次元ではないがすでに洗脳状態で客観的に考えられなくなっていた。

問題は相手ではなく自分の中にあったのだと後になってようやく気が付いた。
「親を介護しない子供」の自分を許せないから許せる理由を自ら作った。
良心の呵責や罪悪感を払拭するには「これだけ自分も痛んで苦しんだ」という証明をして自らを納得させなければ、「人の道という呪詛」から心を解放できなかったのだろう。

自責の念を相殺するために自分を痛めつけることを潜在意識でやっている場合がしばしばある。
もし私が上記のような他責型の人間であれば、子供を苦しめるひどい親だと考え楽だったろう。
それぞれの魂が持っている宿縁や因業はあるかもしれないが、少なくとも魂は自分を苦しめ傷つけることは決して課題として持って来てはいない。

一番してはいけないのは、自責と自虐と自己犠牲と自己刑罰だ。
そんなことをしても誰も喜ばないし、私も大事な人達を悲しませてしまった。


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スピリチュアルワーク

2018–06–09 (Sat) 15:30
私の本業は洋画家で最近はスピリチュアル的な事に時間を使うのも多いが、毎日絵の制作はしている。
先日絵の仲間と話していて最近描いた仮面の絵の画像を見せたら、「イラスト的になってきたね。」と言われた。
それは私にとっては少々ショックな言葉だった。
また違う日にアカシックリーダーの女性に会って絵の話になったら、「全然絵に心が向いていないでしょう。かつてのような迫力がないし100パーセントのパワーが入っていない。」と言われた。
確かに思い当たる節があってぎょっとした。

一人は絵の専門家、一人は霊能力者が同じことを言ったのだから、実際その通りなのだと認めざるを得なかった。
最近はルーチンワークになっていたところがあり、技術的にはどんな状況でも同じレベルで描けるのだが、まさしく心が入っていなかったのかもしれない。
サラリーマンでも技術職でも仕事となれば自身のコンディションは関係なくこなさなければならない。
しかし書類を仕上げたり帳簿を付けるのと違って自分の才能や技術で成す仕事は、やはりその時の気持ちや精神状態がダイレクトに影響を与えるのだろう。

芸術家は逆境にある時ほどいい作品を作ると言われていて、私も人生の土壇場の時に描いた作品が大きな賞を取ったことがある。
獄舎で名作を残した詩人や狂乱の果てに名画を残した画家もいるから芸術の世界では一般常識は通用しないが、それでも人間は心の状態によって仕事に影響が現れるのは間違いない。
友人の占い師はテレビに出て売れっ子になっても、やはり霊視で調子のいい時と悪い時があると言っていた。
プロはそれを全く感じさせない仕事をしなければならないが、絵のように一見出来上がりに変わりはなくても人を打つ見えない迫力や波動の違いを感じる人は確かにいるのだと身が引き締まる思いがする。

最近はスピリチュアルワークもするようになっていた。
今までは微妙なバランス感覚でやってきたが、現在の私にとってはマスクを描くこともスピリチュアル的意味を持っている。
どちらも私のいわばミッションなのかもしれないなら、あれかこれかではなく統合させることを目的にすべきだと思い至った。

スピリチュアルカウンセリングもこれまではひっそりとやっていただけだった。
過日雑誌に載せないかとHPを見た編集者から連絡が来て、てっきり美術雑誌だと思ったらスピリチュアル雑誌で驚いてしまった。
結構有名な雑誌らしくかなり高額の掲載料なのでお断りしたが、これもちゃんとぶれずにやれという事なのかもしれないと思ったところだ。

色々忙しいのもあったがこれからは初心に戻り魂を込めて絵を描き、同時にスピリチュアルの方面でも出来ることをしてそれを絵にフィードバックさせていこうと思っている。
殆ど放置していたのだが、以下にスピリチュアルカウンセリングのHPを載せておく。
画像は今日仕上がった「ルーチンワーク」になっている仮面の作品。笑

http://reo262683.wixsite.com/masquerade


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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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