災害と日本人

2018–07–26 (Thu) 15:02
今の日本がおかしくなっているのを、今回の西日本豪雨の一連の対応と国民の反応を見て再認識している。
今更言うのもうんざりだが政府の初動の遅れが政権の驕りと総理の総裁選下工作や外遊模索する空白の66時間によるもので、自宅で亡くなった100人近くの生活弱者たちを見殺しにするという人災になった。
しかし一番おかしいと思うのは一部でそれを指摘されても非を認めず嘘を付き通してマスメディアも国民もそれを許し、、一方未曽有の被害と犠牲者が出ているのに報道は極力抑えられ実態さえもう分からないくらいになっていることだ。

被災地の近くでも祭りや祝い事は普通に行われている。
歌舞音曲を慎めとは言わないが、少なくとも普通は配慮ぐらいはすると思うが全く関係ないようだ。
最近は自分に関わらなければいいという意識が日本全体に蔓延しているように思う。
もっと自然や生死というものに日本人は敬虔だったのではないかと思うのだが、今の日本人の行動原理は自分にとって快か不快か、利があるかないか、の基準しかないような気がする。
全て政治のせいにはしないがもはや日本全体がそんなムードになっていて、他人の痛みも共感できないし物事の理や正邪を判断できなくなっているようだ。

折しも今日またオウムの残りの死刑囚が6人一度に死刑執行された。
支持率が下がったので政権はまたぞろ国民の目を逸らそうとしているのだろう。
週末には台風12号が関東から東海を直撃する。
スピ関係者の中には警鐘を鳴らす人もいるが、私もまだ西日本豪雨では終わっていない何かを感じる。
西日本豪雨の後京都祇園祭があったが、花傘巡行が猛暑のため中止になった。
祇園祭は災厄を祓い怨霊を鎮める、山鉾に日本諸国の天変地異や天災を集めて鎮めるという祭りだそうだが、後祭りの花傘巡行が出来なかったのは意味深だ。

この週末は日本各地で花火大会が催される。
前記事で触れたが花火は鎮魂慰霊の行事だ。
しかし今回は多分隅田川を始めいくつかの花火大会は中止を余儀なくされるだろう。
私的にはこれも天の啓示のような気がする。

森羅万象に対しての畏れを、今の日本人は忘れているのではないか。
人間もその一部であり生死は最も敬虔に受け止めるべきものなのに、それに鈍感になり死者を悼む気持ちさえ失くしてしまっては亡者と同じだ。
目の前の金、権力が全てでも、それはあの世へは持っていけない。
命が無ければ金や権力がもたらす快楽を貪ることも出来ないだろう。

お盆も近い。
亡くなった人達が沢山帰って来る。
身近な人は勿論、今回の西日本豪雨、東北大震災、その他の災害、原爆や戦災で亡くなった魂に日本人として恥じないような生き方をしているか、改めて自分に問うてみたい。


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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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