妖怪はいるか

2018–08–11 (Sat) 17:17
お盆には怪談話がつきものだが、私の友人の占い師は小さい頃幽霊以外にもいわゆる妖怪や不思議な世界のものも見えたという。
ゲゲゲの鬼太郎では様々な妖怪が出てくるが、これは日本古来から伝えられている妖怪で、それに類するものはいたのではないかと最近は思っている。
今ほど文明が発達していなかった時代では洋の東西問わず妖怪や魔物がどこでも語り継がれているし、名前がある妖怪から悪霊が重なり合って化け物のようになった魔物までいたはずだ。

電気もなかった昔では神も魔物も身近なもので、人間も繋がりやすく見えたのではないだろうか。
河童などは今でも馴染みが深いし、これほど身近な妖怪もないと思う。
本当にそれらしきものはいたと考えてもおかしくない。
今でもカマイタチはいるようで、私も一度だけ覚えがないのに腕に5㎝もあるひっかき傷が突然出来たことがある。
まさかと思っていたが偶然違う理由で陰陽師のところに行ったら、傷を見てそうかもしれないと言われた。
まあ、真偽の程は判らないが、スピブログを読んでいるとカマイタチにやられたという記事を見つけて、やはりあるのかと思ったものだ。

庚申塚というのが今でも地名やバス停などにあるが、これは陰陽師などが妖怪や魔物を捕まえ地中に封印して石を置き塚にしたものだ。
昔は妖怪や魔物を陰陽師や呪術師が捕まえて埋めたり結界を張ったりしたようだ。
だから間違って結界を破ったり塚を掘り起こしたりしたら、パンドラの箱を開けることになる。

現代人は幽霊も信じないしましてや妖怪など物語の中のものとしか捉えないだろうが、スピリチュアル的視点になると妖怪というよりも形を変えたエネルギー体だったリ宇宙人だったり人の姿をしていないだけで、見えない世界では様々な形態があるのだと思うようになった。
近代は都会化して妖怪の住む場所も無くなり、みんな深い森や山の奥に追いやられてしまったという。
山の中で迷うと不思議なものを見たという証言はたまに聞くが,案外それは妖怪かもしれない。笑

お盆は死者だけではなく地獄の窯が開くと言うから、あちらの世界からも様々なものが来る。
海水浴をすれば水中に引っ張られると言うし、お盆の禁忌は案外あるようだ。
昔から言い伝えられていることや迷信は何かしらの根拠があるかもしれず、面白半分で破らない方がいいような気がする。



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迷信とジンクス

2018–06–02 (Sat) 16:41
迷信とジンクスについて考えてみようと思う。
最近見た海外ドラマで、1700年代の帆船には船首に女神像が付いているがその由来を語っていた。
セイレーンの誘惑を受けないという理由から,難破回避のお守りという意味もあるらしい。
当時は船に女性を乗せるのは縁起が悪いとか、乗る時には必ず触らなければならない場所があるなど、皆信じていた。
風が凪いで船が進まなくなると誰かを生贄に海に捨てようという話になって、当時の彼等は心底そういう思考回路だったのだと驚く。

科学が発達していない時代には迷信やジンクスは信仰と同じくらい人々の心を支配していた。
特に自然を相手にする仕事などは迷信が幅を利かせていたようだ。
自然や神の怒りを鎮めるには生贄を差し出すのは洋の東西を問わず行われていた習わしで、信仰の場でも、あるいは迷信の一環としても時に人の命を代償にすることがあった。
近代まで道路工事やトンネルに人柱を埋めたのは現実の話だし、昔でもカルトや悪魔崇拝などは子供や未婚の女性を生贄に捧げていた。

迷信を破ると必ず災いが起こるから迷信は守らなければならないという気持ちになるのだろう。
恐怖心が一番人を動かす。
迷信と言われるものは仮に最初は見えない世界の何かが災いを起こしたとしても、何十年も何百年もそれがその都度発動するわけではなく、その迷信を人が信じ恐怖を抱くようになると集合意識がそこに乗り禁を破った者に作用したり本人自身の不安や恐怖心が自ら迷信通りの厄を招いたりするのだと思う。

迷信は誰にでも通じる広さを持つが、ジンクスというのは特定の人々や個人という限定的な範囲が多いように思う。
ジンクスの語源は縁起の悪いものという意味だ。
個人の中にもジンクスがあり、何か悪いことがあったらその時と同じ前フリはしないとか本人が法則を作ってしまうことが多い。
良いことはゲン担ぎ、悪いことはジンクスと言っていいだろう。

私自身も時に滑稽だと思ってもその後不安になるよりはいいので、なるべくジンクスは回避するようにしている。
私の場合は根拠がないのを知っていても自分自身がそれに囚われて招いてしまうからだ。
逆にこれで安心と思えば大丈夫なのだ。

迷信もジンクスも最初は何か人外の理由があっても、それを育て強固なものにして行くのは人間の想念だと思う。
多くの人が、例えば「魔の石」にネガティブな不安や恐怖の念を向ければその集合意識は強力なパワーとなって石に乗る。
だから触れてはいけないその石に触ったら、そこに籠る負の念を受けたり自身の不安がコードを繋げて呼び込んでしまうわけだ。

見えない世界の悪霊や魔物などネガティブなエネルギーは確かにある。
しかし、それを増幅し強大にしてしまうのは生きている人間のネガティブな思念と集合意識ではないだろうか。

不安や恐怖を感じるタイプの人間は迷信は否定しない方がいいし、ジンクスは避けた方がよいかもしれない。
全く平気で信じない人は多分大丈夫だろう。笑


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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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