ネット世界の闇

2019–01–18 (Fri) 15:29
去年興味深いスピ系ブログを見つけ、読み出していたところ突然閉じるというお知らせと共に翌日には本当に消えていた。
元々霊感的なものがあった人らしいが仕事にしているわけでもなく、年齢を重ねカラー系のセッションも始めた人で、日常的なスピ話も書いていて人気も出ていたようだ。
多分ブログのことで何かあったのだろうと推察していたが、昨日偶然違うところで再開されているのを見つけた。
プロフィールの中に、やはりSNSでの問題を匂わせる記述があり、推測通りだったようだ。

SNSで政権を批判すると、ネトウヨと呼ばれる輩がツイッター始め2ちゃん、ブログ、FB、インスタでもれなく絡んでくるが、彼らは自民党がバイトで雇った連中もいれば触発されて同調する者もいるし、仮想世界で自分のストレスを晴らしている者まで様々だ。
しかし、一つだけ共通点は社会生活を営むリアルの自分を隠しているということだ。
罵詈雑言をぶつけてくるのは必ず正体を判らなくしている。

これを裏返すと人間の中に潜む黒い部分、闇の部分をこれでもかと見せてくれるのがネットの世界だ。
自分が誰か判らなければ、何をしてもいいという前提が本人達の中にあるのだろう。
正体を隠し口汚くネット上で相手を誹謗中傷する輩は、現実しか信じないというある意味スピリチュアルとは程遠い人間だ。
「天知る、地知る、我知る」という箴言があるが、意味さえ分からないのではないか。

誰でもむしゃくしゃしたりストレスが溜まれば捌け口としてどこかを攻撃したい時もあるだろうが、匿名性の陰に隠れてこそこそやるのは一番卑怯だ。
ネット上でヘイトや暴言を吐く極右のネトウヨが、実は調べたら中年の普通のおじさんやサラリーマンだというケースがよくあるようだ。
無辜の市民の仮面を被って良き父親良き夫でも、実はネット上では別人になり人格を疑われるような振る舞いをしているのだ。

仮想世界は人間の闇の部分の受け皿でもある。
一番怖いのは闇を抱えた人間がリアルの部分で闇を抱えていると出さずに、いい人になり切っていることだ。
死ぬまでそれで終わるのかもしれないし、そういう部分がいつか破綻して実生活でも出てしまう場合もあるだろう。

私はハンドルネームでブログを書いているが政権批判にしてもスピ的内容にしても責任は取るつもりなので、個展の案内も記事にしたことがあるし私を知ろうと思えば可能なスタンスを取っている。
コアでマイナーなせいか(笑)、幸い冒頭のブログのように閉じてしまうほどのトラブルに見舞われたことはないし、政治ネタのツイッターでたまにネトウヨや極右おじさんに絡まれることはあるが、スルーして済んでいる。

SNSというのはどんな人間かを知る踏み絵だと思う。
シリアルキラーは何年も何十年も良き夫良き父親だったというのが多いが、ネット上の別人も犯罪にはならない同類かもしれない。

的には、リアルで見える見えないは関係ない。
誰も知らないと思っても、天は知っているのだ。



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スピリチュル系ビジネス

2019–01–15 (Tue) 16:51
最近FBでスピリチュアル系の人の友達申請を何気なく受けたら、雨後の筍のようにぞろぞろとその共通の友人達から友達申請が来た。
いわゆる相談業の人達だが、スピリチュアルリーダー、占い師、自己啓発系、起業系と名前は違っても通底するところは同じようだ。
FBの友達を増やすのも営業の一戦略なのだろうか。
私の本業の方でも同じくFBで友達を千人単位で増やして、同業者の個展に駆け回り営業活動をしている画家もいるから、SNSは立派な市場なのかもしれない。

絵描きは一応個展を開いたりそれなりの実績がないと絵描きとは名乗れない。
しかしスピ関係やセラピストとなると、言ったもの勝ちのところがあって、昨日までOLだった人が今日からは○○セラピストの肩書になっていたりする。
資格も何もいらない世界だから、運さえあればお客はついて1時間1万円也で単なるおしゃべり的な話相手でもお悩み相談のセラピストで収入になる。

FBで泥縄式に友達申請をして来た人達は、霊能者もいればどこかのセミナーに行って自ら開業した人もいるようだ。
私もスピリチュアルに関しては同類になるが、たまたまFBの狭い世界でもこれほど無数のスピ関係を仕事にしている人達がいるのだから、一体世の中にどれくらい見えない世界や人の心についての商売があるのかと驚いてしまった。

しかも料金設定を見れば一時間一万円以上が当たり前だ。
スピリチュアルはやはりビックビジネスなのかもしれない。
資格も何もいらないし、明日から占い師、セラピストと名乗ってHPを作っても誰も咎めない。
あとは営業をかけて人を集めれば仕事になる。

この現象はスピリチュアルの認知度が高まったと思うべきか、メンタルを病んでいる人が多すぎると思うべきか。
とにかく今の時代見えない水面下では歪んだ精神世界が広がっていて、それを商売にするビジネスも次々形を変えて増殖しているのかと、空恐ろしさを感じてしまった。

需要と供給があるからビジネスは成り立つ。
どんなセラピーを名乗ってもお客が来れば仕事になるわけだからそれはいいだろう。
しかし実体験も含めて中には?マークがつく場合も多々あるので、もしこれからスピ系のセラピーや鑑定を受けたいと思う人は慎重に相手を選んだ方がいい。
一時間一万円は大きいが、それに見合う内容かどうかは保証の限りではないからだ。

スピリチュアルに身を置く者としても、底知れないスピリチュアルビジネスの世界に飲み込まれないようにしたいと改めて思った。


紫陽花1





魂の色

2019–01–14 (Mon) 16:14
誰でも好きな色がある。
色傾向と言ってもいいだろう。
スピリチュアルでもチャクラの色は決まっているし、オーラの色でもその人を判断する。
ソウルカラーというのもあって、オーラの色と重なる部分も多いようだ。
専門的な心理カウンセリングでも、色の使い方や好みによって心理状態を分析できる。

つまり色はその人間の特徴を表していると言えよう。
カラーセラピーやオーラソーマという半スピリチュアル的なヒーリングもあるので、色はスピ的には重要な意味を持つ。

オーラの色がその時の体調や心理状態で変わるのは知られているが、誰でもオーラが見えるわけではないしまして自分のオーラの変化はそうそう判らない。
しかし現実的に好きな色はあり、いつも身に着けている服や小物の色は大抵傾向が決まっている。
大雑把に考えるとその色が個人の持っているカラーだと言えるだろう。
特にどうしてもこだわりのある色は、本人のに関係していると思っていいようだ。

色それぞれの特徴はネットを検索するとすぐ出てくる。
物心ついたときから死ぬまで色の好みが変わらない場合もあるが、人生の途中や何かのきっかけで好きな色が変わることもある。
それは多分その時にステージが変わるか、人生をリセットしたのかもしれない。

私は若い頃は黒を好んで着ていたが、大きな人生の転機があってから黒は嫌いになり、紫が好きになった。
ワインレッドから紫にシフトしていったが、最近は青味の強い紫が好きになっている。
洋服を選ぶ時も紫があるとロックオンされてしまうし、アクセサリーも紫系が殆どだ。

色々な人に会うと、その人の着ている服の色傾向で何となく性格が分かるという経験があるだろう。
単一の色でなくとも柄や組み合わせなど、全体の色調や雰囲気は人物像そのものを表していることが多い。
逆に気分や自分を変えたい時は、普段身に着ける色を変えるだけでも効果がある。

最近珍しく地下街で目が釘付けになった紫系のワンピースがあって、衝動買いしてしまった。
見れば見るほど自分の色だと思えてくる。
紫色が好きになりスピリチュアルに覚醒し調べて行くうちに、インディゴチルドレンの前の世代のバイオレットに自分がぴったり当てはまるのを知った。
紫に惹かれる理由はそこかもと思った時、全ては繋がったような気がしたものだ。
こじつけや都合のいい解釈に見えても、スピリチュアルの旅を始めて謎解きがどんどん出来て来たのは事実だ。

もし自分と色との関係性を知りたかったら、以下のサイトでカラー診断をしてみてはいかがだろうか。

https://artbeing.com/aura-soma/reading.html


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「使命」と「天職』

2019–01–13 (Sun) 17:41
スピリチュアルに興味がある人は自分探しの旅に出る人が多いようだ。
物理的な旅行ではなく、の遍歴や出自を知るための見えない世界の旅だ。
どうして自分はこの世に生まれたのか、自分の今世の目的、役目は何なのか。

スピ系人間は「私の使命は何ですか」と知りたがる人が多い。
使命というのをどう定義するかにもよるが、何か歴史的に残る偉業を遂げたり、自分の幸せは求めず世のため人のために尽くすなど崇高な生き方をするのが使命というイメージだろうか。

そう考えると大抵の人間に使命などないように思う。
生まれた時に決めて来たライフパーパスやブループリントを全うすることがあえて言うなら使命で、逆に大きな使命を持って生まれて来たは人としての自由や喜びなどなくて、使命を果たすまでは死にたくても死ねないほど壮絶な人生かもしれない。

若い女子は時々、自分探しをして転職を繰り返すことがある。
その裏には「きっと私に与えられた天職があるはず」というのが動機としてあるのだろう。
しかしそのうち「転職が天職」になる可能性があり、「使命」「天職」というスピ人間が好んで使う言葉は人生をスポイルしてしまう場合もある。
天職は自分の好き嫌いは別にして長く続いた仕事かもしれないし、使命は自分が決めるものではなく人の評価や人生の終わりになってやっと気づくもののような気がする。

言うならば天職とは自分の意志ではどうにもならずやることになった職業や、生まれながらの特殊な才能がありそれを生かすことのできる職業だろう。

人間として生まれたのだから自分の存在理由を追求するのは意義があるが、それが人生行路の放浪に繋がっては本末転倒だ。
スピリチュアル世界に入っての由来やソウルコントラクトを見出しても、それと実生活とは分けて考えるべきだと思う。
過去生を知り悩み解決の一助にするのはいいが、過去生に囚われて生活まで変えてしまうのはまずい。

スピリチュアル世界でいう「天職」と「使命」という言葉は、魅惑的だが現実的ではないことを知っておこう。



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守護霊はいる

2019–01–10 (Thu) 17:29
私は幾つか自分の過去生らしきものを知っている。
スピリチュアルに目覚めた時どうしても必要だったから、人の力を借りたり後にはセルフヒプノをやって見たりした。
今となっては何処まで信憑性があるかは疑問だが、その時は自分の迷路から抜け出す為や生きていく為に必要だった。
そして出て来た過去生は、やはり私の抱える問題や困難、そして人生そのものを謎解きするに相応しいものだった。
もう5年も前のことだが、それに付随してツインソウルかもしれないガイドの存在も知り彼と一緒だった過去生も複数見た。

転生は丸ごと魂が転生する場合も、大きなソウルグループに属する過去生達の欠片を持ってきている場合もあると思っているので、見た過去生が私の魂そのものか他の記憶の断片が入っているのか、私についているガイドの過去生の記憶なのかは定かではない。
それらを概ね把握し理解、整理するまで2年近くかかったが、今日の私はそのバックグラウンドがあって日々生きており、考え方や価値観もそれに沿っていてこのブログも書いている。

思えば昔に比べると全ての根本に見えない世界や魂というものがあって、それを抜きにして物事の判断はしなくなってしまったような気がする。
全てをスピリチュアル的に考えるのはよくないが、大きな出来事やたとえ不本意な事態、トラブルや不運でもきっと何かしら意味があるのだろうと考えるようになった。
そこからどんな霊的成長をしなければならないのかということだ。
霊的成長イコール人間的成長でもあるが、見えない世界の警告や軌道修正という場合もあるのでそこまで深く追求してしまう。

誰でも魂の青写真があってあまりに方向が違うと強制的に道を変えられたり、行く手を阻まれたりする。
私も何度か経験があるが、あそこまでしなければわからなかっただろうと後に上から言われたような気がした。
今では殆ど上にお任せの状態だが、常に後ろのガイド達を意識している。

信じない人が聞いたら単なる妄想だと思われるが、気休めでも想像上の存在でも今の私にとっては実在する人間のようにガイドはそこにいると思える。
実際助けてもらったり気付かせてもらうことも多々あるので、それが偶然ではないと信じている。

普通の人にとってスピリチュアルは、生活の上でのヒントや参考という程度でいいのではないだろうか。
ただ、不可抗力のようにそこを追求し知る必要があった今の私には、生きていく為に必要不可欠なものになったのは確かだ。

誰でも過去生まで知る必要はないが、必ず後ろには守護霊ガイドがいて護ってくれているということは信じていてほしいと思う。


碧眼





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Author:masquerade
職業画家でベネチアンマスクを描いています。

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